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    音羽もか

    @otoha_moka

    書いたものとか描いたものを古いものから最近のものまで色々まとめてます。ジャンルは雑多になりますが、タグ分けをある程度細かくしているつもりなので、それで探していだければ。
    感想とか何かあれば是非こちらにお願いします!(返信はTwitterでさせていただきます。)→https://odaibako.net/u/otoha_moka

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    音羽もか

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    姉視点での彰冬。少し未来の話。姉が弟をからかったり見守ったりしてる。要素は彰冬だけですが捏造は全方位。

    #彰冬
    akitoya
    ##彰冬

    しあわせ色は何色か「高校卒業したら出ていく、とか言ってた割にはなかなか出ていかないのね」
    「は?」
    大学から帰ったら、弟が家にいた。リビングのソファで何やらスマホをいじっている。それが、物件検索アプリであることを、私は知っていた。

    弟――彰人は、高校三年生の秋頃にはもう進路を決めていた。当時浪人生だった私とは真反対かもしれない。てっきり、相棒と同じ大学に行くとか言い出すんじゃないかと思っていたけれど、「オレには無理」とのことだった。冬弥くんの進路は知らないけれど、彰人がこんなにあっさり諦めるようなところなのだから、きっとすごく頭のいい大学なのだろう。
    彰人の進路は専門学校だった。中学の頃に始めた音楽活動に全てをかけている彰人は、はじめはフリーターでもやりながら活動を続けるつもりだったらしい。けれど、彼の相棒――冬弥くんの説得と、それからバイト先の店長の説得で、スタイリストの専門学校に進路を決めた。冬弥くんからは、彰人の気持ちはわかるが今の音楽活動の為に未来の音楽活動が危ぶまれかねない進路は褒められたものではない、と言われたらしい。全く、しっかりものの相棒がいてくれてよかった。それすら、最初は「本気でスタイリスト目指すやつが集まるところに、ファッションが好きだから程度の感覚で行けるか」と言っていたらしいが、そこはバイト先の店長が「じゃあうちで正社員として雇いたいから」と提示してくれたそうだ。この頑固男のためにあれこれと手を尽くしてくれる人達には感謝しかない。
    さて、そんな弟だけれど、志望校に無事進路が決まったときにはもう、高校を卒業したら家を出たいと話していた。それで、一人暮らしなのかと問えば、違うと言う。それどころか、今度の日曜に人を連れてくる、だなんて畏まって言い始める。
    ああ、これはきっと冬弥くんだな、と私はすぐに勘づいた。いや、わかってなかったのはお父さんくらいかもしれない。何もわかってないと思ってムカついていたこともあったけれど、やっぱり今回も何もわかっていない。まあ、今回は私には関係ないから、ムカつきはしなかったけれど。

