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    亀乃ちいち

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    亀乃ちいち

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    ※R18※
    エリ駒が結婚式をするお話です。
    挙式の準備から本番、初夜まで書きたいだけ書きました。
    ちょっと長くなりましたが書いてて楽しかったです!

    Eternal Happiness 今日は会社の仕事が休みだから、ケイトさんと街に出かけていた。おしゃれなカフェでランチをして、何をするでもなく、手を繋いで、街を歩く。それだけでも僕は幸せを感じていた。隣を歩くケイトさんはずっとニコニコと微笑んでいて、繋いだ手から感じる温もりに安心感を覚える。こんな小さな幸せを積み重ねて、約二年が経とうとしていた。
    「あっ!」
     ウィンドウショッピングをしながら街を歩いていると、ケイトさんがある一点を見つめて声をあげた。そこは小さな教会で、大勢の人が集まっている。ケイトさんにつられてそこを見上げると、真っ白なドレスとタキシードに身を包んだ二人と、それを取り巻く人だかりができていた。
    「わぁ、結婚式だ! 花嫁さん、綺麗だね!」
    「……うん、そうだね」
     ケイトさんの目はキラキラと輝いていて、心の底から二人を祝福してるように見える。ケイトさんは他人の幸せを素直に喜べる素敵な人だ。きっと二人の新しい門出にも想いを馳せているのだろう。
    「幸せになれるといいね」
    「そうだね。ずっと幸せが続くといいね」
     僕は教会にあまりいい思い出がない。少し昔のことを思い出して、ちょっとだけ複雑な気持ちになる。でも、満面の笑みを浮かべている新郎新婦には、幸せになってほしいな、と思った。
    「結婚式を生で見るのは初めてだなぁ。皆幸せそうだね」
     繋いだ手がぎゅっと握られる。ケイトさんは結婚式をしたいのかな。相手はもちろん僕であってほしい。僕意外と一緒になるなんて、もう許せない。絶対にこの温かい手を離さない。そう思って、僕も握る手に力を込める。ケイトさんは立ち止まったまま、しばらく微笑んでいた。でもその微笑みはどこかぎこちない気がした。
    (ケイトさん……?)
     ケイトさんは確かに微笑んでいるけど、どこか違和感を覚える。この違和感はなんだろう。
    (結婚式、したいのかな)
     ふとそんな事が頭をよぎる。僕はどんな関係でも、ケイトさんと一緒なら何でもいい。恋人になって二年が経って、ずっとこのままでもいいと思っているけど、ケイトさんは違うのかもしれない。
    (……どうなんだろう)
     一般的に考えたら、女性だったらウェディングドレスは憧れなんだと思う。ケイトさんもそんな気持ちがあるのかな。
     気が付いたらケイトさんの横顔を見つめていた。その視線に気づいたのか、ケイトさんが僕の目を見つめる。
    「エリスくん?」
    「うん?」
    「どうかした?」
    「……ううん、何でもないよ」
    「そう? それならいいんだけど。二人をお祝いするのはこのへんにして、そろそろ城に戻らない?」
     そう言ってケイトさんが僕の手を引く。まだ時間はあるけど、ケイトさんが戻りたいと思うなら、僕はそれを叶えてあげたい。
    「そうだね、帰ろっか」
     そう言って二人で踵を返して、帰路につく。繋いだ手の温もりはそのままにして。
     城に帰るまでもケイトさんはずっとニコニコしていて、可愛いなと思う。思わず僕も笑みが漏れて、ケイトさんが不思議そうにこちらを見てくる。
    「エリスくん?」
    「ふふ、やっぱりケイトさんは可愛いなと思っただけ」
    「っ、もう、すぐそういう事言うっ」
    「だって本当の事だから」
     そう言って繋いだ手を握りなおすように深く絡めて、小さな手を撫でる。ケイトさんは少し頬が赤くなっていて、照れている事がわかった。
    (二年も経つのに、いつまで経ってもケイトさんはケイトさんのままだ)
     そんな彼女が愛おしくて、気付いたら唇を重ねていた。
    「んっ」
     驚いたように小さく声を漏らすケイトさんを見ていると、今すぐ抱きたい気分になってくる。夕食の時間までまだ時間がある。
    「ケイトさん、帰ったら……だめ?」
    「……っ、いい、よ……」
    「やった。じゃあ、早く帰ろう」
     僕はそんな小さな喜びを感じながら少しだけ歩く速度を速める。ケイトさんが付いてこれる程度に。
     ケイトさんは耳まで赤くなっていて、そんな姿が可愛いなと、また思う。僕は城に着いた後のことを考えて、口元が緩む。ケイトさんは少し俯きながら歩いていた。
    (ケイトさんを僕でいっぱいにしたい――)
     秘密の箱から蔦が伸びてきて、少し黒い感情が湧いてくる。
    (それすら受け入れてくれた、初めての人)
     気付くと城が見えてきて、深い森に足を踏み入れる。ケイトさんが転ばないように、しっかりと手を握る。ケイトさんもその手を握り返してくれて、少し恥ずかしそうに微笑んでくれる。
    (早く、部屋に着かないかな)
     そんな事を思いながら、二人で歩いた。

     部屋に帰ってくると、僕はケイトさんを抱き締めて、キスをする。ケイトさんも背中に腕を回してくれる。その温もりが嬉しくて、薄く開いた唇の隙間から舌を滑り込ませる。
    「んっ……、ふ……」
     ケイトさんが切なげに声を漏らす。その声すら愛おしくて、もっと聞きたくなって、僕は深く舌を絡める。ケイトさんもそれに応えてくれて、部屋には湿った水音が響いた。
     ちゅっ、と音を立てて唇を離すと、ケイトさんはもう蕩けた顔をしていて、僕は身体が熱くなるのを感じた。
    「ベッド、行こう……?」
    「うん……」
     ケイトさんの手を引いて、僕はそっとベッドにケイトさんを押し倒す。ケイトさんの長い髪がはらりとベッドに散らばって、その髪にキスを落とす。上着を脱ぎ捨て、ベッドに上がるとギシ、と音がする。ケイトさんは期待に満ちた目で僕を見てくる。そんなケイトさんに覆いかぶさって、また、深いキスを落とす。ケイトさんは首に腕を回して僕のキスに応えてくれる。どちらのものともつかない銀色の糸が二人を繋ぐ。僕は舌を絡めながらケイトさんのブラウスに手をかける。ボタンをひとつずつ外して、ケイトさんの肌が露わになる。少し意地悪したくなって、腰のラインをそっと撫でる。すると、ケイトさんの体はびくりと揺れて――。
    「っ、くすぐったい、よ」
    「そう? 腰、揺れてるけど」
    「それは条件反射でっ」
    「ふふ、可愛い」
     僕はそのまま下着を外すと、柔らかい膨らみに手をかける。ふわりとした感触を楽しむみたいにやんわりと揉みしだく。ケイトさんは焦れったいように蕩けた目で僕を見てくる。その表情にそそられて、僕はケイトさんを幸せにするために、胸の頂をぎゅっとつまんだ。
    「あっ、……ぅん……」
     ケイトさんの甘い声に頭がくらりとする。反対側の頂もつまんで、指の腹で撫でるように触れる。ケイトさんは快楽を逃がすみたいに、シーツをぎゅっと握っていた。僕は小さく主張した頂に唇を寄せ、ちゅっと吸い上げる。
    「あっ! んん……ッ」
     ケイトさんの腰がびくりと揺れ、足をもじもじとさせている。
    「気持ちいい……?」
    「んん、気持ち、いい……ッ」
    「素直なケイトさん、可愛い」
     湿った音を立てながら舌で頂を転がしていると、ケイトさんの手が僕の手に伸びてきて――、その手はケイトさんのお腹の下に導かれた。
    「ふふ、今日は大胆だね」
    「だって、もう……」
     エリスくんが欲しい、なんて消え入りそうな声で言うから、僕の下半身はさらに熱を帯びる。ケイトさんの願い通りに、太ももの隙間に手をの忍ばせ、少し濡れ始めているそこに触れた。
    「あっ、ぅん、ぁ……」
     小さな芽を指の腹でくるくると弄ると、気持ちよさそうな声が漏れて、下の方から蜜が溢れてきた。その蜜をすくって芽に塗りたくるようにして触れると、ケイトさんの声はさらに甘さを増していく。
     僕は他人より少し長い指を、湿った場所に沈める。ケイトさんの腰がびくりと跳ね、中がきゅう、と締め付けられた。
    「中、すごく熱いね……溶けちゃいそう」
     僕はケイトさんの耳元で囁きながら、彼女の悦いところを集中的に攻める。
    「っあ、あぁっ、はぁっ……」
     絶頂が近いのか、ケイトさんの声がだんだんと激しくなる。僕はそのままイかせてあげるために、指の動きを激しくする。すると、ケイトさんはあっけなく果ててしまった。
    「はぁっ……、ぁ……」
     肩で息をするケイトさんの唇を奪って、舌を絡ませ合う。部屋には二人の声と湿った水音でいっぱいになった。
    「はぁ……、ケイトさん、いい……?」
    「う、ん……きて、エリスくん……」
     そう言ってケイトさんは僕に腕を広げる。僕はズボンを寛げ、ケイトさんの濡れたそこに自身のものを宛がう。ケイトさんがぴく、と反応して、蕩けた顔で僕を見上げる。僕は熱を持ったものをケイトさんの最奥目がけてズン、と沈めた。
    「あっ、んぅ……っ、」
     ケイトさんの中はとろとろに蕩けていて、温かくて気持ちがいい。その温もりを余すことなく感じるように、ゆっくりと腰を動かす。ケイトさんは甘い声を漏らし、ぎゅっと目を瞑っている。そんな姿が愛おしくて、我慢が効かなくなる。
    「ごめん、今日の僕、わがままかも」
    「ん、いいよ……っ、我慢しない、で……あぁっ!」
     ケイトさんの言葉を遮るように、激しく腰を打ち付ける。そのまま欲に任せて腰を動かす。
    「あっ、あっ! んんっ、エリス、くん……ッ」
    「はぁ……ケイトさん……すごく気持ちいいよ……」
    「ん、はぁ……エリスくん……っ」
     ケイトさんの足を抱えて、激しく腰を打ち付ける。もう僕は限界が近くて、無我夢中でケイトさんの中を堪能した。
     汗がぽたり、と垂れる。もう我慢できなくて、ひときわ大きく腰を打ち付け、僕の欲がケイトさんの中で弾けた。
    「んっ……」
    「あ、あっ、んぅっ……はぁっ……」
     弾けた欲をそのままに、僕はケイトさんに覆いかぶさる。二人して肩で息をして、快楽の余韻に浸る。ケイトさんの前髪は汗でおでこに張り付いていて、僕はその髪をそっとよけるとそのままちゅっと口付ける。
    「はぁ……っ、エリスくん……大好き」
    「僕も……大好きだよ、愛してる……」
     繋がった場所からどろりと液体が零れてきて、僕はケイトさんの中から熱を引き抜く。ベッドサイドに置いてあるティッシュで綺麗に拭いてあげて、僕はケイトさんの横に寝転ぶ。そのまま僕の胸にうずめるようにして抱きしめる。
    「ふふ……」
    「ケイトさん?」
    「幸せだなぁと思っただけ」
    「……僕もだよ」
     そう言って僕はまたケイトさんの額にキスを落とす。
    「ディナーまでまだ時間あるし、ちょっと寝よう?」
    「うん……そうだね」
     そう言って僕たちは互いを抱き締めながら、少しのお昼寝をした。

