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    白いでかい犬

    オタクです

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    白いでかい犬

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    同棲神アス 中華料理屋さん

     『今日のダンスレッスンは中止です』
     予報より早く関東に到来した台風の影響で、午後から夜まで埋まっていたスケジュールは後ろの日程にずれ込んだ。調整先は未定だ。夕方に合流予定だった巻緒と咲にはスタジオに寄らず学校から直接帰るように伝えてある。すでに集合していた大人三人は自主練習を続けていたが、家に帰れなくなるのを心配したプロデューサーに背中を押されて解散となった。
     東雲はプロデューサーが車で自宅に送ってくれる。俺とアスランも乗るように言われたけれど、二か所も回っていたらプロデューサーの帰宅が遅くなってしまうので辞退した。
     俺たちは電車が運休する前に最寄り駅に到着し、ロータリーで公共バスに乗り込んだ。雨は激しさを増している。バスを降りる前に治まることを祈っていたが、叶いそうにない。外は雨と風が吹きすさぶ極寒の地だ。傘をさしても無事ではすまないだろう。
     バス停から自宅まで歩いて帰り、ずぶ濡れになる服を着替えて、それから夕食の支度だ。時間をかけずに料理が作れる材料はあっただろうか。
     それともアスランと相談してどこかで買うか、食べて帰ろうか。あまり歩かない距離にすぐに入れるお店があれば。
     (あった)
     降りるバス停が近づいた頃。水流で歪む窓越しの風景で、明かりのついた店舗が光っている。停留所の向かい側。駅から続く大通りの道路を挟んだ先に最近移転してきたばかりの店だ。まだ食べたことはないが、たしか中華料理屋だったはずだ。空腹を直撃しそうな期待に腹の中の太鼓が鳴る。
     音を隠すように前の座席にいるアスランの肩を叩き、同じ手でバスの降車ボタンを押した。

     傘を開いてバスを降りると、道の反対側に店名の暖簾(のれん)が見えた。店は営業している。信号は青だ。
     「アスラン、行こう」
     目的だけ告げれば、同じ場所を見ていた彼にはすぐに通じた。片手でダッフルバッグを抱えて、歩行者信号が点滅する前に横断歩道で向こう側に渡る。
     店の軒下に滑り込むように入り、開いたばかりの傘を閉じた。濡れた手で留め具を回して入り口の引き戸を開けば蒸気と香りに満ちた空気が疲労した体を包んだ。
     「いらしゃっしゃーせー!! 食券買ってくださィー!」
     頭にタオルを巻いた店員さんの声が飛んでくる。外の寒さを忘れさせる迫力のあるおもてなしだ。アスランがサタンをかばって身をすくませた。
     店内は調理場を囲むカウンター席と、独立した四人掛けのテーブル席が二つ。先客は二人いて、どちらもカウンター席でラーメンを食べている。
     「雨だし早い時間だから空いているのかな」
     急かされる気配もないので券売機の前でじっくりメニューを選ぶ。様々な料理名が並ぶパネルの一番上、目立つ色で塗られたボタンはとんこつラーメンだ。店の名前がついた名物らしい。投入口に千円札を飲み込ませ、熟成した豚骨の匂いと先客の満足そうな表情に惹かれてそのボタンを押した。
     「我は黄金の衣を纏いし豊穣の実……天なる極み!」
     隣の券売機でアスランが天津飯(極)のボタンを押した。隣には天津飯(塩)と天津飯(甘酢)のボタンがある。(極)は何味なんだろう。
     「今日は多くの魔力を消費したのではないか。一品だけで足りるのか?」
     「餃子も食べたいんだけど匂いが気になるかな」
     「ならば我も共に食そう! 分かち合えば懸念は減らせるであろう」
     「そうか、ありがとう」
     お礼を言いながら追加で千円札をもう一枚入れた。
     「カミヤ?」
     「ごめん、一皿を二人で分けてたら足りないから二皿たのみたい……」
     アスランが弾けるように笑った。少し恥ずかしい。

