タイミングある日の聖なる完璧な山。
マーベラスは練習の傍ら、何からの違和感に気づく。明らかに浮ついた空気がこの山を支配しているのが分かった。だがその正体については全く見当がつかない。マーベラスは比較的近くにいたジャック・チーに声をかける。
「チーよ、何となくだが、皆ソワソワしてないか?」
「ジャジャ、今頃気が付いたか。そうだな、まあ大体一週間くらい前からこんな感じだ」
「…何故」
「バレンタインデーが近いからだろうな」
「キュワ、なるほど」
「…」
「…」
「…一応聞くが、知っているのか?」
「知らないが?」
「適当に返事するな」
「すまん。その、バレンタインデー?とやらと、この落ち着きのない空気はどういう関係が?」
「ジャジャジャ、まずバレンタインデーが何かを説明してやろう」
ジャック・チー曰く、「バレンタインデー」とは国や文化によって違いはあれど、恋人、あるいは好きな人にプレゼントを渡したり、一緒に祝ったりする日とのこと。
「我が輩の祖国であるイタリアが発祥の素晴らしい文化だ」
「それで?」
「鈍い。つまり、皆それぞれ恋人なり想い人がいて、どうやって過ごそうか、何を渡そうか、と言ったところだろう」
「キュワキュワ。なるほど、理解したぞ」
「始祖もそういった方々が多いからな。バレンタインデー当日とその翌日が休養日になっているのはそういうことだろう」
という話をしたのが一週間ほど前。
今日はバレンタインデー当日だ。どこからか甘い匂いがするし、朝から意気揚々と出かけた者もいる。
恋人がいないマーベラスは結局この日までの空気に馴染めず、かなり苦労をした。というのも皆こぞって話すのはバレンタインデーのことばかりだ。
マーベラスとしては、今の技はどうだったか、対策は、新しい技はどうか、という話をしたかったのだが、口を開けばプレゼントやサプライズの相談ばかり。あのブランドはどうだろうか、これを試食して欲しい、この服は変じゃないか等々。
今でこそ完璧超人だが、かつては己を磨き、より一層高みを目指す超人拳法の伝承者だ。故に1に修業、2に修行、3、4も修業で5も修業。額の焼印がついてからもその日々を変わることがないし、それは完璧超人になっても同じことだった。
つまり、マーベラス自身そういった相談事は全く向いていないと思っているし、興味がなかった。
これでやっと解放される。マーベラスは清々しい気分になった。そんな気分ついでに出かけようと思ったマーベラスは私服に着替える。目的もないまま、ただ街を見るつもりだった。
だがこれは大きな間違いと気付く。
少し歩けば赤とピンクの装飾に彩られた街並み。周りはカップルが楽しそうに歩いている。一人で歩いている人など見渡す限りどこにもいない。マーベラスのみだ。
「これは、一体」
こういったことに疎いマーベラスは出かけてから悟った。今日は一人では出かけてはならない日だと。
何か食べようにも飲食店は行列か予約客のみ。ベンチは既に埋まり、身の置き場がない。
──早くここを離れなければ。
だがどこに行けばいい。折角の休みに聖なる完璧な山に籠るのは少し勿体無い。それに戻ったところで誰もいないのだ。皆誰かと過ごしている。ジャック・チーはそういった人はいないが、どういう日か理解していたからこそ、一人で昨日の夜から出掛けて行った。温泉に行くとか何とか。明日までは帰ってこないだろう。
マーベラスは考える。知っている人物の中で恋愛に興味が無く、この日を謳歌していなさそうなのは誰か。かなり失礼な考えだが、必死に頭を回転させ、候補を挙げては消していく。
そして思いついた人物は。
「ラーメンマン、遊びに来たぞ」
人の形をとった大木に打ち込みをしていたラーメンマンは手を止める。こんな辺鄙な山奥、しかも普通の人間ではなかなか来ることができない道を軽々と通りやってきた人物に、ラーメンマンは眉を顰める。
「…マーベラス」
「どうした。この俺がここに来るのは意外か?」
「…住所は教えてあったが、正直に言うと、実際に来るとは思っていなかった」
「キュワキュワ、まあそうだろうな」
「どういう用件だ?」
「ん?あー、まあ」
「…歯切れが悪いな、どうした」
