0308ハート祭り(アスキラ) そ、と指を沿わせると、反射的に筋肉が隆起する。
しっかりと鍛えられた上半身は服を着ている時には気づかないが、こんな時、自分との作りの違いを思い知らされるようで、ぷくと頬を膨らませる。
やっぱりもうちょっと鍛えようかなぁと、最近はすっかり頭脳労働ばかりでトレーニングが疎かになってしまっている自身の薄い胸板を省みる。
(でも、やっぱり元の作りの問題もあるんだと思うんだよね…)
最高のコーディネーターなんて大層なものを作るんなら、もう少し体力の方に割り振ってくれてもよかったと思うんだよねと、顔も知らない、知りたいとも思わない、遺伝子上の父親に毒付く。
(やっぱり、きれい)
ふふと笑い、指を滑らせる。
この身体の持ち主はまだ目を閉じたまま、穏やかな寝息を立てている。
当然だ。
直前までワシントンに潜り、報告のために一度オーブに帰国し、一泊さえすることなく宙域に上がってきた、らしい。
当たり前だろう、お前と一緒にいられる時間を減らすバカが何処にいる、と。
当然のように言い放ち、アプリリウス時間で生活するミレニアム内は深夜だというのも構わず着艦を求めそのまま、キラの部屋まで直行してきた。キラの方も仕事をしていたから起きてはいたのだが、目の下の隈の酷さにあんぐりとしたのも束の間、気づけばそれ以外ありえないとばかりに片手で掬い上げられていた。
『僕、まだ仕事中なんだけど』
『いいから、少し休ませてくれ』
言葉に反し、とてもではないが今から休むような様子ではない。というか、休むのにキラはいらない。かわいそうだからシャワーも着替えすらも明日に回すのを許し、ベッドを使わせてあげようと思ったのだけれど。獰猛な碧の双眸は視線一つでキラを黙らせ、というか絶句させ、そのままベッドへと連れ込んだ。
この男、休むという言葉の使い方を間違えているんじゃないか。
黙々と、いつもより早急に、なんなら同意がなければレイプかこれはという強引さで押し開き、キラの目から涙がこぼれ落ちるのも気にせず、キラのナカに押し入ってきた。
その時、キラの頭の中に浮かんだのは諦念だ。
あぁもう、これが休みという意味ならそれでいい。
こんなに溜め込むまで無理をするな!
と、胸の内で悪態をつき続けながら。あれ、でも溜め込まなかったらどうなるんだっけ。そんなに休暇が取れるわけでもないし、えーっと、うーんと、会える時まで無理してもらうしかない?
などと冷静に考えたりもし、程なくしてもういい!と思考を投げ出した。
明日身体がガタガタになるのは間違いなく、何かやり返さなければ気が済まないと背に爪を思い切り立ててやったのだけれど、数少ない抵抗だったのか、単に感じ入ってしまっただけなのかは、よく分からない。更には、興奮を煽るだけの効果しかなかったような気が、しないでもない。
その頃にはキラの方も理性を飛ばす寸前で、この男が溜め込んだ別離の時間はキラの中にも確かに存在し、めちゃくちゃにされてもいいからつながっていたいという気持ちの方が上回っていた。
そしての朝である。
アスランが起きないのをいいことに、ぺたぺたと触れ続ける。
あれだけ疲れ切っていてどこに体力が残っていたのだろうか。目が覚めた時、キラの身体はさらりとしていて、床に放り出されたバスタオルからシャワーを浴びたのだろうかと自問する。途中からの記憶がないから、そのあたりさっぱり分からない。が、乾かすのも面倒だったのか、寝癖がしっかりついた藍の髪を目の前にそういうことだろうと判断する。
その時、背に触れていた指先に違和感を覚え、首を傾げる。
(傷跡?)
切り傷のような盛り上がった違和感に、昨夜思い切り爪を立てた記憶がよみがえってくる。
結構深い、これは絶対に痛い。
痛みが想像しただけでひやりとする。その時、感じ入ったアスランが、ただでさえみっちりと埋まったものをさらに大きくし、キラの息を絶え絶えにした記憶も同時に思い起こされ、あわあわとする。
「もう」
心配と呆れと怒りと、それと安堵と。そして、久しぶりに触れることが出来た喜びと、それらが複雑が絡み合い、息を吐き出しながらもう一度、傷跡に触れる。
今度は癒すようにやさしく、上下に指を動かしながら、ふと、思いつく。
どうせ、まだ眠ったままだろう。
起きるまではこの身体を好きにしても大丈夫だという思うと気を大きくなった。
「あまり無理しないでよ」
傷跡を始まりに指でハートを描く。
「アスラン、…好き」
途端に赤面をする。
いいことを思いついたと思ったのに、実際にやってみるとかなり恥ずかしい。咄嗟にしがみつくと、予想に反し、より強い力で抱き込まれる。
「え、え…?」
「お前は」
恐る恐る顔を上げると、困ったような、嬉しさを隠せないような視線にぶつかる。
「アス、起きて?」
「…今だ」
ぼそりと告げたアスランは、もちろん大分前から起きていたのだが、それを口にしてしまうようなヘマはしない。キラが暴れ出すのは必定で、そんなキラを見るのも嬉しいのだけれど、残念ながらまだ、相手をするまでの体力が戻っていない。
寝直したいし、出来れば、もう一度聞きたい。
「もう一度、言って」
キラの手のひらを取り上げ、そこにくちづけを一つ落とした後、アスランもまた、そこに愛情の印を描く。
絶対に前から起きていたし、見られていたとキラはさらに慌てかけるが、乞うような双眸に、直前まで出かかった悪態は押し留められる。
手のひらが熱い。
もう、とたった一言だけ悪態をつき、ぎゅっと抱きつく。
「あまり、無理しないでよ」
「うん」
「アスラン、好き」
先ほどよりはよほど小さな呟きを拾い上げたアスランの口元にやわらかな笑みが浮かぶ。
「…あぁ、俺もだ」