きみがほしい きみだけがほしい⊹ ࣪˖ ┈┈ ˖ ࣪⊹ ┈┈⊹ ࣪˖ ┈┈˖ ࣪⊹ ┈┈ ˖ ࣪⊹ ┈┈⊹ ࣪˖
〜長すぎる説明〜
♡現代if。冒頭カカシ中1、オビト中2。そのシーンの次は1年後です
♡輪廻眼が入っていたことのあるうちは一族が、過去の開眼時期に写輪眼を開眼してしまうという設定です。突飛!(写輪眼→輪廻眼でアプデ扱いなら、現代ifでバージョンダウンするかもと思い)
♡チャクラ見えても使えませんので、ただ写輪眼が収められない状態と変わりません。例えば幻術とか専用の特訓しないとかけられません
♡矢印が多くてどろねちょな話なので自分でも判断しづらいんですが、ハピエンとメリバの間のような感じです。バッドエンドでもなく、大団円でもないです
♡カカシくんがオビトのことしか考えてなくて、強引である意味注意です
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オビトの右半身の、大部分の皮膚の色は白く抜けている。加えて、オビトの向かって顔の左側には螺旋のような傷跡があった。生まれてからずっとらしい。
だがオビトはそれをコンプレックスに思ったり卑屈になることはなったりすることはなく、隠そうという素振りも見せることはなかった。常に明るく、カカシにもリンにも太陽のような笑顔を見せていた。涙もろく、一直線で、困った人を見たら走らずにはいられない。そんな性格だった。
彼の左目が隠されるようになったのは、カカシが小学校六年生となり、オビトが中学に上がった年からだった。
学年の違いで気づくのが遅れたけれど、会うたび会うたびオビトの左目には白い眼帯が居座っていた。
ずっと疑問に思っていたが、眼帯について聞けば、オビトは溌剌とした様子を変えずに「ものもらいだって!」とか「偶々怪我したんだ」と言って流した。オビトはリンにも軽くしか説明していないようで、その理由について、カカシはずっとはぐらかされ続けたままだった。
カカシが中学に入学して、半年ほど経ったとある日。
テスト期間だから一緒に帰れるだろうと、オビトの教室に迎えに行ったことがあった。もういずれあたりが赤く染まるだろうという時間。どの教室のカーテンも、夕陽を一身に受けて橙色の光を透かしていた。
廊下にいるカカシとは反対、オビトは窓際の席に腰掛けていた。この教室はカーテンを全て閉じていたので、それなりに暗かったが、薄いカーテンが夕陽を柔らかく通してオビトの手元を照らしていた。
オビト、一緒に帰ろ。
そう言おうと一歩踏み出した瞬間、見つけてしまった。オビトの机には紐の切れた眼帯が放られていた。ぎょっとしてオビトの目元を確認すると、影が落ちた教室でも、オビトの左目に白い眼帯がないのが見えた。
オビトは片方の瞼を閉じて、新品の眼帯の小袋を持っている。
──外してる……!
眼帯をつけていないオビトを見たのは、小学生以来だった。
ごくりと息を呑む。悟られてはいけないと思って、身体を扉で隠した。こっそりと教室内を覗く。
オビトは右目だけを開けて、新しい眼帯の封を開けようとしていた。片目ではパウチが開けにくいのか苦戦している。そして、一瞬だけ、オビトの左目が開かれた。
夕暮れ時。薄暗くなっていく世界の中で、その色はハッキリと見えた。
オビトの左目は、水面に赤黒い絵の具を一滴落としたような色をしていた。昔は両目とも黒かったはずなのに、充血したとも違う、正に未知の宝石をはめ込んだような赤い瞳に変わっていた。
信じられなくて、カカシは覗き込むのをやめて、緩慢な動きで扉に背中を預けた。
今見たものは幻ではなかった。白昼夢なんかでもない。夕焼けに薄皮一枚の影を落とした教室で、オビトの左目は確かに、ライターの火よりも、夕陽そのものよりも、赤く燃えていた。そんな色をしていた。
これまで見た何よりも美しかった。
未体験の動悸に襲われる。バクバクと跳ねる心音がうるさくて、マスクの上から口を押さえた。背が教室の扉に当たらないように気をつけつつ、ずるずるとしゃがみこんで、胸部分のシャツを握りしめる。
