夜明けの狭間「いい年して少しは落ち着いたらどうなんだ」
　夏の早い夜明けの気配がカーテン越しにも届き出す頃、ベッドの上でのろのろと半身を起こした弟は、自身のいたるところにつけられた鬱血痕を目で追い、呆れたようにため息なんてついて見せた。犯人はもちろん僕。胸元にも、二の腕にも、臍の横にも、太腿の内側際どい場所まで、いくつも思うままに咲かせた所有印は、弟の白く柔らかな肌によく映えた。
　幼少の頃から拗らせてきた弟への執着は、歳を重ねて落ち着くどころか増していくばかりだ。さすがに人前であからさまにそれを出すなんてことはしなくなったけれど、その分二人きりで過ごす夜は歯止めが効かなかった。
　たとえばそう。たまたま一緒になった夜会で見かけた弟が、自身の会社のスポンサーなのかどこぞのお貴族様に必要以上に（と僕には見えた）愛想よく尻尾を振っている様なんぞ見てしまった、今夜のような日は。
　僕の弟に気安く触れるな、と男に言うべきか、何他所の男に色目使ってるの、と弟を怒るべきか、とにかく割って入りたいところだったけれどその場はぐっと堪え、夜会終わりに歩いていた弟を馬車で拉致する程度で済ませてやった。まあその馬車を向かわせる先は夜会の会場から目と鼻の先、弟がロンドンで一人暮らすこの邸宅なのだけれど。
　弟の透き通るように白い肌の、至る所に無遠慮に散らした夜の名残の赤い花。全て服に隠れる位置だから、日常生活に支障なんてない。それに。
「いいの、落ち着いて？」
　怠惰に寝転んだまま片肘をついて紫煙を燻らせ、笑い含みに答えのわかりきった問いを投げかけてやる。弟が文句を言うのはいつだって口先だけだ。独占欲やら所有欲を多分に含んだ夜の痕跡をその身に分かりやすく刻まれることを、いくつになっても満更でもなく思っているのだろう弟とて僕と同類なのだから。夜会会場なんかで他所の男といちゃついていた弟への当てつけ九割で、たまたま本日話しかけてきたご令嬢の皆様には必要以上に愛想よく対応した自覚はあるし、弟がしっかりそんな僕を視界に捉えて不穏な視線を向けてきていたのも確認済みだ。
　ふん、と図星をさされ少々面白くなさげに視線を逸らした弟は、問い返した僕に答える代わりに唇から煙草を取り上げた。吸い差しのそれを勝手に一口のみ、まだ大分長いというのに無言で惜しげもなく枕元の灰皿に押し付けると、僕の腹の上に乗り上げてくる。
　可愛い仕草をしてみせた弟をすぐにまた抱きたい気持ちと、もう少し焦らして楽しみたい気持ちが半分ずつ。
「もうそろそろ帰らないと」
　弟の白い首から胸元、薄い腹へと両手でゆっくりそのラインをたどりながら、思ってもいないことを囁いてみれば、弟も片眉を上げ、へえ？なんて鼻で笑う。
「いいよ、帰れば」
　僕の上から一ミリもどかず挑発的に笑った弟の唇が、帰す気など毛頭ないけどなと言外にたっぷり含ませながら降ってくる。下腹を触れ合わせたまま煙草の苦味が残るキスを分け合っていると、燻っていた情欲の残り火は簡単に再燃させられてしまう。まったくもう、こんな大人みたいな手管を覚えて。
「悪い子」
　下から見上げた弟の首に手をかけて引き寄せ、耳朶を甘噛みしながら囁く。とっくに子なんて歳じゃない弟も僕の首筋に一つ吸い付きながら、馬車が来るまで、といたずらが成功した子どものような顔で笑い下着に手をかけてくる。　
　夜明けのスピードに負けじと性急に高めあって駆け抜ける朝も悪くない。落ち着きなんて覚える気もない僕たちは、飽きずに互いの肌に所有の印を刻み合い、首に手をかけあって夜明けを遠ざけるキスをする。