フォロワー監聖杯戦争(ぷんさん監)※twとfgoのクロスオーバー注意
人間が周りに見当たらない深い森の中。
ただひたすらにぽっかりと浮かぶ金色の満月。そのあまりの巨大さ、あまりの輝きに、数多の星は見えないほどに塗りつぶされている。
「………ここ、どこ」
深い森の中、一人たたずむ少女の声が響く。ナイトレイブンカレッジの異端児こと、オンボロ寮の監督生・ユウは月を見上げてそう言った。
おかしい。つい先ほどまで机に向かって勉強をしていた。飲み物を撮ろうと席を立って、扉を開けたら、森に立っていたのだ。
お風呂に入り、パジャマに着替えたはずなのに、服装も制服に代わっていた。メガネのブリッジを掴んで外し、視力の良い裸眼で森を見渡すも、誰もいない。歩き出そうと一歩踏み出すと、ポケットの中でカサ、と何か音を立てたのを耳が拾い上げ、ピタっと止まった。
制服のポケットに手を入れて取り出してみれば、見覚えのない乾いた白い紙が出てきた。
「…」
眉をひそめてポケットに入っていた容姿を広げれば、何も書かれてない紙に文字が浮かび上がった。
『ようこそ。貴方は7人目のマスターです』
「え」
マスター、その言葉を呆然と口にした。意味が分からない、頭が追い付かない。絡み合う糸のようにぐちゃぐちゃになる思考に、用紙に浮かんだ言葉は消えて、また新しい言葉が浮かんだ。
『元の世界に、帰りたいでしょう』
『そんなあなたに、帰るチャンスを差し上げます』
「!?」
混乱する。手が震える。元の世界。それは、彼女がナイトレイブンカレッジに連れ去られ、若返る前に生きていた科学と文明が発達した、魔法の無い世界のはずだ。
故郷には家族がいる、友もいる。置いてはいけない人々がいる。彼らに、会えるかもしれない。
そう期待が胸の中で咲くのをわずかに感じながら、文字は次々と浮かんだ。
『貴方にはこれから、聖杯戦争に参加していただきます』
『貴方には、7つの世界線。7つのパラレルワールド。貴方と同じようにナイトレイブンカレッジに誘拐された7人の少女と戦っていただきます。』
『少女はそれぞれ、貴方の世界に存在した、歴史や神話、物語の英雄。すなわち英霊を召喚していただき、それぞれの英霊と殺し合いをしていただきます』
『なお、殺し合いに向かう被害は英霊のみで、貴方たちマスターに向かうものではございませんのでご安心ください』
『最後まで生き残った英霊を持つマスターには、元の世界か、異世界に帰るかの選択を差し上げます。』
『英霊には、どんな願いも叶える権利を差し上げます』
『なお、所持する英霊が消滅した時点で、異世界へと強制送還になりますのでご了承ください』
『それでは、ご武運を。』
浮かんでは消える文字を追いかけている間、最後の文字が浮かんで、紙に火がついた。
「あっつい」
悲鳴を上げて紙を放り投げれば、紙は宙を舞いながらすべて燃え尽き、灰になって風に消える。
それを見ながら、うるさいくらいに鳴る胸を強く抑えて、ハクハクと口を動かして必死に酸素を求めた。
「ころし、あい」
殺し合い。確かにそう書いてあった。先ほど書かれていた文章を纏めれば、これから自分はナイトレイブンカレッジにパラレルワールドで誘拐された少女と戦わねばならないということになるのだ。
「待って、なんで、そんな。助けて、グリム、エース、デュース……。」
友の名前を弱弱しく呼んでも誰も返事をしなかった。それが寂しく、恐ろしくて、震えながらうずくまる。
なんで、どうして。殺し合いなんて。
そんな言葉が頭をぐるぐると回る。『ご安心ください』なんて書いていたって、殺し合いという言葉のインパクトが強すぎて安心できない。
「やだ。やだよぉ…。怖いよぉ...。ジャミル先輩、助けて、助けてぇ……」
泣きじゃくってうずくまった。
怖い、怖い、なんでこんな目に合わないといけないの。
何を呪えばいいか分からないまま、膝を抱えてうずくまる。酸素が足りない。ヒッヒッと喉が引きつる音を聞きながら、涙を流した。
どれほどまでに蹲っていたか。ようやく立ち上がれば、目は腫れぼったくて痛く、喉も渇きを覚えた。
随分蹲って泣いていたのに、不気味なほど夜は長く、誰もいないのだ。
ノロノロと立ち上がり、あてもなくフラフラと歩いた。月光に導かれるように歩けば、かすかに聞こえる川の音。そして滝の音も聞こえてきた。
まずは川の水を。そう、水を飲んで落ち着こう。そこから何をするか考えればいい。焦りは禁物だ。ジャミルだって、思いを寄せるあの年下の青年だって、きっとそう言うだろう。
森を歩き、藪を掻き分けると、大きな滝が目を引く。そして透き通った水が流れる滝壺は、月光に照らされて銀色に輝いていた。
まるで、水の妖精が住んでいそうな美しい滝壺は、見たことがないほどに水の透明度が高い。
「綺麗……」
ぽつりと、思わずそう言う。ジャミルにも見せたいなぁとボンヤリ考えながら、滝壺にフラフラと近づいた。滝の水が跳ねない距離に移動して、滝壺のフチにしゃがみこんだ。冷たい水を両手で掬って喉に通せば、涙で荒れた喉を癒してくれる。
冷たい水を飲んで、頭が冴えた。そしてふと、脳裏に知らぬ歌が浮かぶ。
導かれるように、その歌を、ユウは口ずさんだ。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
ここに誰かがいれば、それこそ思いを寄せる青年がいれば。彼女を止めたかも知れない。
それでも少女は止まらない。誰も止めてくれる人がいない。
ただ頭に浮かぶその歌が、開戦の歌とも知らず、満月を見上げながら呆然と続けた。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
手から水の雫がこぼれ、川に落ち、水面に浮かぶ月を揺らす。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。」
最後まで歌ったその時だ。少女を中心として、巨大なつむじ風が吹き上がった。
「きゃあ」
思わず手で顔を庇うと、ごぉごぉと怪物の悲鳴のような凄まじい音が、森を、水を、少女の鼓動を乱暴に揺らす。
風が収まり、少女は強く強くつむっていた。ゆっくりと目を開けると、目が慣れた暗闇が、また広がっている。景色になんにも変化はないことに胸をなでおろそうとした、その瞬間だった。
「ははははは
私を召喚するとは、また奇特なマスターもいたものだネ」
背後から、老獪な声が聞こえて、座り込んだまま思わず勢いよく振り返った。
いつの間にそこにいたのか。満月を背景に、男が立っていた。
銀色の髪を紳士的にオールバックに纏め、髭を蓄えた口元を、愉快そうに吊り上げている。菫色の瞳は聡明に輝き、しわが濃く出ている顔で、ユウを見つめていた。
「我がクラスはアーチャー。
真名はジェームズ・モリアーティ職業教授兼悪の組織の親玉」
蒼い蝶々を模したマントが、羽根のようにユウの前で広がる。
固まる少女の前で、男はさらに愉快気に口を吊り上げた。そうすれば、老獪さを演出する口元のシワが、さらに深くなる。
「何、私は強いとも。それだけは保証しよう。」
男は、座りこむユウの右手に熱いほど焼き付いた赤い令呪を見つめて、楽しそうに言った。
立つ男と座りこむ少女。運命体に出会った二人を、金色の満月が照らしていた。