俺の一世一代の告白にいつもの調子で「いいよ」と凪が答えたから、あっという間に有頂天になった。その勢いのまま、つい言ってしまったのだ。じゃあデートをしよう、と。面倒がる凪を押し切ったその時の俺は、間違いなく無敵だった。
そんな無敵な数時間前の自分を、心の底から恨めしく思う。
(凪のやつ、明らかに俺の気持ち分かってないで返事してたよな…)
はあ、とため息をつきながら、ベッドの上に並べた服を吟味する。こっちは地味、これだと気取りすぎ…。
(浮かれて駅前で待ち合わせしたい、なんて)
恋人になれたのだ、と思った途端、今まで馬鹿馬鹿しいとすら思っていた「カップルっぽいこと」が急にしたくなったのだ。その衝動のままに行動できたのは、ひとえに浮かれていたからに他ならない。
(いつもみたいに迎えに行く、って言えば良かったよな)
冷静になった今、ただただ凪が面倒そうにしていた記憶ばかりが蘇って気が重くなる。
(まあ、どうせ来ないだろ)
「……やっぱベージュのがいいか」
寒暖を日に日に往復しながら冬へ向かう今日この頃。もう秋物のコート一枚だけでは、ビル風の吹く中で待ちぼうけするにはすこし肌寒い。
それでも待ち人の姿が見えるとあっという間にそれも忘れてしまった。
(すげー、ほんとに来た)
こう言ってはなんだが、あの凪が、だ。
しばらく、感慨深くその様子を眺めてしまった。幼げな顔立ちがきょろきょろあたりを見回す様が妙に可愛らしい。
「凪、」
こっち、と手を上げて呼びかけると雑踏からひょっこりと飛び出していた顔がこちらを向く。
「おはよー玲王」
するすると器用に人並みを縫って凪がのんびりと向かってくるのを見て、思わず苦笑した。
「おそようだよ、1時間遅刻」
「連絡したよ」
そう。珍しく待ち合わせ時間直前に「今起きた、ごめん」と連絡をしてきたのだ。びっくりしすぎて、思わず既読無視をしてしまった程だ。
まだ眠そうな凪は黒のトレーナーにだぼっとしたパンツという、いかにも部屋着な装いで不満げに唇を尖らせている。
「迎えに来てくれたら良かったのに」
むく、と子供みたいに口を曲げる様子がいつものままの凪で、思わずその手を取ってあやすように揺らした。
「悪かったよ、今日だけ」
ご機嫌を取るように、な?と少しだけ上にある凪を覗いて目を合わせると、ふ、と微かにため息を吐かれた。
「…手、冷えてる」
「あ、ごめん。冷たかったか」
謝りながら離そうとした玲王の手に、凪がポケットから取り出した何かを握らせた。
手の中を見ると、ブラックの缶コーヒー。
「…、さんきゅ」
「うん」
凪が普段飲まないそれは、明らかに玲王のために買われたものだ。まだほのかに温かなそれは、じわじわと両手の指先を暖めてくれるけれど、それよりも早く、かーっと耳に熱が集まるのを玲王は自覚してしまった。
あの凪が、気遣いをしようとしてる。それだけで「特別」を感じてしまう自分を必死で宥める。
(…、いやいや、俺、都合良く考えすぎだろ)
「手、あったまった?」
「お、おー」
「じゃあ」
ぐい、と手を掴まれて繋がれる。指と指の間に凪の白い指先が絡んで、ぬくもった手の甲にひんやりと触れた。
恋人繋ぎだ、と冷静に思いながら、それをじっと見ていた玲王は、なにも言葉を継げずに凪を見上げる。
「あったか…じゃあ、行こっか」
そのまま、目を白黒させる玲王の手を引いた凪は、また雑踏の中へ歩き出した。
「なに、凪。手、」
(やっぱり、変だろ!)
動揺する玲王をよそに、振り向いた凪の瞳がくるりと光を宿してこちらを見た。
「だって、折角の初デート、でしょ」