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    音羽もか

    @otoha_moka

    書いたものとか描いたものを古いものから最近のものまで色々まとめてます。ジャンルは雑多になりますが、タグ分けをある程度細かくしているつもりなので、それで探していだければ。
    感想とか何かあれば是非こちらにお願いします!(返信はTwitterでさせていただきます。)→https://odaibako.net/u/otoha_moka

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    音羽もか

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    幽霊東京実装時に、ほんのり同曲を意識した未来同棲設定の彰冬。あまり幸せじゃないけど愛はたくさんある。

    #彰冬
    akitoya
    ##彰冬

    夜明け前、夜闇に溶けて暗いグレーに染まった天井が目に映る。ぱちぱちと瞬きをして、自分の目が覚めていることに気がついた。
    隣で眠っている恋人を起こさないようにそっと体を起こす。頭を動かしてベッドヘッドに置かれているデジタル時計を見れば、未だ深夜と呼べる時間を指していた。

    外は不気味な程に静かで、見ればもう三月だというのに雪が降っている。道理で、と納得した。
    そういえば、今年は異常気象だとかで、先月も、先々月もひどく寒かった。東京にこれほど雪が積もったのは何年ぶりどころではないらしい。言われてみれば、冬弥の記憶にも雪が積もる東京というのはあまりない。
    この分だと桜の開花宣言も遅いのだろうな、と思ったところで、ふるりと体が震えた。寒い。なにか羽織るものを取りに行こうかと思ったが、その為には足を冷たい床におろさなければいけない。その方が寒そうだな、と冬弥は少しだけ毛布を引き寄せた。

    それにしても眠れない。
    図書館のような静けさは好むところだったが、雪夜の静けさは苦手だった。音が全部吸い込まれていくような、そんな気がして。
    冬弥は歌うのが好きだ。音楽が好きで、音が好き。色々なものが発する音が作り出すメロディが、心地よく流れるリズムが、それらがほんの少し何かが変わるだけで、全く違うものに変化するのが、たった一度の、最高の音を重ね合わせるために費やす時間が、その全てが好きだ。
    けれど、雪の静けさは音を奪う。冬弥の好きな音を、音楽を、その白で全て埋めつくして、なかったことにしてしまうような気がしてしまう。

    失われていく感覚といえば、この部屋の中だってそうだ。先ほどまで行われていた愛の確認も、すっかりはじめからなかったかのように部屋は冷めきっていた。自身の体に微かに残る特有の倦怠感だけが、あの時間を確かなものだと証明している。
    けれど、それも消えてしまったら、何がその瞬間にあったものを証明してくれるというのだろう。そのことを思うだけで、冬弥はいつも呼吸の仕方を忘れそうになる。
    縋るものがほしくなって隣で眠る恋人に視線を向ければ、穏やかな寝息が聞こえてきて、少しだけ安心した。冬弥にとって、一番好きな音は彰人の声だった。彰人の声が奏でる旋律が好き。それはもちろん、歌っている時にいっとう強く感じるのだけれど、それだけじゃなくて。冬弥のお気に入りは、彰人が冬弥の名前を呼ぶ、その音だった。
    (名前、呼んでほしい……な)
    名前を呼んで、自身の胸の内にある靄がかったこの感情をとかしてほしい。そう考えて、すぐにその思考を振り払うように頭を振る。こんな夜中にそんなことで起こすなんて迷惑でしかない。

