手コキカラオケある日の昼下がり、アークライト邸の中庭にて俺とⅣはデュエルをしていた。
「2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ、No.15ギミックパペット・ジャイアントキラー!」
ぐるりと渦を描いた空中から光を放ちながら現れたのは禍々しさを感じる巨大な人形。Ⅳの持つナンバーズの1体、ジャイアントキラーだ。ジャイアントキラーを召喚してすぐ効果を発動され、俺の場に居たエアロシャークはあっという間にシュレッダーに掛けられてしまった。そのままがら空きになった俺のフィールドを見て口角を歪なまでに上げるⅣ。伏せカードに警戒こそしているようだが、この好機を奴が逃すわけがない。
「やれ、ジャイアントキラー!ダイレクトアタックだ!」
来た!
「罠発動!エクシーズリバイブスプラッシュ!墓地のエアロシャークを特殊召喚する!」
先程破壊されたエアロシャークが墓地からフィールドへ舞い戻り雄叫びを上げた。攻撃力なら此方が勝っている。攻撃を中止するか?それともこのまま返り討ちを素直に食らうか?煽るようにⅣを見据える。Ⅳはあからさまに不機嫌そうに眉を歪ませるとジャイアントキラーに指示を出そうと手を挙げたが、その手が降ろされる事はなかった。
「もー!Ⅳ兄様に凌牙!さっきから紅茶が入りましたよって呼んでるじゃないですか!」
仲裁するようにⅢが入ってきて、やむを得ず俺達はデュエルを中断する事になった。チッ、アイツに一泡吹かせられる所だったってのに。
ダイニングに通され、促されるがままに席につく。やけに高そうな椅子やテーブルも最早見慣れたものだった。時計を見やれば時間は3時を回った所。ティータイムにはちょうどいい時間だ。テーブルの上に並べられたケーキやスコーンを眺めているとⅢがティーカップを前に並べてきた。
「今日はロイヤルミルクティーにしてみました」
そう言いながらⅢが席につく。Ⅳは自分のティーカップを持ち香りを楽しんで嬉しそうに笑っていた。何度かこうやって紅茶を飲んではいるが未だに飲む以外の楽しみ方が分からないので普通に味わっておく。香りっつったってそんなんで何が分かるんだろうか。スコーンに手を伸ばし口へ運んでいると、Ⅲが他愛のない話を始めた。
「そういえばこの前ですよ、遊馬とカラオケに行ったんです!それがすんごい楽しくって!兄様ってカラオケ行ったことありましたっけ?」
Ⅲの問いに「ねぇな」と短く返したⅣ。行ったことないんだ、と意外に思ってしまった。芸能界がどうなのかは詳しくは知らねぇが付き合いでカラオケ連れ回されたりとかしないのだろうか。…いや、連れ回されるなら飲み屋か。ならその二次会とかで…あ、まず飲める年齢じゃねぇから誘われねぇのか。
スコーンを齧りつつ眼の前の兄弟の会話をぼんやりと聞いていると、Ⅲの顔が突然此方に向いた。
「ねぇ凌牙、この後兄様をカラオケに連れて行ってよ!」
……は?なんで?
顔に出てたのか、Ⅲは続ける。
「僕はこれから遊馬と約束があるので行けないんですよ。どうせ凌牙は暇だろうからいいでしょ?」
なんでこうトゲある言い方すんだテメェは。
確かに暇ではあるがこの暇はⅣとのデュエルを楽しむためのものなのであってカラオケに行くための暇ではない。なんなら遊馬に誘われなかったのがややショックなんだが。アイツなら確実に誘いに来るだろうに…と考えた所でよからぬアイツの顔が浮かんだ。アイツなら何かしらそれっぽい理由立てて遊馬に俺を誘わせないようにするだろうなと。なら仕方がねぇかと納得し、ここで頷かねば引きそうにない桃色に向かって頷いてみせれば、視界の端の黄色が揺れた。
「いいのかよ」
「別にいいぜ。いっつもデュエルだけってのも味気ねぇしな」
目線だけ向けてやったらⅣは目を泳がせ唇を尖らせていた。何だよその反応。嬉しいのか嫌なのか分かんねぇだろうが。
「じゃあ決まりですね!楽しんできてください兄様!凌牙、兄様に恥かかせたら承知しないからな!」
うるせーよブラコン野郎が。
結論から話そう。このⅣとのカラオケで俺達の関係が大きく変化する出来事が起こった。
Ⅲの圧に負け、Ⅳを連れてカラオケにやって来た俺は適当に機種を選んで振り分けられた部屋に入る。Ⅳはというと、新鮮なのか深く被った帽子のつばを少し持ち上げてキョロキョロと周りを見回していた。外なので地味な服装と髪型を隠すための帽子を装備しているが、左右で色と長さの違うもみあげが出てればファンでなくともⅣを知っていれば秒で分かってしまう気がする。本人がそれでよしとしているから言わないでおいてやったが。
「飲み物注いでこいよ。歌うんなら喉やるぜ?」