本当に、好きになってしまった。
◇ ◇ ◇
昔、この屋上は喫煙所として使われていたらしい。バス停からひったくってきたようなベンチの座り心地は悪い。少し足を動かすだけで金具部分が軋むが、このベンチは二人分の体重を支えてくれていた。
九月半ばを過ぎているのに、昼休みの時間帯の日差しは鋭い。トンボが飛び始めても、半袖のカッターシャツはまだまだ現役だ。
じんわりと暑いけれど汗を垂らすほどではない気温の中、カカシとオビトはベンチに腰掛けていた。台風明けの風が肌に馴染む。陽に当たる身体を冷やすためにアイスを頬張ると、ソーダ味の氷が口の中で溶けていった。
「オビトってさぁ、ずっと眼帯してるよね」
「……お前だってずっとマスクだろ」
オビトは鬱陶しそうな顔をしてアイスを咥えた。しゃくっと爽やかな音が聞こえる。
「オレは飯のときは外してるし。今も取ってる」
カカシの右手に座る、オビトの左目には眼帯が巻きついている。オビトの眼帯とシャツの白が眩しい。よく見れば、シャツの下の、黒い半袖インナーが透けていた。
いつもは白なのに今日は黒なんだ。と内心思ったが、どうせ洗濯が間に合わなかったからとかそういうことだろう。予想でしかないが。
昔は会話内容が尽きても何かと話が止まらなかったのに、今ではそういう細かいことは尚の事話さなくなってしまっていた。もうオビトやリンと一緒に帰らなくなってしばらく経つ。部活も学年も違うから、テスト期間くらいしか一緒にいる時間がないのだ。
それでも、想いは変わらない。
オビトのことが好きだった。と同時に焦ってもいた。オビトは中学三年生で、進路を決める時期でもある。リンと同じ高校に行くと気合を入れていたのはいい。それもオビトの可愛い側面だと思って、複雑な心境ながら微笑ましく感じていた。
しかし、つい先日、事件が起こった。オビトとリンが催してくれた誕生日会のときのことである。
『カカシに言うタイミングが無かったんだけどさ。オレ、高校はジジイんとこに居候しにいかないといけなくなって……お前が知らない高校だと思う。結構遠く』
転居は決定で、一緒にいられる時間はあと半年程だと、オビトから告げられた。そもそも学年が違うから、一緒にいられる時間は短いというのに。これは恋を自覚したカカシにとって、何よりの悲報だった。聞いた直後は、背骨に雷が落とされて時が止まったと錯覚したほどだ。それほどの大・大・大事件だった。
「で! お願いってなんだよ」
オビトがぱくぱくとアイスを食べ進めて、話を急かす。
誕生日会で、プレゼントを持ってくるのを忘れたオビトは、カカシへ『何でも言うこと聞いてやるから!』と言っていた。転居の報告を聞き、魂が抜けた情けない幼馴染の姿を見て申し訳なく思ったのかもしれない。一生の恥である。
とにかく、今日、カカシがオビトを昼休みの屋上に呼び出したのはこのことがあったからだ。
片想い相手が遠くに行ってしまう。たった一歳の年齢差さえ障害のように感じていたのに、高校生活の数年をオビトと一緒に過ごすことができないのは受け入れられなかった。
屋上の地面には、干上がった水溜まりの跡が円形に残っていた。それを見ながら、カカシはオビトにぽつりと尋ねた。
「何でもお願いきいてくれるのって、ホント?」
「まぁな。五千円……いや二千円以内で」
「そういうのはいいから。高校、学区のとこに戻せないの」
「オレもそうしてぇよ、二千円で。でも無理なもんは無理。元々は二年前に行ってなきゃいけなかったのを伸ばしてもらってて……カカシにはもっと早く言っとけば良かったって思ってるよ」
二年前に居候しなければならなかったという話は初耳だったが、オビトの答えはおおよそ予想通りだった。
彼自身も、地元と言えるこの場所から離れたくないことは知っていた。子供の力ではどうにもならないのだ。これはただの確認で、カカシはそんなことを〝なんでも〟の願いにするつもりは毛頭なかった。
「それ以外の頼みは?」
「絶対断らない?」
「なるべく。でも変なことは──」
「じゃあ、眼帯の下見せて」
