ベッド・髪 憂鬱とした気分を必死に振り払い今日もベッドから起き上がる。ストレスであまり眠れなかった僕は見事に寝坊してしまい、洗顔と歯磨きを済ませるとすぐさま自宅を後にした。
会社に着くなり高身長で目立つあの人はすぐに僕の目に止まった。
「――部長! おはようございます!」
ピッコロ部長はそこにいるだけでいつだって僕の憂鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれるんだ。……あぁ、あの綺麗な手で頭を撫でて貰えたら今日一日頑張れるんだけどなぁ……なんてくらだらない妄想に浸っていると突如何かが頭に触れる。
「お前、なんなんだこの寝癖は」
……?
え……?
部長が、僕の頭を…………?
「聞いているのか?」
「……ぶ……ぶ、ぶぶ部長……? いったい……な……何を……」
部長のおっぱ……いや、部長の胸がすぐ近くに……。沸騰しそうなほど顔が熱くなっているのが自分でもわかる。
「だから、この寝癖はなんなんだと言っているんだ。 まったく、新人教育係がこんなだらしなくてどうする? 直してやるから少しじっといしていろ」
「え……いや……ちょ……部長!?」
「じっとしていろと言っているだろう」
人差し指をピッとした先にミストタイプの寝癖直しが突然現れると、何事もなかったかのように手に取り僕の髪にそれを振りかけた。部長は時々魔法のように無から何かを生み出す事があるから、多少のことにはもう驚くことはない。
――しかし、部長の細くしなやかな指が僕の髪の毛一本一本に触れるたびに心臓が飛び跳ねてしまう。
「あの……ぶちょ……まだ、ですか……」
頭から湯気が出そうなほどクラクラした脳を必死で動かす。
「よし、これで良いだろう」
じゃあな、と一言添えてその場を去ろうとする部長の腕を掴み無意識で引き留めてしまった。
「ま、待ってください……!」
仮にも片思いの相手に髪の毛を、頭を触られたんだ。健全な男子なら心臓が飛び跳ねるに決まっている。
「なんだ」
「……こういうこと、他の人にもしてるんですか?」
僕は何を言っているんだろう。考えるよりも先に言葉を紡いでしまう自分に呆れる。
「どういう意味だ?」
「だから、他の人にも寝癖直したり……頭触ったりするんですか!?」
腕を掴んだままの手に更に力が入る。きっと部長は痛みを感じているだろうけど、そんな事にすら頭が回らなかった。
「……そもそも寝癖をつけて出勤してくるような奴はお前くらいだと思うが?」
「……そうですね」
「……? よくわからんが腕、離してくれないか」
「僕以外に……」
「?」
「僕以外にこういう事しないって約束してくれますか!?」
まだ告白すらもしていないのに、こんな事を言ったところで気持ち悪がられるだけだろう……なんて心の中では冷静に思ってしまう。
「……?」
「約束してください!」
「何をそんなに必死になっているのかわからんが……わ、わかった…………」
必死すぎる僕にドン引きな部長の顔は、まだ僕も見たことのない表情で少しだけ得した気分になった。
そしてゆっくりと腕を離すとすぐに部長はその場から去ってしまった。
「…………頭……撫でられた……」
いや、寝癖を治してもらっただけなのだが……どう解釈しようが自分の勝手だ。僕は今日、間違いなく部長に頭を撫でられた。
それだけで今日一日幸せで……もっと、触れてほしいとさえ思ってしまった。
「今日は頭洗えないなぁ……」
end