    そんなこんなで日曜日。弟は予想通り冬弥くんを連れてきた。冬弥くんの手には別にいいって前にも言っていたのに菓子折があって、相変わらず真面目な子だなあと思う。けれど、その日は本当にいつもよりも厳かというか、真面目なというか、シリアスな雰囲気だった。冬弥くんに対して、彰人は何度も「大丈夫だ」と声をかけていて、冬弥くんも神妙な面持ちで。
    それに、二人は普段なら彰人の自室へ向かうのに、今日はリビングにいた。どうやら、家族待ちみたいだった。
    私は挨拶もそこそこに自室に戻って受験勉強を続けることにした。けれど、どうしてもリビングが気になってしまう。握っていた鉛筆を置いたり持ったりして、結局辞めてしまった。受験勉強の静物デッサンはまた明日だ。最近頑張ってたし、一日くらいいいよね。
    リビングに戻ると、やっぱり二人はまだそこにいた。よく見ると、お茶も何も用意してない。彰人ってば、本当気が利かないんだから!と、代わりに私が用意してやることにした。お母さんが帰ってくるまではまだ、少し時間がある。こんなんじゃあ、冬弥くんが可哀想だ。
    「はい、どうぞ」
    「……あ、すみません、気を遣わせしまって。ありがとうございます」
    「お前、部屋戻ったんじゃねーのかよ」
    「あんたが気になってね。っていうか、客人にお茶も出さないってどういうこと?」
    「ぐ、それは……」
    見ればわかる。彰人は緊張しているんだ。だから、お茶のことも頭から抜け落ちていたんだろう。冬弥くんの方は緊張しているという雰囲気ではないけれど、少し元気がないのはわかる。
    私は二人が座っている席の手前に腰を下ろした。彰人が訝しげにこちらを見てきたけど、知ったことではない。
    「お母さん、まだ少しかかるらしいよ」
    「は?なんで」
    「あんたがこの前、人連れてくるって言ったから。お母さん、きっと冬弥くんを連れてくるんだろうし、ご馳走作らなきゃって張り切っちゃって」
    「そんな、申し訳ないです」
    「あはは、畏まらないで。うちの男共全然料理を褒めてくれないから、冬弥くんの反応が新鮮なのよ」
    「お前だって別に褒めたりしてねーだろ。むしろ、出汁変えただの調味料が変だの細けえ注文ばっかで……っ痛ぇ!」
    「彰人、うるさい」
    余計なことを言おうとする彰人の足を思い切り踏んづけてやる。彰人は結構本気で痛がっていた。いい気味だ。
    「ふふ、変わらず仲がいいんだな」
    「冬弥、お前この光景見てどこに仲の良さを感じられんだよ、どう見ても一方的に横暴なだけだろ」
    「そんなことはない。お互いに遠慮のない、気の置けない関係に見える」
    少し羨ましい、と冬弥くんはどこか遠い目をして答える。そこには少しばかり引っかかるものを感じたけれど、それでも彰人は緊張が解れたみたいだし、それに引っ張られるかのように元気のなかった冬弥くんも少し元気になってくれたみたいだった。
    「それで、二人は卒業したら一緒に住むの?」
    「ぶ、っ、げほ、いきなり何言い出すんだ」
    「この前の反応からしてそうかなあって。彰人、一人暮らししないんでしょ?じゃあ、冬弥くんと住むんじゃないの?」
    「なんでその二択になるんだよ……」
    なんでって、こっちがなんで、だ。それ以外の選択肢があるように見えるとでも思っているんだろうか。あれだけ毎日のように音楽のことか相棒のことしか話題にない生活をしておいて。いや、相棒のことと音楽のことは繋がってるから、ほぼ相棒のことばかりということになるかもしれない。
    「あの、ええと……絵名さん」
    冬弥くんが戸惑うような声色で私を呼ぶ。きっと、今日話そうと思っていた一世一代の告白があっさりばれてしまって、困っているのだろう。そう思うと、なんだか二人が可愛らしく見えてくる。いや、片割れは彰人だった。やっぱり可愛くない。
    「ん?ああ、同居に関しては、多分うちの親は何も言わないと思うよ。だからそんなに気負わなくも、」
    「……いえ、その、同居じゃ、ないんです」
    おずおずと、という表現が似合うような調子で、冬弥くんが答える。同居ではない?でも一緒に暮らすのでは?まさか、勘違い?でもそれなら、なんで今日冬弥くんを連れてきたの?そんな疑問が浮かぶ。それから、ひとつの答えが浮かんできた。
    「え、まさか彰人、あんた」
    「……その、俺達としては同棲のつもり、なんです」
    すみません、と冬弥くんは頭を下げてくる。とんでもない決定打と共に。
    同棲、それはつまり、音楽活動の仲間として共に生活を送るつもりではなく、カップルとして一緒に暮らすつもりということ。つまり、彰人は冬弥くんと付き合っているということだ。
    「本当にすみません、受け入れ難いことなのもわかっています、でも俺は、」
    「ちょ、待って待って!そんな深刻にならなくてもいいから、冬弥くん顔上げて!」
    「……え?」
    「え、本当に?嘘でしょ、彰人のくせにこんないい子捕まえてるとか……」
    本当に、あまりにも衝撃的だ。確かに距離近いなあとか、仲良すぎない?とか思っていたけれども!でも、それは彰人いわく相棒だからとのことだったし。相棒っていうのがどんなのなのかはわからないから、私はそういうものなのかと思うしかなかったわけで。そっか、あの直感は正しかったんだ。
    「オレのくせにってなんだよ」
    「まんまの意味よ!冬弥くん、本当にこんな生意気な奴でいいわけ?性格最悪でも!?」
    「はい、俺は彰人がいいんです」
    なんだろうこの子、聖人?
    こんな生意気で裏表のある彰人を、彰人がいいとまで言ってのける。これはもう、男の趣味が悪いか聖人かの二択に違いない。
    私がそんなことを思っていると、彰人は、はあとわざとらしくため息をついた。だから、そういうところが生意気に見えるんだってば。
    「……絵名、同棲のつもりって下りだけど、今回親には話すつもりじゃねえんだ。まだ、心の準備というか、時間かかりそうで」
    そう言って、ちらりと冬弥くんの方を見る。どうやら、心の準備というのは、彰人本人のことでも、うちの両親のことでもなく、冬弥くんのことのようだ。私には話したし、冬弥くんさえよければ全部話すつもりみたいだった。なるほど、ひょっとしたら冬弥くんの家庭はそういうのに厳しいのかもしれない。それで、カミングアウトするのを人一倍躊躇っているんだ。もしかしたら、何か嫌な思いをしたことがあるのかもしれないし。いや、カミングアウトすることは、きっと誰でもすごく大変なことなんだろうけれども。
    「わかったわよ。付き合ってる云々は言わないでおく。そういうことでしょ?」
    「ああ。チーズケーキでもなんでも買ってきてやるから頼む」
    「別に今回ばかりはよかったんだけど……まあいいや、じゃあ、ガーデンハウスのチーズケーキよろしく」
    そんな話をしていると、玄関からガチャンと音がする。お母さんが帰ってきたみたいだった。
    「じゃあ、冬弥くんはゆっくり寛いでてよ」
    私はそう言って立ち上がる。張り切って作るご馳走はひとりじゃ大変だもん、お母さんのお手伝いをしないとね。一緒に立ち上がって「手伝います」と言い出す冬弥くんはやっぱりいい子で、やっぱり彰人には勿体ないなあと思わずにはいられなかった。