アイスを頬張ろうとしていたオビトが静止する。
一年前、オビトの左目を偶然に見てから、ずっと考えていたことだった。秘密を明かせと強いたいわけではなかったものの、それを知っている唯一になってみたいと思い始めたら、そのことしか考えられなくなっていた。あの赤く美しい瞳を知っているのは自分だけ。
でもそれはオビトが気づいていないことだ。一年前に勝手に盗み見ただけで、オビトの中では秘密のまま変わらない。ただそれを、どうにか共有してみたかった。
「それ、取って。左目の眼帯」
カカシが繰り返すと、オビトは少し考えてから最後の一口を食べた。
カカシの持っているアイスが溶け始めている。それよりもオビトの反応が気になった。垂らすように持ったアイスの先端からぽたぽたと水滴が落ち出す。オビトはカカシが持つアイスをちらと見てから怠そうに座り直した。背もたれに体重がかかり、金属のベンチがぎぃっと鳴く。
「眼帯取るのは無理だって」
「お願いは何でもいいって言っただろ。オレ、誕生日プレゼントはそれがいいんだけど」
「いやー……厳しいわ。ってかそれ、食わないなら食うけど」
オビトがカカシのアイスを指差した。無言で差し出して、二本目のアイスがオビトの口に消えていくのを眺めた。
欲しいものは、特別だった。想いを寄せているオビトと、特別な何かで結ばれたかった。正体は何でも良くて、秘密の共有でも、二人しか持っていない思い出を作ることでも、何でも良かった。ただ二人しか持っていない確かなものが欲しかった。
報われたいというより、焦っていると言ったほうが正しいだろう。オビトは半年後遠くに行ってしまう。だから、『この目について知っているのはカカシだけ』だと思って欲しかった。
カカシは自らの膝に肘をのせて前屈みになって、そのまま隣のオビトに顔を向けた。軽く隻眼を覗き込むようにして訴える。
「なんで? 中一から急に着け始めて、ものもらいとか怪我とか言ってたけど、嘘なんでしょ。別に何かあっても笑うわけじゃない。見たいって言うのはそんなにだめ?」
「そう睨むなよ……わかったわかった。お前が言ったとおり、怪我してたり病気したりするわけじゃない。ただ見せらんねぇんだ。それだけだって」
喋りながらアイスを食べきったオビトが「こっちもはずれじゃん」と呟く。左目の話題だからか、オビトはいつもよりおちゃらけていない。少しばかり慎重な面持ちだ。それでも一つ内側に入りたくて、カカシは言葉を続けた。
「……でも見たい」
「だめだって。他の頼みにしろ!」
「なんで。嫌なの」
「……むしろそっちの方が今更だろうが」
「今更かもしんないけど気になった」
「あーもうッ! ダメだって言われてんだってオレも!」
──『ダメだって言われている』?
投げやりになりかけているオビトの言葉に、思考が素早く動き出す。オビトが自分で隠しているのではなくて、誰かに外すなと言われて眼帯を付けている。カカシはすぐに答えに辿り着いて、前屈みになっていた姿勢を戻した。
どういうことか問い詰めようと、オビトと同じように背もたれに体重をかけた瞬間。ベンチは二人を乗せたまま、背もたれ側へとひっくり返った。ベンチの足が屋上の床と擦れて、ギコッと歪な音を出す。転倒する寸前、カカシはオビトの後頭部に腕を差し込み、オビトの首元に倒れ込んだ。
「いッ……あれ?」
オビトが右目をぎゅっと瞑っている。倒れた瞬間に足を上げてしまっていたようで、オビトは背もたれ部分に寝転ぶような体勢になっていた。カカシはオビトの上にゆったりと乗り直し、その目が開かれるのを、真上から見つめた。
「バーカ」
「んだと……! ……ッチ、でも助かった。ぼろベンチなのにちょっと体重かけすぎたな……」
太陽が真上より傾いていたせいで、オビトの顔はベンチの影で覆われていた。あの時と同じだ。あの日秘密を覗き見た教室も、こんな風にオビトの顔を薄暗くしていた。
オビトがぐっと身体を起こそうとしたので、その肩を床に押しつけてやった。「えっ」という戸惑いの声と、ベンチの軋む音が重なる。