     荷物もあるのでテーブル席へ向かう。水を持ってきてくれた店員さんに食券を渡すと、元気な声で読み上げてくれた。
     「麺の硬さはぁ!」
     「かためで」
     「アイかためぇ!」
     活気がある、いい店だと思う。
     上着を脱いで壁際のハンガーにかけた。バスを降りてすぐに店に入ったから、水が滴るほど濡れてはいない。鞄も少し水気をまとっているが、隣の椅子に置くのをためらうほどではない。向かいの席についたアスランも同じように身軽になり、ゴムで髪を一つに結んでいる。二人ともズボンと靴の色が濃くなっている。
     今思えば、更衣室のロッカーがあるのだから鞄の中の着替えを置いてくればよかった。そうすれば荷物は軽くなっただろうし、そもそもレッスンだって、気象情報が出た時点でスケジュールの調整を俺から申し出るべきだった。雨に濡れた布地が貼りつく膝に触れるとため息が出そうになる。
     「浮かない顔だな」
     「大したことじゃないよ。お腹がすいたな」
     「……我らの渇望を満たす喝采が聞こえる。突然走り出すから驚いたが、カミヤの采配のおかげで一日の終焉に良い糧に出会えそうだ。感謝しているぞ」
     後悔がある日でも、最後に美味しいものを食べればよい一日だったと思えるかもしれない。本当は、俺の方こそそんな毎日を彼にもらっているんだ。
     「アイ! ギョーザァー二人前です!」
     鉄の上で油が跳ねる音がする厨房から、すぐに餃子が運ばれてきた。楕円(だえん)形の皿の上に十二枚。半月型の焼き餃子が二列で並んでいる。餡が沢山入っているのか、ぱんぱんに膨れた側面の生地は油で照って湯気がでている。
     「美味そうだな。いただきます」
     「いざ堪能せん!」
     取り皿を二つ並べて自分の皿には餃子用のタレを入れる。
     むちん、とはり裂けそうな餃子を一個、箸で群れから引き離してそのままかじった。
     (あつい……!)
     はっと息がこぼれそうになる口を閉じて飲み込んだ。肉のうま味が食道を通って腹に落ちる。中身をこぼさないようにタレを付けてもう一口。刻み野菜はニラとキャベツだろうか。瑞々しい食感は残しつつ、熱とひき肉の脂でやわらかくなっている。
     咀嚼のあと名残惜しいままに飲み込んで、今度は一口で一個を食べた。熱くて美味い。大蒜(にんにく)の存在感が口の中から嗅覚を刺激する。
     焼き目のついた生地はカリカリに、ひだがついた包み口はぷりぷりしている。厚めの皮がやぶけると、肉汁があふれてタレと溶け合う。ポン酢に近い酸味のあるタレが、豚肉のうま味を強く引き立てている。米が欲しくなる味だ。
     二皿にしてよかった。一皿を二人で分けていたらきっと満足できなかった。
     アスランは一つ食べ終わったところだった。手元の皿にはお酢と柚子胡椒。いいな、俺もやろう。
     「ハイィラーです!」
     続いて俺のとんこつラーメンが運ばれてきた。
     「少し食べてみるかい?」
     「では混沌の要である泉をもらおう」
     深さのある取り皿にスープを分けると、アスランはうやうやしく両手で受けとった。白い縁にゆっくりと口をつけて飲み込む。俺もまずはスープを飲んでみる。豚骨独特の臭みが控えめで奥行きのあるまろやかさだ。餃子で刺激されていた舌に広がる、寒さに濡れた体をあたためるのにぴったりな味。きっと、頬がゆるんでいる。
     「実に興味深い味わいだ……」
     「アイ極みィィィ!」
     同じように顔をほころばせるアスランの前に天津飯が置かれた。とぷん、と揺れそうな餡がかかった飯ものを見ていると、アスランが小皿に取り分けてくれた。
     「ありがとう。メインも美味しそうだ」
     先に匙を入れたラーメンにとりかかる。白濁色のスープの中で麺を軽くほぐしてすする。麺はとんこつラーメンによく使われる極細麺ではなく、ちぢれのある中太麺だった。意外な組み合わせだが、まったりとした濃すぎないスープが上手く絡み、硬めのもちもちとした食感と共に味蕾へ届く。
     トッピングはメンマとチャーシュー。ネギは刻みネギがざるに入ってテーブルに置かれており、セルフで好きなだけ入れるシステムらしい。小さなトングでネギを入れて、メンマと一緒に麺をいくらか堪能し、またスープをすする。
     空っぽに鳴いていた空腹感が半分ほど満たされたので、冷めないうちにアスランが分けてくれた天津飯に手を伸ばした。黄金色の山をレンゲで崩して口に運ぶと、米の一粒一粒を半熟の卵と餡が包んでほろほろと食感が踊る。中華は喉ごしが美味さに直結していると思う。このまま飲み込みたい。
     疑問に思って居た(極)は醤油と海鮮ベースの餡だった。濃すぎない、関西風の上品な味付けだ。蟹の風味がする餡には刻んだタケノコとシイタケが入っており繊細な食感を生む。コリコリと小気味いい、この歯ごたえは必要だ。
     「卵がとろとろだぁ」
     「温まるな」
     餃子を間に挟み、水を飲んで天津飯とラーメンを食べ進める。ネギが入ったざるの横にある小さな壺を開けると、刻んだ辛子高菜が入っていた。麺が減ったどんぶりにいれてみる。チャーシューをかじり、時間をかけてしみ込んだうま味を取り込む。次いで高菜とネギと一緒にスープを飲むと、油でふやけた口内にピリリとした刺激が走った。その辛さがスープの味を増幅させ、また麺をすすってしまう。うん、うんと頷いてしまいそうになる美味さだ。くたびれていた体と心に気力が湧いてくる。お皿が空になる代わりに、俺たちのお腹はすっかり満たされていた。
     「素晴らしい晩餐であった! カミヤもよい表情になったな」
     「うん。ごちそうさまでした!」
     厨房にも届くように言えば覆いかぶさるようにお礼が返ってくる。やっぱり大きな声だ。歩いて行ける元気をもらえる。
     店の外に出ると、轟々とした風が吹きつける。寒い。だけどあたたかい。隣で上着の襟をおさえたアスランがぽつりと呟いた。
     「魔力が増幅しているのを感じる。やはりカミヤと囲む食卓は特別な喜びがあるな」
     「その話、帰りながらもう少し続けようか」
     雨はまだ止んでいない。ワンタッチの傘が開いて水滴が飛ぶ。
     頬は赤く、吐く息はしろい。信号は青だ。横断歩道で向こう側に渡って、曲がり角をいくつか超えて。同じ色をした俺たちは、同じ家に帰るんだ。
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