『Hot milk』(相漂♂・全年齢)【前書き】
右漂♂webオンリー「金瞳の黒猫の見る夢」
(2025年8月2日21:00~2025年8月3日20:50)
🐈⬛♂️開催おめでとうございます!
新作として展示させて頂きます。
前作『同じ夜空と月を見る』の続きですが、前作を読まなくても読めます。
相里と一緒に食事をしていたけれど、
ちょっとしたアクシデントで相里の家に泊まることになった男漂泊者。
お互いに友情と言うには大きすぎる気持ちを抱えていて…。
友達以上・恋人未満の両片想いで始まる相漂♂です。
――――――――――――――――――――――――
『Hot milk』
今日、久しぶりに相里と一緒に食事に行って、
俺も相里もお互いが『大切な存在』だと打ち明けて、互いにそれを知った。
まさか、二人とも遠く離れた場所にいる時は、
お互いの事を考えながら同じ夜空と月を見ていたなんて――。
どこか照れくさくて恥ずかしいけど、でも心の中がポカポカと温まるような……そんな幸せな気持ちだ。
俺の頬に、相里の掌が優しく触れる。
相里の温かくて――それでいて俺よりも少しだけ低い体温。
今の俺の――僅かに赤くなって熱を持ってしまった頬には、その温度が心地良い。
俺が相里を大切な人だと思って、言葉では上手く表せないけど……特別な人だと思っているように。
相里にとっても俺が大切で……特別な人になっていれば良い――そんな願いを込めて。
俺は頬に触れられた相里の手に自分の手を重ねる。
今夜は、相里と離れ離れではなく――、
一緒に同じ夜空と月を見られるのがたまらなく嬉しくて幸せだ。
でもそんな幸せな時間も、もうすぐ終わってしまう。
料理もほとんど食べてしまった。
――こんな時間がずっと続けば良いのに。
我儘だとは分かっているけれど、相里と離れるのが名残惜しい。
相里に気付かれないように、そっと僅かに頬を動かしてすり、と相里の掌に甘える。
それくらいは……許してほしい。
「料理、美味しかった。相里、今日は本当にありがとう。」
「お礼を言うのは僕の方だよ。漂泊者は本当に料理を美味しそうに食べてて、誘った甲斐があったよ。それに、僕も君に会えて嬉しいんだ。」
食後のお茶を飲みながら、料理とお酒が美味しかった事、久しぶりに一緒に過ごせて嬉しかった事、最近の近況などをお互いに話す。
「――え?漂泊者、君はまだ今州の部屋には戻ってなかったの?」
「ああ。今州城下に帰って来てすぐ、そのまま相里と待ち合わせようと思って、部屋には戻らず華胥研究院の方に向かったからな。
……しまった、俺の部屋掃除してない……。」
近況を話していて、今州にある俺の部屋をまだ掃除してないことに気付いた。
最近は部屋を空けていたから、埃とか溜まってるだろうし大掃除になるんだろうな。
――とはいえ、今日は夜も遅いし近所迷惑にもなるだろうから、今夜はどこか宿に泊まって明日から大掃除か。
「ここ最近は暫くの間、今州の部屋は空けていたから、多分大掃除しないと眠れる状態じゃないと思う。
でも、今の時間じゃご近所さんも困るから大掃除は明日からにするよ。」
「……君自身は、今夜はどうするの?」
「――普段なら野宿でも良いけど、せっかく今州城下に来たんだから宿にでも泊まるよ。」
すると相里が、申し訳なさそうな表情で視線を彷徨わせて、躊躇いがちに話す。
「その――、もし漂泊者が嫌じゃなかったらの話なんだけど、僕の家に泊まるのはどうかな?
今州城に着いてすぐ待ち合わせ場所に来てくれたって事は、僕に時間を合わせてくれていたって事だし……。
それに、僕だって漂泊者に会いたくて会う約束をしたんだから、何か君の助けになりたいんだ。
勿論、君が嫌だったり、他人の家は落ち着かないのなら無理強いはしないけど。」
――相里の家に俺が?
