Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    MzkLk_TW

    @MzkLk_TW

    ❄️🍑

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 14

    MzkLk_TW

    ☆quiet follow

    まっさらのひみつ (ユキモモ)
    以前フォロワーさんらと話していたLOVE/LESSパロ…というか耳の設定だけ拝借したはなし。

    耳あり時空だと同棲時代がますます甘苦しい泥沼になりそうでモモちゃんが切ないね。

    #ユキモモ

     耳のないアイドルってどう思う?
     自分の心臓が大きく一度、跳ねたのがわかった。
     即座に、なんてことないふりをした。どうゆうことー、と殊更明るい調子を装って、ジョッキを揺らして酔っ払いの真似事をしながらどうか、きっとほんのコンマ一瞬、こわばった顔を見られていませんようにと願った。
     耳が落ちる、とは。
     耳を持たないということ。とは。
     自分ではない知らない誰かに身体の奥深くまで愛されたことを堂々と白昼に晒して、そんな生々しいパーソナルデータを周囲に見せつけて、それで笑っていられるのかと言外に言われた気がした。
     アルコールが揮発して満ちた部屋の中に自分の吐息から嘘が溶け出して、異臭を放つような錯覚。誰も気づかないで。落ち着きなく、ぬるくなったビールで唇を湿らす。口の中が乾いていく。喉が引きつって、うまく笑えているか分からなくなる。
     みんなから愛されたいと願いながら、みんなに愛してほしいと訴えておきながら、もうたった一人の誰かの腕に抱かれてしまったオレの真実に気づかれたくなくて怯えている。
     ――嘘。
     本当はもっと怖いものがあるよ。
     可愛いねと微笑んで指差すその耳が本物じゃないと知ったら、あの人はどうするんだろう。そんなことをしたら、この居心地の良い距離感は永遠に失われてしまう。
     蔑まれるのが怖い。
     青い目に糾弾されることを恐れている。
     僕を騙したなと、激憤にきらめく瞳は鋭くて怖い。お前は嘘ばかりだと、そう咎める顔は悲嘆して、オレの心臓はきっと潰れそうなほど痛む。
     そんなつもりじゃないんだ。本当だよ、ユキ。
     
