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    d_olly_3

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    d_olly_3

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    北甲国二人旅の一場面?みたいな?
    感覚としては2部以降栄光伝未満で、デキてからちょっと熟してる?感じかな??

    雪の国、春の隣「さっ、寒い!!アカン!!凍え死ぬ!!」

     翼宿がようやく辿り着いた小屋の戸を開くと、荒れ狂う強風と雪は歓喜に沸いて踊るように舞い込んだ。
     何も変哲もない、静かであったはずの場所は瞬く間に賑やかになる。飛び込むように小屋に入る翼宿の姿は、特徴的な橙色の髪も服装も見えず、頭から大量の雪を被ったかのように全身が白で覆われていた。
     小屋の入り口で一度だけ振り返る。横殴りの吹雪で視界の悪い中、遅れて歩いてくる影が見えた。よろめきながらも強風に耐え、翼宿が掻き分けて作った道を辿っているのは相方の井宿だ。翼宿はその姿をしかと確認すると、そのまま小屋の奥へと上がり込んだ。
     北甲国は雪解けの季節。その話を聞いたのはどちらだったか。しかし、そこに足を運ぼうかと呟いたのは井宿で、同行を申し出たのは翼宿であるのは確かだ。
     船だけは避けて到着した北甲国では、確かに雪解けは始まっていた。ただし一部の地域だけだ。昼夜の寒暖差は酷く、紅南国と同じ感覚で過ごすには時期はまだ早すぎた。
     厚手の羽織と長靴を新たに購入した二人は、「折角買ったのだから」と、暫く北甲国で旅を続けることにした。
      
    「だから迂回しようと言ったのだ」

     翼宿に続いて小屋に入った井宿によって戸は閉められる。途端に暴れ回っていた細かい雪達は地面に落ち、静かに消えていった。

    「しゃあないやろ。俺かてこんなに吹雪くとは思わんかったんや。宿屋のおっちゃんも”大丈夫”言うてたし」

     溶けた雪で羽織がこれ以上濡れないよう、井宿は早々に雪を払う。一方で翼宿は真っ先に火を起こしに取りかかっていた。小屋の奥に据え置いてあった薪を適当に積んで、手っ取り早く鉄扇を使って火を焚べる。
     雪を払わずに行うその姿は、大きな蝋燭が火をつけているようだった。

    「翼宿、それでは風邪を引くのだ」

     井宿が翼宿に白い手を差し伸べてくる。何を求めているのか首を傾げかけたが、「干すから羽織を脱げ」と言っているのだろう。
     火にあたり始めたおかげで指先がじんじんと痛む感覚がはっきりしてくる。翼宿は手早く腰紐をほどき、羽織を脱いで井宿に手渡した。

    「すまんな」
    「だ」

     一瞬触れた井宿の指先は、翼宿のそれよりも遥かに冷たかった。翼宿は思わず横目で井宿を見る。面をつけているので顔色は伺えないが、露出した耳から首すじにかけては血の気を失ったかのように白い。
     翼宿の羽織を天井の梁にかけ、自身の羽織も干そうとする。しかし腰紐を解こうとする動きは酷くもたついていた。震える指先は、悴んで言う事を聞かないことを如実に物語っている。面の下の素顔も見なくても想像がついた。
     二人分の羽織を干し終えた井宿と目が合うと、翼宿は自分の隣を指し促した。

    「井宿、こっち座れ。風邪引くぞ」

     特段おかしな事は言っていないはずだ。しかし井宿はこれ以上寄らないと思う程眉を寄せて翼宿を見つめてきた。全身から漂う不信感に、翼宿も同じように眉を顰めて返す。

    「何やねんその顔は」
    「胸に手を当てて今までの行いを振り返るのだ」
    「死人みたいな顔色しとる奴に手ぇ出せるか」
    「ちゃんと自覚はあったのだ…」

     意外、といった反応に、翼宿は言葉を濁して曖昧に肯定した。
     意図的な時もあればそうではない事もある。しかし、それが結果として井宿の身体に負荷をかけている自覚は翼宿にもあった。お陰で旅の予定が遅れるのもいつものことで、つい先日も信頼を損ねたのも記憶に新しい。
     それらが積み重なった結果、井宿は翼宿の隣には座ってくれたものの、無言で印を組んで三頭身の姿に変化した。思わぬ予防線に翼宿も絶句し、縮んだ相棒を見下ろす。

     そこまでするか?いや、俺がさせているのか。

     寒い寒いと言いながら、体を強張らせて火にあたる井宿の姿に、かける言葉も見つからない。自業自得であるのは分かっている。しかし手を出す気はないのだ。今回は、本当に。にも関わらず善意が疑われ、拒まれる。そんな状況があまりにも面白くない。
     何より、視界に入る首すじは未だに白を通り越して青白いままなのが気になった。寒暖差で火照りすら感じている自分の顔色は見なくても分かるというのに。焦燥感にも近い苛立ちが翼宿を苛んでいく。
     気づけば、井宿の襟首を掴んで持ち上げていた。
     小さく声が漏れたような気がしたが気にしない。そのまま膝に乗せて抱き込むと、井宿の纏う冷気が翼宿の肌を刺す。背筋から冷たい痺れと小さな悲鳴が駆け上るが、寒さで収縮した喉元に詰まって消えた。