確かに夜も遅いし、今から宿を探すのも大変だから、相里が家に泊めてくれるのは凄く助かるけど……。
いきなり相里の家に泊まったりして、俺、迷惑じゃないかな?と少し心配になる。
「もし相里の家に泊まっても良いなら、俺は助かるけど……良いのか?」
「勿論だよ。大したおもてなしは出来ないかもしれないけど、良かったら泊まっていって。」
心なしか、相里の顔は嬉しそうだった。
「それに――、僕はずっと一人暮らしをして長いけれど、漂泊者が……君が泊まってくれたら、家に帰っても今日は一人じゃないんだなと思うと……嬉しいんだ。」
嬉しさと共に、何かを思い出すように遠くを見ているような切なさを帯びている相里の視線。
もしかしたら相里は――家族の事を、親友の事を思い出しているのだろうか。
家族を、親友を失ってからの相里はずっと一人で生きてきたのだろうか。
「じゃあ、お言葉に甘えて相里の家に泊まらせてもらうよ。」
「本当?良かった。遠慮せずに君自身の部屋みたいに、ゆっくりくつろいで休んで欲しいな。」
相里が嬉しそうに顔をほころばせる。
相里が喜んでくれて良かった。
それに、俺自身も相里の家に泊まりに行くのは初めてで、ちょっとわくわくするし、楽しみだ。
お店で会計を終え、席を立ち一緒に店を出ると、
相里の家に向かうため、並んで歩き始める。
俺は相里の家に行くのは初めてだけど、どんな家に住んでいるのだろう。
相里と並んで、相里の家への道程を歩く。
自然もあり落ち着いた静かな道で、夜も遅いせいか他に人影はない。
料理を食べて暖まった身体に、涼しい夜風が心地良い。
相里に案内されながら暫く歩いていると、他の家から少し離れた場所に、落ち着いた雰囲気の少しだけ大きめの家が見えてくる。
「見えるかな?あそこが僕の家だよ。」
あの落ち着いた雰囲気の少しだけ大きな家が、相里の家らしい。
案内されて、一緒に相里の家に向かう。
「ちょっと待ってて、今、鍵を開けるから。」
玄関ドアの前にある液晶画面の付いた専用デバイスに、相里が義手の人差し指をかざすとピピッと軽い音がして、ロックが解除される。
「……今のは?」
「玄関の鍵だよ。カード式の鍵も使えるようにはしてあるけど、普段はつい義手の人差し指に埋め込んだチップの方で鍵を開けちゃうんだ。
こっちの方が荷物から鍵を探さなくて良いし便利だからね。さ、遠慮せずに入って。」
相里に促され、相里の家に入る。
意外にも相里の家の中は整頓されていてシンプルだった。
研究所の相里の部屋のように物が沢山あるという訳ではない。
「お邪魔します。相里の家、暮らしやすそうで良い家だと思う。思ったより……。」
「思ったより"片付いてた"?」
どこか含みを持った笑顔で相里が聞いてくる。
うう……考えてる事を読まれてる気がする。
少し意地悪だぞ、相里。
「書庫や資料室は結構物が多くて散らかってるんだけど、それ以外の生活スペースは割と片付いていると思うよ。でも、研究や調査に没頭してしまうと他の事を忘れてしまうから、書庫や資料室はどうしてもね……。」
少しだけ困ったような顔で話す相里。
本当に相里は研究熱心なんだなぁと、感心する。
「そっか。でも、それだけ研究や調査に集中出来るというのも……それも一つの相里の良い所じゃないかな?俺はそんな相里を凄いと思ってるよ。」
「漂泊者……。」
俺や他の人にはない、相里の良い所や魅力的な所、沢山あると思うけどな。相里もそれに気付いてくれれば良いのに。
