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    2020_ao_

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    ツイッターで公開はしたけどまだ続き書こうかなと思ってて結局そのままになっている、支部に上げてない小説です。捏造甚だしいので何でも許せる方向けです。

    黄朱の子 この里からけして一人で出てはならない。小さな頃に歩けるようになって以来口が酸っぱくなるほど大人たちにそう言われてきたのに、言いつけを守らず出てきてしまったことを少女は生まれて初めて後悔した。これまでも一人で里から抜け出して虫を捕まえたり、花や実を持ち帰って遊んだりしてきた。忙しい大人たちは自分の脱走に気づかなかったし、危険なことも起こらなかったから彼女はすっかり油断していた。
     しかし今回ばかりは悔やんでいる。突然目の前におりてきた褐狙が今にも自分に襲いかかろうとこちらを見ている。大人の狩りに付いていった時、あれが老人を切り裂き食いちぎるところを見たことがある。それを尻目に必死に駆けて逃げきった。卑怯なことをしたわけではない。それが黄海で暮らす者の処世術だ。より生き残る可能性が高いほうが可能性の低いほうを犠牲にして生き延びる。それだけだ。
     今回は犠牲になってくれる者が誰もいない。一人で里から抜け出してきたのだからあたり前だ。目をそらしてしまえば一瞬で間合いを詰めてくるだろう。だから睨む。蓬山にいるという麒麟が妖魔を使令に下す時のように。……本当に麒麟という生き物がいるのかどうかは知らない。
     ――慈悲の生き物が本当にいるのなら、今あたしのことを助けにきてよ!
     願ったところで麒麟が彼女を助けに来ないことはわかっていた。自分たちは国に属していない。麒麟が施しをするのは自国の民だけだ。あたしを助けてくれる麒麟などいない。同じ黄海で暮らしていても黄朱は麒麟の民ではないのだから。
     ――なんて薄情な生き物なの。
     黄朱のことなど人の数にも入らないのだろう。麒麟は黄海の外にある十二の国にそれぞれに一つずつしかいない。黄海で生まれるのに黄海の人間を守ってはくれない。自国の繁栄のために王を選び仕える神獣。その国の民からは慕われ尊敬される。だが黄朱の民にとっては人を襲わない分別を持つ最強の妖魔、程度の認識だ。
     あたしはまだ死ねない。絶対に生きのびる。……そう自分を奮い立たせてもまだ子供の彼女の手には小刀や弓矢くらいしか武器がない。しかし目の前の褐狙はそんな矢などはねのけてしまいそうな屈強な体と分厚い毛なみを持っている。だめだ、諦めるな、心がくじけたらその瞬間に全てが終わる。いちかばちか、この弓で褐狙の目を射抜けられれば。睨みながら弓を番える。引き絞って、放つ。
     ビィン。 バサッ。
     渾身の力をこめた矢は妖魔に突き刺さる前にその手で払い落とされてしまった。彼女はうかつにも視線を地面の矢に向けてしまう。褐狙が踊りかかってくる。もう駄目だ――
     その時、彼女はふんわりとした白いものに後ろから包み込まれた。妖魔が迫りくる恐怖がそこに、確かにあったはずなのに、自分を包み込む白い布がやけに優雅にきらきらと輝いてみえる。きれい――まばたきをする間が惜しいほど魅入っていたから、その人が何と呟いたのか聞き取ることができなかった。
    「            」
     そうして彼女の視界は白に覆われ、そのまま意識を手放した。
     
     気がついた時には大きな木のそばに寝かされていた。褐狙はもうどこにもおらず、風で木々の揺れる音と鳥のさえずりが聴こえる。彼女の体はバラバラにはなっておらず、どこからも血が出ている様子はない。
    「あたし、生きてる」
    「うん、そうだね」
     若い男の声が返ってきて少女は驚いた。あの時自分を包み込んだ布を身に着けた青年はこうして見るとまだ少年と言えるほどに若く、それでいて里の長老のようにどこか遠くを見ている。
    「お兄さんが助けてくれたの?」
    「間に合って良かったよ」
     にこにこと笑うでもなく、子供が一人でいたことを叱るわけでもないその人の淡々とした話し方がとても好ましく感じられた。
    「助けてくれてありがとう。お兄さんは朱氏なの?」
    「違う、と言っておこう」
    「妖魔を一人でやっつけるなんてとっても強いのね! ねぇ、あたしを徒弟にしてくれない?」
    「私は褐狙を倒したわけではないよ。そしてあいにく徒弟を取る気はないんだ」
     言われてみれば周りに褐狙の死体はなかったし、彼には返り血の一つも付いている様子がない。ではどうやって助けてくれたのだろう。
    「褐狙はどこへ行ったの?」
    「他の場所に行ってもらったよ」
     どういう意味なのか少女にはわかりかねた。妖魔は話して解決できる相手ではない。しかし彼が妖魔とやりあった痕はない。ただ彼があの場を支配していたのは確かだ。彼の登場で事態は大きく動いた。結果自分は生き残ることができた。ならば彼から学びたい。
    「あたしあなたについて行きたい。なんでもするから連れて行って」
    「悪いけど子供を里から連れては行けない」
    「ならあたしが大人になったら連れて行ってくれる?」
    「だめだよ、私は本来人と関わってはならないんだ」
     人と関わってはならない、とはどういうことだろう? この人も人なのに。
    「あなたも人なのでしょう?」
     青年は苦笑した。
    「出自はただの人だよ。でも今は半分人で、半分…… 妖魔みたいなものかもしれない」
     少女は目を見開いてとっさに後ずさりした。
    「に、人妖なの?!」
     青年は吹き出して笑った。笑うとより幼い少年のように見えた。
    「人妖ではないよ、怯えさせてごめん、ただの天仙さ。とって食ったりしないから安心おし」
     そうやって笑うと確かに普通の人間に見える。
    「天仙て、おとぎ話の中だけだと思ってたけど本当にいるの」
    「現に目の前にいるだろう?」
     天仙には普通の人間にはない特別なちからがあるという。それならば褐狙をどこかへやることもできるのかもしれない。少女はようやく目の前で起こった不思議が理解できた気がした。妖魔すら操ることができるちからを持つ、この人のようになりたい。仙人に、なりたい。今初めて生きる目標ができた。一人で里から出たことをやはり後悔しないことにする。おかげでこの人に巡り会うことができた。里にこもっていたらけして出会うことなどなかったひと。あたしの目指す道。 
    「あなたのお名前を教えて?」
    「知ってどうする? 私は徒弟はとらないよ」
    「徒弟になれなくてもいつかあなたみたいになりたいの。あなたのことを思う時、名前がないと不便じゃない? あたしは琅燦。あなたは?」

