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    kenyukmik

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    kenyukmik

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    固定にこれの前の話おいてあるから、読み直してから読むといいと思う。

    でーと、デート今日は平等院くんの試合を見に来た。
    お昼休みに、彼にお弁当を食べながらみっちりテニスを教えてもらったから、ルールはばっちり。でも、学校のテニスコート以外で彼のテニスを見るのも公式戦の応援に来るのも初めてだから、自分が出る訳でもないのに胸がざわざわして落ち着かない。

    全国大会の初戦。
    相手は聖シャルル学園。青森の学校だという。
    平等院くんはS1でコートに立つ。
    コートに立った彼は、学校のコートで見ていた時よりもずっと鋭い。
    ベースラインの向こうから、低く鋭い視線で相手を射抜くように見ている。

    試合開始の合図。
    ネットを越えるサーブが、乾いた音を立ててコートに突き刺さる。初速の速さに観客席から小さくざわめきが上がる。
    彼は冷静に相手の動きを見て、返しにくいコースを正確に突いていく。
    相手も必死に食らいついてくるが、数本ラリーを繋いでも、最後は平等院くんが決める展開ばかりだ。試合中の彼は、何もかもが速くて、目で追うだけで精一杯だった。
    「……すごい……」
    自然と声が漏れた。
    テニスは、パワー、スピード、テクニック――どれかひとつに突出した選手が目立つ。
    いや、多いというより、飛び抜けた武器があるからこそ、わかりやすく見えるのだろう。
    でも、平等院くんは違った。
    強い打球も、俊敏なフットワークも、細かいテクニックも、全部が揃っている。どれもが武器で、隙がない。それでいて試合は冷たくもなく、熱がある。
    これが、世界レベルの人なんだ。
    中盤、ラリーが続いていたとき――。
    鋭い打球がネットすれすれで沈み、バウンドした直後、相手の膝を直撃した。
    「……っ!」
    客席が一瞬静まり、ベンチからトレーナーが駆け寄る。
    あんな球が当たったら一溜りもない。私も思わず顔を歪める。
    平等院くんは一瞬だけ眉を顰めて、小さく舌打ちをした。すぐに表情を戻し、再開の合図を黙って待っていた。
    手当てを受けた相手は、脚をかばいながらコートに戻る。
    立つのも辛そうなのに、それでもラケットを握り直して、前を見据えている。
    試合は再開したけれど、相手の動きが明らかに鈍っているのが見ていて分かった。
    それでも相手は諦めずに、脚を引きずりながら打球を追い、最後までラリーを繋ごうとする。
    平等院くんも、油断することなく最後まで同じテンションでプレーを続けて、確実に仕留めていく。
    点差は開いていくのに、試合の温度は下がらない。
    今も声援が飛んでいるはずなのに、私の耳には乾いたインパクト音、スニーカーがコートを擦る音、呼吸の音だけが届く。
    最後のポイントを決めた瞬間、平等院くんは大きくガッツポーズをすることもなく、ラケットを軽く下げてネットへ歩み寄った。

    ♢
    今日の試合がすべて終わった。
    せっかく誘ってもらって応援に来たのだから、一言くらいは声をかけたいと思って、本部の横の木陰でひとり待っていた。
    全国大会の会場は、人も音も多い。応援の声がまだ空気に残っているようで、どこか非日常の熱気が漂っていた。
    牧ノ藤テニス部の選手達が集まって、試合後のミーティングが始まる。コーチの声はよく通るけれど、話は長くて、結局なにを話しているのかまでは聞き取れない。ちらりと見た平等院くんは、視線をどこか遠くに投げていて、もう全く聞いていないように見えた。
    やっと解散の声がかかる。
    声をかけようと一歩踏み出した瞬間、先に彼の方から声が飛んできた。
    「……腹減った。ついてくるか?」
    唐突で、少し驚いてしまう。
    「いいの? みんなと帰るんじゃ」
    「知らねぇ」
    彼は顔に垂れる汗をタオルで乱暴に拭いながら歩き出してしまった。置いていかれないように慌てて追いかける。足音が硬いアスファルトに軽く跳ねる。