そう思いながら、相里の部屋に案内される。
相里の部屋は片付いているけど適度に生活感があって、広い部屋だった。ベッドも広い。
相里は部屋の中や隣のバスルームを案内してくれた。
「荷物は好きな場所に置いてくれて構わないよ。
シャワーは隣の部屋にあって、そこに置いてある僕の石鹸やシャンプーは好きに使って良いよ。君の肌や髪にも合えば良いんだけど……。
寝る場所は……どうしようかな。一応予備の布団と簡易ベッドは家にあるんだけど、出してくるのに時間が掛かりそうなんだ。もし疲れたら、それまでは僕のベッドで良かったら休んでて。」
そういえばここ、相里のベッドしかないな。
俺も急に泊まる事になったし、少しだけ申し訳ないような気がする。
「相里、そこまで気を使わなくても大丈夫だよ。俺はそこのソファで眠るから気にしないで。」
「駄目だよ、漂泊者も今日今州城下に戻ったばかりで旅で疲れてるだろう。僕は君にちゃんと身体の疲れを取って欲しい。ゆっくり休んで欲しくて……その為に、僕の家に呼んだんだから。」
相里は俺の身体のこと、気遣ってくれるんだな。
相里は、優しい。
そんなに気を遣わなくても俺は元気なのに、という気持ちが半分、相里がここまで俺の事を気遣ってくれてくすぐったいようなどこか嬉しい気持ちがするのが……半分。
「じゃあ、疲れたらお言葉に甘えて相里のベッドを借りるから、その前にシャワーを借りても良いかな?」
「良いよ。疲れが取れるようにバスタブにお湯も張ってあるから、好きなように使って。」
――せめて、相里のベッドを借りるなら、
自分の身体くらいは綺麗にしておきたい。
相里の部屋に置いた荷物から着替えを取って、
俺は隣のバスルームに向かった。
相里の家のバスルームは、とても清潔感があって俺の知らない良い香りがした。
今州にある俺の部屋のバスルームとは違う香り。
相里のお言葉に甘えて、浴室の備え付けのシャンプーを借りて髪を洗う。
シャンプーの泡が弾ける度にふわ、と爽やかでどこか懐かしい…良い香りがした。
――これ、相里の香りだ。
至近距離まで近付いた時にだけ、微かに分かる、相里の香り。
爽やかで清潔感と清涼感があるけど、その中にどこか優しさや温かみのある……香り。
シャンプーで髪を洗い終え、髪の手入れをすると、今度は備え付けの石鹸で身体を洗う。
石鹸もシャンプーと同じ香りだった。
身体を洗う度にふわりと良い香りに包まれる。
何だか、相里に優しく包みこまれているような気持ちだ。
もし近くで相里に触れられて、抱きしめられたらこんな感じなのだろうか。
――と、そこまで考えて気づいた。
今の俺は入浴中で、当たり前だが服を着ていない。その状態で相里に触れられて抱きしめられるって事は……。
途端に顔が真っ赤になる。
その、そういう訳じゃないんだ。相里の事は好きだし俺の心の中では大切で特別な人――だけど、俺達はまだ恋人同士とかじゃなくて……!!
俺は頭の中で必死に言い訳と、相里への申し訳なさに、心の中の相里に謝りながら慌てて身体を洗い終える。
全身の泡を洗い流すと、バスタブの湯に入る。
うん、湯加減も心地良い。
バスタブに浸かっていると、熱すぎずぬるすぎない、心地良い温度のお湯が身体の疲れを取ってくれる。
今夜は俺が急に泊まることになって忙しいだろうに、わざわざ俺の疲れが取れるようにとバスタブにお湯まで張ってくれるなんて、本当に相里は……優しい。
そんな優しい相里を……俺が独り占めしてしまっても良いのだろうか?
