ロマンスVer.2.0「なあ。お前の名前、教えてくれへんか」
そう問うと、目の前の男は驚いたように眉を上げた。
それまで真一文字に結ばれていたくちびるが薄く開かれ、かすかにわななく。しかと自分を捉えていたその両目は困ったように左右に揺れ、それから下を向いてしまった。ロマンスグレーの短い前髪が、あたたかな風に吹かれて、ささやかに揺れた。
「初対面の男」に話しかけるにしては、真っ当な会話だと思う。少なくとも、今の自分にとっては初めて会う男だ。未だ目を伏せる男にどうしてか軽く詫びを入れたくなってしまってから、思いとどまった。ただ改まって名前を聞いただけだ。おかしなことなんて、何もしてない。自分にはこの男に関する記憶など、どこにも存在していないのだから。
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