側にあった岩に座るよう勧める。ラーメンマンはタオルで汗の処理をしながら様子を伺う。いつもと違う見慣れない私服。両肩の龍はいない。
ふと、今日が何の日だった思い出す。そうして思い当たった一つの可能性をすぐさま消した。手ぶらなのは明らかだ。
ならば余計に来た理由が思い浮かばない。ラーメンマンはマーベラスが座っている岩から少し離れたところに座った。
「鍛錬の邪魔をしてすまない」
「いや、丁度休憩しようと思っていたところだ。気にするな」
「懐かしいな。昔、大木へ打ち込みをしていると興奮した蒼龍が木に噛み付いてすぐボロボロになってしまってな、キュワキュワッ、俺の練習にならなかった」
「フフフ、想像できる。蒼龍は昔から腕白そうだな」
「そうだな、蒼龍は行動派で、紅龍は慎重派だった。蒼龍は血気盛んで最初はかなり困ったものだ」
「…ところで、今日はどうしたんだ」
「あぁ、実はな…」
そうして今までの経緯を話した。
「なるほど、大体理解した」
「…そういえば、」
「なんだ」
「お前は正義超人の中でも、特に人気のあるアイドル超人だろう。こういう日こそ何かしらのイベントがありそうなものだが」
「去年までのバレンタインデーは女性ファン向けのイベントが開催されていた。だが人気とともに規模が大きくなり、委員会の方でもだんだん収集がつかなくなってしまってな。アイドル超人の中には既婚者もいるから、プライベート優先になったというわけだ」
「そういうことか。いや、ラーメンマンはさぞかし人気だっただろうな」
マーベラスはなんてことのない口調で告げる。だがそれを聞いたラーメンマンは僅かな不快感を覚える。
「いや、私は子供たち向けの感謝イベントには出るが、そういった系には参加しないんだ」
「キュワ、そうなのか」
言い訳っぽく聞こえてしまったかと、ラーメンマンは焦るが、マーベラスは全く意に介してなかった。
「来年もあんな目に遭うと考えるだけで少し鬱になりそうだ」
「色恋は苦手か?」
「苦手というか、よく分からないというのが本音だ。修行しかしてきてないからな」
「そうか」
「そういうセンスがないのは自分でも分かっているが皆は焦ってくると、どんな者のアドバイスでも欲しいらしい」
「想い人に好かれはしても、嫌われたくはないだろうからな」
「キュワァ、ラーメンマンはわかるか?」
「まあ人並みには」
「そういうものか。はぁー…来年はどうするべきか、今から対策しなければ。この調子では来年もその翌年も、その翌々年も休養日だ。毎年ラーメンマンを頼るわけにはいかないからな」
「私は構わないが」
サラリと言われた言葉にマーベラスは少し目を見開く。ラーメンマンは飄々としている。マーベラスが何か言おうとする前にラーメンマンが口を開く。
「そういえば双龍はどうした?」
話を逸らされたとマーベラスは瞬時に思った。構わないとはどういう意味だ、と問い詰めたい気持ちもあったが、戻す術はすぐには思いつかなかった。
「誘ったんだが、出たくないと部屋に篭っている。…今思うと、こうなることがわかっていたんだろうな、動物の勘というやつか」
「龍の勘か、目を見張るものがある」
「まあ少なくとも街に出たのは間違いだったと思う。だが折角の休みに山に篭っているのもつまらなくてな」
マーベラスは自嘲気味に笑う。
「だが、あの街の雰囲気を見たら、俺も温泉について行けばよかったと後悔したな。独り身にはなかなか辛いものがあった」
「温泉とは?」
「ジャック・チーはわかるか?奴も同じくパートナーはいないんだが、折角の休みだからと、昨日から温泉に行っているらしい。よくよく考えると逃げたのだろう。羨ましい限りだ」
「…」
「いくら疎い俺でも、周りを見ておけばよかった。そうであれば、心身ともに疲れることはなかったな、キュワキュワ」
ラーメンマンは黙り込む。何だが不機嫌に見えるような、そんな気がするとマーベラスは思った。
何も言葉を発しないラーメンマンに、マーベラスはどう声を掛けていいかわからなかった。
「…そいつと温泉に行きたかったと、今でも思うか?」
