会議は踊る。絶対に許さぬ。 花の大学生活一年目の道満には長子と次姉と三姉、それと数年前に定年退職を迎えた父親がいて、三歳の頃に引き取られて以来ずっと一緒に暮らしている。お互いそれぞれ全員と血の繋がっていない家族だが道満は彼等が大好きだった。大学生になっても実家暮らしを選んだし、夕食はいつも皆で食べるし、何でも相談する。
夕食時は大抵騒がしい。
「これうんまー! えっ中身なに!? 餃子なのに柑橘っぽい匂いする!」
「檸檬を刻んで入れているのですよ、諾子さん」
「さっぱりしていて旨いなァ! 顕光殿、皿が遠いんじゃないか? 僕が取り分けてやろう!」
「あーありがとうね。ビール追加で持ってくるけど、誰か他に飲む人いる?」
「アタシちゃんほろよい!」
「僕ストゼロ~」
「香子はお茶で」
「君等ね……」
今日も賑やかな夕食の席で、道満は自分が抱えている悩み事を家族に相談した。
「あのう、ご相談があるのですが」
道満がおずおずと切り出せば、賑やかな食卓は末っ子の話を聞くために静かになった。上座で立ち上がりかけた家長の顕光は座り直し、長子の鬼一は箸を置き、次姉の諾子は餃子を飲み込み、三姉の香子は心配そうな顔をする。「どうしたかしたのか?」と顕光に聞かれて道満は言葉を続ける。
「じっ、実はその、あの……こっ告白されまして……」
途端に不穏な空気が食卓を支配した。「告白ゥ?」と鬼一が訝しげな顔をしてくる。道満は思わず何も考えないまま自己を卑下する。
「儂なんぞに誰が告白するかとは思わるでしょうが」
「馬鹿を言うなお前の美貌に嫉妬しない女などいないぞ」
「道満は世界一可愛いから求婚者二百人くらい来るだろ」
「可愛い末っ子が可愛くないわけないじゃん舐めてんの」
「変な男に絡まれたらすぐに防犯ブザーを鳴らしなさい」
現実的なことを言ってくれるのは香子だけだった。道満は「あァ~違います違います」と顔を覆う。家族は血が繋がっていなくとも末の子が可愛くて仕方がない。可愛がってくれるのは嬉しいのだが過剰になると道満は気恥ずかしい。道満だってもう大学生で来年は成人式なのだから、既に社会人の鬼一や女子大に通っている諾子と香子にいつまでも子供扱いされるほど子供ではないのだ。
家で飼っている猫が顕光の足元にやって来た。コーギー並に巨大な白黒の猫は「ンンンンー」とひと鳴きして家主の膝に飛び乗った。痩せた老人の膝に20㎏の猫が乗るのは重量オーバーも良いところだが、顕光は呻きつつも背を撫でた。ジャンボな猫だからニャンボ、と諾子に雑な名付けをされた白黒の猫は顕光の膝にしか乗らない。
飼い猫も参加したところで家族会議が再開される。
「で、誰に告白されたの? 知ってる人?」
顕光が聴取を始める。道満は告白してきた相手が同じ大学の先輩で、えげつないほどに顔が良いということを答えた。
「その、安倍さんは、ひっひと目惚れだと」
安倍、という名前を聞いて一層食卓の空気が冷えた。気付いていないのは道満だけだった。
「マルチ商法じゃない?」
「その後宗教勧誘されませんでした?」
諾子と香子が失礼なことを言うが道満は首を振って否定する。
「デートにも誘われました……」
「あれだ、デート商法だ。家を買わされるぞ」
鬼一に言われて道満は頭を抱える。「やはり儂なんか」と言うと家族から末っ子賛美の声が掛けられるのでぐっと飲み込んだ。
「何処でいつ頃告白されたの?」
「講義終わりに、部屋の前で安倍さんが儂のことを待っていて」
「そっかそっか。じゃあ被害届書こうね道満。事件化させるから」
「何故ですか顕光殿!?」
冷静かと思いきや家長が一番の暴挙に出ようとしていて道満は怯えた。幾ら元警察庁長官だからといってそこまでして良いはずがない。道満はどうにか義父の考えを止めようと説得し、結局、家族全員に「安倍某とは付き合わない」という約束をすることになった。
道満以外は相手の男がどんな男なのかよく知っていた。知らないのは道満ばかりだった。