薔薇黒_君の心の隣に居たい『……むにゃ…』
『お、起きたか』
ざあざあと外で雨が降り頻る音がする。
どうせ外に出られやしない、それならと思って、俺は教室に残ってた。
案の定、隣の席の──有栖川千紘の瞼が開く。
寝起きだからか薔薇色の瞳は何処かまだ眠たげで、目を擦りながら上半身を起こして辺りを見渡した。
『……ふわくん…?あれ…いま…』
『給食と掃除終わって、五時間目が近ぇかな。…なあ、最近ずっとそんなだけど大丈夫か?』
『ふえ…?……うん、だいじょぶ…たぶん、ね…』
『お前の大丈夫はあんまアテになんねーっつぅの』
『んへへ…』
千紘はへにゃ、と緩い笑みを浮かべて、ゆるゆると五時間目の支度を始めた。
──この時はまだアイツが過眠症を患った事を知らなかったけど、俺がその話を知ったのは、学年が上がってクラスが離れた後だった。
そして、俺も……同じ事になるなんて、この頃は何一つ考えてなかった。
眠り姫、なんて巫山戯た渾名を笑って流してたが…きっと、嫌だったんだろうなと今なら思える。
***
『十紀人くん』
『お、…千紘か。推薦難しいって言われちまったから大人しく諦めるわ』
中三の夏頃だった気がする。
担任に残酷な現実を面談で言われて教室を出た後、千紘に呼び止められた。
『……そっかぁ』と、少しだけしょぼくれた様な顔をされて、俺は慌てて話を切り替えた。
『そっちは少しよくなったっつってたよな、上手く行きそうか?』
『ん…うん、わたしの方は…お陰様で…』
そりゃよかった、と言おうとした俺は思わずぎょっとした。
何故なら、目の前の千紘が今にも泣きそうな顔で、下手な事を言うと本当に泣きそうだったから。
『いや、なんでお前がそんな顔すんだよ』
『あんまり、他人事に思えなくて…』
『優し過ぎ』
そう、千紘の過眠症が多少なりともマシになってきたと思ったら今度は俺。
原因はなんとなく分かっちゃいるが、話してない。
それなのに千紘は、ずっと、俺を心配する様に付きっきりでいてくれた。
この頃から俺は千紘を異性としても意識してたが、その想いを明かさず、中学を卒業した。
ちゃんと好きだと伝えりゃ良かったと後悔したのも、アイツがモデルになったのを知ってからだ。
『……今思えば、俺、ずっとアイツに惚れてたんじゃね?』
***
「……なんか、懐かしい夢…見たな…」
ぱち、と意識を取り戻した。
いつの間にか設置されてた小休憩所の様な場所にあったクッションを背もたれに、自分の上に少しだけ重みを感じながら俺は欠伸する。
自分の上で静かに眠る薔薇色掛かった白髪を、優しく指を通す様に撫でてやると──ソレが小さく身じろいだ。
「…んん……?」
「…あ、わり。起こしちまったか」
眠たげに、気怠げに片目を開けて顔を上げたから、反射的にぱっと手を離した。
くしくしと目を擦りながら緩く首を振る千紘の様子は、まだ眠たそうでしかない。
「ぅん…だい、じょーぶ…」
「お前の大丈夫はアテになんねーって。…ごめんな、起こしちまって。まだ寝てていいぞ」
指の背で軽く頬を撫でてやれば、心地好さそうに擦り寄ってくる。
そのまま優しく背中を撫でてやると、さっきの表情とは代わって、少しだけ影が射した気がした。
「…ねえ、十紀人くん…」
「…昔から迷惑なんて思ってないから、安心しな」
「…ほんと…?」
「ホント。…だから、安心して寝な」
安心させる様に頭を撫でて、寝かしつける様に背中を叩いてやると大人しくさっきの体勢に戻って、千紘はとろとろ微睡み始めた。
それからさほど時間が経たない内に再び睡魔へ身を委ね始めた千紘に『──いい子だ』と呟いた。
──そういえば、昔の千紘は髪が長かったのを思い出した。
光に当てるときらきらして、ガキの時からずっと綺麗だと思っていて、本人も伸ばすんだなんて言ってたのに、中学を卒業する頃には短くなってて。
伸ばすって言ってたのに切った理由を俺は聞けなくて、気になって仕方が無くて、いつの間にかこんな時期になっちまってた。
当の本人は──千紘は今、俺の上で眠ってる。
まるで息をしていない様にしか見えないが、ちゃんと寝息が聞こえるからそんな筈が無い。
薄開きの唇から漏れる小さな寝息が、その証拠だ。
…だが、本当に距離が近くないと分からない位に静かに眠るその姿に、眠り姫と呼ばれていた理由が分かる気がした。
そんな事を考えながら、布団代わりに羽織らせた自分のコートを直して優しく頭を撫でてやると千紘の寝顔は…嬉しそうに表情が緩んだ。
「(──お前が悪夢を見ていなけりゃ、いい)」
君の心の隣に居たい
(痛みも、苦しみも、もう十分だろ)
(だから………俺が、一緒に背負いたい)
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⬛︎BGM:ナルコレプシーNo.10 music box ver.
Twitterに垂れ流した小ネタの加筆修正分。
時間軸的には1on1後くらい
2025.1/22 加筆