君を喰むその日の浄は饒舌だった。
家に来てからずっと一人話していた。
何でも秋にオープンしたジビエ専門店に客と行ってきたらしい。
ドレスコードも正直ないような店なのだろう、今日の彼はざっくりとしたセーターと渋めの色合いのチェックのパンツといつもよりずっとラフな姿だった。
上着もダウンジャケットな辺り、徹底してる感じだ。
その店は特に料理のジャンルには拘らず和洋折衷、素材が一番美味しい食べ方を提供する方針らしい。
いつもはヤツの話なんて半分も聞いていないが、ジビエ専門店とありその日は割とちゃんと聞いていた。
「それでね、デザートというのがまた素朴でね。木の実をたっぷりと混ぜ込んだパウンドケーキとヤマモモのジャムを添えたアイスで」
なるほど、ヤマモモの旬は初夏だから保存食にして提供しているのか。
浄の話からは料理人のジビエや野山に対する知識の深さがうかがえた。
「それをハーブティーで頂くんだが、自然を食べてるって感じがしてね。らしくなく身体が浄化される感じがしたね」
そう言うと浄はふふっと笑った。
一応こいつも自分の不摂生は自覚はしているのか、彼の言葉にそう思った。
酒はいくら飲んでも酔わないからいくらでも飲むし、何か食べていると思えばスイーツばかり。
恐らく仮面ライダーになるための人体改造を受けていなければ、浄は今頃しっかり生活習慣病予備軍だろうと思う。
親子でも恋人でも何でもない相手だから俺から何か言うつもりはないが、それでも見ていてあまり感心はしない。
「皇紀も興味が湧くんじゃないかな。今度一緒にどうだい?」
そう言われて並べて置いたナイフから顔を上げて浄を見るとセーターの襟ぐりに目が行った。
大きめに開いたそこはいつもはシャツで隠れている鎖骨や首周りを顕に覗かせていた。
ふとこいつはどんな味なんだろうと思う。
そのまま立ち上がりテーブルを回って浄のいる方へと歩く。
彼は不思議そうに自分に向かってくる俺の顔を見上げている。
彼の前に立つと片腕を片方の肩口に、もう片手はセーターの襟ぐりを掴んだ。
「いっ!」
襟ぐりを肩口の方へと引っ張って広がった肌色に噛みつくと浄は声にならない悲鳴を上げて俺のことを突き飛ばした。
彼は慌てて部屋を見回すと入口付近に置いてある姿見の前へと足早に向かった。
「うわ、歯型が付いてるし。え、ちょ、血まで出てるんだけど」
姿見に肩を晒して浄は信じられないといった顔をした。
「ティッシュ!」
そう言っても動こうとしない俺に浄はベッド近くに置いてあった箱を取りに行き、戻って来ると出血している部分にティッシュを当てた。
そんな彼の様子を眺めながら何となく唇を舐めると微かに鉄の味がした。
何だろう、上手く言えないがざらつきがあり何だか変な味が混じっている気がしなくもない。
「……不味い」
ぼそっと呟くと浄は心底呆れたように息を吐いた。
「こんなことしといて言うことがそれなんだ」
「不味い肉質のヤツとは食事には行かない」
俺の言葉に彼は啞然ととした様子を見せる。
見た目も旨そうな肉質ではないがこれで不味いのは確定だ。
全くどんな生活を送ったらこんなよく分からない味の血液が流れるのだろう。
「生活習慣病……」
さらに小声で呟いた言葉に浄の顔色が悪くなる。
多少なりとも心当たりがあるようだ。
そうでなくては俺が困る。
こいつがいなくなったら今以上にフロアに引っ張り出されかねない、盾は健康でいてくれた方が安心だ。
まだ文句を言いたそうにしていた浄は結局俺の言葉ですっかり大人しくなった。
こんなことで彼の生活が改善されるとは思ってもいないが多少でも灸をすえられたのならそれもいいだろう。
浄は血が止まるのを待つとその日はそのまま俺の家を後にした。
たまにはヤツの鼻をへし折るのも悪くないな。
ショボショボと玄関を出ていく背中にそんなことを思った。