コップを差し出しながら言ってやればⅣはそれを受け取りドリンクバーの所へと駆けていった。浮かれてんなぁ、あいつ。Ⅳが戻ってきたら俺もジンジャーエールでも注ぎに行くか。
しかしながらあいつが戻ってくるまでは暇なもんだから短めの歌でも入れて先に歌わせてもらおう。久しぶりのカラオケだったのもあってか心が踊っていた。端末を操作すればすぐに前奏が始まる。マイクを持っていざ歌うぞって時にⅣが帰ってきた。
「お、その曲最近よく聞くよな。神代くんも知ってたんですねぇ」
部屋の中に入ったからと帽子を脱ぎつつⅣはソファに座る。100%野次を飛ばしてきそうなこいつの前で歌うのは気乗りしなかったが、連れてきてしまったものは仕方がない。一人で歌ってる時のように密かに存在を抹消しつつ、画面に映る歌詞を目で追った。
後奏に入った所で演奏中止を押せば、Ⅳは驚いたような声を出した。
「え、途中で止めんのか?」
「後奏聞いてる時間あったらその分歌えるだろ」
そう返してやれば納得したのかⅣは大人しく注いできたコーヒーを一口飲む。端末を顎で差せばⅣは慣れない手つきで曲を入れていた。その間に飲み物を取ってこよう。
久しぶりにカラオケで歌ったがやはりカラオケはいい気分になる。ストレス発散の手段の一つにカラオケが挙げられるのも納得だ。ただ、ストレスの原因の四割近くを占めている人間と共にやるカラオケってのはいかがなものか。……考えるだけ無駄か。来てしまったものは仕方がない。文句を言っても現実は変わらないのだ。注いだジンジャーエールを一度飲み干してから再度コップに注ぎ、Ⅳが歌ってる所はファンも見たことがないんじゃなかろうかと思いながら部屋へと足を進めた。
部屋のドアを開ければⅣはちょうど盛り上がる所を歌っていたようで、よく聞くどすの利いた愉しげな声ではなく純粋に楽しんでいる声が部屋を満たしていた。こいつもこんなに楽しそうにできるのかと感心しつつ、集中を途切らせないようにソファへ座る。端末を取って操作しつつ足を組むと、違和感を感じた。
テーブルの裏になにかある。
端末をテーブルに置き、裏へと手を伸ばせばカサリと音がしたのでその物体を掴んで引き剥がす。違和感の正体は折りたたまれたメモ用紙だった。興味本位で拡げてみると、そこに書かれていた内容に俺は思わずデケェ声を出してしまう。ちょうど歌い終わったところだったⅣがマイク越しに話し掛けてくる。
「凌牙?どうしたんだよそんな驚いた声出して……ん?なんだよその手のやつ」
見つかってしまえば隠滅も不可能だ。内容に目を背けたかったが、Ⅳにメモを渡す。するとⅣも俺と同じような反応をしていた。
そりゃあそうだろう。メモに書いてあった内容はこのとおりだ。
『手コキカラオケ3本勝負のルール
①互いに自信のある曲を入れ、歌う
②歌っていない者は歌っている者に手コキを行う
③2曲時点で片方が2勝していた場合は3戦行わない
※注意事項
・歌い始めてから手コキを始めるタイミングは任意
・イってしまった場合でも歌い続ける事。イった場合イった回数×5点減点する
・手コキする側は相手をイかせる為ならどのような手段も使っていいものとする
(ただしオナホなどのグッズは使わないこと!)』
「なんだこりゃ…」
中学生のバカ共が揃って深夜テンションで考えたかのようなルールに俺達は苦笑いせざるを得なかった。清掃の人間は何やってたんだよ。テーブルの裏くらい見ろよ気付けよ。見なかったお陰で今微妙な雰囲気になってんだよ。せっかくのカラオケもこれじゃ興ざめだ。Ⅳから紙を奪い、丸めてゴミ箱に捨てに行こうとしたらⅣに腕を捕まれ阻まれた。なんだよ、と少々不機嫌を前に出して投げかければ、Ⅳはニヤリと笑って口を開いた。
「いいじゃねぇか。勝負って書かれてちゃあやるしかねぇだろ」
いやバカじゃねぇの。
あんなバカが考えたお遊戯なんてやるわけ無い。ましてやこの男と共になんて以ての外だ。腕を振り払いドアノブに手を掛けた瞬間、Ⅳの聞き捨てならない言葉が耳に入る。
「勝てる自信ないのか、凌牙ァ?」
どこかしらの血管が数本切れた音がした。
「ハッ、上等じゃねぇか。やってやるよ」
売り言葉を投げられちゃ買い言葉を返すしかない。俺達ってのはそう言う関係だ。やっぱり、コイツとは競っている方が性に合っている。
奪った紙をテーブルのど真ん中に叩きつけてやり、鞄からDパッドを取り出す。メモ機能を立ち上げ名前を並べれば3本勝負の準備は完了だ。
「ルール頭にぶっ込んだな?」
Ⅳに目線をやれば頷いて返される。その顔はいざこれからデュエルを行う時のような此方を挑発する顔だ。その顔絶対崩してやるから覚悟してろよ。