時間にして恐らく数分、ラーメンマンはやっと口を開くが、その言葉に一瞬理解が追いつかなかった。ラーメンマンはじっとマーベラスを見つめ、答えを待っている。マーベラスは何故か緊張して喉が渇いた。
「あ、いや、今は、そう、思わない」
それを聞くとラーメンマンは嬉しそうに笑った。
「そうか」
「、そうだ」
何故かよくわからないが、マーベラスは誤魔化すようにラーメンマンが先程まで打ち込みをしていた木に話題を変えた。
「っところで、ラーメンマンは素晴らしいな」
「急にどうした」
ラーメンマンは唐突な褒め言葉の意図が読めなかった。
「いや、ここ数週間の聖なる完璧な山は誰がどう見ても浮ついていた。だが、ラーメンマンよ、お前はどうだ。世間など意にも介さず己を高めることに誠心誠意向き合っている。この俺でさえ休みならばと下山してみたが、この様だ。こうなるのであれば一人でも修行するべきだった」
ラーメンマンは顔を顰める。
「…マーベラスよ、お前は私を過大評価し過ぎだ」
「キュワキュワ、謙遜はよせ」
「決して謙遜ではない。私は、」
ラーメンマンは言葉を切り、マーベラスの瞳をじっと見つめる。少し迷いが感じ取れる。だがマーベラスは急かすようなことはしなかった。ラーメンマンは僅かな逡巡の後、少しずつ話し出した。
「私は、逃げたのだ。今日がバレンタインデーだと知っていたが、それでも行動に移せなかった。だから、ここへ」
それを聞いたマーベラスは、意外だ、と素直に思った。自分と同じく色事に興味関心が無いと思い込んでいたラーメンマンは、秘めたる思いを抱えているらしい。
「…誰かに会いに行こうと思っていたのか?」
「そうだ。…だが、私はここにいることを選んだ。だから、ここで鍛錬しているということは、素晴らしいことでも、褒められることでもないんだ」
「…ならば、今から行けばいい」
「…いや」
「何を躊躇っている、ラーメンマンよ!お前らしくもない!後悔しているのであれば、今からでも後悔のない道を選べばいい!」
「そういうことではなく、」
「どういうことだ!」
ラーメンマンはそれに答えることなく、ブツブツと独りごちている。そんな姿にマーベラスは苛々した。
「ええい!男ならば行動しろ!そして向き合え!」
それを聞いたラーメンマンは目が覚めたようにマーベラスを凝視する。
ラーメンマンが本来持っている信念と固い意志が蘇ってきているようにマーベラスは見えた。先ほどまでの不安定な態度は鳴りを顰め、やけにスッキリしたような様子さえ見受けられる。
「確かに…マーベラスの言う通りだ」
「キュワキュワ、そうだろう」
マーベラスは一仕事終えたかのような達成感があった。何だか誇らしい気分だ。
そんなマーベラスを尻目に、ラーメンマンは徐に立ち上がり、マーベラスの前に跪く。その行動の意味が分からないマーベラスは成り行きを見守るしかない。
「マーベラスよ」
「キュワ…」
ラーメンマンは恭しく手を取り、自身の手で包み込む。
「ラーメンマン?」
「私は、お前に、マーベラスに会いに行こうと思っていたんだ」
「…キュワ⁉︎」
思いがけない言葉に耳を疑う。ラーメンマンは今何と言った?だが呆然としているマーベラスをよそに言葉を続ける。
「だができなかった。もしも拒否されて、嫌われたらと考えると、怖かったんだ」
ラーメンマンは握っている手に力を込める。
「けれどもマーベラスは行動しろと、向き合えと言ってくれたな」
「それは、」
「心に響いたぞ、マーベラス」
「そ、うか」
ラーメンマンは笑みを浮かべる。
マーベラスはどうしたらいいかわからなかった。
「改めて言わせてくれ」
ラーメンマンはマーベラスの目を見つめる。
「マーベラスよ、私はお前が好きだ。もし私のことが嫌でなければ、チャンスをくれないか」
「な、」
ラーメンマンは握っていた手を外し、指を絡める。さりげなくされた行動にマーベラス気づいていない。
「私では駄目か?」
「ぐっ、その聞き方は卑怯じゃないか?」
「フフフ、好きになってもらえるのならば、何でもするさ」
真っ直ぐな言葉を受け止め切れず、マーベラスは目線を外す。
「俺は、恋愛感情については、よく分かっていない」
「そうだな、だから時間をかけて分かっていけばいい」
