ぱちぱちと目の前で爆ぜる暖炉の火は暖かい。けれどその温度は直ぐには部屋全体を温めることが出来なくて体にかかる毛布だけじゃ寒さを防げない。ぶるりと体を震わせ、水のハンガーラックに吊るされた服の水分を絞る姿をチラリと見た。
「ウーン…」
どうしてこうなったのか。それはとある山でサブスタンス反応が見つかったことから始まる。
山の天気は変わりやすいって言うけど頻度がかなり高いと相談を受けて調査に駆り出されたエリオスのヒーロー達は確かにサブスタンスの反応を確認して、捜索を始めた。俺っちはイーストのみんなと探していたんだけど、何故か大量のレベル1のサブスタンスが放たれてアッシュパイセンと二人で対応して、全部倒したと思ったらいきなり山が吹雪き出した。目の前が白く見えなくなるほどの豪雪に押しつぶされそうになってふらついた体をパイセンの腕に支えられる。
重力の力で雪を弾いても広範囲をカバーする事はかなり難しい。ゲレンデでもない普通の山に雪が数センチも振り積もる頃にやっと視界が開けるほどに落ち着いた。電波はかなり悪いものの電話ができない訳じゃなくて、どうにか繋がるところを探し出す。
かなり広範囲に渡り雪が積もってしまっている。捜索を続けてもいつ天気が変わるか分からないから一旦座標から近くにある山小屋に避難する方が良い。こちらも吹雪くことを想定して捜索を始める。そんなことを言われて確かにそこから数十メートル先にある山小屋に向かって歩き始めた。
文句を言いながら舌打ちするセンパイを適当にからかったり宥めたりしながら歩いていると、突然空が曇りだして、2人で雪を警戒した瞬間に土砂降りの雨が降り出した。一瞬で濡れ鼠になった俺たちはこのまま雪が凍ってしまうと危険だと判断して急いで山小屋を見つけ出して中に入った。
中には暖炉や簡易のベッド、薪に毛布にタオル等と最低限のものしか置いていなかった。そりゃ雪なんてめったに降らない山にある小屋なんだから尚更だ。
濡れた服を何時までも来ている訳には行かないと服を脱ぎ毛布を被り、暖炉を使った経験のある俺っちが火を起こしてあげている間にアッシュパイセンが服をかける為のラックを探し出していた。全身がずぶ濡れって訳ではなくて、下の方は比較的無事だ。
外ではまた吹雪が起きているのかごうごうと風の音が聞こえてくる。ゴーグルも手袋も濡れてしまって外しているのが心許なくて、少しだけ恐ろしい。体を摩擦しても冷えた指先じゃ逆に凍えるだけだ。暖炉に近づき過ぎたら燃えたり部屋が温まるまでの時間が長くなってしまう。
「チッ…こんなんで温まんのか?」
「薪ストーブだったらよかったんだけどネ、暖炉だと煙突があるから部屋全体が暖かくなるのは難しいカナ」
本当の冬じゃないから外の気温はそこまで低くはない。部屋の中は風が吹き晒すほどではないから、しばらくすれば熱いとはいかなくてもほんのりと暖かくはなるだろう。飲み物があれば体を温めることも簡単だったかもしれないけど。
「クソ…」
暖炉の火は限定的だ。アッシュパイセンが真隣に座って暖炉に手を翳す。むき出しになった指先は冷たくて、隠れていないことが心細くて、綺麗なものに包まれたくて、
「……っ、」
触れた手の甲はやっぱり暖かくて、伸ばした指を指の間に滑らせて握りしめる。びくと驚きに震えた筋肉と、何をされたのかわからないって言うみたいな不意をつかれた表情が少しだけ幼く見えて可愛い。
「筋肉は暖かいっていうケド、ホントなんだネ〜」
アッシュパイセンに触れているだけでなんだか安心して、同時に寒さを凌ぐためだからと我慢出来ていた、誰が使ったのかわからない毛布が汚く思えて、掴んでいた指を離して両手でアッシュパイセンの手を包み込む。肩から毛布が滑り落ちて半分肌がむき出しになった冷たさに体を震わせながらもじっとその目を見つめると、現状のイラつきに剣呑を孕んでいた瞳が少しだけ緩むのがわかった。二人きりの時だけに見れる、ほんの少し甘さを含んだ視線は、心を赦されているように感じて嬉しくなる。
「…っ、」
「わっ…!?」
逸らした視線の上から小さく喉の鳴るような音が聞こえて顔の前を通った腕に頭を掴まれて、強制的に上を向かされた顔に唇が触れる。
「ん、…んっ……んぁ…はふっ…」
口の中を蹂躙する舌が熱い。掴む手の力を抜いて自由になった両手をアッシュパイセンの体に
回せば唇と頭を抱える腕が離される。溜まった唾液を飲み込む間に体が引き寄せられてかかっていた毛布がぱさりと落ちて床にたまった。体を浮かせるようにして目の前の肉体にぴたりと触れ合わせるとアッシュパイセンの体温が体に移って冷えた体がじわりと温まる心地がする。背中に暖炉の火が当たるような向きに抱えられて前も後ろも暖かい。きゅうと心臓を甘くしめつける疼きがじわりと下肢に溜まってもぞりと動かした体が分厚い筋肉に薄い肌を擦り付けるようになって、背中に回された腕の力が強まった。
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端末が震える音がして手を伸ばすものの、すっかり暖かくなった体は、慣れない体勢を取っていたせいもあってずきりと痛んだ。小さく呻くとアッシュパイセンが端末を拾い上げて、手渡ししてくれる。画面のロックを外し内容を見ると、サブスタンスを確保したとことと、数時間後に迎えが来ることが書かれていた。
「サブスタンスの回収が終わったみたい」
外は既になんの音もせずに静かだから確かに天候は回復したらしい。暖炉の火と上がった気温や体温のおかげで今はもう寒くはない。まだ少し湿った服を着直して迎えが来るのを待つだけだ。離れようとする体に追いすがるように回した腕に力を込めると、呆れたようなため息が聞こえて、髪を混ぜるようにして頭が撫でられた。込み上げる笑いを噛み殺して、肩口に額を押し付ける。もう少しだけこの温もりを感じていたかった。