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    tokita0908

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    tokita0908

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    #ルスハン

    早く好きって言えよ!

     神様が安売りされることもあるのだから、天使が五ドルで売られることだってあるだろう。
     道端のマーケットで、大特価という名目と共に売り出されている古びた天使のオーナメントを眺めながら、ハングマンはそんなことを考えた。
     世の中はクリスマス一色だ。街中が浮かれた人々の手によって電飾で照らされ、赤や緑や白色のオーナメントで彩られている。
     すれ違う人々は大抵幸せそうに破顔しており、その中をふてくされた顔で歩く自分が異色という自覚はあった。
     クリスマスで浮き足立っているのは、なにも見知らぬ有象無象の通行人ばかりではない。
     ハングマンの数歩前を歩き、どこかの店から流れてくるクリスマスソングにあわせ、鼻唄を刻むのは同僚兼長年片想いし続けているルースターだ。
    「クリスマスっていいよな」
     ルースターが言った。言葉の端々から隠しきれぬ高揚が滲み出ている。それを不機嫌なハングマンは聞こえないフリをした。
     不機嫌の原因は勿論ルースターだ。ハングマンを怒らせることにおいて、この男の右に出るものは存在しない。
     だってそうだろう。これまで自分達は険悪であったし、ルースターもハングマンを嫌っていた。これは二人を知るものは誰もが認める事実だ。だというのに、最近のルースターは変なのだ。より厳密に言うと、昨年のノースアイランドで行われた任務以降から変だった。
     あれだけ自分を嫌悪していたのにルースターから話しかけてくるし、食事に誘ってくるし、なんだったらそれぞれ原隊に戻ったあとも、貴重な休暇を利用して東大陸から西大陸に足繁く通ってくる。「ハングマンの顔を見たかったから」とか、そんなくだらない理由をふにゃりとした締まりのない笑顔で言いながらだぞ!
     極めつけが数時間前にされた〈お誘い〉だった。
     ルースターは昨日からホリデー休暇に入っており、来週にはマーヴェリックのハンガーでクリスマスを過ごすつもりだと言う。そのクリスマス会にもちろんハングマンも来るよな? という、場所が場所であったなら横っ面をひっぱたいてやったような内容だ。
     なんで俺も行く前提なんだよとか、家族水入らずのクリスマスを邪魔できるかとか、誘うにしたってもっと早くに相談しろとか──。
     言ってやりたいことはたくさんあったが、無邪気にハングマンの言葉を待つルースターの顔を見て毒気が抜かれていった。
     こいつには何を言っても無駄だと諦め、結局ルースターの誘いに応じるまま否の一言も言えぬ一年を過ごし続けていることは、確かに己も悪いのだと自覚している。
    「街がクリスマス色に染まってるだけで浮かれちまうよな」
     無視されたばかりだというのに、ルースターがめげずに言う。しかもちらりと、盗み見るように背後のハングマンを見つめてきた。
    「あのさ」
    「……」
    「あの」
    「……」
    「えと、その」
    「……なんだよ」
     あまりのしつこさにとうとう返事をすれば、ルースターの頬に力が入る。
     キラキラした電飾のネオンが、クリスマスという特別な非日常の輝きでルースターを照らしていた。まるでこれから打ち明けることは、とてつもなく重大で重要な話なのだと言わんばかりの演出だ。
    「いや、その……一緒にマーヴのところに行ってくれてありがとうと思って」
     そりゃあ、あんな期待した目で見られたら誰だって断れないだろう。
     しかもコヨーテから、念のためその日は予定をあけておけと言われていたのだ。きっとルースターから誘いがあるはずだと。
     予言者でもあるまいしまさかと思いつつ、親友の言うことだからと一応休暇の申請をしていたが、本当に現実になるとは思っていなかった。同時にこの間抜けな雄鶏は俺の親友に感謝するべきだと思ったりする。