       ◇◆◇

     今日はジュードの手伝いがあるから会社に顔を出していた。社員の皆は今日も元気に働いている。そんな社員の一人の手に、目が行った。
    (……結婚指輪)
     あの人は結婚してるんだ、と、先日ケイトさんと出かけた時のことを思い出した。
    (結婚……って、どんなものなんだろう)
     僕は少しだけ昔のことを思い出す。父と母はいつも楽しそうに笑い合っていた。幸せのお手本みたいな二人だった。あの日が来るまでは。
    (恋人と夫婦の差って、なんだろう)
     思えばここ最近の僕は結婚を意識してばかりだった。どうしても、あの日のケイトさんの微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。
     そんな事を思いながら書類仕事を片していると、気が付けばお昼の時間になっていた。僕はジュードの所へ向かっていた。
    「ねぇジュード」
    「あ? くだらん話なら聞きたないで」
    「結婚、っていつするものなのかな」
    「あ?」
    「この前ケイトさんと街に出かけた時、結婚式をしている人たちを見かけたんだ。その時のケイトさん、すごく幸せそうな顔をしてたんだ」
    「……まぁそら、女やったら一回くらいは結婚式に憧れくらいするんちゃう」
    「……そっか」
     ケイトさんも年頃の女性だ。結婚に憧れを抱いてもおかしくないのか。ケイトさんは、僕と婚姻関係を築いたら、もっと幸せになれるのかな。
     さっき見かけた社員の手を思い出す。キラリと薬指に光る指輪を思い出して、僕は少し考える。
    (結婚……)
     その日はどこかぼーっとしてしまって、何度かジュードに怒られた。そのくらい、僕の中で結婚というワードが大きくなっていた。
     今日は夜、クラウンの任務がある。僕はまた、この手を血で汚す。そんな僕が、結婚だなんて、と思いもする。
    「おい」
    「? なに」
    「一人で悩んでても答えなんか出んやろ。直接聞いてみたらええんちゃう」
    「……ジュードがアドバイスなんて、明日は槍が降るのかな」
    「はっ、言うてくれるやん。何でもええから仕事はちゃんとせぇ」
    「うん、ごめんね。集中する」
     そう言うとジュードは踵を返して社長室に戻っていった。
    (一人で考えてても仕方ない、か)
     確かにジュードの言う通りだ。結婚は一人でするものじゃない。なら、ケイトさんの気持ちを聞いてみないと、始まらない。
    (近いうちに聞いてみよう)
     そう思って、気持ちを切り替えて仕事に戻った。

       ◇◆◇

     クラウンの任務が終わって、シャワーを浴びて、部屋に戻ると、ケイトさんがソファに座って本を読んでいた。
    「あ、エリスくん! お疲れ様」
    「ケイトさんもお疲れ様。今日の任務は楽でよかったね」
     今日の任務は思った以上にあっけなく終わって、血生臭い事にならずに済んだ。ケイトさんの表情が明るいのもそのおかげだと思う。互いにシャワーを浴びて、一日の汚れと疲れを落とす。ケイトさんからは石鹸のいい匂いがして、僕は気が付いたら後ろから抱きついていた。
    「エリスくん?」
    「ううん、いい匂いだなって」
    「エリスくんも一緒の匂いだよ?」
    「うん。でも、ちょっと違う気がする」
     以前ロジャーさんが言ってた、フェロモンっていうものなのか、ケイトさんからは石鹸の匂い以外にも甘い香りがする。どこか落ち着くその香りを、首筋に顔を埋めて堪能する。ケイトさんはくすぐったいのか、少し眉を下げて微笑んでいる。
    「そうだ」
     僕は昼間ジュードに言われたことを思い出して、ケイトさんの隣に座った。
    「ケイトさんは、結婚したいとか、ある?」
    「へっ⁈ いきなりどうしたの……?」
    「この前街で結婚式してる人たち見かけたでしょ。あの時のあなた、すごく幸せそうな顔をしていたから、そういう気持ちがあるのかな、って」
     僕はケイトさんの手を取りながら、素直に思ったことを口にする。ケイトさんは少し悩んでいるようで、うーん、とテーブルに置かれたホットミルクを見つめている。
    「うーん。確かに結婚式は素敵だと思うし、子供の頃はドレスを着るのも憧れはあったかなぁ。それに、夫婦っていう絶対的な関係も素敵だとは思う」
     僕はケイトさんの言葉でふと思い出した。確かに結婚とは、書類上の契約でもあって、他の誰かが介入できない絶対的な関係だ。今以上にケイトさんを縛り付けられる……――。
    「じゃあ、結婚する?」
    「え?」
    「結婚したら、ケイトさんをさらに幸せにできるんでしょ?」
    「……エリスくんは? エリスくんは私と結婚して、幸せになれる?」
     ケイトさんは真っすぐに僕の目を見つめてくる。それはどこか確認するかのようで……。僕は、ケイトさんが自分だけじゃなく、僕の幸せまで考えてくれる素敵な人だったと改めて感じた。
    「……僕はクラウンの一員だから、世間一般的な結婚生活は望めないと思う。結婚しても、していなくても、僕たちの生活は変わらない」
    「……」
    「でも、」
     僕はひと呼吸置いて、言葉を紡ぐ。その言葉には少し黒い感情も混じっていて――。
    「法律でもあなたを縛り付けて、僕のものにできるなら、幸せ、かな」
    「……そっか」
     ケイトさんは少し困ったような表情をして、でもすぐにいつもの微笑みに戻って、そのまま僕に口付けた。ちょっとびっくりしたけど、ケイトさんからキスしてくれた事が嬉しくて、僕はすぐにそのキスに応える。啄むようなキスを繰り返して、唇を離すと嬉しそうなケイトさんと目が合う。
    「生活が変わらなくても、国に認められた関係って、なんだか嬉しいかも」
    「……じゃあ、結婚しちゃおっか」
     そう言って僕はケイトさんの左手を取って、薬指に噛み痕をつける。ケイトさんは少し身体を揺らし、優しい刺激に目をぱちくりとさせている。
    「僕のお嫁さんになってくれる……?」
     噛み痕を撫でながら確認するように、問う。ケイトさんは少し恥ずかしそうに、赤く染めた頬で微笑む。
    「っ、うん……」
    「……ふふ」
     僕たちは笑い合いながら抱きしめ合う。プロポーズらしいプロポーズは出来なかったけど、ケイトさんが喜んでくれているのが伝わって、それだけで僕は十分だった。
    「今度、指輪見に行こう?」
    「……うんっ、そうだね」
     それまで僕のつけた痕が残っていればいいのに、なんて黒い感情が浮かんでくる。でもそれすら受け入れてくれたケイトさんを幸せにしたくて、もう一度薬指にキスをする。
    「ふふっ」
    「……? どうして笑うの?」
    「ううん、嬉しいなって思っただけ」
    「……そっか」
     そう言って僕はケイトさんの額、頬、鼻先、唇、全てにキスをする。ケイトさんはくすぐったそうに笑っていた。
    「今日はもう寝よっか。明日予定確認しよう?」
    「うん、そうだね。……楽しみだなぁ」
     ケイトさんの手を取って僕たちはベッドに横になる。今日はなんだか手を繋いだまま眠りたくて、僕はケイトさんの手を離さなかった。それを察してくれたのか、ケイトさんも強く手を握りしめてくれる。
    「おやすみ、エリスくん」
    「おやすみ、ケイトさん」
     ちゅ、と触れるだけのキスをして、僕たちは眠りについた。