傷跡のある方の目がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
影がかかっていないのに暗い顔で見下ろすカカシに、オビトも異変を感じていた。
「カカシ?」
「ねぇ、誰に眼帯を外すなって言われてるの」
「あっ……い、いや、別に」
「誰。言って」
「……親戚だって。カカシが知らない奴」
改めて言われると、オビトが他人に、自らに近い場所を明け渡しているような気がしてしまう。親戚だとしても、自分宛に明らかにされなかったオビトの秘密を知っている人間がいる。羨ましくて、腹立たしくて仕方が無い。感情に流されていることにも気づかずに、カカシはオビトを睨み下げていた。
もしかしたら、居候すると言っていた場所の家の者がそうなのかもしれない。本来は二年前から行かないといけなかったとオビトは言っていた。間違った憶測ではないだろう。
「オレが知らない人? へぇ」
その色の秘密をオレが知っていることを、オビトは知らない。でもオレだって、それの場所に立つ権利はあるはずだ。そうだろう。
オビトから言って欲しいことだった。お前にだけなら教えてやるよと。しかしそんなことは無理なのだ。現実、オビトは卒業半年前になってやっと引っ越すことを告げた。二年前から兆しはあったというのにもかかわらず。あの様子では、もし自分が何もしなければ、ただ離れていくだけでしかないだろう。
もう時間はなかった。
渦巻いた嫉妬が、カカシの指先まで支配していく。
「おい……?」
カカシはすんと表情を戻して、オビトの両腕を頭上に固定した。
「あ!?」
開いた手でオビトの眼帯の下に指先を滑らせる。簡単なことだった。大した力を入れなくても、その紐はぷちっと小さな音を立てて千切れた。壊れた眼帯は適当にポケットに突っ込んだ。
腕を捕まえられて、驚いたオビトは両方の目を見開いていた。眼帯を取ったのは刹那の出来事だ。オビトが目を閉じるより、カカシが、眼帯で隠されていた明眸を認める方が早かった。
血の色。花の色。宝石の色。具体名を上げてたとえても足りない。形容できないくらい、オビトの左目は、オビトは、美しい。
この両目が、今間違いなく、オレを見ている。
あの日は遠くて気づかなかったが、オビトの左の瞳孔は黒く細い線の円で囲まれていた。円上には、三つ巴に似た黒い模様が二つだけ乗っている。二つの黒い印が、瞳の赤さを引き立てているように見えた。
更なる美を感じて口角が上がる。新たな発見だ。屋上、地面の焼けた緑色と、カッターシャツの白に、オビトの黒髪に、右目の黒と、左目の赤。
永遠にも感じる時間だったが、実際には一秒にも満たない。それなのに、想像し得なかった満足感と、想い人の内側へ一歩入ることができたという実感があった。
秘密を共有した。家族以外でという留意が入るが、相手は、オレとだけ。
「ッ……!」
カカシが眼帯を千切った直後、外の明るさに眩んだオビトは、ぐっと目を閉じて、ベンチの影に顔を隠そうとした。
このまま解放するには勿体なくて、カカシはオビトの腕を掴んだままでいた。
幸福と表現するには澱んだ何かで満たされている。口角を下げることができない。アイスを食べているときからマスクを取ったままだったから、表情は全部バレてしまっている。相当興奮していておかしい顔をしているだろうに、隠す余裕もない。
開き直ったカカシは、愛おしそうに目尻を下げた。微笑んだままゆっくりとオビトに顔を近づけて、息がかかる距離で止まる。
「……」
「離ッ……お前、何考えてる?」
気配を察知したオビトが眉を顰めていた。両目で一度瞬きをして、思い出したかのように左目だけが閉じられる。やっぱり綺麗だ。
オビトはカカシの拘束を解こうと身を捩ったが、体重をかけることができるカカシの方が優位だった。逃げるのは難しいとわかり、オビトは右の瞳を彷徨わせて、じんわりと顔を近づけるカカシに視線を返していた。
「は、発情すんなよ?」
「してない。ちょっと確かめるだけ」
「確かめるって、何をだよ」
「味とか」
「は!? カカシ、やめろッ!」
カカシの、片方の指先がオビトの瞼に乗る。
