ころころころりんすっとんとんアイス、リトルフェイス
サンサンと降り注ぐ太陽の光を浴びながらオスカーが窓を拭いていた。きゅ、きゅとガラス戸を滑る雑巾はその熱を吸収して温まる。水に浸して固く絞り再び窓へ手を伸ばす。奉公人としてビームス家に預けられたオスカーの仕事は大抵が家の主人が不在の際のフェイスの世話と家の中の雑用だった。家政婦や家庭教師などのハウスサポーターも雇ってはいるものの、住み込みで働いているのはオスカーだけであり、今日はビームス家に長く来てくれている家政婦の有給のため普段彼女がしている仕事の一端をオスカーが担っていた。
冷房が効いているとはいえ動けば暑さに汗が滲む。軽く額を拭ったオスカーが自身の背中に向けられる視線に振り返れば、薄く開いた扉から走り去るフェイスが見えた。
「……?」
オスカーが仕事をしていても何かがあればフェイスは声を掛けてくる。逃げるように走り去って行ったということは用事があった訳では無いようだ。腕時計の針は14時を差しており、勉強の時間は終わり昼御飯も終えている。何が悪戯を考えついているのかもしれない。フェイスの悪戯のことを考えるとオスカーの胸は少しだけ暖かくなる。フェイスはオスカーにいつだって新鮮な驚きや発見を与えてくれるからだ。
30分ほどで急いで掃除を終わらせたオスカーがフェイスの部屋へと近づいて3回ノックをするが中から返事も扉を開く気配もない。
「フェイスさん、居ま…いらっしゃいますか?」
くとドアノブを軽く回してみれば鍵は掛かっていないようで、そっと扉を開く。
するとフェイスは自室で大きなボールを地面に転がしていた。ごろ、ごとんと重そうに転がるボールをひたすら押したり引いたりしながら動かすという、ボール遊びにしても12歳近い子供がするような遊びではないような気がした。
「あ、オスカーもう終わったの?」
「はい、ひと段落着いたところです。フェイスさんは何をなさっているのですか?」
両親や他のハウスサポーターとは違い、オスカーが勝手に部屋に入ったことは特に咎められることは無い。
「ボールを転がしてるの」
「重そうなボールですね…」
「うん、計りで測ったから、3キロくらいあるよ」
「3キロ?……ということは筋トレ用のボール…でしょうか、あまり見たことがないような…」
「ねえねぇ、オスカーもこれ転がして!」
ぺちぺちとボールを叩きながら呼ばれオスカーはドアを閉めてフェイスの側に近寄ると、しゃがみこみボールを受け取った。大きめのボールにしてはやけに重く、ゴムで出来たような見た目に反してかなり冷えている。
ごろごろと転がせば中で何かがかしゃかしゃと音を立て重心が定まらない。謎のボールだ。
「これは……不思議ですね…」
「上手く転がすのって難しいでしょ?投げたら床傷つけちゃいそうだし」
「……規則性のない動きもトレーニングに取り入れると良いと聞いたことはありますが…不良品じゃないですか?」
「オスカー心配性〜、ね、オスカー、これの転がし方のコツ教えてよ」
「俺が、ですか?」
遊びといえばオスカーよりもフェイスの方が知っていてこういったものの扱いも得意そうなのに、教えて欲しいと上目遣いで見つめられてオスカーは気合いを入れる。
この不安定なボールで楽しく遊べるような提案が出来れば、愛らしい顏を綻ばせてくれるかもしれない。
ゴロゴロとボールを転がし始めたオスカーを見てフェイスがおもむろに立ち上がる。
「喉乾いたからリビングに行ってくる!オスカーはそこで遊んでてねっ」
ばいばいと両手を突き出して手を振ったフェイスが部屋から消える。
「行ってしまった……」
「オスカーお待たせ、そのまま転がしててね〜?」
フェイスの消えた部屋でごろごろと不安定なボールを転がし続けていると動きが安定して来た。そのまま数分転がし続けているとフェイスがぱたぱたと小走りで部屋へと帰ってきた。その手にはシャンパングラスに近い形状のガラス容器とスプーンが2つとナプキンだ。
机の上にナプキンを広げてその上にグラスとスプーンを置いて、言われた通りに転がし続けるオスカーの側に近づいてボールを奪い取った。
「ふぇ、フェイスさん?あのそれは…?」
「えへへ、このボールね、ここを開けれるんだよ」
ボールのつなぎ目にフェイスが指を押し込むとカチリと音がしてボールの側がぱかりと開く。
ふわりと鼻を擽るのはミルクのような甘い香り。それがボールの中から出てくるということが頭の中で結びつかず首を傾げるオスカーの前にフェイスが開かれたボールの口を向ける。すると中には白い何かが入っていて、甘い香りはそこからしていた。
「こ、…これは…?」
「ふふ、これね、実はアイスクリームメーカーだったんだ〜!」
にこにことオスカーを驚かせることが出来たことを喜び、どうだと言わんばかりに自慢げに鼻を鳴らす。
「あ、アイスクリームが…ボールで出来るんですか…?冷蔵庫で冷やして固めるのではなく…?」
興味を示したオスカーへとなおも自慢げな顔のままフェイスが指を違うよと左右に振る。
「これはね、こっち側にアイスの材料をいれて、反対側に氷と塩をたっぷり入れてごろごろ〜ってするとアイスクリームが出来るんだ〜!んと、塩が氷の温度を0度より下にするから、すっごく冷たくなって、冷凍庫がなくてもアイスが作れるんだって!」
「なるほど、そういったものがあるんですね…」
フェイスの説明をしっかりと聞き、頷くオスカーにボールを押し付けると、グラスとスプーンを持ってフェイスが中身をかき混ぜる。掬いとったアイスをグラスに乗せてオスカーに差し出した。
「お仕事お疲れ様、暑かったでしょ?冷たいアイスをどーぞ!」
「……っ、ありがとうございます…!」
アイスクリームを盛られたグラスを受け取りスプーンでひとすくいして口に運ぶと、暑さで少しほてっていた体が口の中に広がる冷たさですっきりする。
「どう?」
「美味しいです。甘さも控えめで丁度良く冷えていてちゃんとアイスクリームになっているんですね…」
「ね、すごいよね?ブラッドお兄ちゃんとたくさんと一緒に作ってたの思い出して、オスカーにもアイス食べて欲しいなって思って作ったの」
話ながらアイスを盛り付け、フェイスはどこに置いてあったのかチョコシロップをかけてから口に運ぶ。
「ん、おいひ〜」
スプーンを口にくわえたまま両手で頬を抑えてにこにこと笑う姿を見て食べたアイスは。
……………………………………
「やはりフェイスさんが美味しそうに食べる姿はご飯が何杯でもいけそうですね」
「!?…げほっ!ごほっ!」
過去の記憶を思い出しながらオスカーが呟くように零した言葉に、アイスクリームを口に含んだフェイスが勢いよく噎せたのだった。
(どこで覚えたそんな言葉!)