監督生ちゃんを迎えに来た小夜君の話※twと刀剣のクロスオーバー注意
「姫」
ナイトレイブンカレッジに少年の声が響いた。
ポニーテールに結んだ蒼い髪が、ふわふわと揺れている。身の丈に合わない大きな笠と、ボロボロの青い袈裟を着こんだ少年・小夜左文字が、息を切らしてナイトレイブンカレッジの廊下を跳ねる様に駆けていた。
少年の切羽詰まった表情と、なにかを求める悲鳴に近い叫び、そして16歳以上の少年が通う学校にはまずいないであろう幼い少年が学校にいるということに、ナイトレイブンカレッジの生徒は野次馬となって走る少年を見つめるが、そんなことは少年には関係がなかった。
馬番に向かおうとした小夜が、通りかかった鏡の前。鏡が一瞬光ったと思うと、気が付くと見知らぬ建物にポツンと立っていたのだ。
背後には巨大な鏡があり、その鏡を見つめ、一瞬で鏡の付喪神なのだと判断した。この鏡に攻撃されたのかと短剣を抜こうとした小夜は、ひどく懐かしい霊力を感じて、短剣を抜く手を止めた。
それは、自分が所属する本丸で、主が生んだ娘の霊力。
審神者として優秀な主に目を付けた政府が、本丸の次期当主として政府が出産を命じ、精子バンクとやらで出産を強要されて生まれた少女だった。
最初は小夜も、他の刀剣男子同様に、己の主を道具としか見ていない政府に憤ったものの、現金なもので、実際に生まれてきた赤ん坊は、とても可愛かった。
主から、赤ん坊の近衛刀になってほしいと、頼まれたのだから、なおさら。
「小夜くん、私の娘をよろしくね」
そう主から言われたのだから、刀剣男子として断るわけにはいかない。
ずっしりと重く温かい無垢な赤ん坊を抱きしめて、よろしくと、ポツリと声をかけたあの日は、鮮明に思い出せる。
その愛しい赤ん坊が年頃の娘になった数か月前、少女は誘拐された。
刀剣男子の全ての目を盗んで、次期姫君を誘拐してみせるとは何者だと、誰もが姫を探した。でも見つからず、あれだけ強かった主も、最愛の娘を失って日々泣きくれていた。小夜はずっとずっと探していたのだ。復讐に身を焼く小夜だからこそ、誘拐犯を見つけた時にはズタズタに切り裂いてやるとさえ、何度も架空の存在を呪った。
そして小夜は、おそらくその誘拐犯であろう鏡の付喪神に目を向けず、勢いよく鏡が置かれた部屋から飛び出して、こうして見知らぬ建物を全力疾走しているのだ。
ただ胸の差す目的地、幼いころから世話をしてきた少女の霊力を辿って、小夜は走る。やがて走りゆく先、何度も求めた黒髪の少女を見つけた。
「姫」
自分の声が、痛いほど廊下に響く。
己の声に、茶髪と黒髪の二人の少年に挟まれた、少女が振り返った。
その少女は目を見開き、小夜を見つめる。黒い髪に黒い瞳。サクランボの唇と白い肌は、主に瓜二つなもの。その色彩を、小夜が見間違えるはずがない。
「さよ、くん」
少女がぽつりと呟くと、やがて少年二人を置いて、肩に魔獣を乗せたまま、少女も小夜に向かって走り出した。
少女は胸に抱えていたノートを放り投げ、小夜に走り、すっかり大きくなった背を丸めて、小夜を力いっぱい抱きしめた。
「小夜くん、小夜くん、小夜くぅん……」
声には涙がにじむ。泣き声で震える肩を小夜は片手で抱きしめて、空いたもう一つの手で、少女の頭を撫でた。
「姫、大丈夫ケガしてない」
そう言えば、少女は幼い頃から変わらぬ瞳で、コクコクと素直に頷く。小夜から見ても、髪や肌は荒れた様子はなく、何処かを痛めている様子もない。
ひとまずそのことにホっとして、まだ小夜を抱きしめ続ける少女を宥めると、小夜は安心させるように少女の目を見つめて、少女の手を引いた。
「迎えに来たよ姫。さぁ帰ろう。主が待ってる」
そう小夜が言った瞬間だった。少女の両脇を歩いていた少年が、殺気立ったのを小夜は見逃さなかった。
とっさに少女を背後に庇い、短剣を抜く。
茶髪の少年が、ハっと嗤った。小夜を嘲笑ったのだと、殺意を研ぎ澄ませた。
「帰る、だって」
茶髪の少年がそう言うと、1歩こちらに踏み出した。小夜は三白眼の瞳に警戒の色を強めた。
「なぁ監督生。マブのオレを置いていくってわけ」
「そんなこと、許せるはずがないだろ」
茶髪の少年の隣にいる、黒髪の少年も口を開く。
少女が呆然と「エース、デュース…」と少年たちの名を口にした。成程と、小夜はその少年たちの濁った眼を見て理解する。戦場では飽きるほどに目にした。あれは、愛欲に狂う男の目だ。
「ああそうだよ。姫は連れて帰る。この子は、いるべき場所に帰るんだ。」
当然のように言えば、少年たちの空気がヒリついて、胸もとに刺さったペンを抜いた。闘い慣れしていない人間の子供がたった二人。小夜の敵ではない。けれど。
それは、小夜が一人の場合の話だ。
今は背後に庇う姫君がいる。最優先すべきは、彼女の安全なのだ。
小夜は少女の手を掴むと、くるっと振り返り、そして、元来た廊下を走りだした。
「逃げるよ姫」
強く手を掴めば、「小夜くん」と戸惑う声が聞こえるも、姫は素直に脚を動かして小夜と共に走った。
背後からは少年たちの怒る声と、炎が小夜を襲わんと牙をむく。
目指すは先ほど小夜がたどり着いた鏡の付喪神の元。そこにいけば、姫も自分も本丸に帰れる。
小夜はたった一人、愛しき赤ん坊を守るために、元来た道を全力で走った。