でも、もしも相里の心が俺から離れてしまったら、俺は凄く寂しいだろうし、
俺ではない誰かに心を傾けている相里を見てしまったら、頭ではその人との仲を応援してあげたいと思うのに、心の中では疎外感を感じてしまいそうで。
「これが"好き"ってことなのかな……。」
――心って難しいな。俺はそう思いながら小さくポツリと呟くと、入っているバスタブのお湯の水面を見つめた。
バスルームから出て部屋に戻ると、相里は部屋の奥にある収納スペースの前で探し物をしていた。
「ただいま。シャワー借りたよ。
バスタブのお湯もいい湯加減で心地良かった。ありがとう、相里。おかげで疲れが取れた。」
「どういたしまして。うん、本当だ。何だかすっきりした顔してるね。」
「……相里が探してるのって、布団と簡易ベッド?」
「そうだよ。布団と簡易ベッドのある場所は分かったんだけど、奥の方にあるから取り出すのがちょっと大変かもしれない。」
夜も遅くなってきたのか、相里の表情も少しだけ眠そうだし、顔に疲れの色が見える。
「……あのさ、相里。」
「ん?どうしたの?」
「もう夜も遅いし、相里も疲れてるだろ。……相里、少し疲れた顔してる。布団と簡易ベッドを出すのは無理しなくていいから、相里も自分のベッドでゆっくり休んで欲しい。」
少し心配になって、相里の顔を見つめる。
「でも、それだと漂泊者……君の寝る場所が。
言っておくけど、ソファや床で寝るのは駄目だからね。君の疲れが取れないから。」
「……うん、じゃあ、俺が相里のベッドにお邪魔して相里と一緒に眠るのは駄目……かな?
相里が俺と一緒に眠るのが嫌じゃなければ、だけど。」
相里は少し考え込んだ表情を見せると、不安げな表情で話す。
「……うーん。本当にそれで良いの?
僕は……構わないけど、いくら広いベッドでも二人で眠ったら君は狭くない?ゆっくり休める?僕はそれが心配だよ。」
「俺は大丈夫。それに……。」
「それに?」
少しだけ目を伏せる。そして相里を安心させるように、穏やかな口調で話す。
「俺は、隣に相里が居てくれたほうが……ゆっくり落ち着いて、穏やかに眠れると思う。」
――これは俺の嘘偽りない本心。
相里と一緒に居ると、何だかとても落ち着くし……何故だか癒される気がするんだ。
俺は、相里のそんな部分も含めて相里が好きなんだと思う。
――ああ、俺、相里の事が"好き"なんだ。
パズルの一つだけ足らないピースが、ぴたりとはまるように理解した。
友情や博愛の"好き"とは違う、愛し愛されたいという感情の、"好き"。
他の人にはこんな事はしない。大好きな人――相里の隣だからこそ、一緒に眠りたいと思う。
「じゃあ、君のお言葉に甘えて、今日は一緒に僕のベッドで眠ろうか。じゃあ、僕も一緒に寝る前に、少しシャワーを浴びてくるよ。
漂泊者、君は先に寝ていても良いからね。」
相里は少し困ったような、それでいて嬉しそうな表情で俺を見つめたあと、俺の頭を一撫でするとバスルームに向かっていった。
この気持ちが、ただの友情ではなく愛し愛されたいという意味での"好き"だと思うと、何だか急に相里を意識してしまって――。
相里のベッドに座り、先程頭を撫でてくれた相里の手の感触を思い出す。
「相里……。無意識でああいう事するの、格好良過ぎて反則だろ……。」
ぎゅっとベッドの上のクッションを抱き締める。
相里のベッドの寝具からも、抱きしめたクッションからもかすかに相里の、清潔感があり優しい香りがする。
何だか、それが凄く落ち着く香りで――。
頭がボーッとし始めて、ウトウトし始める。