オビトの瞳は飴玉のように見えたし、なんだか美味しそうに見えたのだ。きっと極上に違いない。
「止まれカカシ! 止まれーッ! 冷静に……!」
真下の瞼は力んで閉じていた。オビトは動かせる範囲で顔を背け、足をばたつかせたものの、カカシは上手くいなしてマウントを維持した。
どうにもならないと理解したオビトに、片目でキッと睨み付けられる。心底嫌そうなのがおもしろくて、そんな彼が好きな自分も、この気持ちまでもが笑い話のように思えた。
本当に笑い話になればいいが、もう事件を起こしてしまった後だ。
「わかったよ。ごめん、やり過ぎた」
ぱっと両腕を離して、オビトの上から退いてやる。傍らに座り、ハハハッと笑い飛ばした。清い恋はもう終わってしまった。それがおもしろかった。
まぁ、だからなんだという話だが。
──オレに好かれて、可哀想に。
抱いていた感情が色を変えたとしても、オビトへの感情を変えるつもりは、否、変えられるはずはなかった。
オビトの一つ内側に、自らの存在を組み込むことに成功した。秘密の共有として望んでいた、オビトが立ち入りを許さなかった場所に一歩踏み入ることができた。
しかし、それだけだ。まだ先は長い。先が見え始めたからこそ、より諦められなくなったとも言える。
「へ」
「本当に舐めるわけないでしょ」
いやマジで舐めるつもりだっただろ。
怪訝な表情のオビトはそんな風に言いたそうだった。
直後、昼休み終了を知らせる予鈴が鳴った。こんなギリギリの時間まで屋上にいたことはなかったので知らなかったことだが、こんな場所でも、チャイムの音は反響せずにハッキリと二人に届いた。
オビトがポケットから出した新しい眼帯のパウチは、カカシが開けてやった。
◇
ホームルームが終わり帰りの時刻となった。テスト期間に入るため、どの部活も現在は休みだ。
十六時の放課後、靴箱は生徒たちでごった返していた。その波に攫われぬように気をつけながら、オビトの短髪を目で追い続ける。急いで靴を履き替えて、走って生徒玄関を出た。
「着いてくんなッ! 死ね!」
「何言ってんの。テスト期間は一緒に帰ってたし、今日はリンがいないんだから、当然オレたちは二人で帰るでしょ」
「~~~~~ッ! どの面で言ってんだ!」
足早に校門を出ていくオビトを追う。どうせ家の方向は同じなのだから『着いてくんな』はおかしいだろう。オビトは怒りのままに、どすどすとコンクリートを踏み歩いていた。
オビトが隠していたものに、せっかく手を伸ばせたのだ。このチャンスを逃したくはなかった。
歩き続けると、周囲にいた生徒の数はすぐに減った。この住宅街の道にはもうカカシとオビトしかいない。周囲の人の気配に気を配りつつ、カカシは話し始めた。
「ねぇその目ってさぁ」
「もう目の話はしない!」
「目の色もだけど、そもそも見えてるの?」
「……」
「色素が抜けてるだけ? でも、模様みたいなのが見えたし違うか。それ痛むの? 薬とか飲んでる? 眼帯付け始めたのってオビトが中一のときだし、昔は違ったよね」
「……お前、いつもより喋るじゃん」
あまりの勢いに、速度を緩めたオビトがゆっくりと振り向く。カカシはオビトと並び歩いて話を続けた。
「話を逸らすなよ。お父さんとお母さんは普通だったか。あ、そういえば後輩のサスケって子も片目だけコンタクトしてたっけ。うちは姓なら、それも──」
言いかけて、カカシは前につんのめった。リュックに強い衝撃が走る。オビトに背中を蹴り飛ばされた。
「うぐッ」
「ホント、一旦黙れ」
大して痛くもなかったが、よろめいて足を数歩前に出した。隣で止まっていたオビトは、はぁと溜息をつき、わしゃわしゃと自身の頭を掻いた。「うーん」「あー……」と声を漏らしながら考えあぐねている。
「わかった。オレについてだけだったら教えてやるから。着いてこい」
先程とは反対に、オビトの後ろを着いて行く。辿り着いた先は幼い頃から知っている公園だった。自分たち以外には誰も居ない。