    「来年はさ、ハングマンの家族のところでホリデーを過ごそうな」
    「……は?」
    「いや、二人きりで過ごしてもいいんだけど!」
     怪訝に眉根を寄せるハングマンを振り返り、ルースターが慌てて両手を振った。その際に足を止めたせいで、向こう側から来ていた通行人と肩がぶつかり、いっそう慌てふためきながら謝罪している。
     一人で間抜けな喜劇を繰り返すルースターを唖然として見守った。
    「なんでお前が俺の家族とホリデーを過ごすんだよ」
     なにひとつ理解できない状況では、それを言うだけで精一杯だ。
     ぶつかった通行人にペコペコと頭を下げていたルースターは「え」と言いながら顔をあげる。彼もハングマンが言っている意味を理解できないと言いたげな素振りだ。
    「なんでって、だから今年はマーヴやペニーとさ……俺の家族みたいな人達と過ごすんだし、順番で考えたら来年はハングマンの家族と過ごすべきだろう?」
    「だからなんで」
    「え、なんでって……何が?」
     いっこうに話が噛み合わない。互いに疑問と困惑を抱きながら見つめあい続けた。
     とはいえこの人混みだ。いつまでもこんな往来で立ち止まっていては邪魔になる。
     どちらともなく、とりあえず歩こうと提案する。その間際、ごく自然な仕草で手を繋がれてびっくりした。
     丸めた瞳を隣に向ければ、緊張したように唇を噛み、こいつだけ南国にいるのか? というくらい大量の汗を浮かべているルースターがいた。
     繋いだ手のひらの熱さを感じて理解する。
     こいつ、三十五も過ぎて人間が下手すぎる。
     自分の中で完結させるのでなく、ちゃんと他人とコミュニケーションをとって意識のすりあわせをしろ!
    「あの……あのさ」
     例のごとく、おうむ返し同然に同じ言葉しか吐き出さなくなったルースターが、ぎゅっとことさら強くハングマンの手を握ってきた。
     ちくしょう、ルースターの緊張が移ってきたみたいだ。
     顔は熱いし、早い鼓動を脈うつ心臓は握りつぶされたかのように痛い。
     こいつ相手に今さら無謀な期待をするつもりなどなかったのに、浅ましい自分はこれまで明確な形にされなかったルースターの感情を探っている。
    「あの、よければだけどさ、お前からのクリスマスプレゼントが欲しいって言うか」
    「……何を?」
    「できれば名前で呼びたいなって……ようやくマーヴに紹介できるのに、まだ名前呼びなんて変だろう?」
     なんてことだ。ティーンだって聖なる夜にかこつけて、もっと進んだお願いをしてくるぞ。
     こいつ、本当に三十五を過ぎているのか? と心配になる。
    「その前に言うことがあるだろ、馬鹿」
    「言うことって?」
    「俺はまだ、お前が想定している段階にいるとすら思ってない」
     不機嫌に言えばルースターの眉間が歪む。それから数秒もかけ、ようやく己の失態に気づき顔を青ざめさせた。この百面相を見せるルースターを鼻で笑い飛ばす。
    「お前が頑張ってくれるなら、今年は特別なクリスマスプレゼントをくれてやるつもりなのに」
     ハングマンの恋人という称号。
     これに勝るものなんてこの世にはないだろう?
     なのにティーン以下のルースターは「名前で呼んでくれるわけ」とはしゃいでる。
     そうじゃないだろ、馬鹿。もっと凄いことをできる関係になってやると言ってるんだ。
     こいつの相手がばからしくなり向けた通りのマーケットで、天使のオーナメントが物言いたげに笑っていた。さっきの奴より高値で売られているからと憎たらしい。
     ムカついたのでルースターの手を力一杯握ってやった。そうすれば「痛っ! え、なに、痛い!」と騒がれるが無視を決め込む。
     クリスマスの奇跡も、ヤドリギの伝説も信じていない。
     だがクリスマスの浮かれた空気にかこつけて、臆病な雄鶏が勇気をふるうことは、少しくらい期待してもいいだろう。
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