    「お前っ、何でこんな冷たいねん!!雪だるまか!」
    「人を物みたいに扱って、死人だの雪だるまだのさっきから失礼なのだ!」
    「山賊にそんなもんあるか!大人しゅうじっとしとけ!」
    「わ、ちょ、く、苦しいのだ〜!」

     膝から逃れようとする井宿の態度に、翼宿の意地に火が付く。重ね着していた上着の一枚をはだけ、強引に小さな体を押し込んだ。

     こうなったらこの雪だるま、溶かして湯たんぽにしたる。

     井宿は苦しいともがいていたが、凍りついた両手を包むように握り込んでやれば、熱が伝わったのか大人しくなって懐に収まった。
     小さな手を包むのは翼宿の片手だけで十分だった。片手は焚き火の熱を蓄え、十分に暖まったら井宿の手を包み込んでいた手を入れ替えた。それを根気よく繰り返す。何度も、何度も。
     時折両足も同じようにしてやれば、井宿は最初だけ抵抗を見せようとしたが、すぐに大人しくなった。
     火に当たりながら、翼宿は眠らせまいと下らない話を続けた。道中で食べた変わった饅頭の話、宿屋の親父のいびきの話。思いついたことを口にした。
     しかし翼宿はた、と話を止める。

    「俺やなくてお前が話さんと意味ないんとちゃうか?」
    「気付くのが遅いのだ。というか、そもそもオイラ凍死する程ではないのだ」
    「はよ言え!」

     悔しがる翼宿に、井宿は呆れながらも小さく笑う。
     そして掌のぬくもりに擦り寄るように体を丸めた。

    ********

     そうしてどのくらい経っただろう。甲高い風の声もすっかり鳴りを潜め、薪が小さく弾ける音だけが小屋に響く。その頃には翼宿の体は芯まで暖まっていた。
     井宿の手も、もう温もりを求めてはいない。それは、自ら熱を生み出せるほどには体が回復してきた証拠だった。

    「大分暖まったんとちゃうか?」

     翼宿が問いかけてみるが、懐に収まる相棒からは反応もなかった。聞こえなかったのだろうか。名を呼びつつ顔を覗き込んだその瞬間、可愛らしい破裂音が目の前で鳴った。
     同時に視界が煙に包まれる。何事かと戸惑う間もなく、膝の上が突然重くなった。

    「うっ…ぉっ!!」
     
     煙の中から見えた人影が、焚き火の方に傾きそうになり、翼宿は慌てて引き寄せて支える。そこには術が解け、等身大に戻った井宿がいた。
     どうやら眠っているらしい。
     寄りかかる体を安定させるように抱きなおす。起こさないよう気を遣ったのもあり、井宿は目を覚ます気配を見せなかった。
     道を踏み固めながら交代で歩いてきたのだ。疲れるのも当然とは言え、あれだけ警戒されていたのが嘘のようだ。
     改めて寝顔を拝めば、寝る時も面をつける井宿にしては珍しく素顔を晒したままだった。想像していた以上に血色が良く、翼宿も安堵する。ようやく肩の力を抜いて、無防備な顔をしばらく堪能する。
     委ねられた身体、規則正しく上下する胸、穏やかな寝顔。全身でその存在を感じながら、左目の瘢痕の形や、伏せられた隻眼のまつ毛の一本一本を視線でなぞる。
     そうして内から込み上げる感情は、欲情とはまた違う懐かしいものだ。
     思えば、表立って思いを言葉にしたのは告白の最初だけだった。それ以降は会う頻度もそこそこに、体も重ねているが大きな変化はそれくらいだ。甘い言葉を掛け合い、語り合うには仲間としての繋がりが長過ぎた。
     それでも、心と体の深い繋がりを彼に求めてやまない事。それを彼が許し、受け入れてくれる事。互いにとってそれが全ての答えだった。
     とは言え、仲間を超えたこの想いに浸るのも悪くはない。
     気が抜けた事もあるのか、翼宿にも次第に睡魔が襲ってくる。
     本来ならば横になり、楽な体勢でゆっくり休む方がよいのだろう。
     しかし、

    「惚れた弱みや、堪忍な」

     翼宿は抱きしめる体勢はそのままに、術が解けたことに気付かないフリをして井宿に寄りかかる。
     また井宿の信頼を損なうかもしれない。
     そう思いながら、目を閉じる。

     腕に閉じ込めた温もりは、春の陽だまりとよく似ていた。
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