    ***

    そんなことがあって、彰人が改めて冬弥くんを紹介して、冬弥くんがうちの親に彰人と一緒に暮らしたいということをお願いしてから、四ヶ月と少し。もう高校を卒業してから一ヶ月経つのに、彰人はまだうちに居た。
    「まだ見つかんないの?」
    「……ああ」
    それは、決して卒業を間近に破局したとかそんなことではない。ただ、世の中の仕組みがまだ、二人の形に合うようにできていなかったのだ。
    男性同士の兄弟でもないふたりが一緒に暮らすこと、これが難しかった。どうしても友達同士のルームシェアという扱いになるらしく、男友達のルームシェアは印象が良くないとかで、貸主に断られるらしい。それに、ふたりは音楽活動をしている。冬弥くんはとても耳がいいらしいこともあって、防音のしっかりした部屋である必要もあったらしい。つまり、物件がないのだ。
    「そんなもんなのねえ……」
    「シェアハウスばっか薦められるし、音楽活動してることを話すとじゃあ無理だって」
    ひとりで音楽活動してる人なら、まあ物件はそこそこある。たとえば奏の家だって、奏だけでなくお父さんも作曲家だったというし。結局、男二人の同棲が難しいのだろう。
    「冬弥もだいぶ落ち込んでるし、早いとこ決めてやりてぇんだけど」
    「あんたが落ち込んでるんじゃないの?」
    「オレはムカついてる」
    「ふーん、あんたらしいわね」
    すぐに別れることが出来てしまうからだとかなんとかいう理由で、そういうのが難しいことがあると、私も最近調べてみて知った。私から見れば、もう5年もの付き合いであるふたりが別れるだなんて想像もつかないし、そもそも、彰人が冬弥くんを離すとは思えない。けれど、それはふたりを知っている私の視点だ。何も知らない人からすれば、もしかしたら遊び半分での同居に見えてしまうのかもしれない。
    「たまに、割と腹立つことも言われてさ。オレはそういうの流せるけど、あいつはそうじゃねえから」
    なるほど、と思う。確かに、冬弥くんはそういう部分もかなり生真面目そうだ。愛想笑いとか、お世辞とか、そういうものは彼の辞書にはなさそうに見える。
    「あいつ、冬弥は、なんつーか、家ん中でアウェーなとこあるっつーか、まあ色々あって。だから早めにふたりでって思ってたんだけど、こっちの方がむしろ、傷付けてるかもしんねぇってのも思って」
    淡々と話しだす彰人は、私の反応なんて気にしてない。多分地蔵にでも話してるつもりなんだろう。愚痴を言いたくなる時に、そう感じることは誰にでもある。私も彰人にやったことがあるから、お互い様だ。
    「で、単身で同じマンションとか、近くの家借りるのはどうだって提案もしたんだけど、あいつ、すげえ泣きそうになりながら怒りだして」
    そりゃそうでしょ、と相槌を一応うっておく。確かに頑張ってどうにかできる壁の類ではないかもしれないけれど、彰人が真っ先に妥協してどうするのよ。そんなんじゃ、冬弥くんだって不安になるに決まってるし、怒るのも無理はない。って、あの冬弥くんを怒らせるとか、なかなかできる芸当ではないんじゃないだろうか。というかこれ、愚痴じゃなくて惚気?私今惚気られてる?
    「んで、納得出来るところ探すまで頑張ろうってことになったんだよ。でも、断られる度にあいつしょげてるし、こういうのジレンマっていうんだろうな」
    「……それはそれは、愛されておりますこと」
    「……は?」
    自覚がないなら、これは相当ヤバい奴だ。多分、甘い甘いパンケーキの中にすっぽりと包まれていて、甘いの基準がおかしくなっちゃうみたいに、彰人には今のが惚気という自覚がない。五年という歳月がもたらした甘さは筋金入りだ。
    「冬弥くん泣かせないようにしなさいよ?泣かせたら私が冬弥くんの代わりにあんたを殴る」
    「それ、うちのチームの奴にも同じこと言われたんだけど」
    「あはは、それはもう人望の差ね」
    「なんだそれ……」
    そのチームメイトは多分白石さんだろうな。うんうん、見る目あるじゃない。
    彰人は、どうやら今週末にもまた、不動産屋アタックをするらしい。今回は上手くいくといいな、と私まで思わずにはいられない。どうしてだろう、こんな弟孝行になるつもりなんてないのに。頑張ってるのが伝わるから、かな。
    「まあ、何にせよ多分もうひと踏ん張りでしょ」
    「……おう」
    さて、私ももうひと踏ん張りだ。ニーゴで出す新曲のイラストに、学校の課題。学校の課題の方は苦手にしている『色』を題材にしている。けれど、大変だけれども楽しい。それはきっと、私が望んで進んだ道だから。
    彰人はどうだろう。断られる理由は理不尽なもののように聞こえるけれど、それもやっぱり、何年かしたら楽しかった苦労話に昇華されたりするのかな。そうだといいなと思いながら、私は部屋に戻ることにしたのだった。

