赤き王冠が描かれた旗は暴れ、街灯の火は吹き消され、木造の建造物が軋み音を立てている。吹き抜ける冷たい風に信者達は身震いし、作業の手を止めた。教団を取り囲む木々はざわめき、陰鬱な灰色の空を指す枝はしなり、あるいは強風に耐え切れず折れた。
楽園の終わりだ!バケモノの唸り声だ!信者たちの不安気な声が、各所で上がっている。
信仰を揺らがせる厄介な天候に、子羊はため息を付いた。空を覆う黒く厚い雲。信者のアレのように掃除できたらならば、どんなに良いだろうか!しかし、赤き王冠を長く長く変形させても、届くことはないだろう。
晴れる兆候はないだろうか。目を細め見渡しているとーー分厚い雲の隙間、赤い光が2つ。月でも太陽でもない。それは子羊を見下ろす、赤く巨大な双眸。
強張った顔に浮かぶのは、絶望と恐怖。旧き信仰の地、最後の神となった子羊が忘れかけていた感情だ。身が竦み、呼吸さえも覚束なくなる。震える足でなんとか後ずさったが、これ以上動かせそうにない。
赤い双眸は砂粒でも見るように目を細め、子羊を見据えている。次元が違う。視線が合っただけで本能的に理解できてしまった。築き上げてきた自信が急激に萎縮し、自分はちっぽけな子羊で、子羊は生贄たる獣で、弱者で被食者なのだと改めて突き付けられた気がした。
しばらく後、赤い双眸は興味を失ったのか視線を逸らし、雲に紛れ消えた。
極度の緊張から解放された子羊。無力な獲物のように怯えていただけだというのに、耐え難い疲労感を覚え、堪らず腰を下ろした。心臓はいまだ早鐘を打っている。
ふと、大粒の汗が浮かぶ額に何かが触れる。雨ではない。空から落ちてくるそれは、白く冷たいワタのようだ。
それは量を増してゆく。風に乗って激しさを増し、教団を無慈悲に白で染め上げる。海すら凍りつき、旧き信仰の地に冬が到来した。