俺、相里がシャワーを終えるまで起きて待っていたいのに……。
――そのまま、俺は眠りに落ちてしまった。
【相里要 side】
バスルームに入り、服を脱いで脱衣カゴに入れると、シャワーのコックを捻って、お湯を浴びる。
「本当に、困ったなぁ……。」
口では困ったと言いながらも、その表情はどこか嬉しそうで口元にも笑みが漏れる。
「漂泊者、君は――無防備過ぎるよ。
君に好意を寄せてる人に、同じベッドで寝ようだなんて……。僕だって漂泊者、君の事をそういう意味で好きだし、愛してるんだよ。
――僕だってその……一応、人並みの欲はあるんだよ?」
一人、ぽつりとつぶやきながら、
シャワーのお湯で髪を洗い、手入れをすると今度は身体を洗い始める。
「……でも僕は、君が嫌がったり悲しませるような事はしたくないからね。
君が僕を好きだと言って、お互い恋人になるまでは、待っててあげるから。
だから早く、僕の事を好きだと言って欲しいな。その時は、沢山の愛をあげる。」
シャワーで全身の泡を洗い流すと、
バスタブのお湯に浸かる。
「可愛い漂泊者、きっと君は知らないんだろうね。君がお風呂に入っている時の可愛いつぶやき、全部外に聞こえていたよ。」
入浴を終え、着替えてバスルームから出ると、
漂泊者は眠っていた。
もう大人でお酒も飲める年齢なのに、寝顔はどこか少年のような面影が残っていて可愛らしい。
「漂泊者? ……寝てるのかな。」
漂泊者が起きていたら、ホットミルクを用意して一緒に飲んで寝ようかと思っていたけど、ホットミルクは明日の朝にでも飲もう。
――だって、ホットミルクを飲むより安眠出来そうな……大好きな漂泊者が、僕のベッドで眠っているんだから。
「相里……。」
ふいに、眠っている漂泊者が寝返りを打ち、相里の名前を呼ぶ。
もしかして起きているのだろうか?と顔を覗き込むが、どうやら寝ているようだ。
「相里、俺……相里の事が大好き……だよ。」
「〜〜〜!!!」
その寝言は反則だ。
好きな人が、愛してる人が"一緒に眠りたい"と言って自分のベッドで眠っていて、しかも自分のシャンプーと石鹸を使って自分の香りまで纏わせている。
――人はこういう状況を"据え膳"と言うのではないだろうか。
でも、今は我慢だ。
いつか来る、想いが通じ合うその日まで。
相里もベッドに入り布団を掛けると、眠っている漂泊者にそっと耳元で囁く。
「漂泊者。僕も……君の事が大好きだよ。また君が起きている時に、改めてこの想いを伝えさせてもらうよ。その時はどうか……想いに応えて欲しい。」
――そうして、漂泊者を起こさないように、そっと一度だけ優しく抱き寄せて身を離すと、相里も隣で共に眠りに落ちた。
【漂泊者 side】
――眩しい。微睡みの中から、徐々に意識が覚醒する。
「んん……朝、か?」
何だか、とても幸せな夢を見ていた気がする。
詳しい内容は覚えていないけれど、夢の中に相里が出てきて、温かい場所でお互い幸せな気持ちで一緒に居たような……そんな夢だった気がする。
眩しさに朝が来たのだろうかと、瞳を開く。
「あれ……?」
普段朝起きた時とは違う、全く見慣れない景色。
――いつもとは、大きな違いがあった。
目を開けると目の前に広がる、自分ではない誰かのパジャマ越しの胸板。
――胸板?
そうだ、昨日の夜は相里の家に泊まりに行って、
相里も疲れていたから一緒に同じベッドで休む約束をして、相里を待っていたんだった……。
そこから記憶がない、という事は、俺そのまま寝ちゃったんだろうな。
相里がシャワーから戻ってくるまで待っていたかったのに。
……という事はこの胸板は、相里?
