若頭スバル×一般通過小説家クラマ今どきロン毛の男なんて珍しいな、と横を通り過ぎて行った青年を見て思った。
そしてボサボサに伸ばしたままの己の髪を思い出し、美容院に行くしかないのか……あんな陽キャだらけの空間に……とクラマは落ち込んだ。髪はうざったいと思っていたから、行こうか悩むきっかけをくれたあの青年には感謝だ。
信号機の軽快な音がし始める。クラマは慌てて横断歩道を渡った。
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「ンだよ、てめえ!」
「ケツの青いガキはさっさと家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ!」
下品な言葉を喚く人相の悪い男達と相対したスバルは、心底呆れたようにため息をつく。
ああ、そういえばイレズミの漢字は『刺青』だったな、じゃあ青いのは尻じゃなくて背中か。そんなことを思いついて頬が緩む。
「何笑ってんだおい!!」
スバルは掴みかかろうとしてきた男を軽く往なし、容易く背中を見せた男の腕を捻りあげる。
「あの〜、最近色々うるさいからあんまり暴力沙汰は起こして欲しくないっていうか……」
もう1人の男にニコリと微笑む。高い位置で結われた髪がサラリと流れる。
「ナマ言ってんじゃねぞ!」
男を捕らえたままでは避けられず、拳が頬に飛んでくる。その衝撃で捕らえていた男も抜け出してしまう。
「……ったぁ」
全身を強かに打つ前に受身を取る。口の中が鉄の味だ。技巧は無いがパワーだけはあるらしい。腹立たしげに血混じりの唾を吐く。
こういう輩は脅して逃がす方が早い。どうせ半グレ崩れのヤンキーだ。
スーツの懐に入れていたグロック19に手をかけ、男の額を狙うように構える。
「んな……」
「オレ、あんまり事は荒らげたくないんですよね」
カチャ、とセーフティを外す。撃ちはしないが。
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男の怒鳴る声が聞こえて、喧嘩か……げんきだなあ、と呑気に構えていたのが間違いだった。
暗い暗い路地に、拳銃を構えた白いスーツの男と不良のような男が2人?
は?拳銃……?
「おい!!」
思わず路地に踏み入ってしまった。住んでる街で銃撃沙汰?そんなの洒落にならない!
「え?」
拳銃を構えていた男が振り向く。その隙をついて不良のような男が逃げていく。逃げる際に「アイツあれだ!白竜組の」「げ、牛若丸!」などと聞こえる。
しまった、もう俺の命は無いかもしれない。ヤクザ共の揉め事に巻き込まれるなんて。ハードディスクの中身を消してない……そんな後悔が頭を過ぎる。
「えっと、ありがとうございます」
慣れた手つきで拳銃を懐にしまう姿が目に映る。
「……死んでない」
「何もしていない人に手を出すわけないじゃないですか」
困ったように笑う姿でああさっきすれ違った青年か、と気づく。口の端から血が滲み、仕立てのいいスーツが薄汚れていたせいで気づかなかった。
そしてあの、暗い中なお暗く光る拳銃。
これが『狂気注目効果』か。そんなわけなかろうと思っていたが、印象的な長髪に気づかないほどとは。
「……あの、オレと貴方、どこかで会ったことある気が」
長いまつ毛で覆われた瞳を伏せるようにして考え込む。
隠すべきだった、と思ったが。
「まあ……それなりにテレビには出ているが」
「え、すごい!」
多分お前もいつかテレビに出る羽目になるぞ〜……とは言わないでおいた。
「芸能人とかですか?」
「……小説を書いている」
「小説」
む?と何かに気づいたように首を傾げる。
「紅林鞍馬……?」
ぼそ、とクラマのペンネームを口にする。
「そうですよ、紅林鞍馬先生だ!え、すごい!」
すごいすごいとはしゃぐ姿はとても先程凶器を持っていたとは思えない。