「も、もし違う人を選んだら?」
「その前に全力で私に振り向かせるだけだ」
「キュワ…」
逃げ道はないらしい。
「今日という日に私の元へ来てくれたことが本当に嬉しい。いつもの鎧ではなく私服を纏い、双龍を置いて、こんな山奥まで来てくれたことに、正直に言うと、期待した」
「だ、だが、理由はさっきも言ったが、」
「理由はどうあれ、マーベラスは私を選んだ。こんなに喜ばしいことはない」
「キュ、キュワ〜…」
数々の甘い言葉に、マーベラスはなす術がない。対処ができない。何と答えたらいいか分からない。
目に見えて困惑しているマーベラスを見て、ラーメンマンは愛おしさが溢れた。
「だが本当に嫌ならば、私は諦めよう」
「…」
「私のことは嫌いか?」
たっぷりの間の後、マーベラスはか細い声で答える。
「嫌い、では、ない」
「ならば、可能性があるということだな」
嬉しそうな笑みを浮かべるラーメンマン。
もう一度言うが、と前置きをした後、ラーメンマンはマーベラスの頬にそっと口付けた。そのまま耳元で囁くように話しかける。
「好きだ、マーベラス」
バレンタインデー翌日の夕方、ジャックチーは温泉から聖なる完璧の山に戻って来ていた。二日間の休みは、彼にとっては、とても満足のいくものだったらしく充実感が彼を支配している。浮き足立っているようにさえ見える。そんな彼は遠くにマーベラスを見つけ、機嫌よく話しかけた。
「ジャジャジャッ、マーベラスよ!温泉は素晴らしかったぞ〜。途中で温泉を掘り当てて、
「ジャックチーよ!」
温泉について語ろうと思ったジャックチーは話を遮られて少し不機嫌になる。嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが、マーベラスのかなり切羽詰まった顔を見た途端、そんな気持ちも失せてしまった。
「…なんだ」
「俺は、俺は一体どうしたら…!!」
「…ちゃんと説明しろ。流石の吾輩もわからん」
マーベラスは、それもそうかと当たり前のことに思い当たり、ボソボソと話し始めた。
バレンタイン当日に街に行ったら居心地が悪かったこと(これを聞いてジャックチーは鼻で笑った。分かりきったことだからだ)その後ラーメンマンの元に行ったこと。ラーメンマンに好きな人がいるらしく、その背中を押したらまさかの自分だったこと。そして告白されたこと。それらを事細かに説明する。
それを聞いたジャックチーは、特に己の意見を言うことなく、その続きを催促する。
「それで?」
「…それで、とは」
「どうするんだ?」
「どうする…どうしたらいい?」
「そんなこと吾輩は知らん」
「もっと親身になってくれ!」
その言葉にジャックチーは最早呆れた。告白の返事まで人にアドバイスを求めるほど、色恋に興味がないとは。そしてその様子見て同時に、おや、と思った。竹を割ったような潔い性格をしているマーベラスは、良いことは良い、嫌なことは嫌とハッキリしている。そのマーベラスがどうしたらいいかと悩んでいる。ということは、答えは既に持っているようだが、マーベラス自身が気付いていないだけ、のように見えた。もし仮にそうであれば、ジャックチーがとやかく言ったところで自覚しなければ意味はない。
そんな二人の元に、ピークアブーが気になってやってくる。二人の、というよりマーベラスの声が大きかったらしい。
ピークはジャックチーに話しかける。
「何話してるんだ?」
「ラーメンマンに告白されたらしい」
「おいっ、あんまりベラベラ喋るな」
マーベラスは焦ったようにジャックチーを咎めるが、聞く耳持たず。ピークはそれを聞いて目をキラキラとさせている。
「そうなのか?すげーな!」
「何がすごいものか。こいつときたら、告白されたからどうしたらいいと泣き言ばかり、」
「泣き言とはなんだ!」
「あれを泣き言と言わずして何と言う」
また言い合いを始めた二人に構わず、ピークはただ純粋な疑問をぶつけた。
「なんだ、断り方を探してるのか?」
「…」
「マーベラスは嫌だったらすぐ断りそうだもんなぁ、嫌じゃなかったのか?」
「ぐぐぐ…」
ピークの核心をついた発言に、マーベラスは唸る。