いつからか酔うようになって乗るのをやめたブランコがあった。オビトが一直線にブランコに座ったので、どこに立とうか迷って、ブランコ周りの柵に腰掛けた。オビトがリュックを背負ったまま、ゆらゆらと前後に揺れる。
「いいのかな……マジでオレ殺されんじゃねえかな……殺すならコイツを先に殺してくれよ、クソジジイ……」
オビトの小声に突っ込みそうになったものの、何か教えてくれそうな気配があったので小言を挟むのはやめた。
オビトが左目を赤くしたのは、予想していた通り、眼帯を着け始めた時期と一緒だった。
うちはの血を引く者は、ごくごく稀に瞳を赤くするのだそうだ。そしてそれは誰にも見られてはならないときつく言われている、とオビトは詳説した。見られるなと命令した人物も、カカシが推察した人物と同じ、〝ジジイ〟と呼ばれる親戚の男だった。実際は祖父ではないらしいのだが、夏休みに訪問した際に、左目の眼帯を軽んずると容赦ない拳が飛んできたと、気分が悪そうな顔をして言った。
説明を終えたオビトがブランコを大きく漕ぎ出す。
「まぁ大体ッ……そんくらいか? だから視力って意味では何も見えてない扱いになるけど、別の見え方で人の形は見える……みたいな感じッ」
「なんで秘密にしてたの」
ぐわん。大きく身体を曲げたオビトがブランコから飛び出す。柵に座るカカシの真横にやって来て、耳元で内緒話の如く囁いた。
「教えられたのは……『ほぼあり得ないが、聞かれたら困る相手が世界にまだ居る場合もある』かららしい」
言ってすぐにオビトはカカシの肩から離れ、同じように柵に腰かけた。ビシっと指を差される。
「もしバレたときは、オレが誰に言ったかチクらなくても、ジジイに特定されてお前は死ぬ!」
オビトの小声の感触が首筋に残っていた。マスクをしていなければ、染まっている頬が見られていただろう。感情の揺れを隠しながら、ふんと強がる。
「死なないし! そいつの話はもうわかったから! ……オレが聞きたいのは、オレたちにも秘密にする必要があったかってコト」
「……お前とか、リンに知られたくなかったんだよ」
「別に言いふらしたりしないけど」
「まぁ、そうだな……」
オビトが口ごもる。目を離さないでいると、迫られているように感じたのか、居心地悪そうに顔を反らされた。
「じゃあなんで?」
「なんでって、……」
彼の視線の先は、きこきこと揺れている乗客のいないブランコだった。視線を遮るよう前に立ち、真正面から目を合わせれば、オビトはくっと眉を寄せてからまた目を逸らした。
「ちゃんと言って」
「……普通に考えて、キモいだろ」
「は?」
「どう見てもキモいだろッ……! さっきだってお前、変に見えたから舐めようとしたんだろうが! オレだって初めて鏡を見たときは『気持ち悪』って叫んだし!」
オビトは顔を反らしたまま、吐き出すように言った。ぐっと拳を握り込んでいるのは、ずっと悩み続けていた本音を吐露したからか。歪んだその顔に、本心で自身の片目を異物だと思っているのだと痛感させられる。
むしろ正反対のことを考えて、持ってはいけないものまで抱いたというのに。
カカシの内に靄が蔓延る。生まれ出でた衝動が怒りとしか捉えられなくて、抗うように声を荒立てていた。
「そんなこと思ったって、オレがいつ言った!?」
感情のままにオビトの腕を捕まえる。すぐさま振り抜こうとされたが、ぐっと力を入れて逃さなかった。腕を離そうとしないカカシの様子に、オビトは嘘をつけと言わんばかりに喉を震わせていた。目元にも口元にもぎゅっと力が入っていて、次の瞬間には泣き出してしまいそうに見える。
「あぁもうッ! ただでさえ身体の半分が普通じゃないのに、もっと気持ち悪いと思われたら嫌だったんだ! こうなったばっかのときは特にそう思ってた! 違うって、そうはならないって、思おうとしても万が一があるだろ! もしも怖がられたらって思うと……でもやっぱりそうだった!」
長年堰き止めていたものが雪崩を起こしたかのような心の叫びだった。
そんなことは思ってない! と同じ声色で返しそうになる。寸前で我慢して、困惑気味に激昂しているオビトと同じ温度で返さないよう言葉を飲み込んだ。