       ◇◆◇

     僕がお嫁さんになってくれる? とプロポーズのような言葉を交わした日から一瞬間が経った。今日は会社の仕事もクラウンの任務もない、一日フリーな日だった。僕たちはあの夜約束したように、街に出て宝石屋さんに向かっていた。
    「ケイトさんはどんな指輪がいい?」
    「んー、ずっと付けておくものだから……シンプルなのがいいかな?」
     お店に向かう道中、手を繋ぎながらそんな会話をする。僕はケイトさんが喜ぶならどんなデザインでもよかったけど、自分の指に二十四時間指輪がはまっている事を想像して、ケイトさんと似たような考えにたどり着いていた。
    (きっと、指輪が血に濡れることもある――)
     できるだけ夫婦の証である指輪は汚したくない。でも、クラウンの一員である以上それは免れないだろう。でも、ケイトさんはそれもきっと分かってくれている。
     そんな事を考えていると、あっという間に宝石屋さんに着いた。ガラスのドアを開けて中に入ると、数組の男女が指輪を選んでいた。
    「わぁ、すごく綺麗」
     お店の中は色んな装飾品が飾られていて、光の反射でキラキラと輝いている。ケイトさんは物珍しそうに店内をきょろきょろと見わたしている。
     ショーケースに並べられた結婚指輪を見つけ、僕たちは二人で覗き込む。色んなデザインの指輪がセットで並んでいて、思わず目移りしてしまう。
    「たくさんあるね……!」
    「本当に、いっぱいあるね」
     ケイトさんはきょろきょろと物色するようにショーケースに目を奪われている。そんな姿が可愛くて、思わず肩を寄せていた。
    「エリスくん?」
    「ううん、何でもない。どれがいいかな」
     細目のデザインのものから太めのデザインのもの、丸いラインのものやひし形のデザインがあしらわれたものなど、たくさんのデザインの指輪が並んでいる。
    「結婚指輪をお探しですか?」
     僕たちがショーケースを覗き込んでいると、店員さんが声をかけてきた。
    「うん、そう」
    「お好みのデザインのものはございますか? ご予算などは?」
    「予算はいくらでもいいよ。彼女が好きなものを見つけたいんだ」
     そう言うと店員の視線はケイトさんに向けられる。ケイトさんは慌てた様子で僕の方を見る。
    (ケイトさんなら、どんなデザインでも似合うだろうから)
    「お嬢さん、どんなデザインがいいなどありますか?」
    「えっと……シンプルめのものがいい、です」
    「シンプルめのものでしたら……こちらなどどうでしょう」
     そう言って店員さんはいくつか指輪をトレイに出してくれた。トレイにはシンプルながらに少し装飾の施された綺麗な指輪が並んでいた。
    「綺麗……」
     ケイトさんが指輪を見つめながらぽろりとこぼす。その瞳はとてもキラキラとしていて、今日この店に来てよかったと心底思った。
    「どれもシンプルではありますが、少し装飾が入っていてお嬢さんにお似合いかと」
     試しにはめてみますか? と店員さんが言うと、ケイトさんは控えめに頷いた。
     ケイトさんの薬指にはめられていく指輪はどれも素敵で、店員さんの言う通りどれも似合っている。その姿に思わず笑みが漏れた。
    「エリスくん、どう思う?」
    「ん、どれも似合ってるけど……、あ」
    「気になるのある?」
     並べられたペアの指輪を見ると、二つ並べるとハートになるようダイヤがはめられているデザインのものを見つけた。
    「……これ」
     指を重ねるとハートが出来上がるデザインがなんとなく嬉しくて、気付いたらそれを指さしていた。
    「こちらは二つ合わせて一つのハートになるようなデザインとなっています。合わせてみますか?」
     そう言って店員さんは僕の指にも指輪をはめてくれる。それをケイトさんの指と並べると、キラキラとしたダイヤのハートが出来上がった。
    「可愛いね、これ」
    「……うん、二つで一つのハートって、なんだかいいね」
     並んだ指を見つめながら、ケイトさんが微笑んでいる。
    「これにする?」
    「……うん、これにする」
     そう言ってケイトさんがぱっと顔をあげる。その笑顔はここ最近の笑顔で一番輝いている気がした。
    「ではこちらの商品にいたしますか?」
    「はい!」
    「うん、これでお願いしたいな」
    「承知しました。指輪の内側に刻印ができますが、どういたしましょう?」
    「……Eternal Happiness(永遠の幸せ)」
     僕は気付いたら口ずさんでいた。ケイトさんは目を丸くして僕を見て、それからふわりと微笑んだ。
    「いいね、エリスくんらしくて好きだよ」
    「……僕が決めちゃってもいいの?」
    「うん、私も気に入ったから……それにしよう?」
    「……ありがとう」
    「では、そのように刻印させて頂きますね。ではサイズを測らせていただいてもよろしいでしょうか」
     そう言って店員さんはケイトさんと僕の指のサイズを手慣れた手つきで測っていく。専用の注文用紙に記入して、あとは支払いだけだ。
    「ではお支払いの方、あちらでお願いいたします」
     あらかじめ多めにお金を持ってきたから、僕は財布を取り出して記載されている金額分の紙幣を渡す。ケイトさんが少しおどおどしているけど、そんな事は気にせず支払いを終える。
    「全部出してもらうなんて悪いよ!」
    「大丈夫、僕、結構稼いでるの知ってるでしょ?」
     クラウンはそこそこ高給取りだし、おまけにジュードの会社では社長補佐もしているから、僕の給料はそんなに悪くない。むしろいい方だと思う。いつもお金を持て余しているから、たまにはこういう買い物も悪くないなと思った。
    「……ありがとう」
     ケイトさんが少し眉を下げながら、お礼をしてくれる。
    「夫婦になったらお財布なんて一緒でしょ、だからそんなに気にしないで」
    「……うん、わかった」
     そうして支払いも終え、仕上がりは二週間後くらいと告げられる。その日が来るまで指輪はお預けだ。
    「ではまたのご来店をお待ちしております」
    「うん、ありがとう」
    「ありがとうございました」
     店員さんに頭を下げて僕たちは店を後にする。
    (指輪、楽しみだな)
     ケイトさんといると、楽しみがたくさん増えていく。そしてそれは幸せが増えるのと同義で、僕は心が温かくなるのを感じる。
    「あ、そうだ」
    「? どうしたの?」
    「役所に寄って帰ろう? 婚姻届け、書かないと」
    「あっ、そうだね! ……保証人は誰にしよう」
    「あぁ……一般的には両親とかに頼むんだろうけど……」
     僕は両親の元を離れているし……そうなると、クラウンの誰かに書いてもらう他ない。
    「……ヴィクトルとロジャーさんとか?」
    「確かに……一番適任かもしれないね」
    「じゃあその二人に頼もう。……一番最初の報告になるね」
    「そ、そうだね! なんだかちょっと照れ臭いな」
     役所に向かいながらそんな会話に花を咲かせる。ジュードでもよかったけど、なんとなくめんどくさがられそうで、無難にヴィクトルとロジャーさんをあげたけど、あの二人なら断ったりしないはず。
    「そろそろ着くよ」
    「ほんとだ、話しながら歩いてるとどこに行くにもあっという間だね」
     ケイトさんが嬉しそうにニコリと笑う。つられて僕も笑みが漏れる。
     役所に着くと、たくさんの書類が並んでいる中から一枚の婚姻届けを抜き取る。これにサインして提出すれば、僕とケイトさんは公的な夫婦だ。誰も邪魔できない、絶対的な関係。僕はまたケイトさんを縛り付ける。でも、ケイトさんもそれを望んでくれた。僕はそれが嬉しくて、書類を四つ折りにすると内ポケットにしまいこむ。
    「じゃ、帰ろっか」
    「うん」
     そう言って役所を後にする。城についたら書類にサインをして……二人にもサインをしてもらう。それができたらまた役所に来て、提出するだけ。たったそれだけ、と言えばそれだけになってしまう。けど……――。
    「ケイトさん、結婚式はしたい?」
    「え? そ、それは……」
     前に『ドレスに憧れはあった』と言っていたから、今もそうなのかなと思って聞いてみたけど、答えは当たりみたいだ。
    「僕たちは悪い人たちにも顔が割れてるから、式場とか教会ではできないけど……大広間を借りられないかな?」
    「お城の?」
    「うん。ウィルにピアノ弾いてもらってさ」
    「確かに……でもヴィクトルに確認してみないと」
    「うん。書類にサイン貰う時に聞いてみようか」
    「そうだね」
     ケイトさんは先ほどより少し嬉しそうな笑顔を宿しながら僕の目を見る。気付けば陽は傾いていて、黄昏時が近付いている。そんな黄昏色の笑顔はとても綺麗で――思わず僕はその頬にキスをしていた。
    「っ、エリスくん……?」
    「今のあなた、すっごく幸せそう」
    「っ、エリスくんと居る時はいつだって幸せだよっ」
    「ふふ、そっか」
     そう言って手を繋ぎながら、僕たちは陽が暮れないうちに帰路についた。
     
     城に戻って僕の部屋に着くと、さっき役所で貰って来た書類を机に置く。折り曲げていたのを広げて、記入欄を見る。
    「夫となる人……」
     僕のことか、と思って少し心が弾む。ケイトさんも書類を覗き込んで百面相をしている。その表情が面白くて、僕はケイトさんの頬に手を添えていた。
    「今から書く?」
    「う、うん!」
     僕は机に適当に置いてあったペンを取ると、『夫となる人』と書かれた欄に自分の名前をサインする。書き終えるとそのままペンをケイトさんに渡す。ケイトさんは少し戸惑いつつ、『妻となる人』と書かれた欄に名前を書いていく。名前を書くだけ。たったそれだけの事なのに、人生で一番緊張した気がする。きっとそれはケイトさんも同じで――。ペンを持つ手は少し震えていた。
    「僕たちが書くところはこれだけだね。あとはヴィクトルとロジャーさんに書いてもらわないと」
    「そうだね。ディナーまで時間があるし、今なら書いてもらえるかな?」
    「そうだね、報告もかねて二人の所に行ってみようか」
    「うんっ」
     そう言って僕たちはまずはロジャーさんの研究室を訪ねた。ヴィクトルには大広間を使っていいか聞かないといけないし、先にロジャーさんの所に来た。地下の研究室の扉を叩くと中から入れ、と声がする。ギィ、と音を立てて扉を開けると、中でロジャーさんは呪いつきの研究の書類であろうものに目を通していた。
    「二人していったいどうした? 怪我でもしたか?」
    「ううん、違うよ。ちょっとお願いがあって」
    「お願い?」
    「うん。……僕たち、結婚することにしたんだ。だから、これの保証人のところ、サインしてほしくて」
    「おお、お前ら結婚するのか。おめでとさん。保証人、ね。まぁ、いいが」
     そう言ってロジャーさんは保証人の欄に名前を書いてくれる。
    「クラウンで唯一結婚できるのはエリスくらいだもんな」
    「……そうかもしれないね」
    「幸せにしてやれよ。ま、今も幸せだろうが」
    「うん。今以上に幸せにするよ」
    「ん、書いたぞ。もう一人は誰に書いてもらうんだ?」
    「ヴィクトルに頼むつもり」
    「あぁ、あれなら喜んでサインするだろうな」
    「でしょ?」
     そう言ってロジャーさんは笑う。結婚報告はとてもあっさりと終わって、ケイトさんはあっけにとられている。ロジャーさんならこうだろうなとは思っていたけど……。
    「じゃあ、ヴィクトルのところへ行ってくるね」
    「おう、じゃあな」
     そう言って僕はケイトさんの手を引いてヴィクトルの執務室へ向かう。あと一人のサインで、僕たちは夫婦になることができる。名前を書く、ただそれだけの事なのに、ドキドキしてしまう。きっとケイトさんも同じ気持ちだと思う。繋いだ手の、普段より少し高い温もりからそれが伝わって、僕は嬉しくて微笑んでしまう。
    「ケイトさん、緊張しすぎだよ」
    「だ、だって……!」
    「だって?」
    「じ、人生の分岐点みたいなものだから……緊張しちゃって」
    「……どの分岐点を選んでも、僕はあなたを幸せにするから、大丈夫」
    「うん……」
     口数すくなく、二人分の靴音が廊下に響く。照れているのか、緊張しているのか、どっちともつかない表情でケイトさんが隣を歩く。僕はそれだけで嬉しかった。
    「着いたよ」
     あっという間にヴィクトルの執務室の前に到着する。あと一人のサインで、書類は完成する。僕も少しだけ緊張して、ごくりと喉を鳴らす。でも、それと同じくらい嬉しい気持ちも強くて――。
    「ヴィクトルにサインしてもらったら、もう後戻りはできないよ。……いい?」
     駄目、って言っても逃がさないけど。とケイトさんの唇を奪う。ケイトさんの目は、期待と不安が混じったようにゆらゆら揺れている。でも、そのあとぎゅっと僕を抱き締めてくれた。これは決意表明ととらえていいのかな。
    「エリスくんと、一生を共にしたいから……いい、行こう」
    「……うん。ありがとう」
     二人で決意を強く固めて、ヴィクトルの部屋の扉を叩く。するとドアが開いて、中からヴィクトルが出てきた。
    「やぁ、僕の愛しい呪いつきとおとぎ師殿! いったいどうしたんだい?」
    「少し込み入った話が合って。中に入ってもいい?」
    「もちろん! 紅茶を淹れようか!」
    「ううん、それより話を聞いて欲しいな」
     僕の目がいつもと違う事に気付いたヴィクトルは、いつもの茶目っ気をよそにやって、静かに僕の目を見る。僕はケイトさんの手をぎゅっと握って、静かに口を開いた。
    「……ケイトさんと結婚することにしたんだ。だから、この書類の保証人になってほしい。あと、結婚式がしたいんだけど、大広間を借りられないかな」
    「わーお! それはおめでたい! おめでとう、二人とも‼」
     そう言ってヴィクトルは手をぱちぱちと叩く。そして二人に抱きつき、きつく抱擁した。
    「まさか僕らの末っ子が結婚とは! こんなに嬉しいことは無いよ! 大広間ももちろん使ってくれてかまわないよ! 僕が飾り付けをしよう! 入場曲はウィルに弾いてもらおうか!」
     ヴィクトルは今までで一番嬉しそうな声音で一人騒いでいる。想像通りと言えば想像通りだけど、こんなに喜んでもらえるとは思ってなかった。
    「ありがとう、ヴィクトル。ウィルも承諾してくれるかな」
    「きっと承諾してくれるさ! 他の皆には言ったのかい?」
    「いや、ロジャーさんにだけ言った」
    「じゃあ、他の皆にはサプライズにしよう! うん、ナイスアイディア!」
     そう言って指をパチンと鳴らす。
    「二人とも、本当におめでとう」
    「ありがとう、ヴィクトル」
    「君がこの城へ来て約二年が経つけど……あの日からは想像もできない展開だね」
    「……はい。でも、これが私の答えです」
    「うんうん! 君ならきっとエリスを幸せにしてくれるだろう! どうか二人の闇に幸あらんことを」
    「……ありがとうございます」
    「じゃ、ささっとサインしちゃうねー!」
     そう言ってヴィクトルは僕が渡した書類に手早くサインをする。これで、書類は完成した。あとは役所に提出するだけだ。
    「ありがとう」
    「感謝されるほどのことじゃあないさ! ところで、式はいつするんだい? 指輪は? ドレスとタキシードの用意はできているのかい?」
    「指輪は決まったよ。ドレスは……まだ」
    「じゃあ、式はしばらく先になるね。一生に一度の結婚式だ、衣装も思う存分悩んで、悔いのないようにするんだよ」
    「わかった。ありがとう、ヴィクトル」
     それじゃあ、と僕は書類を受け取ってヴィクトルの執務室を後にする。
     僕はケイトさんの手を取って、自分の部屋へ足を向ける。
    「書類はいつ出す? 式をする日にする?」
    「そうだね、それが一般的だよね」
    「じゃあ次は……あなたのドレス選びだ」
    「……エリスくんのタキシードも選ばないと」
    「あ、そっか」
     ケイトさんはにこりとした笑みを向けながら、ぎゅっと手を握ってくれる。それが嬉しくて、撫でるみたいにその手を握りなおす。そのままどちらともなく顔を寄せて――気付けばキスをしていた。
    「んっ……」
     繋いでいた手を離して、愛おしいケイトさんの体に腕を回す。まるで蔦がケイトさんを縛り付けるように。ケイトさんは僕の服をぎゅっと掴んでいて、そんな仕草ですら好きが増していく。
     唇を離すと、少し蕩けた表情のケイトさんがそこにいて――。僕はケイトさんを抱き上げると、そのまま部屋に直行する。そして這い出した蔦がケイトさんを縛り付けるように、欲のままに彼女を抱いた。