    ***

    それから、三ヶ月。季節は夏になっていた。
    彰人はあれから一ヶ月くらい経って、やっと引越しの手配を始めた。
    夜のコンビニに行ってくれる弟がいなくなったことは少し不便ではあるけれど、運動習慣ができたと思えばまあいいかなと思う。それよりも、やっと住まいを見つけたと言ってきた彰人の、永久保存し一生からかいたくなるくらいの、あの嬉しそうな顔!あれを見れたのだから十分だ。今度冬弥くんに会ったら教えてやろうと思う。多分、あいつのことだから、冬弥くんの前ではかっこつけてたに違いないし。
    彰人がいないと、少し家が静かになった気がする。仲がいいとはとてもじゃないけど言えない関係。そう思っていた。でも、こうも気持ちが落ち着かないと、やっぱり仲が良かったのかもしれない。瑞希に「それ、寂しいんでしょ」とにやにやした顔で言われた時は、何言ってるんだかと言い返したけれども。
    「あ、最悪……なんで課題で使う色に限って切れてるのよ……このシリーズ、アトリエに置いてないからくすねてこれないし」
    ぼんやりと考え事をしながら、課題用の絵の具を整理していたら、一本だけ、明らかに足りなさそうなのがあった。納得が出来なくて、何度も描き直していたら締切まで近くなってしまった課題だ。早め買いにいかないといけない。
    「はあ……行くかあ……」
    私はひとりそう呟くと、重い腰をあげてエプロンを外した。出かける予定のない日に家を出るのは、いつまで経っても億劫だ。こんな日に、彰人がいれば頼めたのにな、なんてまた少しだけ考える。寂しくなったりはしてない、決して、絶対に。だから違うって言ってば。

