その秘密はカワセミだけが知っている 伸びやかに呼吸する木々や植物の薫り揺蕩う森。そこにさらさらとゆっくりと小川が流れている。小川に裸足を浸し、気持ちの良い冷たさと緩やかな流れを堪能している神官が一人。
「こんなところでサボっていたのかい、テメノス?」
声をかけられた神官が背中越しにゆっくりと振り返る。
「君もどう?冷たくて気持ちいいよ、ロイ」
サボっていることを微塵も悪びれもせずにテメノスはロイを誘う。
「まったく、君は……」
「だって今日暑かったから」
「まあ、確かに」
「だからさ……」
ぱしゃんっ、とテメノスは濡れた足先で川面を蹴った。
「一緒に涼もう、ロイ?」
ね?と楽しげに笑う幼馴染につい絆されてしまう。どうにもこの笑顔に昔からロイは弱い。
「まあ、今日暑かったし……」
そうロイは呟きながら雑に靴を放り、靴下も丸めて投げた。
「行儀悪いなあ」
クスクスとテメノスが笑う。
「誰も見てないからセーフだよ」
そう言いながらロイはテメノスの隣に座ると川の中へと足を浸す。
「ん、確かに冷たくて気持ちいいな……」
「だろ?」
そのまま二人で水の冷たさと緩やかな流れを楽しみながら足先を踊らせていた。
ゆらゆら…ゆらゆら…
ふわふわ…ふわふわ…ふわり
ふいに、ロイが踊らせた足先をテメノスへと滑らせた。爪先同士を遊ばせたあと、甘えるように擦り合う。
「ん……」
「……気持ちいいね、テメノス」
足先を絡ませながら、ロイが慈しむようにテメノスの頬へとキスを送る。
「うん、とっても」
ロイへと頭を預けるようにしながら吐息のようにテメノスは呟く。草葉を手で踏みながらテメノスがロイの手の方へとゆっくりと指先を伸ばした。指先が触れ、彷徨わせながらロイの指を一本ずつ確かめていたらそのまま絡めとられてしまった。
足先以外の身体がほんのりと熱を帯び始めていく。
「テメノス……」
名前を呼ばれ顔を上げれば、ほんのりと頬を染め微笑むロイがこちらを覗き込んでいた。空っぽの手のひらを淋しいとテメノスが差し出せば、すぐにロイの手が合わさりゆっくりと指が絡み合っていく。
「ふふ…ロイの手、あったかいね」
「君こそ…子供みたいにあったかいじゃないか」
「そう?」
「うん。……ああ、でも」
一度言葉を切ると、ロイは絡めた手を強く握りしめた。
「テメノスが子供だと困ってしまうな……」
「なんで?」
「子供に、手は出せないだろう?」
ロイが悪戯っぽく笑いながら、絡めた指はそのままに親指だけでするすると器用に手首を撫でた。
「んっ…ぁ……」
擽ったそうにテメノスが身を捩る。
「気持ちいいかい、テメノス?」
「……足りないよ、ロイ」
水を湛えた2つの双眸が、互いを捉えながらゆっくりと近づいていく。川の音が少しだけ遠くなっていき、代わりに教会で焚いていた白檀の香が少しだけ鼻を掠めた。瞼を閉じるとすぐに柔らかくあたたかな感触が重なっていく。
ちゅ、とリップ音を響かせながら離れていくロイをテメノスが淋しげに潤んだ瞳で見つめた。
「ねえ、足りないよ……ロイ……」
甘くねだる声に引き寄せられるように、ロイは再び唇を重ねた。
一つ、重ねては離れまた角度を変えて触れていく。
二つ、吐息を奪っては深く深く合わさっていく。
もう何度目か分からなくなった頃には、唇の境目が曖昧になるほど互いの熱が溶け合っていた。呼吸の仕方すら忘れてしまったかのように息が乱れていく。何度も何度も与えられてるのに満足することなく欲しい気持ちが昂っていく。
足りない。足りない。足りない、頂戴。もっと、ロイがくれる『気持ちいい』に溺れていきたい。
どちらからともなく更に深く繋がろうと唇を開いた、その時……
パシャンッ‼
勢いよく水音のした方へと二人が振り向けば、直ぐ側でカワセミが捕らえた魚を一飲みにしていた。そして魚を飲み込み食事を終えたカワセミは、ジッと不思議そうに暫く二人を見つめたあとその美しい羽根を羽ばたかせながら何処かへと飛び去ってしまった。
「残念。カワセミに見つかったみたいだ、テメノス」
「うーん仕方ないな。名残惜しいけど、カワセミにここでサボっていたのをバラされちゃう前に戻ろうか」
「そうだね」
小川から足を引き上げるとそのまま二人は帰り自宅を始めた。
「カワセミは秘密にしてくれるといいけど」
「今度ここで釣った魚を上げれば黙っててくれるかもね?」
「ふふっ、テメノス。いいなあ、それ。今度の休みにそうしようか」
二人の神官が楽しげに会話しながら小川を離れていった。
ここでの秘密の睦言は、ただ翡翠だけが知るのみだ。