    冬弥には致命的な欠陥があった。
    それを欠陥だと言えば、彰人はいつも自分のことのように怒るのだけれど、冬弥にとってそれはもう欠陥としか形容できなかった。
    決して、愛されている事実を疑っているわけじゃない。ただ、頭では理解していても、体が勝手に満たされることに拒否反応を覚えるのだ。
    怖い。無条件にとめどなく注がれる愛が怖くて仕方がない。本当ならそう、それは幸せなことのはずなのに。だから、冬弥はいつまで経っても形のないそれを受け取れない。きっとこの体は、それを上手に受け取るための機能をとうに失っている。
    そのことに気が付いたのは、彰人と初めて情を交わした日のことだった。今までは、拙いながらも愛し合うという行為をできていたと思っていたのに、一度その欠陥を自覚してしまうと、もう駄目だった。
    彰人が冬弥を求める度、幸せで、幸せなはずなのに自身の中にある空虚に呑まれそうになる。彰人がくれる愛を上手に受け取れなくて泣きそうになってしまう。こんなに愛されているのに、そのことはわかっているのに、どうしてか渇きが癒えることがない。愛で満たすための器が冬弥にはないから。彰人がくれるその全部をとりこぼしてしまうから。そんなことの繰り返し。体を重ねるというのが、こんなに難しいことだとは思っていなかった。
    どうして自分はこうなんだろう、どこでこうなってしまったんだろう。いくら考えてもわからない。
    そんな冬弥でも、彰人は諦めずにいてくれたし、今でも諦めずにいてくれている。それは嬉しいことで、嬉しいはずなのに苦しい。彰人のくれる愛が、彰人を愛おしく思うほどに嬉しくて、なのにそれよりずっと苦しくて。
    それでも、あの一線をこえるべきではなかったのだと、情愛を交わす関係になるのではなかったのだと、あの日、相棒という肩書きに関係を足そうとしたあの選択は失敗だったのだと、そう思いたくない。そう思いたくない、と思えるうちは、きっとだいじょうぶ。そう思っていないと、とてもじゃないけれど。
    「……あきと、」
    小さく、名前を呼んでみる。消え入りそうなほど小さな声は、それでも空気を震わせて、愛しい人の名を象った。

    ***

    目が覚めたのは本当に偶然のことだった。ただなんとなく目が覚めて、真っ先に寒いな、と思った。
    三月だというのに異常気象がどうとかで、今晩は雪の予報がでていた気がする。外を見やれば案の定と言った様子だ。寒さで目が覚めてしまったんだろうか、と思案したところで、となりに眠っているはずの恋人の姿に気がついた。
    「とう、や……?」
    静かに、静かに、それはちょうど、今も外で降り続いている雪に似ていた。
    彰人の声に気がついて、冬弥がこちらを見る。シーツにひとつ、ふたつと水滴が染み込んだ。
    「……どうした? 何かあったのか?」
    体を起こして冬弥を抱き寄せてやるけれど、冬弥からの反応はない。それどころか、きっと本人は自分が泣いているという自覚だってない。
    実のところ、こういったことはこれが初めてのことではなかった。本当にたまに、時々のことではあるけれど、冬弥がこうなることは過去にもあった。
    翌朝にはいつもの冬弥がいて、何もかもがいつも通りになってしまうし、それとなく尋ねても冬弥はこんな夜のことを覚えていないと言う。それが嘘であれ本当であれ、踏み込ませてくれないのだけは事実だった。だから、彰人はもうずっと、冬弥が時折こうなってしまう理由を聞けないでいる。

    そういえば、はじめて体を重ねたときも、冬弥は泣いていた。痛くしてしまっただろうか、なにか不手際があったんじゃないかと焦る彰人に、冬弥は違う、違うんだ、と何度も繰り返した。根気強く尋ねれば、ただ、怖いのだと、そう言った。
    その時はそれもそうだと思っていた。彰人自身、冬弥を傷つけないかと怖かったし、この一線をこえると、もう戻れないような気がして、それも怖かった。受け入れる側を選んでくれた冬弥なんて、尚更怖いだろう。本来そうするための部分でないところを使って、彰人を受け入れるのだから。
    けれど、冬弥はそういうことじゃないと言う。そうではなくて、自身の空虚と渇きを自覚してしまうことが怖いのだと。
    あの日以来、冬弥は幾度となく自分には欠陥があるのだと主張している。