どういう状況になってるのか、周りを見回して、俺は、硬直した。
「〜〜〜〜!!」
――俺は、相里に抱き着いていた。それはもう、両腕を相里に絡めて、抱き枕みたいに。
慌てて、しかし相里を起こさないよう体を離す。
本当にごめん、相里。
今の俺の顔は真っ赤かもしれない。落ち着け、俺。
幸い、相里は穏やかに寝ているようだ。
良かった、こんな恥ずかしい所を見られてなくて。相里の寝顔は、眠っている時でも整っていて綺麗で、穏やかな表情をしていた。
ベッドサイドにある時計を見ると、まだ少しだけ早いけれど朝、という時間帯だ。
そろそろ起きようかな、と思う時間だけど、俺が動き回って相里を起こしてしまうのも忍びない。
俺はベッドで暫く大人しくする事にした。
「ん……。」
やがてぱち、と相里が目を覚ます。夜空と夜明けの色のような瞳の色が見える。
「おはよう、相里。」
「おはよう、漂泊者。君も今起きたの?」
「うん、俺もさっき起きたばかりだ。」
――相里に抱きついて眠っていたのと、起きた後、相里の寝顔を眺めていたのは……秘密だ。
伸びをして、互いに起きる準備を始める。
「君は昨日はよく眠れた?」
「ああ。おかげさまでゆっくり落ち着いて眠れたよ。相里はどう?俺がベッドの半分を占領しちゃったけど……ちゃんと眠れた?」
「……君が一緒に眠っていてくれたからかな。昨日は凄く落ち着いてよく眠れたよ。温かくて心地良くて……。
僕は普段寝る前にホットミルクを飲んでから寝ることが多いんだけど、ホットミルクを飲むよりも君と一緒に寝る方がよく眠れそうだ。」
――相里の、まるで、"また相里と一緒に眠る次"があるような言い回しに、俺は顔を赤らめてしまった。
どうしても、相里を意識してしまう。
互いに朝の支度を終えると、相里に何か軽く食べないかと提案される。
そういえば昨日の夜、一緒に相里と店で食事をしてからは何も食べてないな。
二人で何か軽いものでも食べようか、という相里の提案に乗り、一緒にキッチンに向かった。
「朝食、というには軽すぎるかもしれないけど、お腹もすいてるだろうから、少し食べよう。」
キッチンで相里はトーストを焼き、飲み物を用意して、俺は相里に何をしたら良いか聞きながら、言われた通りに野菜サラダの用意と食器を出す。
食べる物はだいたい用意できた。
相里はミルクパンをコンロにかけ、牛乳を温めている。そして牛乳を温めたら、2人分のカップに入れていく。
「本当は、昨日君と一緒にホットミルクを飲もうと思っていたけど、昨日は飲めなかったから今日こそは一緒に飲みたいなって。さあ、どうぞ。」
相里からカップを受け取り、カップを手に取るとホットミルクを一口飲む。
ほんのり甘くて優しくて心温まる味がする。美味しい。普段の相里は毎晩ホットミルクを飲んでいるんだな、と思うと何だか微笑ましくて思わず、笑みがこぼれた。
「ありがとう。……美味しい。優しくて心が温かくなる味だ。」
「どういたしまして。さ、僕も一緒に食事にしようかな。」
テーブルに食事を並べ、相里も席に着くと一緒に食事を食べ始める。
朝の和やかで幸せな時間だ。
ある程度食事を食べたところで、相里が話題を切り出す。
「今、大丈夫かな?少し話したい事があるんだ。」
「俺は全然構わないけど……話って?」
何の話だろう。
――相里が俺の目を真剣な瞳で見つめ、話し始める。
「漂泊者、僕は君のことが好きだ。友人としてだけじゃない、特別で大切な存在として……もっと有り体に言えば、君に恋愛感情を抱いている。
勿論、君の気持ちを尊重したいから、恋人になって欲しいと無理強いするつもりはないよ。
……ごめんね。お互い気まずくなって君に避けられるのが怖くて……ずっと言えなかった。
でも、もうこの気持ちを隠したまま、君と接するのは不誠実じゃないか、そんな気がしたんだ。」
「不誠実だなんて……そんな事は……」
「そうかな?でも考えてみて欲しい。君から見て友人だと思ってる相手が、ずっと恋慕の気持ちを……時には下心だって抱えているかもしれないんだよ?君は……嫌じゃない?」
――相里が俺を好き?恋愛感情としての意味で?
