知らない君 ハーレー・ソーヤーという男は気難しく、いつも不機嫌な顔をし、誰とも群れず、それでいてあらゆる教科のトップスコアを叩き出していた(ただし運動に関しては平均並みだ)。私レイス・ピエールにとってハーレーはまさに目の上のたんこぶ、と言ったような状態だった。今も昔も……。
ある年のこと、聞くところによると彼はプレイタイム社というおもちゃメーカーの創業者が企画したプログラムに応募し、見事に合格を得たという。後年に私がプレイタイム社に入社したのはこれがきっかけのように思う、腹立たしいことだが。彼のせいで私はいつも二番目だった。ハイスクールを卒業するまでそれは変わらなかった。私はずっと追い越せない背中を追っていた。
夏休みのある日、とても暑い日だった。道路は太陽に照らされ白く光っている。用事があってその日はわざわざそんな道を歩いていた気がする。汗を何度もぬぐっていたことは憶えている。
ふとずっと前の方に人影が見えた。二人歩いている。初老の男と自分と同じくらいの少年に見えた。親子だろうか。随分と仲がよさそうだ。自分と父親の関係を思うとにわかに信じがたい。母親とですら今やそこまで仲良く話すなんてことはない。その年齢特有の自尊心の高さのせいもあった。気恥ずかしいはずだ。だけど二人は仲睦まじい、という言葉が似合うような関係に見えた。どちらかが話せば相手は笑う。よっぽど楽しいのだろう。相手を信頼しているのだろう。相手を愛しているのだろう。
その少年がこちらに気づく。するとあんなにあたたかみのあった顔が一瞬で冷たく凍った。目を細め、アイスグリーンの瞳が刺すようにこちらを見ている。
「おや、もしかしてハーレー君のお友達かい」
知らない男性がそう私に尋ねる。
「エリオットさん、彼は僕の同級生です」
「そうか。だから随分と熱心にこちらを見ていたんだね」
男性は朗らかに笑う。そんなに自分が二人を見つめていたつもりはなかったので、なんともばつが悪い。
「はじめまして、エリオット·ルードヴィヒです。ハーレー君が参加してくれているプログラムの企画者です」
「存じてます。プレイタイム社の創業者でありCEOですよね。会えて光栄です、僕は……」
「エリオットさん、はやく行きましょう。学校の先生たちが待っています」
ハーレーは明らかに私が自己紹介するのを阻んだ。
「いやいや、ぜひハーレー君のお友達を紹介してくれ。今日、私は君のことを知るためにここに来たのだから」
ハーレーは笑う。でもぎこちなかった。
「彼はレイス・ピエールです。僕の次に学校で優秀な男ですよ」
なんて紹介の仕方だ。褒めてるようで貶してる!
しかしずっと背中を追っている相手から優秀と言われるのはなにかムズムズした感覚があった。
「なんと!それは素晴らしい。優秀な君が優秀と言うくらいだ。将来はぜひ我が社に来てもらいたい」
「エリオットさん!」
ハーレーは心底嫌そうな顔をしていた。しまった、という表情なのだろうか。エリオットははっはっはっと笑った。
それからなにか会話した気がするがもはや記憶にはない。
別れ際、ハーレーはまた凍った瞳で私を一瞥し、エリオットにその顔を向けるときにはまるで花が咲いたように微笑んでいた。
ハーレー・ソーヤーという男は扱いにくくて、仏頂面で、誰とも仲良くできない、孤独な奴のはずだ。なのに、あの二人はなんなのだろうか。ハーレーのあの顔も、声も、私は知らない。
光る道路の先に二人が消えていく。暑い日だった。太陽は容赦なくじりじりと熱してくる。そのはずなのに心臓はとても冷たく、重たかった。