    会場から数分歩いた先のファミレス。
    ドアが開くと、外の熱気から一転、冷房の効いた空気が頬を撫でた。席に着くと、彼はすぐにメニューを開き、迷いなく頼むものを選んだ。
    私はどうしようかな。正直に言うと、そこまでお腹が空いていない。胸の奥がまだ試合の余韻で熱くて、別の気持ちで満たされているから。
    悩んでいるのが伝わったのだろう。顔を上げた彼と視線がぶつかった。
    「まだ悩んでんのか」
    「ん〜……1人前食べられる気がしなくて。少なめにしようかな〜って」
    「残ったら俺が食う。好きなもん頼め」
    淡々とした一言。顔を上げると、彼はいつものぶっきらぼうな顔。
    「……じゃあ、オムライス。食べられる?」
    「食える。なんでも」
    「ありがとう」
    ふっと笑みがこぼれる。注文を終えて、少し肩の力が抜けた。
    「たくさん食べるんだね? いつもお弁当足りてるの?」
    ふと思い出す。昼休みのお弁当はそこまで大きなサイズじゃない。
    「昼に食べてんのは2個目だからな」
    「そうなの!? すごい……」
    クラスでも早弁する子はいるし、運動部の男の子はこれくらい普通なんだろう。食費が大変そうだ。
    料理が次々にテーブルに運ばれてくる。
    こうやって向かい合って座って、同じテーブルで食べるのはなんだか、不思議な気分だ。
    「なんか……デートみたいで嬉しい」
    ぽろっと出た本音に、平等院くんは少し目を細めて、
    「……でーと……?」
    とまるで知らない単語を初めて口にしたみたいに、低くゆっくり言った。今のは、絶対にひらがなだった。
    「デート、知らない?」
    「いや」
    即答。でも、視線が逸れていく。サラダのミニトマトをフォークで無意味に転がしながら、考えているような沈黙。彼の頭の中を勝手に想像して、合ってるかはわからないけど伝えてみる。
    「付き合う前でもデートって言うんだよ」
    「……知っている」
    「じゃあ何その言い方」
    「なんでもねぇ」
    短くそう言って、黙々と食べ始める。
    この話題はもう終わり、そう告げるように。
    私は話題を変えることにした。
    「今日の試合はどうだった?」
    彼はハンバーグを切りながら、低く答える。
    「初戦が良かった」
    「膝怪我しちゃった子?一方的な試合に見えたけど」
    「点差だけ見りゃそうかもな。ボディ狙いで返しにくい打球ばかりだ。デケェ声で叫ぶから技の名前は聞き取れなかったが」
    きっと強い人ほど、相手の良いところをちゃんと見つけられるのだろう。
    「もう少し戦いたかった」
    短く落ちたその言葉に、あぁ、と腑に落ちた。あの舌打ちは、相手が実力の全てで戦えなくなった状況への不満だったのか。
    相手への賞賛というよりは、自分の糧にするような言い回し。圧倒的な試合展開でも油断も慢心もなく、冷静に次に繋がる材料を探し続ける。その姿に、思わず息をのんだ。この人は、ただ強いだけじゃない。もっと先を見てるんだ。
    「お前はどうだった」
    不意に問いかけられた。
    「楽しかった!テニスの凄さと面白さがちょっとわかった気がする!」
    「……そうか」
    ほんの一瞬、口角がわずかに上がった気がした。
    「あと、平等院くんが1番かっこよかった!」
    「……俺が1番強ぇからな」
    「うん。それはそうなんだけどね?」
    笑いながら、言葉を選んで続ける。
    「でも……平等院くんがかっこいい理由って、ただテニスが強いからだけじゃないの。今日見てて思った」
    その瞬間、彼の箸が止まった。視線が、ゆっくりとこちらに向く。声はない。ただ射抜くようなまなざしが、テーブル越しにまっすぐぶつかってくる。鼓動が、少し早くなる。言葉を探したけど、上手く伝えられる自信はなかった。
    沈黙のまま、視線だけが絡んで――
    耐えきれなくなって、私は誤魔化すように口を開いた。
    「お腹いっぱいになっちゃったから、食べてくれる?」
    オムライスの皿をそっと彼の方へ押し出す。
    彼は「あぁ」とだけ返して、黙々と食べ始めた。スプーンの銀の先が皿の端を軽く叩く音だけが妙に耳に残る。
    彼は〝どういう意味だ〟とは聞かなかった。私が彼を見ている事だけは、きっと伝わったのだと思う。

    食事を終え、外に出るとすっかり陽が落ちていて、夜風が気持ちいい。隣に並んで歩いていると、あっという間に駅に着いてしまった。
    「送ってやる」
    「え、いいよ、平等院くん遠回りになっちゃうし」
    前に住んでる場所を聞いた。この駅からは反対方向だ。
    「デートなら、男が女を家まで送り届けるもんだろ」
    今のはちゃんとカタカナだった。そしてちょっとドヤ顔してる気がする。可愛い。彼の中でもこれを〝デート〟にしてくれるんだ。
    「……じゃあ、送ってもらおうかな〜」
    会話は多くはない。それでも、一緒の帰り道は楽しくて心地良くて、今年の夏の1番の思い出になった。
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