はいしん者がssymだと気づく話大学生になって初めての一人暮らしで寂しさから動画サイトを漁り偶然見つけた、弾き語り配信をしているチャンネルを見始めて二年。
チャンネルの配信者さんことカラクリさんは、アコースティックギターとそれを弾く自分の手元だけを映していて、往年の名曲から最近の流行りも含めて弾き語りをメインに不定期配信している。
雑談はほとんどなくて、むしろリクエストどうぞなんてときや反応をうかがいたい時はフリップに書いた文字を見せてくるので地声はわからない。弾き語り中に時々「間違えた」なんて聞こえたらラッキーなくらいだ。
チャンネル登録者数も、同接もそんなに多くなくてほど良い……というと、カラクリさんにはよくないかもしれないけど、地味に初配信から見てた身としてはこのくらいがちょうどいいと思ってしまう。
心地の好い歌声と、ギターの音。それからギターを操る大きな手と使い古されていくピック。それから時々現れる走り書き文字のフリップ。
それだけで世界を構築しているカラクリさんを、周りに広めるのももったいないと思ってしまうんだからわりとずるいリスナーだと思う。
(選曲的に同い年くらいだと思うんだよなあ)
そんな詮索はよくないと思うけれど、少し古い曲も親世代が同じような気がして勝手に親近感まで覚えてしまった。
今日は配信がないようで、残っている少ないアーカイブからお気に入りのものを選んで再生させて眠りにつくのが習慣になっている。
大学の講義で急にディスカッションが行われることになって、嫌だなあと思いながらランダムに表示された席に座ると相手は他学部の子だった。
背が高くて綺麗な顔立ちの彼はたしか笹山くんと言っただろうか……友達がカッコイイよねえと言っていたのを思い出しつつ、よろしくねと挨拶をすると向こうも軽く返してくれた。
自己紹介時間がそれぞれ一分ずつ、そのあと提示された内容についてのディスカッションを数セット。これを録音しておいてそれぞれ内容をレポートにするというもので結構ダルい。
自分の自己紹介を簡単にして、時間が余ったので最近観た映画の話をすると少し興味を持ったような反応をしてくれたのでひとまず好印象。
「笹山兵太夫です。えーと、学部違うんでやりづらいと思うんですけどよろしく」
話したことはないのにその声をなんとなく聞いたことがあるなと瞬きをしたのを、時間が余ってるから催促したと思ったのかええと、と少し悩んだ笹山くんは最近読んだ本の話をしてくれた。
……んだけど、科学分野のものだったからちんぷんかんぷんで難しそうなものを読むんだねとしか返せなかったのが恥ずかしい。
「学部ってそっち系ですか?」
「そう。でもちょっとこっちの授業も興味あって……取ったらディスカッション多くて後悔してる」
「わかる、わたしは必修だから避けようないけど違う教授の方にしたら良かったなって」
そう揃って苦笑いしたところで時間になって、テーマが出される。
録音のためにそれぞれ携帯を取り出して、録音を開始するために操作をしている最中にふと目に入った笹山くんの手に、なぜか既視感があった。
「どうかした?」
「あ、いえ……」
笹山くんの手を見たことある、なんて言ったらだいぶ気持ち悪いというか不審者すぎる。
(だけど何度見てもカラクリさんの手に似てる気がする)
「ディスカッションしないの?」
「あっ、しますします」
ポチ、と録音ボタンをお互いに押したのを確認してから、ディスカッションを始めた。
カラクリさんは雑談をしないから普段の喋り声を知らない。から、確信が持てないし顔も声も隠してるなら身バレしたくないんだろう。
それよりもあまりにも理論的にボコボコにされるからディスカッションとは!?になってくるから集中しないと押し負けそうだ。勝ち負けではないけど。
それでも、自分にない視点の意見が多くて感心したり深く聞いたりをお互いにできて満足度が高い。
終了の合図でちょっとだけ休憩がたら感想のような会話をして、すぐに次のテーマが出されたので録音を再開してディスカッションを始める。
「はい、そこまで」
その言葉に息を吐くと、話上手いねなんて言われるからそっちもと苦笑いを返すと自分のは捩じ伏せるタイプだからと自分で言うから呆れてしまう。
「でもディスカッションこんなに楽しかったの初めてかも」
「僕も。意見真逆すぎて新鮮」
レポートのためにノートになにかを書いてる笹山くんの手は、やっぱりギターだこやら爪の形やら、どうしてもカラクリさんにしか見えなくて……
残り十分ほどあったから、雑談の雰囲気になってこれで話すのも最後かもと思って聞いてみることにした。
「……笹山くんってギターとか弾く?」
「なんで?」
「ギターだこっぽいのあるから」
「あ〜、まあ趣味程度ではやってる」
「そうなんだ。ごめんね、急に」
「さっき難しい本よりこの話した方良かったね。わかんないからかすごい顔してた」
そう小さく笑った笹山くんに、声を出さなかったのは偉いと思う。
(か、カラクリさんと同じ笑い声だ〜!)
