夜半、誰もが寝静まっている時間。長屋は静まり返り、誰もが眠りに就いている。同じように寝ていた一年ろ組の鶴町伏木蔵は天井裏に気配を感じ取り、ぱちりと目を開いた。
「やあ」
伏木蔵の部屋の天井板が一つ開き、そこから曲者がにゅっと顔を出す。
「伏木蔵くん、今いいかな」
「もちろんです。密会なんてスリル〜」
昆奈門と伏木蔵は寝ている怪士丸を起こさないよう、静かに学園裏手の山に向かった。手頃な木を見つけ、胡座をかいた昆奈門の膝に伏木蔵が収まる。
「こなもんさん、大人のお話は終わりましたか〜?」
「......ああ、うん。終わったよ」
「それはなによりです〜」
この子は時折、大人よりも鋭い観察眼を発揮する。今回は昆奈門の任務を深堀りこそしなかったものの、見かける度にお辞儀をしたりひらひらと手を振ってくれている。全く律儀な子だ。
「ぼくは子どもですから、難しいことはわかんないですけど〜、慣れない環境でも昆奈門さんがいつも通りにいれるように居れたらなって思いますぅ」
伏木蔵は膝の上でギニョールを遊ばせながらくふくふと笑う。子どもに好かれることの少ない昆奈門にとって、目が合うと泣くのではなく必ず会釈したり挨拶してくれる伏木蔵の存在は、かなり助けになっていることを自覚していた。
「ありがとう。でも、意外だったな。スリルを追い求める君なら、何があったのか私に聞いてくると思ったんだが」
「そりゃあ気になりますけど〜。言っても教えてくださらないでしょう?」
まるで初めから真相を察していたかのように話す伏木蔵に、純粋な興味が沸いた。この子どもはどこまで現状を分析しているのかと。
「そう思った理由を聞いてもいいかい」
「いいですよぅ〜」
伏木蔵は昆奈門の方を向き直り、最初から説明を始めた。
「まず、土井先生が急な出張で居なくなりました。先生方が長期出張の際は一言先に伝えられてましたから、そこがまず謎です。しかもそれが六年生の長期任務と被ったとか。そう思えば引率かな?とも考えたんですが、ぼくらが実習のときはともかく、六年生の忍務に先生が付きっきりになるのは聞いたことがありません。最後に一つ。前日の夜に土井先生は尊奈門さんといつものように果し合いに行ってたんですねえ。一回も勝ったことないのに凄い精神力だと思いますう。そしてすぐに土井先生の代わりとして諸泉先生と雑渡先生がいらっしゃいました〜」
以上のことから、と前置きをして伏木蔵は昆奈門に向き合う。
「土井先生の長期出張の理由は尊奈門さんにあって、それを補うために来た。更にちょっとしたお仕置きとして雑渡先生もいらした、ってところですかねえ〜。ついでに言うと、土井先生が帰ってくるかは分からない。どうですか?ぼくの推理」
「...ふ。お前は聡いね。だが合っているかどうかは私からは言えないな」
「知ってます〜。だから昆奈門さんはいち生徒の荒唐無稽な推理を聞かされただけ、ってことにしといてくださいね」
「おや、あんなに自信ありげだったのに?」
「だってこれが真実だって言われたら、ぼくはどうなっちゃうんですかねぇ」
土井半助の失踪について、四年生以下には箝口令が敷かれている。例え推察が合っていたとしても、一年生の伏木蔵には伝えることが出来ない。そしてこれは、タソガレドキ忍軍が引き起こしたものだ。処理は内々で済ませたい。もしこれを認めてしまえば、「身内」と判定していることになるのでは、と伏木蔵は危惧しているのだろう。
「ぼくはどこにお仕えするか、自分で選びたいですぅ」
「......君は本当に聡いね」
昆奈門のちょっとしたお誘いにも気付き、正面から否を突きつけてくる鋭い子ども。
(やっぱり欲しいなあ)
医術に精通し、鋭い観察眼を持った相手の意の裏を読むことの出来る人間などそうそう居ない。そして、それが自分の一等気に入っている子どもであることが尚更、昆奈門を掻き立てた。
「君、伊作くんよりよっぽど忍者に向いてるんじゃない?」
「うふふ〜タソガレドキ忍軍の忍組頭にお褒め頂き光栄ですぅ」
言外にウチにおいでよ、という言葉もゆらりと躱された。そう遠くない未来に、職場を選ぶ瞬間が来る。昆奈門はその時まで現役で居られるだろうかと考えた。こんな仕事だ、確実に生きているとも言い難い。
「君がウチを選んでくれるように頑張っちゃおうかな」
「じゃあぼく優秀でないといけないんですかね〜」
「んふふ、そうだね」
スリルぅ〜と身を捩らせる伏木蔵の頭を昆奈門は優しく撫でる。こうしていられる時間はあまりないが、あと少しだけ。二人の静かな逢瀬を見守るのは、木々と流れる風だけなのだから。