嬉しいけれど……大好きな相里が、俺の事を愛してくれているだなんて――。
あまりにも出来すぎてて、これは現実ではなく、俺はまだ夢を見ているんしゃないかと思ってしまった。
「嫌なんかじゃない。俺は相里のその気持ちが……心が欲しい。俺もずっと、相里の事を特別で大切な存在だと思って過ごしてきた。それが恋愛感情なのかどうかは、今までは……昨日の夜までは分からなかったけれど……。
でも、俺だって好きでもない人の家に泊まったり、ましてや同じベッドで眠ったりはしない、出来ない。
相里じゃなきゃ駄目なんだ。こんな気持ちになるのは、相里だけなんだ。」
「漂泊者……君も僕と同じ気持ちなのか……?」
――想いが、溢れて止まらない。
どうか相里、俺だけを見て。
「俺、離れていても通信で相里と話していると幸せだし、相里からメッセージが来たら嬉しくなるし、会えるのだって凄く楽しみにしてて……!
――でもその一方で、もし相里の気持ちが俺から離れてしまったり、他の人を好きになったらどうしようってモヤモヤして……辛くなる。
相里の事を考えると心がドキドキして、胸がキュッとなるような気持ちなんだ。
俺だって、相里が好きでたまらないんだ。」
ふわ、とあの清潔感があって優しい心地良い香りがすると思ったら、次の瞬間には相里に抱きしめられていた。
「嬉しい――嬉しいな。君も僕と同じ気持ちだったなんて。改めて言わせて貰えるかな?
――漂泊者、僕の特別な人に……恋人になってくれる?」
「勿論だ。俺からも頼む。相里、俺の特別な人に――恋人に、なって欲しい。俺、相里の事が好きで堪らなくて……こんなに俺を好きにした責任、取ってよ。」
少しだけ悪戯っぽく笑って、俺も相里を抱きしめ返す。――ああ、泣きたいくらいに幸せだ。
「ふふ、喜んで責任は取らせてもらうよ。僕はこう見えて結構しつこいし重いからね。
君が嫌だ、と言っても離してあげられないかもしれないよ?」
「望むところだ。俺だって、相里が俺を好きなのと同じくらい……相里の事が大好きなんだから。」
窓から見える空が青い。――今日も快晴だ。
どこまでも青い空に祝福されるように、俺達は新しい朝を、一日を迎えた――。
「それにしても、漂泊者……君は、君は温かくて、近くに居ると良い香りがして……こうやって抱きしめられてると、幸せな気持ちになるよ。」
「相里は俺に抱きしめられるの、好きなのか。」
俺に抱きしめられると幸せになる相里……ちょっと甘えん坊で可愛いな。
「それはそうだよ。好きな人に抱きしめられて喜ばない人は居ないよ。それに……。」
「それに?」
「今朝も、寝ている君は、それは情熱的に僕を抱きしめていて、まるで夢の中に居ても僕の事を好きだと言ってるみたいで、嬉しかったよ。」
ちゅ、と相里の唇が俺の頬に一瞬だけ触れて、離れる。少し擽ったいけど、嬉しい。
――ん?何で俺が相里に抱きついて眠っていたのを知ってるんだ?相里はまだ寝てたはずじゃ……。
「――相里、もしかして朝のあの時、起きてた?寝たフリ……してた?」
「ごめん。だって、起きていたら君はすぐ離れていってしまうだろう?両腕も両脚も僕の身体に絡めて、身体を預けながら僕を抱きしめてる君は……温かくてとても可愛かったよ。」
「なっ……!!」
――前言撤回。相里は可愛いだけじゃない。
たまに策士で……ちょっとだけ意地悪な所もあって。
でも、そんな所も含めて相里が好きなんだ。
そんな相里に振り回されるのも悪くない。幸せで、どこか楽しい。
――そして、相里の手が優しく俺の頬に触れ、甘えるような表情で、相里の顔が俺の顔に近づいてくる。
俺はそれに応えるかのように――瞳を閉じた。
END