スポーツやってれば接触なんてよくあること。気にしていたら試合は出来ない。
「!わり、」
「いや、こっちこそ」
試合形式での練習中にぶつかって派手に転んだ。しかも俺だけ。見事な転びっぷりに少しの気恥ずかしさを覚えて、大丈夫だからと言い張り相手を試合へ戻した。
(ああは言ったけど…)
じん、と痛む足首に顔をしかめる。庇いながら立ち上がったが、体重をかけたところで思わずかくん、と膝が折れた。
「、っ」
なんとか倒れずに体勢を立て直したものの、このままプレー続行は厳しそうだ。
(保健室…)
「玲王」
いつの間にこちらへやって来たのか、俺の様子がおかしいことに気がついたらしい凪に肩を支えられた。
「わり、足やったみたいだ」
「保健室まだ開いてるかな」
やりとりしていると、異変を察知したらしい先ほどのチームメイトが駆け戻って来る。重ねて謝ろうとするのを制して、保健室へ行く旨と、適当な所で練習を切り上げるよう伝えて練習を抜けた。
「悪い、肩貸してくれ」
「…こっちのが早くない?」
少し上にある肩を支えに歩き出そうとすると、それを引き止めて凪がその場にしゃがむ。背中をこちらに向けたまま振り返って、じっと見上げてきた。
おんぶだ。確かにふらふら歩いて行くより早いだろうが男子高校生がすることでも無いような気がする。
(いやまあ……、今更か)
背負う側ならしょっちゅうしている。数瞬悩んで、好奇心が羞恥心に勝った。普段凪から見える景色を見てみたくもあったし、こんなことでもなければ凪におんぶをされるなんて、2度とないチャンスかもしれないと思ったのだ。
「確かに、こっちのが早いな」
言い訳のように凪の言葉を繰り返して、そこへ恐る恐る乗る。
(うわ、)
つい今しがたまで練習をしていたその背中は熱い。とたん生々しく凪の存在を感じて、急速に熱が全身を駆け巡った。
おぶった凪の方は立ち上がった時点ですでにうえーおもーい、と失礼な文句を言っていたが、一度背負い直してバランスをとるとさくさくと保健室へ向かって歩き出した。
「…」
(これは結構、宜しくないかもしれない)
興味の対象だった5センチ上から見る景色は、案外いつもと大差ない。それより、頬をくすぐるふわふわの髪の毛や首筋から漂う汗の匂いが気になって、思わず目を瞑った。
(…あつい)
ぐるぐると目がまわるようだった。こんなに暑くて、凪に気付かれたりしないだろうか。いつもなんてことない顔でおぶられている凪を思い返すと、自分の動揺はどう考えてもまともではない。もし気づかれて、どうしたのなんて聞かれたら。
———どうしてしまったのか考えないといけなくなる。大切な宝物になんでそんな熱を感じるのか。そんなことになったら、正直困る。
「とうちゃーく」
息の詰まるような、まだ続いていて欲しいような不思議な時間は、間の抜けた凪の声と共にあっけなく終了した。保険医は席をはずしているようで、無人の保健室は西日が差している。
ベッドに俺を下ろすと、凪まで一緒になってそこへ腰掛けてゴロンと寝転がった。
「俺超頑張った。ほめて」
だらーんと伸びている凪の頭を撫でてやると満足そうに目を細めた。その様子に、思わず肩の力が抜ける。
「もうひと頑張りして救急箱とってくれ」
「うーい」
のっそりと起き上がって十字マークの箱を持ってきた凪は、床に座り込んで玲王の左足を取った。あぐらをかいた膝の上にそれを乗せて、救急箱から包帯と湿布を取り出している。
「えっ、何手当してくれんの」
てっきり救急箱を手渡されてじゃあ帰るからと言われるかと思っていたので、びっくりして身を乗り出してしまった。
「俺のことなんだと思ってるの。包帯くらい巻くよ」
出来栄えは期待しないでね、と言いながらも湿布を貼ってきつめに足首を包帯で固定していく手際は意外にも良い。もともと器用なたちなのだろう。
「動かせてるし、たぶん軽く挫いただけだと思うけど…ばぁやさんに整形連れてってもらった方がいいよ」
驚きが勝ってぼんやりと凪の手元を見ていたが、促されてスマホを取り出す。連絡を入れるとすぐに車で向かうと返答を貰えた。続けて、チームメイトからもメッセージが入る。
「はい、できた」
「さんきゅ。荷物、部室から持って来てくれるって」
「ふーん、じゃあばぁやさん来るまで俺もここにいよ」
もう練習に戻る気はないのだろう。凪は言いながらまたベッドに座り直した。分かっていたので荷物は2人分持って来てもらえるように既に返信済みだ。
「はー、疲れた。玲王、よくいつもおんぶなんてしてるよね」
「おまえが言うか」
「俺はやっぱりおんぶはしてもらう方がいいや。早く治ってね、玲王」
やけに甲斐甲斐しいと思ったら、そういう魂胆だったらしい。まあ、労わってくれたことは素直に嬉しいが。
「…俺は、おんぶはする方がいいかもなー…」
しみじみ呟くと、不思議そうな顔をした凪が「やっぱ玲王って変わってるね」と首を傾げた。