    〝小さなティーカップで湖の水を満たすにはどうしたらいいだろうか。〟

    いつの日だか話していたことをふと思い出す。
    突然冬弥にそう尋ねられて、あまりにも荒唐無稽な例え話に一体何なのかと聞き返せば、冬弥の読む本の中にそのような話があったのだと言っていた。
    「現実的じゃねーけど、たくさん用意して一気に水を入れればいいんじゃねぇの?」
    「なるほど、そういう方法もあるんだな」
    彰人の答えにそう返して、それから冬弥はなんと話していたのだったか。ただ、その後の冬弥の言葉が、やけに昏く沈んでいるような気がした冬弥の瞳が、なんとなく、本当になんとなく危ういような感じがして、無理矢理話を終わらせたことを覚えている。

    実のところ、彰人には冬弥の言う欠陥というのがよく理解できなかった。
    足りないのならいくらだって満たそうと思ったし、不安なら何度だって言葉をかけようと思っていた。怖いのならば震えがおさまるまでずっと傍にいてやるし、信じられないなら信じられるようになるまで隣で歌ってやりたいと、そう思っていた。それは冬弥がかつて彰人してくれたことと同じだったから、彰人にとっては何も問題なんてなかった。けれど、冬弥はいつの間にそんな笑い方を身に付けてしまったのかというほど穏やかに、きれいに微笑んで、ただ一言、すまない、と彰人を拒絶した。
    あの日、今までできていたはずの純粋な関係は音を立てて崩れてしまったような気がする。何かまではわからなくても、彰人の何かが冬弥を余計に苦しめていることは、いやでもわかってしまったから。
    けれど、苦しめるくらいならば手放そうとも思えなかった。彰人自身にあった独占欲だけが理由じゃない。ここで手放して一時的に冬弥を苦しみから解放したところで、冬弥はきっと、別のことで一生ひとりで苦しむような気がした。同じ苦しいなら、彰人の隣で苦しんでほしいと思った。それなら気がつけるんじゃないかと、一緒に悩んで、苦しんでやれると、そう思った。
    彰人が引き止めなければ、冬弥は今頃同じ部屋で眠ってなどいないだろう。ひょっとしたら、こんな抜け殻のような状態で、ひとり泣いていたのかもしれない。そうだとするのなら、あの日の彰人の選択は間違えていなかったのだと、そう思える。それがたとえ自己満足にすぎなかったとしても、今の冬弥をひとりにはしたくなかったから。今はまだ、一緒に苦しんでやることはできていないけれども、ひとりで苦しませないことくらいはできているんじゃないかと、そう思えるのだ。

    それにしても、どうして急にあの日のことを思い出したりなどしてしまったのだろうか。
    いつの間にか冬弥の体からは力が抜けて、彰人に凭れ掛かるようにして眠り始めてしまっていた。眠っている冬弥はいつも息をしていないみたいに静かだから、彰人は時折不安になる。
    「……冬弥、」
    名前を呼んで、頬に残る涙のあとをそっと撫でてみた。そこには確かなかたちがあって、冬弥がそこにいるということを教えてくれている。やるせなかった。

    起こさないようにゆっくりと冬弥の身体を横たえさせると、むずがるような鼻にかかった声と共に、冬弥は長い睫毛を僅かに震わせた。
    起こしたか? と恐る恐る様子を見てみるが、それは一瞬のことで、すぐに部屋の中は静寂が戻ってくる。あまりにも静かだからか、デジタル時計の発するジーという駆動音まで聞こえてくるようだった。
    大丈夫だ、平気だ、怖いことなんて何もない、お前は何もおかしくなんてなってないし、心配することなんて何もない、そんなふうには言えない。そこまで無責任にはなれない。
    でも、いつかは。
    「――大丈夫に、なるから」
    きっと彰人には一生かかっても、冬弥の苦しみの全てを理解してやることはできない。自分の考えが理想論であることは薄々はわかっている。
    だってそうだ、彰人の思っていることだって、その全てが冬弥に伝わるわけでもない。生まれも育ちも全く違う別々の人間なのだから、それは当然のことだった。それでも、理解したい思う。いつの日にか雪がとけて春になるように、ずっと続けていればいつかは、雪解けの水が染み込んで空っぽの湖だって満たせると、そんな春が訪れるはずだと、彰人は信じているから。

    雪は未だにやむ気配はなく、滔々と世界に降り続いている。それでも、夜明けを待つ空は微かに白んでいた。
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