       ◇◆◇

     あれからしばらく経った休みの日、僕たちは街の衣装屋さんを訪れていた。結婚式で着る、ウェディングドレスとタキシードを買いに。お店の中には色んなデザインのドレスが並んでいて、お客さんは僕たち以外にいない。貸し切り状態で、店員さんを交えてドレス選びをしていた。
    「どれも似合ってる、素敵」
    「もうっ、それじゃずっと決まらないよ……」
     ケイトさんが気に入ったものを何着か試着させてもらって、その度に僕は心臓がうるさくなるのを感じた。純白のドレスに身を包んだケイトさんはすごく綺麗で、ドレスなんかよりケイトさんに目が行ってしまう。
    「これ……花柄のレースがたくさんで可愛いね」
    「ほんとだ。背中にリボンもついてるよ」
     ケイトさんはスカートの部分が花柄のレースで何層にも重ねられたドレスを手に取る。柔らかい素材で、きっとケイトさんに似合うだろう。
    「お嬢さん、お目が高い! このドレスはこの店の中で一番上等で高価なものだ!」
     気さくな店員のおじさんがケイトさんを褒める。一番高価と言われ、ケイトさんは思わずドレスを棚に戻す。値段なんか気にしなくていいのに、と思いつつも、お金のこともきちんと考えている姿は素敵だなと思った。
    「それ、試着してみたら? 僕も結構好きだよ」
    「えっ? でも……」
    「彼氏さんがそう言ってるんだ、着ておいで!」
     そう言ってケイトさんは女性店員さんに別の部屋へ連れて行かれる。僕はその姿を微笑ましく見送って、いったん椅子に座る。
    「あんちゃん、自分のは選ばないのかい?」
    「あぁ……タキシードだっけ。僕はどれでも、いいかな」
    「そんな事言わずに、せっかくなんだ。見るだけでも見てみなよ」
     おじさんにそう言われ、僕は真っ白ばかりで目がちかちかするタキシードの前に立つ。……正直に言うと、自分が真っ白な服を着ることがどこか違和感を覚えてしまって、どれを見ても同じにしか見えない。
    「これなんてどうだ? 純白だがうっすらと縦にストライプが入っててしゃれてるだろ」
    「……うん。彼女はなんて言うかな」
    「お嬢さんが着替えてる間にあんたも着替えてみたらどうだ? きっと驚くぞ」
    「……そう、だね。……着てみようかな」
    「お、そうこなくちゃな! 男性用はこっちだ」
     そう言って僕を別の部屋に案内する。女性のドレスほど着替えが大変じゃないから、着替えるのに時間はかからなかった。
     大きな鏡に映し出された真っ白な服に包まれた自分を見て、どことなくそわそわとしてしまう。
    (僕の手はこんなにも血で汚れているのに)
     その事が、どうしても頭から離れない。それでもケイトさんは僕を選んでくれた。
    (……深く考えない方がいいかもしれない)
     ヴィクトルの言った通り、一生に一度の結婚式だ。それなら、素直に楽しんだ方が、幸せなのかもしれない。たとえこの純白を赤く染める日が来たとしても――。
     ぼんやりと鏡を見つめていると、外からケイトさんの声が聞こえてきた。着替え終えたのか、店員さん達に褒めはやされている。
    (……早く見たい)
     自分の姿なんてどうでもよくなって、僕はそのまま部屋を出た。すると、先ほどのドレスに身を包んで恥ずかしそうにブーケを持っているケイトさんが立っていた。
    (――っ)
    「え、エリスくん……? どうかな……?」
    「……」
    「エリスくん……?」
    「あっ、ごめん。あまりにも綺麗だったから、見惚れちゃった」
    「ははっ、言い反応だなぁ! あんちゃんも似合ってるぞ?」
    「僕?」
    「ほんと、エリスくんかっこいいよ……! いつも黒い服が多いから、なんだか新鮮な気持ち」
    「……そうだね」
    「二人とも、よく似合ってるよ」
    「ケイトさん、ドレスそれにしたら? すっごく綺麗だよ」
    「で、でも、高いんじゃ……」
    「それは大丈夫、って前にも言ったでしょ」
    「う、うん……」
    「ははっ、気前のいいあんちゃんだ! 自分のはどうするんだい?」
     そう言われて僕は自分の身体を見る。真っ白に包まれているだけで少し違和感があるのに、これ以上何着も試着するのは疲れそうで……。ケイトさんに意見を委ねた。
    「これ、どうかな?」
    「す、すごく似合ってるよ!」
     少し頬が赤くなった顔でケイトさんが言う。
    (あ、――照れてる)

    「じゃあ……これでいいかな」
    「そ、そんなにすぐ決めちゃっていいの……?」
    「うん、あなたが嬉しそうだから」
    「お、じゃあ決まりかい?」
    「うん、この二着でお願いしたいな」
    「よし、わかった! サイズは二人ともそれで大丈夫そうだな。仕上がりまで二か月ほどかかるが、急いだりしてるか?」
    「ううん、大丈夫だよ」
     そう言って僕たちはまた別々の部屋で着替えをする。ふんわりとしたスカートに花柄のデザインのドレス姿が頭から離れなくて……僕は思わず口元が緩んでしまう。
    (早く、あのケイトさんを……)
     抱きたいなんて思ってしまったのは、完全に僕のわがままだ。でも、せっかくの高い買い物だし、ケイトさんを堪能したい。純白のドレスを、僕の色で染めたい……――。
    (今はまだ、その時じゃない)
     大広間で結婚式をして、それからだ。衣装が仕上がるまでに二か月はかかると言っていたから、少なくとも式をあげるのは二か月後以降だ。ヴィクトルには伝えておいた方がいいかもしれない。そんな事を考えながら、僕はいつもの黒い服に着替える。真っ白から真っ黒に変わって、なんだかほっとする。靴も履き替え、外に出ると、ケイトさんはまだ着替えの最中らしく、姿が見えなかった。
    「今のうちにお金、支払っていい?」
    「あぁ、もちろんだ。確認してくれ」
     オーダー表と値段を確認して、僕は以前のようにお財布から札束をトレイに置く。おじさんは少し驚いていたけど、しっかりとお会計をしてくれた。
    「あぁ、そうだ。あんちゃん、お嬢さんのティアラとベールは決まってるのかい?」
    「……あ、忘れてた」
    「そんな事だろうと思ったよ。うちにも装飾品は置いてるが……どうする? 見ていくか?」
    「せっかくだから、見させてもらおうかな」
    「そうだ、ネックレスとか、小物類は? どうせその様子じゃ決まってないんだろう」
    「……うん」
    「お嬢さんが着替え終わったら、小物類も見ていくといい。数は少ないが、品質は保証する」
    「ありがとう」
     そう言っておじさんは僕を連れてショーケースの前に立つ。宝石屋さんほどじゃないけど、たくさんのアクセサリーが並んでいて、キラキラと光が反射している。
    (どれも似合いそう……)
     ショーケース越しに輝くティアラやネックレス、イヤリングなどを眺めていると、ケイトさんが着替え終わったようで、部屋から出てきた。
    「エリスくん、お待たせ」
    「お疲れ様、ケイトさん。……衣装は決まったけど、小物類決めてなかったなって思って見てたんだけど、ケイトさんも一緒に見よう?」
    「あっ、確かにそうだね!」
     そう言ってケイトさんは僕の隣に駆け寄ってくる。さっきまで髪をまとめていたからか、少しうねったあとがついている。僕は梳くようにケイトさんの髪を撫でる。ケイトさんは少しきょとんとした目で僕を見てくる。そんな仕草すら愛おしくて、今すぐ抱きしめたくなるのを我慢して、そっと腰に手を添えた。
    「どれがいい?」
    「どれも綺麗で選べないよ……! どうしよう……」
     真剣なまなざしでショーケースと睨めっこするケイトさんはとても可愛かった。
    「お嬢さん、そういうのは直感が大事だよ」
    「直感、ですか……うーん。……これとか?」
     ケイトさんが指さしたティアラは薔薇がモチーフになっているのか、細かい装飾で薔薇があしらわれている。「じゃあ、ちょっと付けてみるかい?」
    「いいんですか?」
    「もちろんさ!」
     そう言っておじさんは女性店員さんを呼んで、ショーケースからティアラを取り出すと、そっと女性店員さんに渡す。女性店員さんがまた簡単にケイトさんの髪をまとめて、その頭にそっとティアラを乗せる。ケイトさんの頭上で輝くそれは、光の反射でとてもキラキラと輝いている。
    「とっても素敵、似合ってるよ」
    「そ、そうかな? ありがとう」
     ケイトさんは、鏡を見ながら頭を少し傾けたりして、ティアラを何度も見ている。
    「ドレスが花柄だし、薔薇のティアラってのは相性がいいんじゃないか?」
     後ろで控えていたおじさんがふいに口にする。確かに、花柄に薔薇だとよく合うかもしれない。
    「おまけに、そのデザインはイヤリングもネックレスも一式揃ってるから、選ぶ手間が省けるぞ」
    「セットになっているんですね」
     そう言って対になっている他のアクセサリーも出してきてくれる。女性店員さんがそれをケイトさんの体に付けていく。ケイトさんの耳元と胸元には薔薇があしらわれたアクセサリーでキラキラ光っている。
    「わ、可愛い……」
     鏡に近寄ってアクセサリーを見るケイトさんはとても嬉しそうな顔をしている。
    (気に入ったのかな?)
    「僕にも見せて。……うん、可愛い」
    「どうかな……?」
    「いいと思うよ。それにする?」
    「……これにします」
    「小物が派手めだから、ベールはシンプルな方がいいかもな」
     そう言っておじさんがいくつかの長さのシンプルなベールを持って来てくれた。長いものは足元まで届きそうだ。
    (頭、重たくないのかな……)
     ケイトさんを見ると、キラキラした目でおじさんの持つベールを見ている。
    「たくさんありがとうございます。長さかぁ……うーん」
    「お嬢さんは髪が長いから、腰丈くらいのが似合うかもなぁ」
     そう言ってケイトさんの腰くらいまであるベールを女性店員さんに渡す。店員さんはまとめてあるケイトさんの髪にそっとベールをさしこむ。ベールを一つ付けただけなのに、いっきに花嫁さんって感じが増して……僕は彼女の姿に釘付けになった。
    「ど、どうかな……?」
     じっと見つめられて少し恥ずかしいのか、ケイトさんは頬を少し染めている。上目遣いで見上げられると僕はもう我慢ができなくなって――気付けば彼女を強く抱きしめていた。
    「え、エリスくん⁈」
    「……すごく綺麗」
     抱き寄せたケイトさんの耳元で囁くと、ケイトさんは耳まで真っ赤にして照れている。一瞬、二人だけの空間になったように感じたけど、それはおじさんの声ですぐ元の空間に引き戻された。
    「もうそれで決まりだな!」
    「……うん。追加のお金、払うね」
     そう言って僕はケイトさんから身体を離す。僕がお会計をしているあいだに女性店員さんにアクセサリー類を外されて、普段のケイトさんに戻っていく。普段から素敵だと思っているけど、純白のドレスやアクセサリーに身を包んだケイトさんは、今まで見た中で一番綺麗だった。
    「ん、会計も終わりだ。二か月後くらいに出来上がるが、早く仕上がったら連絡した方がいいか?」
    「……ううん、大丈夫。二か月後くらいにまた来るよ」
     手紙にしろ電話にしろ、城の住所を明かすわけにはいけないから、僕はおじさんの申し出をそっと断る。
    「じゃあまた二か月後に、お待ちしているよ」
    「うん、彼女のドレス、よろしくね」
    「ははっ、あんちゃんのタキシードもだよ」
    「あ、そっか」
     任せとけ、とおじさんが胸を叩く。僕はそれにそっと頷いて、ケイトさんの手を取る。ケイトさんも手を握り返してくれて、二人で指を絡める。
    「じゃあ、またね」
    「ありがとうございました!」
     そう言って僕たちは店を後にした。