二人の胸の前に、カカシが掴んでいるオビトの右腕がある。オビトの右腕は真っ白で、地肌の色味を残している部分はほとんどない。カカシが握っている前腕なんかは特にそうだった。
稀有だから目に近づいたわけじゃない。ただ、好きで我慢ができなかっただけだ。
オビトの肌の、カカシが握っている箇所の周りが赤くなっている。強く掴みすぎたと今更思って、力を緩めると、オビトはその隙を突いて腕を引き抜いた。
──あ、逃げられてしまう。誤解されたまま。
引き留めなければ。
そう思って下げていた視線を上げた瞬間。オビトはカカシを突き飛ばした。
「離れろよッ!」
ズシャッと尻もちをつく。身体を支えた後ろ手が砂に擦れてひりついた。
「ッ……オビト。オレは変だとかは全く思ってない。むしろ、」
「明日からもう無理してつるまなくていい! 昔から想像してたことだし、オレは全く寂しくねぇ! どうせ残り半年だ!」
「どうしてそうなる! できるならずっと一緒にいたいって思ってるよオレは!」
「そんなことありえねぇっつってんだよ! もう黙れ……ッ!」
手に付いた砂を簡単に落として立ち上がると、来るなと言わんばかりにキッと睨まれた。オビトの右目から一滴の涙が落ちる。オビトはカカシの手の跡が残る腕で乱雑に拭い、リュックをからい直した。
「……カカシも、気をつけて帰れよ」
ブランコ前の柵を避けて、歩き去っていく。嘘だろ。そう思うのに、砂利の引っ付いた両の手の平が痛くて、現実に引き戻される。
綺麗だと思っていたし、好きだ。惹かれている。だから無理矢理、秘密の内側に入った。けれど、オビトはあの瞳を受け入れる人間がいるわけがないと思い込んでいて、カカシの言葉は全てでまかせに聞こえている。
どうしてそうなるのかわからなくて、一歩ずつ遠のいていくオビトの背を見ていた。くっ、とマスクの中で唇を強く噛む。
──何で帰るんだよ何でオレから離れるんだよ!
──お前の中のオレはそんなもんなのか!?
引っ越しにしろ、今回にしろ。オビトは簡単にカカシと関わらないという選択をとる。それが残酷なことをオビトは知らない。そんなことを受け入れてやるほど、カカシは優しくなかった。だから、可哀想なのだ。
オレに好かれてしまって。
「リンに……言ってもいいの」
言ってはならないことだとしても、捕まえられるなら、留めておけるなら。
声は張らなかったが、ちゃんと耳に届いたようで、オビトは不可解な面持ちで振り返った。
「……は?」
「その目のこと。居候しにいくことは置いといて、誰かさんが隣にいないなら、リンに要らないこと言っちゃうかもね」
「……」
「リンって優しいから、お前の目のことは言葉では受け入れてくれるだろうけど、内心怖いって思うかも」
──リンはそんな奴じゃない。
数メートル離れたオビトは、きゅっと口を結んで、どこか下方を見ながら瞳を揺らしていた。
最低なことを言っている。オビトを離さないために、酷い嘘をついている。オビトが嫌われるかもしれないと怯えていたのを利用して、心の弱い部分にナイフを刺しながら縛っている。そんな気分だった。
問いかけながら、こちらを向いて立ち止まっているオビトの元へ歩き寄る。
「オビトが想像するリンって笑顔でしょ? でもそのリンの顔をもっとよく見てみろよ。想像の中のリン、お前のことを怖がって、ぎこちない作り笑いになってない? なってるでしょ。ね?」
「……」
「そしたらオビトは完全に一人だ。他の友達に見捨てられるのとは違う。お前の〝一番〟のリンに見捨てられるってどういうことか、わかるだろ」
もうオビトは目の前にいる。涙で瞳が揺れているのと思っていたが、近づいて見れば、オビトの黒く丸い瞳そのものが震えていた。
怖いのだろう。昔から目で追っていた人間に拒否されるのが。それを想像してこなかったオビトではないはずだ。だからカカシが提示するだけで、自身が切り捨てられる未来を脳裏に描けてしまう。可能性が低い未来でも、簡単に。