    昼間のショッピングモールもしばらくぶりだった。本当は服とか新しい化粧品とかも見たいけど、それは締切が明けてから、と決めている。代わりに、瑞希が良さそうなものをチェックしておいてくれるらしいから、お言葉に甘えて私は課題に専念することにしていた。
    だから、私は画材店へと真っ直ぐ向かう。画材店は7階だ。エレベーターで行く方が絶対に楽だし早いけれど、待っている時間が惜しい気がして、私はエスカレーターへと向かう。
    そこで、見知った姿を見かけた。
    「あれ、冬弥くん?」
    「……あ、絵名さん、お久しぶりです」
    身長が高いって便利ね。冬弥くんを目印にしたら簡単に待ち合わせできそう。エスカレーターの少し前の方にいた後ろ姿に少しだけ歩いて追いつくと、私は彼の肩を軽く叩いて声をかけた。冬弥くんは、私の姿を認めると、ぺこりと擬音がつきそうなくらい丁寧に頭を下げて挨拶してきた。
    「冬弥くんも買い物?」
    「ええ、大学で必要になってしまって。ポートフォリオを作るために、配色の参考書とかあればいいなと」
    「え、配色?冬弥くん、デザイン系にでも行ったの?」
    「いえ、俺のは音楽作品のポートフォリオなんです。なのでデザインはさほど重視されないんですが、それでも、音楽だからと言って聴覚だけに訴えるのは違うような気がして。その、視覚効果というのも大切だと思っていて」
    冬弥くんってこんなに喋るんだ、と初めて思ったかもしれない。どうやら、冬弥くんの進路は音楽系の大学らしい。というか、音大か。気に障らないなら教えてほしい、と断ったうえで進路を訊いたところ、かの有名大学の作曲科、現代音楽コースとやらに在籍しているらしい。なるほど、彰人が無理だと言っていたのがわかる。彰人がいくら音楽に関して努力を重ねていても、それは我流だ。もちろん、我流が悪いわけではない。私も我流の部分はたくさんある。けれど、名門大学の入試となるとそうもいかないだろう。体系的な学習だとか、よくわからないけれども色々と必要になってくるわけで。
    「ところでさ、彰人は元気?あいつ、妙に拘るし、やたら強情だし、生意気でしょ。冬弥くん苦労してるんじゃないかと思って」
    「いえ、俺は全然……むしろ、俺の方が我儘を聞いてもらってばかりです」
    またまた謙遜を、なんて思う。冬弥くんは彰人のことをやたらと評価しているし、そんな返答になってもおかしくはない。そう思ったところで、少し違和感を覚えた。なんというか、冬弥くん、少し元気がない?
    「ねえ、冬弥くん。時間ある?」
    「え?はい、大丈夫ですが……」
    これは、彰人が何かやらかしているに違いない。姉の勘がそう言っている。だから、冬弥くん泣かせたら私が殴るって言ったのに、彰人のやつ、わかってないんだから。
    私は冬弥くんを誘って地下一階にあるカフェに行くことにした。しばらく姉面できなかったから、なんというか、楽しいのかもしれない。ほわわんとまた脳裏に瑞希の言葉が浮かんで、だから違うってば!と頭の中で叫んだ。