     ドレスとタキシード、小物類の買い物を終えて城に帰ってきた。ケイトさんを僕の部屋に招くと、僕はそのままケイトさんの唇を奪う。
    「んっ、ふ……」
    「っん……」
     少しびっくりしているケイトさんの腰を抱き寄せ、深く口付ける。逃げ惑う舌を追いかけて、さらに深く舌を絡ませる。ケイトさんは最初こそびっくりしていたものの、次第に僕のキスで蕩けていって……腰から力が抜けていく。
    「っ、はぁ……」
     唇を離すと、真っ赤になったケイトさんで視界がいっぱいになる。
    (ふふ、可愛い顔……)
    「ケイトさん、もうとろとろだよ……、だめ?」
    「っ、だめ、じゃな、い……」
     熱くなった熱を押し付けるように腰を突きだす。僕の熱はもう形を持っていて……今すぐケイトさんの中に入りたい。
    「実は、ドレス姿を見た時から、こうしたかったんだ」
    「っ、そう、なの……?」
    「うん、だってあんなに綺麗だったから……」
     そう言ってケイトさんの頬に手を伸ばす。赤く染まって熱を帯びた頬は、この先を期待してくれているようで。僕はそれが嬉しくて、ケイトさんを抱き上げると、少し荒々しくベッドに押し倒す。ケイトさんの少しうねった髪がぱさりとベッドに投げ出される。そんな事どうでもよくなるほど僕は我慢が効かなくて、噛みつくようにキスをする。
    「んっ……ふ、ぁ……」
    「んぅ……」
     ケイトさんとのキスはあったかくてとろとろで、すごく気持ちいい。今すぐ熱をねじ込みたい気持ちを押さえて、ケイトさんの気持ちのいいところを攻める。ケイトさんの声は次第に甘く、湿気を帯びていって……。
    「エリス、くん……もう……」
    「……いい?」
     無言で首をこくこくと振るケイトさんを見ていると、僕の欲はさらに質量を増していく。ベルトを外して下着もベッドに投げ捨てると、僕はケイトさんの太ももを引き寄せて、一気に奥まで欲を押し込んだ。
    「――っ、ぁ!」
     ケイトさんの中がきゅうっと締まる。
    「今のでイっちゃった? 可愛い」
     優しくしてあげたい気持ちと、ぐちゃぐちゃに乱れたケイトさんが見たい、という気持ちがせめぎ合って、僕はわがままに後者を取った。
    「あっ、ぁ、ん……」
    「はぁっ……ケイトさん……」
     激しく腰を打ち付け、ケイトさんは何度か絶頂し、僕の足をぺしぺしと叩いている。
    (これは、もうだめ……の合図)
     ケイトさんの体力の限界を感じ、僕は欲を放つため、いっそう腰を深く沈める。はしたない水音と肉がぶつかりあう音、そしてケイトさんの甘い声だけが部屋に響いて、僕の頭はぐちゃぐちゃになって、そのまま欲が弾けた。
    「ん……」
    「あぁっ!」
     ケイトさんの中でどくどくと脈打つ欲を、彼女は肩で息をしながら受け止めてくれている。そんなケイトさんに身体を預けるように、覆いかぶさる。
    「ケイトさん……気持ち良かった?」
    「うん……、エリスくんは……?」
    「僕も気持ち良かった、ちょっとわがままにしちゃってごめんね」
    「ううん、いいよ……」
     どちらともなく吸い寄せられるように、キスをする。余韻に浸る様に舌を絡め、お互いを抱き締める。僕はこの時間が好きだった。全てがケイトさんで埋め尽くされてるような感覚に浸れるから――。
     繋がった場所からどろりとどちらのものともつかない液体が漏れ、僕は枕元のティッシュで押さえながら、己の欲を引き抜く。零れたものもティッシュで綺麗にして、ケイトさんの横に寝そべった。
    「そうだ、ドレスが出来上がるのが二か月後くらいって、ヴィクトルに伝えておいた方がいいかな?」
    「ん、そうだね。皆にも予定を空けてもらわないとだし……」
    「じゃあ、ちょっと休んだらヴィクトルの所へ行こっか」
    「うん……」
     そう言って少し汗ばんだケイトさんの額にかかる髪をはらう。そのまま優しく頭を撫でてあげると、嬉しそうにケイトさんが微笑む。ふいにケイトさんの手が僕の手に触れて――そのまま自分の頬に手を持っていく。
    (っ――)
     僕の手に頬ずりするケイトさんはとても幸せそうな表情をしていて……僕はそのままケイトさんの頬を撫でる。柔らかい感触で手のひらが包まれ、幸せな気持ちになった。
    「……幸せだなぁ」
    「……」
     ケイトさんがふにゃりと微笑みながらひとりごとのように呟く。一瞬胸の中のどろりとした欲が這い出そうになったけど、僕たちにはまだまだ幸せな予定がたくさんある。
    「ドレス姿、楽しみだな」
    「……私も、エリスくんのタキシード姿、楽しみ」
    「二か月後が楽しみだね」
    「だね」
     そう言って僕たちは微笑み合う。部屋の雰囲気はがらりと変わり、まるでジャムを食べているかのような甘い雰囲気になっている。
    「そろそろ行かないと、ディナーの時間になっちゃうよ」
    「あ……そうだね、身体、大丈夫?」
    「うん、大丈夫だよ、ありがとう」
     乱れた服を整え、ヴィクトルの所へ行く準備をする。
     ケイトさんのブラウスの紐を結んであげて、僕はケイトさんの手を握る。僕に比べてとても小さな手のひらは、僕の手にすっぽり包まれていた。
    「じゃあ、行こっか」
    「うん」
     そう言って僕たちは、部屋を後にした。
     
     ヴィクトルの執務室に着くと、軽くノックをした後、名前を呼ぶ。すると案の定、バン! とドアが開きヴィクトルが姿を現した。
    「ようこそ、愛しの呪いつきとおとぎ師殿! ……その様子だと、何か進展があったみたいだね」
    「うん。衣装が決まって、出来上がるのが二か月後みたい。だから、式もそれくらいかなと思って」
    「なるほど! 皆にも予定を空けてもらわないといけないからね! じゃあ、二か月後、衣装が届いて二週間後に挙式、でどうだい?」
    「うん、いいよ。……そう言えば、ウィルはピアノ弾くの承諾してくれた?」
    「あぁ、その件も話したかったんだ! 入場曲は何がいい? とのことだよ。何曲か候補があるらしいけど……」
    「その候補って?」
    「まず定番のメンデルスゾーンの結婚行進曲、次にワーグナーの結婚行進曲。あとは、クラークのトランペット・ヴォランタリーだそうだ」
    「……どれがいい?」
    「……うーん……最後の曲は知らないから……無難にメンデルスゾーンの結婚行進曲かな?」
     顎に手を添えながら考えるケイトさんも可愛くて、思わず笑みが漏れる。僕は、正直曲は何でもよかった。ケイトさんが喜んでくれるなら、どれでも。
    「じゃあ、それにしよ? ヴィクトル、ウィルに伝えてもらえる?」
    「もちろんだよ! いやぁ、今から楽しみだなぁ!」
     ヴィクトルは僕たちの肩を強めに叩いて、喜んでいる。こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く結婚すればよかったかな、なんて一瞬思った。
    「じゃあ、用件はそれだけ。ウィルによろしくね」
    「よろしくお願いします」
     ケイトさんはペコリとお辞儀し、踵を返す。僕はまたケイトさんの手を取って、部屋に足を向ける。廊下には夕陽が差していて、ケイトさんの頬に照らされた黄昏色の微笑みはとても綺麗だ。
    「ディナーまで少し時間あるね、何して過ごす?」
    「うーん……部屋でまったりしたいかな」
    「ん、わかった」
     そう言ってケイトさんはふわりと笑う。僕もつられて思わず笑みがこぼれる。なんてない一日が、もうすぐ終わる。でも、明日もきっと幸せだから……。ケイトさんの笑顔に安心感を覚え、僕は小さな幸せの余韻に浸った。

       ◇◆◇

     ドレスとタキシードを見に行った日から少し季節は変わって、暖かい風が吹く季節になっていた。あの日から二か月が過ぎ、僕たちは二人で街に出ていた。衣装を受け取るために。
    「だいぶ寒さもなくなったね」
    「そうだね、ちょうどいい気候だね」
     手を繋ぎながら街を歩く。ケイトさんは緊張しているのか、少し顔がこわばっている。衣装を受け取ったら、二週間後には大広間で結婚式だ。その事を想像しているのかな。
    「結婚式は何時からするんだろう」
    「あ、それヴィクトルに聞いてなかったね」
    「帰ったら、衣装受け取った報告ついでに聞いてみようか」
    「うん、そうだね」
     たわいもない会話に花を咲かせていると、あっという間にお店にたどり着いた。ガラスのドアを開けると、店員のおじさんが僕を見て、ぱっと明るい顔になった。
    「おぉ、二人とも! 待っていたよ! 衣装も仕上がってるよ」
    「ありがとう」
    「ありがとうございます」
     取ってくるから待ってて、とおじさんがバックヤードに早足にかけていく。僕たちは店の中で、真っ白に覆われた空間で立ち尽くしていた。
    「お待たせ! こっちがドレスで、こっちがタキシードだ! で、こっちが小物類」
    「わ、すごい量……持って帰れるかな?」
    「大丈夫、僕力持ちだから」
     そう言って僕はおじさんから大きな紙袋を受け取る。
    「小物類は私が持つよ!」
    「……そう? ならお願いしようかな」
    「うん、せめてこれくらい持たせて」
     そう言って眉を下げながら笑うケイトさんに、心臓がトクリと音を鳴らす。
    「お二人さん、末永く幸せにな」
    「……ありがとう」
    「ありがとうございます」
     僕たちの幸せはいつまで続くか分からないけど……それでも今は、少しでも長く幸せな時が続けばいいなと自然と思えた。
    「じゃあ、帰ろっか」
    「うん。荷物持ってもらってごめんね」
    「大丈夫、そこまで重くないから」
    「それは嘘だよ……」
    「ちょっと重い、かな?」
     そう言って笑い合いながら、店を後にする。あとは城に戻って、衣装をハンガーにかけて……あとはメイドさんに任せるだけ。あとはヴィクトルへの報告、かな。
     両手が塞がっていて、ケイトさんの手が握れないのが残念だけど、今は仕方ない。早く城に着かないかな、なんて思いながら、歩幅はケイトさんに合わせる。ケイトさんはいつも通り朗らかな笑みを浮かべていて、何気ない日常が、僕の目には特別に映る。こんな幸せを続けていきたい……――これ以上ない最高の幸せが僕たちを迎えるまで。