     だってオレの真っ黒な耳がふたっつ、ほとり、ほとりと落ちたのは、あの静かな朝、あなたがぐっすりと眠るシーツのすぐ隣だったのだから。
     
     
    『飲み会、何時までなの』
     機嫌が悪そうな低い声に苦笑する。
     二次会を終えて店の外に出て、三次会だと騒ぐ集団を背にかかってきた電話を取った。背後に手を振ってからタクシーを手招くと、紺色の車体がゆっくりと寄ってくる。開いた扉に体を滑り込ませて、行き先を告げて座席に沈み込んだ。
     ユキの声は眠たげにゆったりと、だけれど不機嫌を隠そうともしないでぶすくれている。
    「寝てなかったの? だいぶ遅いじゃん」
    『それはこっちの台詞だ。夜遊びしてる奥さんを待ってる。僕ほど寛容な夫はいないだろうね』
    「優しいダーリン、寝ててよ。ユキが寝不足だなんて地球の損害だよ」
    『モモが嫌な思いをしてるのにのうのうと寝てるなんて嫌だ』
     どきりとして、それからふわっと頬が熱くなるのがわかった。酒精にうかされて、制御できずにみるみる目に涙が集まる。
     確かに、今日の会はオレも少し気が重かった。オレたち二人を好きでいてくれる人が増えた分、避けようのないやっかみを受けるようになって、気に食わないと遠ざけられる。そのことを有名税と言う人もいる。でもオレはそんなちっぽけな言葉で、ユキの音楽がその人に届けられることがなくなってしまうことの方が到底耐えられない。
     だから、ちくちくと嫌味を言われながらお酌をして、その人のこれまでの素晴らしい作品の話をして、時間をかけてオレの為人を示した。
     一次会での別れ際、相手の刺々しい雰囲気が和らいでまた会おうと手を握られて、今夜のオレの目論みは無事に成功したことを悟った。
     でもそのことをユキに打ち明けたことはないし、今日も今日とて楽しくお酒を飲んでくると意気揚々と楽屋を出たように見えたはずだ。
    『またモモファンを増やしたんだろ。ハニーが人気すぎて僕は気が気じゃないんだけど……』
     大仰に嘆く声音がおかしくて嬉しくて、わざとではなく笑い声が漏れた。その隙に、目尻にうっすら浮いた涙を払った。
    「もう帰るよ。明日も早いし、タクシー乗ってる」
    『そうしろ。待ってるから、早く』
    「ユキは寝ててってば」
     不毛なやり取りに後部座席でひそひそと笑う。
     ほんの少し電話が静かになった。寝てしまったかな、と思いつつ、名残惜しくて通話を繋いだままでいると、寝返りのようにごそごそと布の擦れる音がした。
    『ごめん』
     謝られた意味がわからなくて、ん? と問い返す。ユキは気まずさが滲む声色で尋ねた。
    『ひどいこと言っていい』
    「なあに」
    『やだって言えよ』
    「言わないよ」
     オレはユキの言葉なら結局それがどんなに傷つくことであっても、欲しい。
     ため息の後に、ユキは小さく告白した。
    『モモの耳を見ないと、不安』
     心臓が凍るかと思った。
    『そんなことは万が一にも起きるわけないって分かってる。分かってるんだ。モモは僕に黙ってそんなことしない。……分かってても、最近すごく怖くなる。ひどいよね。僕はもうとっくに無くしてるのに、身勝手なんて百も承知で、モモのが無くなるのが嫌なんだ。だから寝たくない。僕が寝ている間にモモの耳が落ちてたら、そう思うと……怖くて』
    「……ユキ」
     あり得もしない可能性に怯えるユキが愛しい。
     努めて優しい声を出して、寝入る子供に囁くように言った。
     砂糖でまぶしたように甘い、嘘。
    「すぐに帰るよ。そしたらオレの真っ黒お耳がちゃんとついてるのを見てね」
    『……僕をあんまり甘やかさないで』
     甘やかされるのを待っている声がそう拗ねたように唸るのにまた笑って、電話を切った。頭を仰いて車の天井を見つめる。
     そうしないと、また目から涙がこぼれそうだった。
     
     身に余る巨大な嘘を抱えている。
     無垢なままの身体だと偽り続けることに震えるほど怖くなる一方で、初めてをユキにあげられたことを密かに誇らしく思うし、ひょっとすると、喜んでくれるかもしれないと楽天的に思い込もうとしたりする。その直後に、ユキが知ったらきっと深く傷つくこともちゃんと思い出す。
     そういうんじゃないんだ。ユキがオレの体に手垢がついていないことを知りたいのは決してそういう意味じゃない。ちゃんと分かっている。そういう意味じゃないのに、オレは自分勝手だから、ユキの不安の吐露に自分勝手に喜んでいる。あさましくて、みじめだ、救いようのなさに眩暈がする。
     オレの耳はもうとっくに落ちてる。
     オレの身体はとうの昔に堕ちている。
     泥酔したユキに押しつぶされるように抱きしめられた嵐のような一夜、オレの身体は初めてを失った。
     その一抹の喜びだけを後生大事に抱え込んで、オレの一番の秘密は今日もオレだけのもののままだ。
     血の通わないオレの偽物の耳を見て、あなたはまんじりとしながらこの世の何より美しく微笑むだろう。それでいいんだ。
     そのままでいいよ。
     
     ユキの記憶の中のオレにはずっとまっさらなままで笑っていてほしいから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭🙏😭😭😭😭🙏🙏🙏🙏🙏😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭🙏😭😭😭😭😭🙏🙏💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works