リクエストを募ったときや合間にコメントに笑うときの音と同じで、こんな形で特定するなんて思わなかった……隠したいだろうから反応してはいけなかったけど仕方ないと思ってほしい……
「……あのさぁ、もしかしてなんか察した?」
落ちた声量に、思わず両手を合わせてごめん!と小声で謝ると笹山くんが顔を覆ってマジかぁと漏らすので申し訳ない……ともう一度謝る。
「え、いつから……」
「ごめん、初配信……」
「ド古参……ありがとう……内緒にしててほしいんですけど」
「それはもちろん、むしろ今後配信に大学内の人間いるんだと思って気まずくなったら申し訳ないんですけど」
「あー、まあリスナー個別把握はしてないから今まで通りでどうぞ」
ひそひそとお話をして、お互いにここから先は知らぬ存ぜぬでいましょうと約束をした。
(き、緊張した〜!)
まさか大学内にいるとは思わなかった……今後顔がチラついてしまうのかと少し複雑な気持ちもあったりはするけれど。
そんなことは杞憂で、それから卒業式までカラクリさんは変わらぬスタイルで配信を続けてくれた。
上手くなる弾き語りを聴きながら眠る日々に感謝をしていたけれど、諸事情で配は終わると発表していたので就職でもするんだろうか。
たまに動画は配信するとのことだったので、それを楽しみにしていよう……
「あ、いたいた」
「えっ」
「あの授業ぶり」
卒業式終わりの懇親会で突然笹山くんに話しかけられて驚いてると、居心地悪そうにスーツのポケットに手を入れていて二人でもごもごしている状態になってしまった。
人が多いからそんなに目立たないことに安心する……というのは目が泳いでるせいなんだけど。
「あー、明日一旦区切りの配信するんだけど」
「うん」
「黙っててくれたのと最初から応援してくれたお礼で、一曲だけリクエスト聞いてあげようかと思って」
「えっ……そんな悪いというか……」
「いいから。なんかないの」
「え、え、じゃあその……」
どうしよう、と悩んで前に一回だけ歌った曲をお願いすると、ぱちと瞬きをしてから緩く肩を震わせながら軽く笑われる。
「ほんとに古参じゃん」
「長いこと応援させてもらってました」
「ありがと。久しぶりにやるから失敗しても文句言わないでね」
「もっかい聴きたかったから嬉しい、アーカイブもないから」
それはごめん、とまだ少し笑いながら言ってポケットから何かを取り出した。
「あとこれ、明日の配信終わったら開けて」
「なに?」
「機密情報保持に抵触するから、僕の配信終わるまで絶対開けないでね」
うん、と頷くと笹山くんは卒業おめでとーと言って友人たちの方へと向かったので、そっちもおめでとう!と声をかける。
(なにかは気になるけど、せめて約束は最後まで守るぞ)
鞄に封筒をしまって、友達になになにと聞かれるのをなんとかかわしきって無事に大学生生活の幕は閉じた。
***
こんばんは、のフリップが出ていつものようにカラクリさんの配信が始まる。
いつもの通り、ギターと手元だけの定点カメラの前にめくり続けたフリップが出されて固定の挨拶をしていく。
一旦の区切りということもあってか、いつもより少し同接も多い。
数枚まとめてめくったフリップに、その場で何かを書いていく姿は新鮮だ。
『今日で一旦区切りですが、最後の方でお知らせがあります』
なんだろう、とソワソワしながら流れていくコメントも少しだけ目で追っていると早速一曲目と出してからフリップを横に置いてギターを弾き始める。
卒業式で流れる定番ソングで、昨日の卒業式を思い出して少しだけしんみりしてしまう。
そこからコメントからリクエストを拾ったりしつつ数曲を弾き語りをしていくのを、ぼんやりと聴く時間はやっぱり大切だ。この配信はさすがにアーカイブ残るかな、と思っていると昨日リクエストした曲のイントロが流れて思わず姿勢を正す。
カラクリさんの奏でるギターの音も歌声も優しくて、明日も頑張ろうと思えるその曲は数年ぶりに聴いて少しだけ目頭が熱くなる。
(支えられてきたなあ)
そう浸っていると歌い終えて、優しく丁寧にギターの後奏も終わった。
『お知らせ出します』
情緒のない突然の切り替えに思わず笑うと、コメントもいくつか突っ込みが入って、あの小さな笑い声が入る。
『こちらご覧ください』
そのフリップのあとに画面が切り替わって、そこには
「ら、ライブ……!?全部自作オリ曲!?最初で最後!?」
あまりにも情報の多い、カラクリさんのワンマンライブのお知らせでコメント欄がもう読めないくらいの勢いで流れていくのが視界の端に見える。
