【未完】アラサー熱草ほんのりと街灯に照らされた夜の温泉街。馴染みのある風景だが、久々に来てみるとあの頃とはまた違う輝きを放っているように感じられた。
温泉で羽を伸ばした後なんとなく解散の流れになったのだが、蔵王が帰りたくないと喚いたので、阿古哉がスナックを貸切で臨時営業してくれる事になった。
「よっしゃ二次会だー!今夜はママの奢りだぞー!」
「戦いと飲み会を同列にするな!今夜は、ってかいつもでしょ…。まぁいいわ、昔のよしみって事で。学生はもう遅いから帰りなさいね」
「タダほど怖いものはありませんが…由布院先輩、良かったですね」
「イオ…そんな哀れむような目で俺を見るな」
「いいっすねー!でも俺は、早くお客さんに来てもらえるように頑張るっすよー!」
箱根は黒玉湯再興に向けて早速準備を始めるらしい。別府兄弟も手伝うと言い出して、箱根・兄にひどく感謝されていた。二人の憧れの眼差しが眩しい。
「錦史郎はどうする?」
その様子を静観していたら、有馬に問いかけられた。
「えっと…気持ちは行きたいのだが…」
「疲れた顔してるね。今日はもう帰ってゆっくりしたら?」
「あ、ああ。すまないが、そうさせてもらう」
この後あっちゃんの家に行くからとは口が裂けても言えなかったが、何か事情があると察したようだ。相変わらず勘の鋭い奴だ。
「鬼怒川先輩はどうします?」
「俺も行きたいのは山々なんだけど、このところ仕事が残業続きだったりで、風呂入ったら一気に疲れが出てきちゃってさ。下呂の店、職場から近いし、またすぐ顔出すよ」
「これが社会に毒された人間の末路か…」
「えんちゃんはもっと社会に揉まれた方がいいと思うよ」
「俺の性に合わないんだよ。アツシも手遅れになる前に、腹決めた方がいいぞー。な、会長?」
「相変わらず君はどうしようもないな。他人に口出しする前に、自分の襟を正したまえ!」
「きんちゃんの言う通りだ」
「俺ものすごく責められてる?」
それから連絡先を共有して、黒玉湯での夜はお開きとなった。
「先輩と会長、二人っきりで気まずくねーのかな」
「さっきこそこそ話してましたよね」
「どこに行くかは知らないけど、それぞれ真っ直ぐ帰るとは思えないわね」
「え、もしかしてそういう展開?」
「蔵王君、気がつかなかったのかい?錦史郎があんなにわかりやすい顔をしてたのに」
「うーん、先輩の隣にいる時の会長って大抵あんな顔っすからね…」
「お前らそういう話ほんと好きだな。もうあいつらなんかほっといて飲み明かそうぜ」
「由布院先輩、二人に正論叩かれて拗ねてますね」
*****
賑やかな集団と分かれ、しんとした夜道に二人の靴音だけが響く。
きんちゃんに会えたのが嬉しくて、もっと一緒にいたいと思ったから、その勢いで自分の家に誘ってしまった。
皆とスナックに行った方がきんちゃんは楽しめたのではと一瞬不安になったが、消極的な自分では今までと何も変わらない。多少強引な方がちょうどいいんだと自分に言い聞かせる。
「そういや、今の家に誰か呼ぶのってきんちゃんが初めてだな」
「えっ、そうなの?」
「帰って寝るだけの場所……って、なんか社畜みたいな言い方だね。親睦を深めるために職場の人とカレーパーティーとかどうかなって考えたことがあるんだけど、立場的に皆が断りにくいのが見え見えになりそうで怖くて…」
「カレー……まぁ大人になると、気兼ねなく誰かを誘うのは気が引けるというか…ほら、僕らはそういうの強く言えないタイプだろ?」
仕方ないよ、と困ったような笑顔に心が救われる思いがした。俺があの過去を「笑い話」にするのは驕りが過ぎているけれど、幼さ故に犯した自分達の過ちをそっと胸に閉じ込めて、ちゃんと前に進めているんだ。
「一人でゆっくりする時間って大事だよね。昔からあっちゃんは好奇心旺盛で、黙々と何かに打ち込むのが好きだったし」
「そうだね。今も休日は読書したり、映画館に行ったりしてるよ」
「…そういや、去年大賞を取った作品が今度映画化するんだけど」
「知ってる!俺読んだよそれ。どうやって映像化するんだろうな」
「僕も気になっていて、もし良かったら一緒に観に行かない…?」
「もちろんいいよ!行こう行こう!」
「やった…!楽しみにしてる」
またきんちゃんと会う約束が出来たこと、そしてきんちゃんから誘ってくれたことがなにより嬉しい。口角が緩みすぎて変に思われてないかな…
コンビニで調達を済ませ、あっちゃんの家に到着した。
「ごめん片付ける時間無くて、結構散らかってるかも」
「そんなの気にしないよ!こっちも急に押しかけたんだから」
ドアを開けてもらい、軽く背中を押されながら家の中に招かれた。
「お邪魔します…」
「いらっしゃい」
散らかってると言っていたが、きちんと整理整頓されていて綺麗じゃないか。寝るだけの生活だなんて言っていたから散らかしようもないのだろうか。
……ここであっちゃんが生活してるのか。
急に全身をあっちゃんに包まれたような感覚になり、なんだか落ち着かない。