スバルとムラサメと髪の毛の話前日の疲れが残ることもあって、やはり朝は苦手だ。ぐい、と伸びをしてスバルはひとつ欠伸をする。
伴侶であるムラサメはすっかり支度を整えていて、自分のための弁当まで作ってくれている。
彼がまさか自分のために料理をしてくれるなど思ってもいなかったので、なんだかその光景が愛おしい。
「……ああスバル殿、起きたのか」
まだ眠くてぼんやりとしていた目を擦っていたら気付かれてしまったようだ。
「はい、おはようございます……」
「おはよう」
ムラサメが乱れた寝間着を軽く整えてくれる。そして、いつだか頭を撫でた時にたいそう気に入ったのかスバルの乱れた髪を撫で付けるように大きな手のひらで頭を撫でてくる。
「スバル殿、身体は辛くないか?」
暖かな手のひらが輪郭をなぞる。
……って。
「え、オレ、ムラサメさんのこと抱き潰しましたよね!?」
昨晩のことを思い出す。
欲望のままにムラサメを抱き、ムラサメも気をやってしまうほどの熱い交わりだったはずだ。
「拙者は鍛えているからな」
「いや、でもあんなに……!?」
「スバル殿、朝餉が冷めてしまうぞ?」
「……はい」
ムラサメが炊いてくれた炊き込みご飯をもそもそと味わう。おそらくワタラセからのおすそ分けだろう魚の塩焼きもある。
まだ髪を束ねていなかったから、箸で魚の身を骨から剥がす際にパラパラと髪が降ってきて邪魔だ。
だいたい、伸ばしているのもよく分からない迷信にあやかっての事だ。結婚もして身を固めた今、こんなに長い髪は必要ない。
「髪の毛、切ろうかな」
ぽそりと呟く。
ムラサメが作ってくれた炊き込みご飯が美味しい。咀嚼しながらムラサメの方を見ると、神妙な顔をしていた。
「ムラサメさん……?」
「……切って、しまうのか」
スバルのまだ結われていない髪を掬い、寂しそうにムラサメが呟く。
「そうですね……支度にも時間がかかりますし、長い髪の毛にルーンが宿るなんて……」
「しかし!」
いつもより強い発音に遮られる。
「拙者は……その迷信も間違っているとは思えぬ」
ムラサメはスバルの髪を撫でながら続ける。
「スバル殿、お主の舞は本当に美しい。あの桜の下で、桜を纏いながら髪を靡かせ舞う姿は……筆舌に尽くし難い」
ムラサメのあまりの熱量に気圧されたスバルの髪をムラサメはいつも通りに結い上げる。
「拙者の我儘ではあるが、髪は……切らないでいて欲しい」
じっとあの鋭い目に見つめられる。
「……分かりました、ムラサメさん」
結っても腰あたりまでの長さがある髪を翻して、スバルはムラサメに愛を伝える。
愛する人のための髪なら、迷信など忘れて構わない。