また画面が切り替わって、フリップをこちらに見せてくる。どうやら走り書きしたのか『コメント速すぎるありがと』と書かれていてこっちこそありがとうと思わず呟いてしまった。
『詳細はこのあと告知します。声をかけてくれた方に感謝です』
『レーベル所属とかもないです、社会の歯車になるので頻度は下がるけどたまに動画更新できたらと思ってるのでこれからもよろしく』
ぺらぺらとめくっていって、コメントを読んだのかいくつか紙をめくってなにかを書いてから見せてきた。
『ライブでも顔出しはしないですが、フリップ芸難しいので少しだけ喋るかも』
まだわかんないけど、と付け足したあとにいつものフリップで配信の蓋が閉じられる。
呆然として、それからハッとしてパソコンの横に置いていた封筒を手に取ってそっと封を切った。
ドキドキしながら取り出すと、便箋が一枚ともう一枚何かがひらりと落ちる。
慌てて掴んで見れば、カラクリさんのライブチケットが一枚。
「えっ」
驚いて固まってしばらく眺めてから、慌てて便箋を開いた。
もう見慣れてしまった文字が『ご迷惑でなければ招待させてください』とだけ書かれていて、ええ……と困惑する。
受け取れない、と言いたいところなのに連絡先も知らないし、誰かに連絡先を聞くにはあまりにも学部の毛色が違いすぎてツテもない。
甘えていいのだろうか……そう悩んでから、会場のキャパの狭さにこれはチケットを取れる気がしないとしばらく唸ってしまって……
自分で取らなかったら甘えよう、そう決めてカラクリさんのチャンネルに更新されたライブ情報からチケット申し込みをした。
結局、チケットがご用意されることはない情けない結果になってしまったので甘えてしまうことになるのだけれど……
そうして招待された席でのライブ終わって帰る準備をしているとスタッフさんに声をかけられて、楽屋に来ますか?と言われたけれどさすがにお断りをしたらまた封筒を渡されてしまった。
悩んでから会場前のスペースで封筒を開いて、二枚の便箋の一枚目の文字を目で追う。
『君は楽屋には来ないと思ったから、手紙にしました。
今日は来てくれてありがとう。ようやく借りを返せた気分です。
カラクリを見ていてくれてありがとう。
ライブ楽しんでもらえてたら嬉しいです。
カラクリ』
そりゃもう楽しかったし、貸しを作った覚えもないのに律儀な人だと笑う。
カラクリさんでいてくれてありがとう……と思いながら、締められた手紙の内容的に、じゃあ二枚目の便箋はなんだろうと首を傾げる。
チケット代の値段でも書いてるんだろうかなんて思いながら見る。
『ディスカッションをしたとき、存外楽しくて君とまだまだ話したいと思いました。
今さらながら、友達になれたのではないかと思います。
せっかくの縁を手離すのは惜しいので、間に合えばいいなと思います。
笹山兵太夫』
書かれてた内容に思わず立ちあがったその後ろから、声がかかる。
「間に合ってよかった」
そう言った彼は、手元の便箋に目を落としてから笑う。
「よかったら友達にならない?」
あの授業の日から、この人はそんなことを思っていたのかと驚く。
そして、その縁を「あなたのファンです」と言って手離したのはわたしだと気付く。
「カラクリは多分もういなくなるから。笹山兵太夫として、どうかな」
ギターだこのある手が差し出されるのを、嘘のように眺める。
いいのかな、と少しだけ悩んでからあのたった一回の授業で楽しかったことを思い出すと、図々しくも惜しく思ってしまう。
「チケットももらって、友達にもって図々しい女だと思わない?」
「どっちも僕がしたことだから思わないよ」
おずおずと手を握るか悩んでいると、パシッと手を掴まれてしまった。
「たまに弾き語りもしてあげようか」
「それはさすがに越権行為!」
「ふっ、ははっ!」
楽しげに笑ってから携帯を忘れたという彼に、自分のメッセージアプリの連絡先を書いて渡すと嬉しそうに笑って受け取るから少し照れてしまう。
「ごめん、もう戻らないと。あとで連絡するね」
「うん。あ、ライブすごい良かった!ありがとう!」
「あとでゆっくり聞かせてもらうよ」
じゃあねと会場に戻っていく背中を見送ってから、その場にしゃがみ込む。
(こんなことあっていいのか)
卒業してから笹山くんと友達になるとは思わなかった……ドッキリだったらどうしよう。
とは思いつつも、あとでくるだろう連絡を待ちわびてしまう。
「早く帰ろ」
物販で買ったオリ曲のダウンロードQRを読み込んで、聴きながら帰ることにして立ち上がる。
帰りの電車、突然きた笹山くんからの連絡で飛び上がることになるのだった。
25.06.29