     城に着くと、大荷物を抱えた僕たちをメイドさんたちがびっくりした様子で出迎えてくれた。メイドさんたちにはこの城で結婚式をすることを伝えてあるから、手話でドレスの保管をお願いする。
    ようやく空いた手でケイトさんを抱き締める。ケイトさんもそっと腰に手を回してくれて、二人でつかの間の幸せを共有する。その瞬間は時が止まったように、二人の呼吸音だけが聞こえる。この瞬間が僕は好きだった。
     ふとケイトさんが顔をあげる。
    (なんだろう)
     目を細めて笑うケイトさんを見下ろすと、ふと唇に柔らかいものが当たった。それがケイトさんの唇だと気付くのにそう時間はかからなかった。
    「……誘ってる?」
    「ち、違うよっ、ただ……幸せだなって思ったら、気付いたらキスしちゃってた」
    「……ふふ、可愛い」
     そう言って僕は追いかけるようにケイトさんの唇にそっとキスを落とす。
    「んっ」
     ケイトさんは僕の首の後ろに手を回してくれる。僕もケイトさんの後頭部を優しくつかんで、逃げられないように深く口付ける。周りの事なんて目に入らない。今はただこの唇が欲しかった。
     しばらくそうしていると、どちらともなく唇が離れていく。その余韻に浸りながら、僕たちは見つめ合っていた。
    「あっ、そうだ。ヴィクトルに報告に行かないと」
    「ん、そうだね。行こっか」
     そう言って僕はケイトさんの手を取ると、ヴィクトルのいる執務室へ足を向ける。ケイトさんも手を握り返してくれて、二人で手を繋ぎながら廊下を歩いた。
     部屋に着くと、いつもみたいにノックをして、ヴィクトルが中から迎えてくれた。
    「ヴィクトル、衣装、今日出来上がったよ。メイドさんたちに保管のお願い、したよ」
    「そうかい! じゃあ式は今日から二週間後だ! 皆に伝えなければ!」
    「ん、よろしく」
    「二人とも、体調管理には気を付けるんだよ!」
    「ありがとうございます」
    「気を付けるね」
     そう言って少し雑談をして、僕たちは部屋を後にする。式は夕方から始めることにした。午前中の間に役所に婚姻届けを出して、昼過ぎから準備をする、という流れに決まった。
    「ふふ」
    「? どうしたの、エリスくん」
    「いや……、ケイトさん、僕の苗字になっちゃうんだ、と思って」
    「! そ、そうだね……!」
     僕がそう呟くと、ケイトさんは少し赤くなって下を向く。照れているのか、恥ずかしいのか分からないけど……、いや、どっちもかな。そんなところも可愛くて、僕は少し早足に自分の部屋へ直行する。早く二人きりになりたかった。
     部屋に着くと、ドアを閉めたのを確認すると、後ろからケイトさんに抱きついた。首元に顔を埋めるといい匂いがして、えっちな気分になってくる。埋めた首筋にペロリと舌を這わすと、ケイトさんの体がびくっと揺れる。僕は痕をつけるように、強くそこを吸い上げた。
    「んんっ」
     ケイトさんから甘い声が漏れて、心なしか内またになっている気がした。
    「……だめ?」
    「……ん、いい、よ……ぁ」
     ケイトさんの返事を聞いて、僕は服の上から二つの熟れた果実を揉みしだく。ケイトさんの声はだんだん湿っぽくなっていって……僕は彼女をベッドに運び、そのまま欲望のままに愛し合った。

       ◇◆◇

     衣装を取りに行った日から、ついに二週間が経った。ついに今日は僕たち二人の結婚式だ。僕たちは何事もないような顔をして食堂で朝食を取ったあと、役所へ出かける用意をしていた。ケイトさんは着替えるために自分の部屋に戻っていった。僕も身だしなみを整え――いつもより少しだけ緊張して鼓動が早くなる。
     準備を終えると、机に置いてあった婚姻届けを少し折って、内ポケットにしまう。その足でケイトさんを迎えに行くため、部屋を後にした。

     ケイトさんの部屋につくと、コンコンと軽くノックをする。パタパタと小さな足音が聞こえて、ドアが開いた。
    「エリスくん! 待たせちゃったかな」
    「ううん、大丈夫。準備、できた?」
    「うん! ばっちり!」
     そう言うケイトさんの手首には、いつしか僕があげた茨のブレスレッドが光っている。
    (僕と出かける時はいつもつけてくれてる)
     そんな事が嬉しくて、そっとケイトさんの手を取り、手の甲にキスをしていた。
    「え、エリスくん……?」
    「……ううん、なんでもない。準備できたなら、行こっか」
    「うん」
     そう言ってケイトさんは繋いだ手を離さず、そのまま握ったまま僕の隣に立った。僕はその小さな手を握りしめて、役所へ向かうべく、城を後にした。

     頬をかすめる風が暖かい。結婚する? と話をした時はまだ少し肌寒かった。少しだけ季節が移ったんだと思うと、なんだか胸が温かくなる。それだけケイトさんと一緒に過ごしているということだから。
     たわいもない会話をしながら街を歩く。役所が見えてくると、ケイトさんは少しだけ緊張した様子で、握った手に力が込められた。
    「ケイトさん、大丈夫だよ」
    「う、うん……」
     黄昏時じゃないけれど、今の僕たちは過去と未来の間、今と明日の間、……恋人と夫婦の間、そのどちらともつかない場所にいる気がした。……たった一枚の書類を出すだけ。それだけの事なのに、まるで人生の分岐点のようで……。
    「大丈夫、関係の名前が変わっても、僕たちは僕たちのままだよ」
    「……そうだよね。……ありがとう、エリスくん」
    「? どうしてありがとう?」
    「んー? それは……――。私との未来を描いてくれた事、私を選んでくれた事……一緒に先の幸せを考えてくれた事、かな」
    「っ……」
     ケイトさんの言う“明日はもっと”って言葉が好きだった。ケイトさんに言われると、僕も“先”を考えられたから。僕たちは今、新しい一歩を踏み出す寸前だ。ケイトさんを幸せにすることに変わりはないけど……。恋人から夫婦に関係が変わる。国が認めた、夫婦になる。もうこれでケイトさんは法律でも僕に縛られ、離れられなくなる。
    (不安、かな)
     僕も頭の中は少しだけごちゃっとしてしまうけど、それを引っ張り上げるみたいにケイトさんがぎゅっと繋いだ手に力を込めた。
    「行こう、エリスくん! 今日は特別な日だから……幸せな事だけ考えてよう?」
     僕が少し考え事をしていた事に気付いたのか、ケイトさんが満面の笑みで僕に微笑みかけてくる。僕はそれが嬉しくて、ケイトさんの頭のてっぺんにキスを落とすと、止めていた足を動かした。
    「そうだね。帰って準備もあるし」
    「そうだよ、今日は一日仕事だよ!」
     二人で役所のドアをまたぐ。僕たちの新しい日常が、これから始まる――。

    「はぁ~~っ」
    「ふふ、緊張した?」
    「うん、だって……これで国に認められた夫婦になったんだし、それに……」
    「それに?」
    「……エリスくんの苗字になったんだなぁ、って」
    「……僕も嬉しい。あなたがどんどん僕のものになっていくのを実感できて」
    「……エリスくん、好き」
    「ん、僕も好き、大好き」
     役所に書類を提出して、無事僕たちは国公認の夫婦となった。まだ実感は湧かないけど、ケイトさんが僕の苗字を名乗るのはなんだか嬉しい。人だかりがあることなんて忘れて、僕たちは役所の前で抱きしめ合う。ケイトさんの小さな体を飲み込んでしまうように、全身で抱きしめる。少しでもこの気持ちが伝わってほしかったから。ケイトさんも僕の背に手を回してくれて、僕の服をぎゅっと握る。まるで二人だけの空間みたいに感じられて、今が永遠になればいいのに――と、自然と思っていた。でも、僕たちにはもっとたくさんの幸せが待っている。ケイトさんと一緒に幸せを重ねていきたいから……僕はこみ上げる黒い感情をそっとしまって、強く彼女を抱き締めた。

     役所から帰ってくると、メイドさんたちがせわしなく働いていた。きっと夕方から始まる僕たちの結婚式の準備で忙しいんだろう。色んな人たちに協力してもらって、ようやくこの日を迎える。
    (ケイトさんのドレス姿、早く見たいな……)
     衣装合わせの時、純白のドレスに身を包んだケイトさんはとても綺麗だった。早くあの姿が見たい。それで――。
    (それを考えるのは、ちょっと早いかな)
    「ケイトさん、とりあえずお昼、食べない?」
    「あ、そうだね! 準備までまだ時間あるもんね」
    「うん、食堂、行こう」
     そう言って僕はケイトさんの手を取り食堂へ向かった。
     食堂にはハリーにリアム、ウィリアムが居た。
    「あ、ケイトちゃん、エリス。お昼食べに来たの?」
    「うん」
     そう言っていつもの席に座った。
    「そう言えば、今夜は全員大広間に集まれ、って言われてるけど、何なんだろうね?」
     リアムがハリーに問いかけるように言った。内心ドキリとしたけど、知らないふりをする。
    「さぁ、どうせあのおっさんの手品でもあるんじゃないの」
    「うーん、手品のためだけに全員集めるかなぁ?」
     リアムが不思議そうに答える。ウィルだけは理由を知っているので、黙って食事を続けていた。
    「ま、夕方になれば分かるだろ」
     ハリーはあまり興味無さそうに食事に集中している。ケイトさんは少しハラハラした様子で、でも平然を装いながら食事をしている。
    (ハリーと目が合っちゃったら大変だ)
     察しのいいハリーなら、ケイトさんの様子で何か分かってしまうかもしれない。そこに嘘までばれたらサプライズの意味がなくなってしまう。
    「ね、ハリー。この前新しくできたケーキ屋さん、もう行った?」
    「いや、まだ行けてない」
    「じゃあ今度一緒に行かない?」
    「別にいいけど」
     ハリーがケイトさんを見ないように、僕はハリーが食いつきそうな話題を振る。ハリーは思った通りの答えをくれて、そのままランチを終えてリアムと食堂を出ていた。
    「……バレずに済んでよかったな?」
     僕とケイトさん、そしてウィルの三人だけが食堂に残っている。ウィルは少し微笑みながら、紅茶を飲んでいた。
    「黙っててくれてありがとう」
    「礼を言われるほどの事ではないよ」
     そう言ってウィルも席を立つ。
    「演奏の事は何も心配いらない」
    「うん、心配なんてしてないよ。よろしくね」
     僕がそう言うとウィルは目を伏せて笑い、そのまま部屋を後にした。
     ケイトさんは終始黙りっきりで、ようやく二人きりになって安心したのか、ふぅ、と息を吐き出した。
    「ハリソンと目を合わせないようにずっと俯いてたけど、不自然だったかな……?」
    「別にそんな事ないんじゃないかな」
    「それだといいんだけど……」
    「それより、この後どうする? 着替えとかヘアセットは夕方からって聞いてるから、ちょっとだけ時間あるけど……」
    「うーん、そうだなぁ……」
    「……お昼寝でもしておく? ……今夜は寝かせてあげる余裕ないと思うから」
    「っ、! そ、それも、いいね!」
    「……ふふ、顔赤いよ?」
    「それ、は……っ」
    「照れてるケイトさんも、好きだよ」
     そう言って僕はケイトさんの顔をじっくり見つめる。ケイトさんは照れ隠しのように食事を取っていた。