    「で、彰人と何かあったの?」
    私は回りくどく手回しをしてどうこう、みたいなのは苦手だ。それに、あまりそういうのは好きじゃない。はっきり言いなさいよって思っちゃう。だから、冬弥くんにもストレートに尋ねた。
    「……その、大したことじゃないんです」
    冬弥くんも、もしかしたら話し相手がほしかったのかもしれない。私が促すと、案外簡単に口を開いた。
    「彰人、最近空いている時間はバイトを詰め込んでいるみたいで……実は、あんまり話とか、できていなくて」
    冬弥くんはそう言いながら俯いて、コーヒーカップを見つめている。その姿はなんだか寂しそうとしか形容しようのないものだ。
    ただ、私からすれば、ほら言わんこっちゃない、といった感じだった。二人で生きていくにはお金がかかる。冬弥くんはどうかわからないけれど、彰人に関してはうちから仕送りが出てる。けれど、それじゃあ足りないのかもしれない。とはいえこれは。
    「……俺も、少しだけ家庭教師のバイトとか、あと、譜面起こしの手伝いとかで多少稼いではいるんです。それに、仕送りもあるので、贅沢をしなければ生きていける程度のお金はあるはずなんですけど」
    「でも、彰人がバイト詰め込んでる、と」
    あれ、お金の問題ではないのか。じゃあ彰人のやつ、どうしてこんなに悲しそうにしている恋人を放って仕事に精を出してるんだろう。少し考えて、ぴんときてしまった。多分あいつ、冬弥くんにプレゼントをしたいんだ。それも、とびっきり高額になるやつ。俗にいう、給料三ヶ月分のアレ。ああ、これは本当に本末転倒だ。彰人のことはきっちりしめておいてやらないと。
    「……あまり、我儘になりすぎるのはどうかと思って、なにも、言えてなくて」
    「あー……あのね、冬弥くん。多分それ、一時的だと思う」
    「……え?」
    彰人がそれをプレゼントしようと考えたのは、きっと、家を探しているときだろう。婚姻制度で結ばれない二人だから、周囲の人間からすれば、二人が結ばれている関係だなんてわからない。もしかしたら、何か余計なことを言うセクハラ不動産屋に出くわしたのかもしれない。それで、確かな証拠品を作ってやろうと考えた。弟のことだから、その思考回路は嫌というほど理解できてしまう。
    「何にせよ、彰人にちゃんと寂しいって言った方がいいよ。じゃないと、あいつ、冬弥くんが寂しがってることに気付かないで一人で突っ走るかも」
    というか、現状すでに勘違い野郎街道を独走中だ。冬弥くんは、そんな証拠品がほしいわけじゃないだろうに。一緒に暮らしたいというのは、おはようって言い合って、一緒にご飯作って、一緒に食べて、行ってきますを言い合って、何気ない会話を楽しんで、それからおやすみを言い合いたいって、そういうことだろうに。これだから、わかってないやつは困りものだ。
    「でも、彰人は考えあってのことだから、そんなこと言って困らせたくないんです」
    「そんなの大丈夫。姉に免じて、ばんばん困らせてやってよ。あいつも絶対冬弥くんのこと困らせるし、というか今困らせてるし、お互い様でしょ」
    「そう、でしょうか……」
    しゅんと項垂れている冬弥くんに、私はそう言って笑いかける。冬弥くんも冬弥くんだ。あんな男に引っかかるなんて見る目がない。そして、そいつが弟でよかったなんて少しでも思っちゃう私も、やっぱり見る目がない。
    「やっぱり冬弥くんはあいつには勿体ないなあ」
    もっと一緒にいたい、なんて可愛い我儘を言うだけで、こんなにも悩んじゃうような、こんな健気な恋人、なかなかお目にかかれないだろう。それを当然のものとして受け止めてるようならば、彰人もまだまだだ。
    そうだ、彰人にはメッセージアプリで冬弥くんが寂しがってたことを連絡してやろう。きっと、どこで会ったとか何を話しただとか、やたらと問い詰めてくるに違いない。そんなに気にしてるなら、バイトを減らして一緒にいる時間を長く作ってやればいいのに、馬鹿な奴だ。まあ、私達はこうして、仲良くお茶してるわけだけどね。本当、ざまあない。恋人を寂しがらせるのは重罪、そこんところを学習してくれるといいんだけど。
    メッセージを送るなり、すぐに既読がついて、案の定『は?何でだよ』だとか『冬弥に妙なことしたら許さねえ』とか送られてきた。私はそれを冬弥くんに見せて横流ししてやる。
    「ふふ、彰人ってばこれ絶対焦ってる」
    「……なんだか、巻き込んでしまってすみません」
    「いいのよ、面白いし、それに、彰人にはちょっとムカついてたところだし」
    「ムカつ、え……?」
    「ああ、ごめん、こっちの話」
    せっかくだから、冬弥くんとの写真も撮って送り付けてやろう。自撮り垢は少し前に消してしまったけれど、大学用のアカウントで今でもいくつか自撮りはあげているから、それなりに自信がある。この際、最高に彰人をやきもきさせてやりたい。
    「そうだ、冬弥くん、被写体になってくれる?いっそ彰人にも寂しいって気持ち、味わってもらおうよ」
