【飯P】なにをすれば 駅前広場のベンチに腰掛けて、僕らは行き交う人々を眺めていた。晩春のそよ風は間延びして、午後の雑踏を殊更に穏やかなものに見せている。
「いっぱい買っちゃいましたね」
「花壇も鉢もたくさんある、まだ足りないくらいだ」
僕らの足元には、デンデに頼まれた花の苗と球根、それから種が、手提げ袋四つ分もある。見ている内にあれもこれもと手が伸びて、店を梯子し、思った以上に時間もかかってしまった。
メモにあった百日草は、ずいぶん迷った。「色は、二人の好きなものを」と書き添えてあったが、百日草の種だけで一つの棚が埋まっているほど、実にさまざまな色のものが置かれていた。
「これはどうだ?」
ピッコロさんが指したのは、濃いオレンジ、ピンク、黄色、白の花の写真の載ったパッケージだった。
「ちょっと……派手じゃないですか、神殿には」
「派手な方が、お前もデンデも喜ぶだろう?」
神殿に住むデンデだけでなく、僕の目線まで気にしてくれている……くすぐったくも嬉しく、結局その「はなまつり」と名付けられた種を二袋、購入した。
「手伝ってもらえて助かった。苗を売る店も、一人では分からなかったし……」
「お役に立ててよかったです」
買った水とコーヒーを、僕らはそれぞれに飲む。街中にピッコロさんと並んでいるのは、なんだか不思議な気がした。
広場には、こでまりの木が等間隔に植えられ、小さな白い花が、まさに手鞠のごとく集まって咲いていた。駅へ向かう男女は、肩を寄せ合って、あるいは手を繋いで、街路樹など気にも留めず通りすぎていく。
ビルに掲げられた街頭ビジョンに、旅行会社の広告が映し出されている。眩しく白い砂浜、涼しげな高原、テーマパークに、花火大会……これからの季節のデートスポットだ。
「行くか」
「そうですね。デンデに早く見せなきゃ」
ピッコロさんが立ち上がるので、僕もそれに倣う。苗と球根の入った手提げ袋は、今日が充実していたことを示すように重かった。
買ってきたものを渡すと、デンデは予想以上に喜んだのち「お茶を淹れる」と奥に引っ込んでしまった。僕は手持ち無沙汰になり、地上を見下ろしているピッコロさんに並ぶ。
「疲れたんじゃないですか、人混みで」
「少しな」
晴れた空は色を濃くして、季節が変わりかけていると感じさせる。街頭ビジョンに映し出されていた、夏のリゾート地を思い出した。あんなに華やかな場所ではなく、ホームセンターと花屋を見て回っただけだ。それでも、神殿や山野ではないところでピッコロさんに会うのは、なんとも気分の高揚する時間だった。
「……ピッコロさん」
「なんだ?」
「今度は……おつかいじゃなくて、僕と……デート、してくれませんか」
漸く絞り出した言葉だった。目が合ったピッコロさんが口を開きかけて、閉ざす。なかなか返事がなく、瞳から感情が読み取れない。
沈黙に耐えかね、言葉を重ねようとしたその時、ピッコロさんが戸惑うように口を開いた。
「そんなことを言われると、困る」
困る……僕にとっては新鮮で楽しく、浮き足立つようなおつかいだったが、ピッコロさんにとっては、違ったのだろうか。落胆と脱力が、同時に脚を這い上がりはじめる。
途端、ピッコロさんは至極落ち着き払って、言った。
「おれは今日いちにち、そのつもりだったんだが……これ以上、なにをすればいいんだ?」
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
僕は顔を上げ、ピッコロさんを見つめる。涼しげな目が、確かに困ったように、午後おそい陽射しに揺れていた。僕は笑顔を抑えきれず、思わずピッコロさんの手をとる。
「デートの終わりには、今日は楽しかったねって、こうします」
ちょっと伸び上がって、頬に軽く口付ける。一瞬、驚いたようだったが、微笑んで同じように返してくれた。
「お買い物、楽しかったですか?」
「ああ、お前がいたからな」
何か言いたかったが、湧き上がる幸福感で上手く言葉が出なかった。
今日は遅くなってしまったから、買ってきた苗や種を植えるのは明日だろう。遅霜の不安もなく、植え付けにはいちばん良い時期だ。
二人で選んだ「はなまつり」を植えるのが楽しみで、僕はピッコロさんの手をぎゅっと握りしめた。