     ――――あら、人が出会ったとき、名乗るのは基本だわ

     王になった少女の記憶が蘇った。彼は初めて少女の目を見つめた。勝ち気な目があの少女とよく似ている。これも天の配剤なのだろうか。
    「更夜」
     更夜と名乗った青年は琅燦に淡くほほえんだ。


     ずっと後になって、更夜と名乗った青年は犬狼真君だったのではないかと気がついた。妖魔を自在にできる天仙ならば、あれはやはり黄海の守護者だろう。しかし見た目は普通の人間だし、元はただの人だったという。
     あの出会いで伝説の神々が実在するということを琅燦は知った。神々が存在するなら天綱も存在するだろう。天綱を破ると不死となった王ですらその命を奪われるという。たとえ善意でした行動であっても天綱に抵触してしまうと王はたちまち死んでしまうらしい。理不尽な話だ。
     神は人に対して平等ではなく、黄海を生きる黄朱には守ってくれる王も麒麟もいない。もとはといえば浮民となったのも王が国を荒らしてその国では生きていけなくなったからなのに、旌券を割った者に天はどこまでも冷たい。それでも犬狼真君のおかげで黄海の中で子を成して生きていくことができる。本当は王や麒麟がいなくても人間はどこででも生きていけるのではないか? その疑問を黄海の民が抱くのは当然だ。自分たちこそがその生き証人なのだから。……普通はそこで思考は止まる。
     しかし琅燦の強運は犬狼真君に出会うだけにとどまらなかった。戴国の禁軍にいたという元将軍とも出会えてしまった。軍を辞してわざわざ黄海に入るような物好きはそうそういるものではない。――これは「鵬翼に乗る」というやつではないのか。王のたまごたる昇山者のいる旅は格段に楽と言われる。王になる者は一国を巻き込む強運を持っているという。私は黄海の生まれだからどこの王にもなれない。でも、もしかしたら仙にはなれるかもしれない。国の中枢にいた男と知り合える人間がどれほどいる? この男はこのまま黄海で妖魔狩りをして生を終えるような男ではない。きっとまた国に帰るはずだ。その時は私も一緒に戴へ行く。国というものを見てみたい。知見を広めて学びたいと言えば驍宗は拒否するまい。戴で国というものを学ぶ。一般的な知識さえ身につければそこらの者に負けない自信がある。そこで昇仙できれば私のやりたいことができる。仙は死なないので時間を気にせず様々なことを試すことができる。試したいことならいくらでもある。
     その筆頭が「王や麒麟がいなくても国に所属する民たちは暮らしていけるのかどうか」だ。常に妖魔がはびこる黄海でも人はその知恵と勇気と幸運があれば生きていける。国を持つ民にもきっと出来るはずだ。王がいなければ生きていけないなんてことはあるまい。それはきっと甘えだ。やろうとしないからできないだけで。
     落ち度のない王や麒麟が陰謀によって政や祭祀を行えなくなったらどうなるのかも知りたい。天は手を差し伸べるのか、それともそんな状況に陥るような王は見放すのか。
     それらを試す。――どうやって? さあ、それはまだわからない。黄海を出ればもう真君の加護は得られないかもしれない。でも私には黄海で身につけた妖魔や薬草、毒の知識や不毛の地を生きぬく知恵がある。なにより天仙や地仙に出会える強運がある。時が満ちたならきっと機会が訪れるはずだ。
     琅燦にとってのすべてはあの日更夜に出会えたことから始まった。一体この世界に犬狼真君の御名を知る者がどれだけいるだろう? 私はあの日、確かに神に触れた。実在する神や天というものにもう一度手を伸ばしてみたい。この世界を作ったという天帝に聞きたいことは山ほどある。望んで会うことが出来ないのなら、この手で疑問を試してみるしかない。
     胸元で古びた朱旌が風で揺れる。黄海生まれの琅燦が持つこれは本来の朱旌ではない。琅燦はどこの国にも所属したことがないから旌券を持たない。黄朱の里の子は偽物の旌券を黄色く塗って朱旌を作る。――これはもういらない。私の出自を外の世界に知られてはならない。犬狼真君との誓いは守る。
     首から下げていた朱旌を取り外して割り、酸の沼に放り投げた。トポンと落ちた身の証がズブズブと沼に食われて見えなくなるまで見届けてから、琅燦は里を旅立った。
     
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