煌めく目の君「ジュジ、俺、絵を描き始めたよ。といってもスケッチなんだけど」
声を出して、目の前にあるツクヨが作った作品に話しかける。赤銅色の肌も、夜の闇で染めた絹糸みたいな髪も、朝露に濡れた薔薇の葉みたいな瞳の色も、生きているときのお前にそっくりで今にでも動き出して話し出してくれるんじゃないかっていつも思ってる。そんなことはないのは、わかりきっているのだけれど。
「ヴァルが写真に写らないからさ、残しておきたくてツクヨに教わったんだ。君のことも描いてあげればよかったな」
そっと撫でると髪の感触がして、温かさがないことを寂しく感じる。それでも、君に二度と触れられないよりはずっと良い。君の髪も肌も、死んだらもう二度と触れられないことが怖かった。体温と声が聞こえないくらい、君の全てを失うよりはずっとずっと良い。
ツクヨと同じ気持ちでは無いんだろうけれど、それでも、あいつが愛したい生き物を作品として残したい気持ちがジュジがいない日々が増えれば増えるほどわかっていくように思える。
「ヴァルとは、家族になったよ。フランくんも。お前はきっとよろこんでくれるんだろうな。毎日楽しくやってる。餃子も前より上手に作れるようになったし、お前が好きだった生春巻きもうまく巻けるようになったんだ」
一度蘇ったとき、ヴァルに会いに行って俺はもう一度死んだのに、二度目も生き残ってしまった。
最後に別れるときも「また来る」と言ってくれと言われて、その通りにしたからか、二度目に生き返ったとき、ヴァルは大泣きしていたし、しばらく俺が離れると不安定になっていた。一緒にいるときも元気がないことが多かったんだが……それはお前がいなくなってから二年もしたら落ち着いてくれた。もう二年も経ったんだなって驚いてしまうし、君がいない日々にも少しずつ慣れて幸せを感じている俺がとても怖いよ。それでも、俺は、生きていくって決めたから、こうしてお前がいないことに慣れる自分も受け入れて、その罪を背負って生きていこうと思う。
……罪だなんて思っていたら、きっと「私のことなんて忘れて幸せになってください」と君も言うんだろう。そういうところはイガーサに似ているな。そんなところ、似ていなくてもいいのに。
「また明日も来る。たまにでいいなんて思わないでくれよ」
そう言ってジュジの前を離れた。作品になった俺も、ヒイラギくんもいるから、お前は寂しくないのかな。そうだったらとても良いのだけれど。
部屋から出てアトリエへ向かう。どうせツクヨは作業をしているのだろうと思ったら、ちょうどきりのよいところまで作業が終わったところなのか、水浴びをしにいくところのようだった。
「飯にしよう。そうしたら、ヴァルのところへ戻るから」
「わかったよ」
手を差し出されたので思わず頭を差し出してしまう。そのままふわふわと俺の髪の感触を楽しむように撫でてあいつはアトリエを出ていった。
ごま油を熱したフライパンに青梗菜を適当な大きさに切って、一口大に切った鶏肉と炒める。それから生姜と鷹の爪を加えて火を通す。
同時に鍋に湯を沸かして茉莉で香り付けされた長米をしばらく茹でる。昔、ヒイラギくんが教えてくれたものなんだよな……と懐かしく思いながら、ザルで水気を切って再び鍋へ戻す。
鍋を再び火にかけて水分を飛ばして少し蒸らしたものをお椀へよそって、その上に炒めた具材を載せていく。
テーブルに行くと大人しく酒を飲みながらツクヨが待っていたので料理と食器を置いてやって、俺も自分の分を持ってきて向かい合わせになって食べる。
「美味しいねぇ」
とニコニコとしながら料理を食べてくれるから、正直とても作り甲斐がある。次は何をつくってやろうかななんて思いながら、食べ終わった食器を下げる。
「また明日来る。小屋の掃除はしておくし、洗う筆があったら明日洗って乾かすからまとめておいてくれ」
そう伝えると、ツクヨはふわふわと柔らかい笑顔を浮かべながら「助かるよ、私の可愛い犬ちゃん」と頬にキスしてから頭を優しく撫でてくれる。
こいつに犬扱いをされるのだけはすごく好きだ。頬にキスをしかえして「ああ、お前の可愛い犬は賢くて便利だろう?」と言ってアトリエへ向かうツクヨを見送り、食器を洗うために調理場へと戻った。
洗い物をして、動物たちの寝わらを変えてやり、ついでに飲み水も交換しておく。餌はツクヨがやるだろうからまだいいだろう。
一通り作業を終えてからアトリエへ向かうと、ツクヨはこちらに背を向けて作品を描いていた。顔や服に顔料がついても気にしていないで優しい表情をしながら作品に向き合うあいつの姿が好きで、ずっと見てしまう。
ふと外を見ると陽が傾いていたので、どうせ聞いていないと思いながら「またな」と声をかけてアトリエを出た。
人目を気にしなくて良いはずなのに、寝室へ行ってから転移する癖はなかなか直らない。俺とツクヨ二人の寝室と化した部屋へ入ってからヴァルの家に直接転移する。
「おかえり」
「ただいま、ヴァル」
部屋に急に現れた俺に驚くことも無く迎えてくれたのはヴァルだった。少し不安そうだった表情がぱぁっと晴れていく。鋭く尖った牙を見せながら無邪気に笑うヴァルを抱きしめて胸元に顔を埋めて思いきり息を吸う。
顔を上げるとヴァルがニコニコしながら髪を撫でてくれている。愛おしそうに目を細めてこちらを見てくれている愛しい家族に口付けをしてから「愛してる」と呟いた。
毎日言っているのに、ヴァルは毎回目をきらきらと煌めかせて、とても嬉しそうににっこりと微笑むのだから本当に可愛らしいなと思う。俺よりも背が大きい男性に対してそう思うのは、正しくないのかもしれないが。
「さっき食事をしてきたから、夕飯は遅くてもいいか? パトロールの後に買い物に行こう」
そんなことを話ながら着替えをして、俺がいない間あったことや、今日の予定を確認する。
今は週の五日は一緒にいるが、俺は朝から働いて家にいないのでちょっとしたことを教えて貰えるのがとてもうれしい。
「なあ、またスケッチを描いてもいいか? 君のこと、たくさん残したいから」
そう伝えると、ヴァルははにかんだような笑顔を浮かべて快諾してくれた。どうやら俺の描いた絵を相当よろこんでくれているらしくて、額に入れて飾ろうとしていたらしい。
そんな大したことしなくてよいのに……と思ったが、アルバム代わりに冊子などにまとめるのはよいのかもしれない。
あとで冊子を買いに行くか提案してみようか。
アルバムが貯まったら、ジュジにも見せようかな。きっと喜んでくれる気がする。
お前が「私がいなくなっても、大切な人がいるのならあなたが1人にならないと安心出来ます」なんて言ってくれていたのを思い出しながら、俺はヴァルの背中を見つめた。
ありがとう。君のお陰で生きていこうと思えている。ジュジのためにも、君の為にも、ヨダカのためにも、ちゃんと死なずに生きていくよ。
生きる理由なんて言ったら重いだろうか。でも、いつかキチンと伝えよう。
そんなことを思いながら、俺は部屋の外で待つヴァルとフランくんの元へ向かった。