それはラーメンマンにも聞かれた言葉だった。嫌なのか、嫌じゃないのか。その二択ならば、マーベラスが選ぶのは。
「…嫌、ではない」
その言葉を聞いたジャックチーはニヤニヤと笑みを浮かべる。俄然面白くなってきた、と心の中で思った。ピークは目の輝きを取り戻す。
「なら付き合うってことだな!」
「待て!そうはならんだろう⁉︎」
ピークはそう言うと、マーベラスが即座に否定した。マーベラスの中で、嫌ではない=付き合うという方程式は成り立たない。そうした様子に、流石のピークもジャックチー同様にもしや、と思う。そしてマーベラスの納得がいっていないような顔つきに、ピークはあることを思いついた。かなりの賭けだ。失敗したら、かなりどころか、とんでもなく面倒くさいことになる。だが文字通り、赤ん坊の時から甲斐甲斐しく世話をしてくれるマーベラスのために、何かしてあげたいという気持ちの方が強かった。
「ならさ、俺がラーメンマンにアプローチかけようかな」
突然の爆弾発言に、マーベラスは絶句する。そしてこいつは何を言ってるんだと思った。
「実はラーメンマンのこと気になってたから、今がチャンスかもしれないし」
だがジャックチーはその意図をすぐさま読み取り、ピークの思惑に乗っかる。
「それもありかもしれんな」
「何を、」
「だろ?ラーメンマンって昔は残虐超人だったけど、キン肉マンのおかげで正義超人になったんだよな。そこが俺と似てる!」
「似た境遇の者同士が惹かれ合うのは必然のことだからな」
ジャックチーはうむ、と納得するように頷いた。ピークはどこか得意げな態度だ。マーベラスを置いてけぼりにして、二人は盛り上がる。
「戦い方もかっこいいし」
「精神年齢も高そうだから、ピークにぴったりだな」
「顔も無駄がなくて整ってるよなぁ」
「なんだ、ピークの好みか?」
「そうかも」
「ウォンウォン、何の話だ?」
そこにダルメシマンがやってきた。これ幸いとばかりに、ジャックチーは入れ替わるようにその場を去る。その際に、ジャックチーはダルメシマンの耳元で二、三言呟く。マーベラスはそのことに気づいていない。
「ダルメシマンはラーメンマンのことどう思う?」
「強そう、ってか絶対強いよな。ウォンウォン、できれば戦いたかったぜ」
「機会があれば試合したいの?」
「そりゃあな、今度申し込んでみるってのはありかもな」
「そんときは俺も連れてって!ラーメンマンに会いたいな」
「なら一緒に行こうぜ」
「実はラーメンマンのことが気になっててさ〜」
「ウォン、そうなのか」
しばらくしてジャックチーが戻ってきた。二人の会話の中に入り込み、三人でラーメンマンについてあれこれと騒ぎ立てる。
(こいつらはラーメンマンの何を知っているんだ。強そうだと?強いに決まってる、俺を負かした奴だぞ。試合なんて俺が許さん、俺が先だ。境遇が似てるからなんだ。俺は奴と同じ超人拳法家なんだぞ。似ているどころの話じゃない。好きな相手に対して行動できず、俺が背中を押してやった。どこが精神年齢が高いんだ。勝手なことを、)
それまでのやり取りを黙って聞いていたマーベラスだったが、三人の勝手な発言にだんだん耐えきれなくなった。
「勝手なことを言うな!ラーメンマンは俺のことが好きなんだ!ピーク、いくらお前でもそれだけは許さん!」
マーベラスは大声でピークに怒鳴りつける。それを聞いた三人は唖然とした。ここまで怒るとは思っていなかったからだ。だが、ピークはハッと意識をマーベラスに戻し、負けじと応戦する。
「だって!マーベラスはラーメンマンと付き合うか決めてないんだろ?なら俺が入る余地はある、」
「そんなものはない!」
「なんで」
「ラーメンマンは!俺のことが!好きなんだ!」
ピークに言い聞かせるように声を張る。だがピークはまだ引かない。
「けど、マーベラスがラーメンマンのことを好きじゃなかったら片思いだ。なら、」
マーベラスは我慢の限界だった。弟のように可愛がってきたピークがラーメンマンに言い寄ろうとすることが許せない。むしろ誰もがラーメンマンに対して好意を持つことは耐えがたかった。何故ならば。
「駄目だ!俺は!ラーメンマンが好きだ!