    「……そう、ですね。それもいいかもしれません」
    断られるかと思えば意外にも乗り気の返答が返ってきた。なるほど、内心では割と怒ってたのかも。それなら、尚のこと気合いを入れないとね!
    「じゃあこの角度で、あ、コーヒーカップはこう持って……これでよし、はいチーズ」
    スマホのカメラで冬弥くんを撮って冬弥くんにも確認してもらう。冬弥くんはあまり写真に詳しくないらしく、こてんと首を傾げて、それから「いいと思います」と頷いた。これを甘い感じに加工して、彰人に送り付ける。私達が何をやってるのか、彰人は気にしまくっているに違いない。既読がついてしばらくは返信がこなかったけれど、やっときた返信はといえば『お前らな……』『冬弥、お前帰ったら覚えておけよ』という内容だった。なんで冬弥くんへの伝言を私のスマホにしてるんだか。この写真を今撮ったとも、今目の前に冬弥くんがいるとも、私は一言も言ってないのに。
    「ふ、ふふ……俺が目の前にいるなんて、絵名さん言ってないのに、確かにこれ、彰人焦ってますね」
    「ふふ、本当、あはは、彰人ってば、冬弥くんのこととなると余裕なくなって面白いんだから……っ!」
    私たちは、お互いに顔を見合わせると、堪えきれずに笑ってしまう。小さな復讐はこれで完了。あとは、彰人が思い知れば万事解決だ。けれど、それが出来るのは冬弥くんだけ。だから、私の役割はここまで。
    「きっと、今日の彰人は飛んで帰ってくるわよ」
    「そうだと……嬉しい、ですね」
    ほわりと冬弥くんが微笑む。彰人とたくさん話ができるかもしれないことが、楽しみで仕方がないという風に。それは、私から見たって、とても可愛らしい思える表情で。見ているこちらまで幸せな気分になるくらい、綺麗で、眩しくて。私にも、こんな風に思い合える人が出来ればいいなあ、なんて柄にもなく思ってしまう。ニーゴのみんなはかけがえない大切な人達だけど、こういうのではないし。
    「さて、そろそろ出よっか」
    「ですね。今日はありがとうございました」
    店を出ようかと伝票に手を伸ばしたところで、冬弥くんは財布を取り出して、自分の頼んだブラックコーヒーと私の頼んだカプチーノのお金を全部出してきた。店員も呼んでしまい、勝手に会計をはじめる。
    「ちょ、冬弥くん?!」
    「お話を聞いてくださったお礼です、奢らせてください」
    「いや、悪いわよさすがに」
    「じゃあ、これも俺の我儘なのできいてください」
    「急に言い方だけは図々しくなったわね、けどこれは受け取らないから」
    ひょっとして、冬弥くんって彰人とは別ベクトルで強情?そんな新たな発見をしつつ、私も私で頑固な自覚はあるので、遠慮なく冬弥くんの手にお金を握らせる。もう、奢るとか奢られるとかそういうのじゃなくて、お互いにただの意地だった気がするけれど。
    「代わりにさ、またこんな風に一緒にお茶しない?」
    それから、今度は私の我儘な提案。だって、聞きたいじゃない。彰人がその後、どんな顔して冬弥くんの元に来るのか。あいつの目論みはどうなるのか。だから、私は冬弥くんをスパイに仕立て上げるつもりでそんな提案をした。
    「はい、是非」
    けれど、冬弥くんは私のそんないたずらごころなんて気づいていないみたいで、あっさりと受け入れる。なんだか、この純粋さはこちらまであてられてしまいそうだ。あまりの素直さに駆け引きするのも悪い気がしてきちゃう。そういえば、瑞希もそんなようなこと言ってたっけ。彰人もそうなのかもしれない。
    「しょうがないやつだけど、彰人のことよろしくね」
    「はい」
    カフェを出て、お互いの帰路へ着く。別れ際にそんなことをいえば、冬弥くんは少しきょとんとした顔をして、それからそう微笑んでみせた。冬弥くんの帰る場所は、彰人と住む家。私の帰る場所は、かつて彰人が住んでいた家。そう思うと不思議な縁を感じてしまう。そして、そんな不思議な縁があるからこそ、素直な気持ちで祈ることができる。そう、有り体ににいうなら、幸せになってほしいなと思った。
    「ああそれと、彰人にひとつ伝言も頼んでいい?」
    「え、はい」
    「ガーデンハウスのチーズケーキ。半年以上も約束すっぽかし続けるとか最低って言ってやって」
    「ふふ、必ず伝えておきます」
    それじゃあ、またね、なんて言い合いながら、私は手を振って冬弥くんと別れた。なんだか楽しみなことが増えたようで、気分が良い。
    さて、家に帰ったら課題の続きが待っている。今回は、少し大きめの作品作りだ。けれど、きっと集中して、かなりいいものができそう。そんな予感がする。
    「よーし、私も頑張るか!」
    ぐっと拳を握って気合を入れる。それから、私はひとりの帰り道を軽い足取りで駆け出した。


    後日、渋い顔をした彰人が実家までチーズケーキを片手に訪ねてくるのだけれど、それはまた別の話。
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