       ◇◆◇

     本当にただ眠るだけのお昼寝をして、時計の針は4時をさしている。
    「ケイトさん、そろそろ起きないと」
    「ん……そうだね」
     のそのそと体を起こす。僕もベッドに座って、ケイトさんの寝ぐせを手で直す。
    「ふふ、可愛い」
     僕はそう言ってケイトさんの頬にキスをする。するとケイトさんも僕の頬にキスをしてくれて……ごく自然に、唇を重ねていた。
    「んっ……」
     啄むような可愛らしいキスをして、唇が離れていく。
    「続きは、夜にしよう……?」
     ケイトさんが視線をそらしながら、そっと言う。彼女から言ってもらえたことが嬉しくて、思わずその身体を抱き締める。
    「うん、夜に、ね」
     そう言って僕たちはベッドから抜け出す。着付けは、普段あまり使われていない、大広間の近くにある一室を使うらしい。ヴィクトルに夕方になったら来てくれと言われていた。僕たちは軽く服装を整え、二人で部屋を後にした。

     目的の部屋へたどり着くと、軽くノックをする。すると、中からヴィクトルの声が聞こえてきた。扉を開け、二人で中に入ると、数人のメイドさんとヴィクトルが待ってましたと言わんばかりの表情で出迎えてくれた。
     部屋は真ん中にパーティションで仕切られていて、二人別々に着付けをするのだと分かった。
    「“ケイト様は奥側でお願いいたします”」
     メイドさんが手話でそう話す。ケイトさんは頷いて、部屋の奥へ移動した。
    「……まさかとは思うけど、僕の着付けって、ヴィクトルがするの?」
     メイドさんたちは部屋の奥へ消えていき、パーティションの手前にいるのは僕とヴィクトルだけだ。
    「そのまさか、さ!」
    「……一人で大丈夫」
    「まぁまぁ、そう言わずに!」
     そうして僕はあれよあれよという間にタキシードに着替えさせられた。まさか下着姿をケイトさん以外に見られるとは思っても見なかった。
    「うん、よく似合っているよ!」
     お店で試着したぶりに着るタキシードはやっぱり落ち着かない。闇夜に生きる僕が、こんなに純白のタキシードを着るなんて。
    「はい、これ。ブートニア」
    「? これ、どうするの?」
    「左の胸ポケットに入れるんだよ。新婦のブーケと対になってるよ」
    「……そうなんだ」
     そう言ってヴィクトルが胸ポケットに淡い紫色をした薔薇をさしこんだ。
    「さて……彼女の着付けはもっと時間がかかるだろうから、今のうちに手順を説明しておこうかな。ミス・ケイト! 聞こえているかな?」
    「は、はい!」
     ヴィクトルはパーティションの近くに寄って少し声を大きくして、説明を始めた。
     まず、僕たち以外のクラウンメンバーが大広間に集まる。それを確認すると、ヴィクトルがウィルに合図を送り、ウィルの演奏が始まる。そのタイミングでメイドさん二人が扉を開けるから、そのあとは演奏に合わせて中に入るだけ。あとは、皆の前まで歩いていくだけだ。その後の進行はヴィクトルが務めるから、その通りに進める。
    「……という事だけれど、大丈夫かな?」
    「うん、分かった」
    「分かりました」
    「ちなみにミス・ケイト! 着付けの進捗はいかがかな?」
    「着替えは終わってます、あとはヘアセットだけです」
    「了解! 焦らなくていいからね」
    「はい、ありがとうございます」
     ヴィクトルはそう言うと、ソファに腰掛けた。
    「エリスも座って待っていたらどう」
    「……うん、そうする」
     早くケイトさんのドレス姿が見たくて、少しぼーっとしてしまっていた。ヴィクトルの横に座って、一呼吸つく。
    「まさか僕たちの末っ子が一番初めに結婚するとはね」
    「……うん、自分でもちょっとびっくりしてる」
    「はは、まだ実感が湧かないかな? でも、結婚式を挙げたら、実感が湧くかもしれないね。特別な空間だからね」
    「……そうだね」
     ケイトさんの着付けが終わるまで、ヴィクトルとたわいもない会話をする。二人きりでこんなに会話をするのは初めてかもしれない。そんなこんなしている内に、ケイトさんから声がかかった。
    「あの、準備できました……!」
     そう言ってケイトさんがパーティションから顔だけ出して言う。
    「お疲れ様、ミス・ケイト! パーティションを片付けるから、少し待っておくれ」
     そう言ってヴィクトルは耳の聞こえないメイドさんの代わりに自分からパーティションを動かして、部屋の隅っこに追いやった。すると、純白のドレスに身を包んだケイトさんが現れた。
    「……」
    「……どう、かな……?」
     長い髪を後ろで編み込んで、そこにたくさんの花が散っている。
    「すっごく綺麗」
     そう言って僕はケイトさんの手を取り、その手の甲にキスを一つ。本当は唇にしたいけど、リップが取れちゃったら申し訳ないから、我慢した。
    「わお! 本当に素敵だ、ミス・ケイト」
    「ありがとうございます」
    「時間配分も完璧! さすが僕って天才! 二人とも、心の準備はできているかい?」
    「うん、僕は大丈夫」
    「わ、私も……大丈夫です」
     ケイトさんは明らかに緊張している様子で、ブーケを持っている手が少し震えている。僕はその手を両手で握りしめた。
    「大丈夫だよ」
    「……うん、ありがとう」
    「……じゃあ、広間に皆が集まっているか見てくるよ。二人はドアの前で待機していてね。ウィルのピアノが鳴ったら、二人でみんなの前まで歩いておいで」
    「……わかった」
     そう言うと、メイドさんが最後の仕上げ、とケイトさんにヴェールを挿し込んだ。ケイトさんの顔がヴェールで隠れる。僕は軽く肘を曲げ、彼女をエスコートする。ケイトさんも僕の腕に手をかけてくれて、僕たちはそのまま部屋を後にした。

    「ねぇ、エリスとケイトちゃんは来ないの?」
     リアムが皆に尋ねるように呟く。ウィリアムは目を伏せてその場に静かに立っている。エルバートはいつも通り美しく佇んでおり、アルフォンスはふふ、と愉しそうな笑みを浮かべている。ジュードは心底どうでもよさそうな表情で大きなため息をついている。ロジャーとハリソンは何かを察したように、なるほど、といった表情でウィリアムを見た。
    「ウィル、あんた、何か知ってるだろ」
    「……うん?」
    「やぁ! 皆揃っているかい⁈」
     エリスたちが入ってくる入口とはまた違う入口から、まるで手品のようにパッとヴィクトルが姿を現した。
    「うん、揃っているね!」
    「……くくっ」
     ロジャーが何かを聞いたのか、楽し気ににやりと口角をあげた。
    「ヴィクトル、エリスとケイトちゃんがいないけど」
    「あぁ、それは大丈夫だ! ウィル、お願いできるかい?」
    「あぁ」
     そう言ってピアノの方へ歩いていくウィリアムを皆が見つめた。そして、誰もが聴いた事があるであろう曲を演奏し始めた。皆があっ、と思った時、大広間の大きな扉が開かれ、純白のドレスとタキシードに身を包んだエリスとケイトが現れた。
     皆最初こそ驚いたものの、拍手をしてくれている。ジュードを除いて。
    「え~⁈ これってもしかしなくても二人の結婚式⁈」
     拍手をしながらリアムが言う。
    「どっからどう見てもそれしか無いだろ」
     リアムの横でハリソンが呟く。
    「アル、あの二人は……美しい?」
    「えぇ、まぁ。でも世界一ではないですね」
    「……そう」
    「ははっ、めでたいな! こりゃ祝杯をあげねえとな」
     相変わらずな様子でロジャーが言う。ジュードはと言うと、半ば放心したような様子で二人が歩いて来るのを見つめていた。