俺と付き合うんだから、お前が入る余地はない!」
しんと水を打ったかのように静まりかえる。マーベラスは肩で息をしていた。三人は何も言わない。ただマーベラスの息遣いだけがその場に響いた。その呼吸が落ち着いた頃、ジャックチーは徐に右腕を上げる。持っていたのは携帯だ。スピーカーになっているそれに、ジャックチーは声を掛ける。
「だ、そうだ。聞こえたか、ラーメンマン」
『あぁ、聞こえた』
そこから発せられた声はまさしくラーメンマンのもので。それを聞いたマーベラスはポカンと呆けたあと、すぐに冷静になった。
─俺は、今、何を言ったんだ?
そんなマーベラスなど意に返さず、ピークはラーメンマンに向かって話しかける。
「悪い、ラーメンマン。変なこと言って」
『いや、演技なのだろう。気にしなくていい』
「ウォンウォン、だが試合したいのは本当だからな」
ダルメシマンがすかさず口を挟む。
『勿論だ。いつかその機会を設けよう』
「そん時は俺も!」
『そうだな、二人と戦えるのが楽しみだ』
「吾輩を忘れておらぬか?」
『そうだよ!僕らも仲間に入れて!ねぇブラック?』
『まあ急に無理させられたのだ。対価ぐらいは欲しいものだな』
『悪かったよブラック〜』
割り込んできたのはペンタゴンとBHだった。
急な出来事に、疎外感を感じているのはマーベラスだった。
「ま、待て!これは、一体、どういう、」
「吾輩が仕組んだ」
「ジャックチー…」
ピークの真意をすぐに読んだジャックチーは、ダルメシマンがやってきたのをいいことに席を離れた。その時ダルメシマンには、ラーメンマンについて褒めてほしい、ピークの言葉にそのまま乗っかってほしいと伝える。そしてジャックチーが次にしたことは、ペンタゴンに連絡を取ることだった。すぐに電話に出たペンタゴンは手短に事情を説明し、ラーメンマンに繋いでほしいと言ったが、あいにく連絡先を知らなかったため、BHを使って直接ラーメンマンの元に向かった。そしてラーメンマンに事情を説明した後、携帯をスピーカー状態にして戻ってきた。
「というわけだ」
「…」
「嫌じゃないと言った時点で好意を持っているのでは、と吾輩達は思ったが、普通に言っても否定するだろう。まあ、かなりの賭けだったがな」
『皆すまない。巻き込んでしまった』
「気にするな。完璧超人といえど仲間意識はある。なぁピーク、ダルメシマン」
「そうそう」
「ウォンウォン」
『ありがとう。今度是非、礼をさせてくれ』
「こちらとしては今後もこうやってウダウダ言われる方が辛いのだ」
『フフフ、私のことで悩んでいるマーベラスか。それは是非見たかったものだ』
「見せてやりたいな。あんなに、」
「うるさい!それ以上言うな!」
マーベラスはやっと口を挟む。置いてけぼりの状態から、何とか状況を飲み込めた。
そんなマーベラスに、ラーメンマンは電話越しに話しかける。
『マーベラスよ』
こちらも向こう側も誰も口を開かない。ただ二人の成り行きを見守っている。ラーメンマンの声つきは嬉しそうで、その呼びかけでさえも愛おしさが滲み出ているのは誰が聞いても明らかだった。
『マーベラスの本音を聞くことができて嬉しかった』
「…そうか」
『だが出来ることなら、』
一呼吸置いて、ラーメンマンはゆっくりと伝える。
『直接、マーベラスの口から聞かせてくれないか?』
とろりとした甘い声に、マーベラスの顔は赤く染まる。手で顔を隠してはいるものの、かなり照れているのがありありと分かる。時間にして数分後、覚悟が決まったようにマーベラスは顔を上げた。顔の赤みこそ取れてないが、その目には強い意志が感じられる。