オビトは俯いていた。肩がカタカタと震えているから、そうなったらどうしよう、どうしよう、と困惑しているのが手に取るようにわかる。悪い未来を想像して、眉間には皺が寄っていた。心なしか、血の気が引いているようにも見えた。
「だめ、だめだ……リンには、」
「だよね? だから連まなくていいなんて言うなよ。明日からも一緒に居てくれるなら言わないでいてあげるし。っていうかさ、オビトの目のこと気持ち悪いとか微塵も思わなかったから」
「……! いや、嘘はいい……」
「オビト、こっちおいで」
言ってもオビトは寄ってこなかったので、自ら一歩近づいて彼を抱きしめた。オビトの背後で交差させた腕で、両肩を擦る。
「むしろ大好きだから。全部ね、オビトの全部」
下げていた両手ごと、強く抱きしめられているオビトが呟く。
「普通は……普通はこんなの見たらキモいんだよ。お前はおかしい……」
「そう? どんなオビトでもオレはずっと大好きだよ」
「……」
「オレはおかしくないから。おかしいからこんなことするわけじゃない」
日の入りが早まった九月末。やり取りをしている内に夕方に入っていたようで、傾きかけた太陽が辺りを朱色に変えていった。
ぎゅっと抱きしめていた力を僅かに緩め、オビトの後頭部に手を添えた。鼻先が当たりそうな距離で、黒く艶めく右目に焦点を合わせる。オビトはまだ合点がいかなそうだったが、わかってもらうために思い付いた手段はこれだけだった。
「お前も、おかしくないよ」
マスクを下げて、目を閉じた。口を合わせて、唇だけでオビトの柔らかさを確かめる。薄く瞼を開けば、オビトは目を見開いていた。肩の震えは止まっている。
「ん……!?」
オビトが咄嗟に離れようとしたので、後頭部に添えていた手でおさえた。舌を伸ばしたものの、まだ中に入れるには早いだろうから、唇をひとなめだけして堪能したことにした。オビトの唇の端には傷跡がある。この段差と、かさついていた表皮と、オビトの味を楽しんで、解放する。
驚愕でへなへなと崩れ落ちたオビトの前にしゃがみこむ。「お前、お前……!」と口を押さえながら、夕陽と同じぐらい真っ赤になっているオビトが可愛い。こんなに赤くなっているのなら、もうわかってくれたと思っていいかもしれない。
今だって、連れて帰りたいくらいだった。舌だって入れたかったし、壁が近くにあったならオビトの身体を押し付けて、初めてを教えてやりたかった。
だが、とにかく、オビトの混迷を導くことはできた。クズよろしく嘯いて、引っ張って来ることができた。捕まえるため、傍らに留めておくため、放った縄の存在に、オビトはどこまで気づいているだろうか。
「わかった?」
眼帯の上に、わざとらしくリップ音を立ててキスをする。オビトは何度も頷いていた。
「わかった、わかったから……」
「暗くなるし帰ろ。話したいことあるし、オレの家で飯食っていかない?」
そう言って先に立ち、しゃがんでいたオビトの腕を引いて立たせた。考え込んでいたのか、幾分か暗い色に戻りかけていた彼に微笑むと、オビトはハッとして、頬から耳まで真っ赤にして頷いた。
「今日何もないから行ってやる。あと半年だし……特別な……!」
聞こえたたった二文字が、信じ難い。
もしかして。眼帯をし始めてから、誰の家にも行ってなかったのか。
濁流のような喜びで顔が崩れてしまいそうだったから、なんとかマスクを引き上げて隠した。オビトはムッとしていて、そう乗り気ではなさそうだったが、いいだろう。
両手がじんわりと痛むと思えば、尻もちをついたときの砂が若干残っていた。そして、目の前のオビトの肩にも砂粒が僅かに移っていた。
大きな砂を手の平を擦り合わせて落として、少しだけ残った砂粒を握りしめる。
オビトを汚してしまった。それも、最低な嘘と一緒に。
「特別、ね……」
でも、もう少しで手に入れられる。
高校生活は我慢してあげるから、卒業後に迎えに行くね。家に着いたらその話をしよう、どうやって受け入れてもらおうか。
そんな風に考えながら、カカシは目を細くして、鼻を啜るオビトを見つめた。オビトの奥、遠くの山に沈んでいく夕陽は、〝比べると〟大して綺麗ではなかった。
きみがほしい きみだけがほしい 了