     時は少しだけ遡り――。
    「ケイトさん、歩くの早かったりしたら腕引いてね」
    「うん、でもエリスくん普段から歩調合せてくれるし」
    「それもそっか。……今更、ちょっと緊張してきた」
    「……ふふっ、でも二人一緒なら、何があっても大丈夫だよ」
     そう言ってケイトさんは夜空に輝く星々のような笑顔を見せてくれた。
    (綺麗な笑顔だ……)
     早くケイトさんを抱きたいな、なんて思っていると、大広間からウィルのピアノの音が聞こえてきた。メイドさんたちが頷くと、僕たちも頷き返す。そしてドアが開かれ、僕たちはゆっくりと大広間へと足を踏み入れた。
    (みんな、固まってる。まぁ、無理もないか)
     最初こそみんなびっくりした様子で固まっていたものの、リアムをきっかけに、拍手が送られる。ケイトさんはいつもより少し歩きづらそうだけど、きちんと歩幅を合わせて歩く。ケイトさんの表情は、とても穏やかで、幸せに満ち溢れた表情をしていた。その表情には、どこか見覚えがあった。
    (――街で結婚式を見たあの日の表情に似てるんだ)
     自分の結婚式ということもあって、前より嬉しそう。僕は嬉しくなって、そのまま攫いたくなるのを我慢して、ゆっくりとみんなの元へ歩いていく。
    「おめでとうー!」
    「おめでとうさん」
    「……おめでとう」
    「これは実に愉快ですねぇ! おめでとうございます」
     それぞれにおめでとう、とお祝いの言葉をくれる。ちょっとくすぐったいけど、手放しにお祝いされるのも悪くないなと思えた。
     みんなの前にたどり着いたタイミングで、ウィルの演奏が終わる。ピアノ椅子から腰をあげ、僕たちの方へ歩いて来る。お礼の意味もかねて、僕はウィルに拍手をした。すると、皆ぼくを皮切りに拍手があがった。
    「ウィル、さすがの演奏ありがとう! そして、今宵集まってくれた皆。もう分かってると思うけど、今日は僕たちの末っ子、エリスとミス・ケイトの結婚式だ!」
    「……みんな、集まってくれてありがとう」
     僕はみんなを見渡して言う。みんなの表情は温かくて、ちょっとだけ心が躍る。今まで体験したことのない気持ちだった。
    (――ジュードはまぁ、そういう態度だよね)
     皆がお祝いの言葉をくれる中、ジュードだけ黙っていた。
    「おい、お前も一言くらいくれてやれよ」
     ロジャーさんがジュードに向けて言う。皆の視線がジュードに集まって……ジュードは大きく息を吐き出しため息をついてから、予想外の言葉をくれた。
    「……せいぜい幸せになったらええんちゃいます、知らんけど」
    『!』
     ケイトさんもまさかジュードからそんな言葉が出てくると思ってなかったのか、目を真ん丸にしている。
    (まさかジュードがそんな風に思ってくれてるとは思わなかったな)
    「ありがとう、ジュード。ジュードの事も幸せにするからね」
    「はっ、それ今言う台詞か?」
    「まぁまぁ皆落ち着いて! まだ誓いのキスが終わってないだろう?」
     やいやいと会話に花を咲かせていたけど、よく考えてみるとそうだった。ヴィクトルの言葉で、今は結婚式の最中なんだった、と思い返した。
    「さぁさぁ、二人とも向き合って」
     皆が左右に分かれて僕たちを囲むようにして立っている。その真ん中に僕とケイトさん、そしてその向かいにはヴィクトルが真剣な目で僕たちを見ている。
    「……エリス、ミス・ケイト。病める時も、健やかなる時も、その身を闇に投じる事になっても……共に罪を背負い、いずれ訪れるであろう宿命が二人を分かつまで、互いを愛し、慈しむと……誓えるかい?」
    「……うん」
    「……はい、ずっと彼の傍にいます」
    「僕も、一生をかけて君を幸せにするね」
    「……そうかい。じゃあ、みんなのお待ちかね! 誓いのキスを!」
    「……」
     確かヴィクトルはキスをする前にヴェールを後ろにかけてあげて、と言っていた。僕はケイトさんの顔を隠しているヴェールをそっと持ち上げ、背中側にまわす。いつもより豪華なアクセサリーに、少し濃い目のお化粧。ようやく顔がはっきり見れて、僕はそれだけで満足してしまいそうになった。でも、僕はケイトさんの両肩に手を乗せ、その唇に自分のものを重ねた。
    「んっ」
     みんなには聞こえないくらいの小さな声がケイトさんから漏れる。僕はそのまま深く口付けたくなるのを我慢して、そっと唇を離す。すると、ヴィクトルを筆頭に、みんなが拍手してくれた。
    「おめでとう! これで誰もが認める夫婦だよ!」
    「……夫婦って呼ばれるの、まだちょっと慣れないけど……ありがとう、みんな」
    「ま、関係の呼び名が変わっただけで、あんたらはあんたらのままだろ」
    「うんうん、二人がずーっと仲良しなのに変わりはないしね!」
     みんながそれぞれ言葉をくれる。こんなにも心が温かくなったのは、いつぶりだろう。
    「さぁ、今夜は無礼講だ! 好きに飲んで食べて、楽しもうじゃないか!」
    「え? ……僕たち部屋に戻りた……」
    「今夜のために、僕すーーーーっごい腕を振るったんだよ! 結婚式の後と言えば披露宴だ! さぁさぁ、メイドさんたちが準備してくれるから少しだけ待っておくれ」
    「……」
    「……エリスくん……?」
     僕は、少し頬を染めているケイトさんの腰を抱き寄せて耳元で囁く。
    「……早くあなたを抱きたい」
    「っ、――! そ、それは……」
    「……皆が酔っちゃったら、タイミングを見て部屋へ戻ろう?」
    「……うん」
     そうして僕とケイトさんの結婚式は無事に終わり、予定になかった披露宴まですることになったのだった。

       ◇◆◇

     皆がいい感じに酔ってきたのを見て、僕はケイトさんの手を取って大広間を抜け出した。ケイトさんが歩きづらそうだったから、廊下に出たらそのまま横抱きにした。
    「エリスくん、自分で歩けるよ!」
    「でも、歩きにくいでしょ? 大丈夫、僕力持ちだから」
     そう言って重さのあるドレスごとケイトさんを抱き上げ、自室へ向かう。早くこの純白のドレスを脱がせて、僕の色に染めたい。
    (早く――……)
     彼女に触れたい。その事だけが頭の中にこだましていた。ケイトさんも同じ気持ちなのか、少しだけ頬が赤くなっている。
    (お酒に酔っちゃったのか、これからの事を想像しているのか、分からないけど……)
     後者だったらいいな、と思いながら僕は自室へ向かう。部屋につくと、雑に足でドアを閉め、壊れ物を扱うみたいにケイトさんをベッドに下ろす。髪に刺していた花が散らばり、ベッドを彩る。ケイトさんの靴を丁寧に脱がせ、丁寧にガーターを外してソックスを脱がせる。ついでにパニエも外し、ドレスの膨らみが無くなる。僕にされるがままになっているケイトさんは視線をそらして赤くなっている。
    「ふふ、可愛い」
    「な、何が……?」
    「もう赤くなっちゃってるところ」
    「!」
     ケイトさんはその一言にさらに頬が染まる。そんな姿が愛おしくて、僕は素足になった彼女の足の甲にキスを落とす。少しくすぐったそうに身じろぎをする姿は、さらに僕の欲望を駆り立てた。
    「ケイトさん、あっち向いて」
    「……うん」
     ケイトさんが少し恥ずかしそうに後ろを向く。僕は背中の締め上げているリボンを丁寧に解いていく。リボンを全て引き抜くと、ドレスを引っ張ってその身から脱がせた。下着姿になったケイトさんは少し恥ずかしそうに身じろぎしている。
    (下着なんてお互い見飽きるくらい見てるのに……)
     今日のその姿は、どこか特別に見える。
    (全部が真っ白だから、かな)
     ドレスに干渉しないようにと下着も全て純白で、改めて今日が結婚式だったのだと実感する。そして結婚後最初の夜と言えば、初夜にあたる。
    「……」
    「? エリスくん、どうしたの?」
    「ううん。ケイトさんとえっちするのは初めてじゃないけど、一応今夜が初夜なんだな、って思って」
    「しょっ……っ」
     瞬間、ケイトさんの頬が真っ赤に染まる。その様子がどこかおかしくて、僕は思わず笑みが漏れる。
    「ふふ、何度もしてるのに、恥ずかしいの?」
    「そ、そういうわけじゃ……」
    「そうなの? じゃあどうしてそんなに」
     赤くなってるの? そう耳元で囁く。そのまま耳裏をぺろりと舐め、いやらしい音を立てて攻める。そのまま下着を脱がせ、ケイトさんは一糸まとわぬ姿になる。
    「……私だけ……」
    「うん? あぁ……」
     僕だけ服を着ている事が気になるみたいで、僕は荒々しい手つきでタキシードを脱いでいく。だんだん露わになってく素肌をケイトさんが見つめている。
    (ちょっと恥ずかしいな)
     こんなにじっくりと見られることも無いから、なんだか新鮮な気持ちだった。
     雑にタキシードを脱ぎ捨て、お互い裸になる。僕はケイトさんの首筋に顔をうずめ、深呼吸をした。いい香りがして、眩暈のようなものを感じる。なのにそこから離れられなくて、唇を寄せる。ちゅ、ちゅ、と啄むようなキスを繰り返し、ケイトさんがもぞもぞと身をくねらせる。啄むようなキスから、舌を這わせていやらしい音を立てる。ゆっくり舌を下に下ろしていき、小さく主張したケイトさんの胸の頂に触れる。
    「あっ」
     ケイトさんはやっと、といった様子で甘い声を漏らした。僕はそれが嬉しくて、ぢゅっ、と音を立てて色付いたそこを吸い上げた。
    「んぁっ! エリス、くん……っ」
    「ふふ、可愛い声。もっと聞かせて?」
     反対側の頂を指でつまんで刺激すると、ケイトさんはさらに甘い声を漏らす。二人きりだからか、それとも結婚式の雰囲気に当てられたのか、いつもより大胆な気がする。
    「今日のケイトさん、素直だね」
    「っ、そんな、こと……っん」
     ない、という言葉を遮る様に僕はその唇に自身のそれを重ねた。びっくりして逃げ惑う舌を追いかけるように深く絡め、音を立てて吸い上げる。
    「んっ、はぁ……」
     口付けの合間にケイトさんの吐息が漏れる。甘く刺激的なその声に、僕の頭は理性が失われていくのを感じる。
    「はぁ……ごめん、ゆっくりしたかったけど、余裕、ないかも」
    「エリス、くん……」
     今の僕は、ケイトさんの目にどんな風に映っているんだろう。理性を飛ばした獣のように映っているんだろうか。
     胸への刺激ですでに濡れているケイトさんの秘所に手を伸ばす。小さく主張する芽をくるくると指で弄ると、一気に蜜が溢れてくる。その蜜を絡めとり、滑りが良くなった芽をさらに攻め立てる。ケイトさんはシーツを握りしめて必死に快楽を逃している。
    「んっ、ふ、ぁ……」
     その甘い声に僕自、熱が集まりつつあった。濡れそぼった秘所に指を挿れ、ケイトさんの悦いところをぐっと刺激する。
    「あっ!」
     ケイトさんの腰がびくりと跳ね、僕はケイトさんの足をぐっと持ち上げ、動かす手を激しくする。すると、ぴゅっ、とケイトさんの秘所から透明な液体が噴き出した。
    「っ、⁈ ご、ごめ……っ」
    「……大丈夫だよ、女の人は最高に気持ち良くなると、こうなることがあるらしいよ」
    「そ、うなんだ……でも、」
    「恥ずかしい? 僕は嬉しいけどな」
    「う、」
     ケイトさんの中から指を引き抜き、自分のベルトのバックルに手をかける。冷たい金属音が響いて、僕の熱はむき出しになる。ケイトさんのもので濡れた指で熱を濡らし、そのままケイトさんの腰を引き寄せた。
    「ケイトさん、いい……?」
    「うん、きて……」
    「っ、はぁ……」
     秘所に熱を宛がい、ぐっと腰を押し進めた。
    「あぁっ!」
     悲鳴にも似たケイトさんの声が部屋に響く。ぎゅっと締まった中は熱くてとても気持ち良くて……僕は欲のままに腰を動かす。
    「はぁ……ケイトさん、気持ちいい……?」
    「んっ、はぁ、気持ちいい、よ……っ⁈」
     その言葉を半分くらいしか聞かず、僕は打ち付けるように腰を振った。瞬間、ケイトさんの背が弓なりにしなり、果てたのだと分かる。
    「っ、はぁ、はぁ……」
     ケイトさんが肩で息をしている。僕は少しだけ動きを止め、ケイトさんの呼吸が落ち着くのを待つ。
    「はぁ……エリスくん、もう大丈夫だよ……」
    「……僕も、いい?」
    「うん……」
     ゆるゆると腰を動かし、徐々に速度を増していく。またケイトさんの呼吸が荒くなるけど、僕も止まらない。肉がぶつかり合うはしたない音とケイトさんの甘い声、いやらしい水音。それだけでもう僕の理性は無いに等しかった。
    「っ、ぅ……」
     激しく突き上げていると、またケイトさんの背がしなる。同時に中がきゅっと締まって、僕はその刺激に欲を吐き出した。
     ケイトさんにもたれかかるように身体を預け、抱きしめる。お互い荒く熱い吐息をこぼしている。汗でじっとりと前髪が張り付いているケイトさんの髪をはらい、キスを落とす。
    「ケイトさん、好き、大好き」
    「私も、大好きだよ、エリスくん」
    「ありがとう。本当に……こんな僕の特別な人になってくれて……ありがとう。愛してる」
    「私も……エリスくんの特別な人になれてよかった」
    「……ね、お昼寝したし、今日は朝まで抱いていいよね?」
    「……ほどほどにお願いします」
    「ふふ、善処する」
     そう言って僕はまたケイトさんにキスをする。ケイトさんも舌を絡めてくれて、深い口付けに変わっていく。その日、僕たちは、欲のままに互いを求めあって、一晩中愛を確かめ合った。
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