「待っていろ、ラーメンマン。…今日中にそちらへ向かおう」
その言葉にラーメンマンは電話越しながら嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。周りも温かい目で二人を見守っていた。
『あぁ、楽しみにしている』
そのままジャックチーはスピーカーを解除し、二、三言話した後、電話を切った。
ピークはあえて空気を読まず、己の感想を言った。
「ラーメンマンって、マーベラスに対してあんな声で話すんだな」
それにダルメシマンも同意する。
「何つーか、惚れてます!って声だよな」
「ジャジャ、愛に生きるとはそういうものなのだ」
「流石!イタリア人は説得力が違うな」
そんな会話をしている三人に、マーベラスは向き合う。それに気付いた三人は会話を止めた。
「皆、ありがとう。大分世話になった」
頭を下げるマーベラスに、三人は一瞬顔を見合わせるが、ジャックチーは何でもないような口調でマーベラスに言う。
「ラーメンマンにも言ったが、気にするな。仲間だろう」
ダルメシマンはマーベラスの肩を組む。
「俺らのことはいいからよ、ラーメンマンに愛を伝えてやれ」
ピークは少し申し訳なさそうな顔をする。
「マーベラスのためとは言え、変なこと言ってごめん。でも二人が納得できる結果になってよかった!」
「…ありがとう。だがこれだけは言わせてくれ」
「なんだ?」
マーベラスはダルメシマンの方を向く。
「…ラーメンマンと試合をするのは俺が先だ」
それを聞いたダルメシマンは目を見開く。そしてマーベラスの発言を理解した後、吹き出した。
「お前それ今言うことか?」
「何だと!大事なことだ!」
「ウォンウォン!あー、おもしれぇ」
「面白いとはなんだ、俺は真剣に、」
そうして怒っているマーベラスをピークが宥め、ジャックチーは呆れ、ダルメシマンは思い出したようにまた笑い転げていた。
その後、マーベラスは宣言通りラーメンマンの元に向かう。そしてラーメンマンに直接告白の返事をし、ラーメンマンは嬉しそうにマーベラスを抱きしめた。
おまけ
ラーメンマンwith四次元コンビ
「ラーメンマンって見かけによらず、結構積極的なんだな」
「見かけはどうか分からないが、まあこれくらいはな」
「ヒューヒュー!さっきの聞いてるだけで照れてきちゃうよ、ねぇブラック」
「まあ、確かに見かけにはよらないな」
「そういえば、さっきブラックホールが言っていたように、対価を渡さねばならないな」
「本気にしたの?いいのに」
「いや、お前達のおかげで私は最愛の人と結ばれることができた。私がしたいのだ」
「…ならば、」
「なんだブラックホール?」
「…四川風担々麺、とやらを食べてみたい」
「それはいいね!いいお店知ってる?」
「担々麺ならば得意料理だ。そして私が作るものが一番美味い」
「すごい自信だな」
「まあ期待しておけ二人とも」
「カカカ、楽しみだ」
「そのあとは手合わせだな」
「他の六人の悪魔超人との自主練をすっぽかして来たんだ。やっておかないと魔界に帰ったらボコボコにされる」
「えー、美味しい担々麺を食べて終わりでいいんじゃないか?」
三人でやいやい言いながら、ラーメンマンは自宅に招き入れる。
その話を後で聞いたマーベラスは、見るからにムスッとして、機嫌を取りながらも嬉しそうなラーメンマンがいたとか。
そしてBHは魔界に帰って、言い訳のような説明をするとバッファローマンはラーメンマンが作る担々麺の美味しさを語り、4人はそれを羨ましがったが、スプリングマンは激怒して宥めるのが大変だったとか。