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    『イドの中の蛸Anniversary』展示作品
    オンリー閉会に伴い、パスワード外しました。

    「きみの一等賞をちょうだい」
     イド→→→(←)アズ
     モブ→アズ有り
     没個性な監督生有り

    きみの一等賞をちょうだい 金色の髪を持つ男だった。
     アズールの恋人の話である。狡猾にして悪辣、されどとびきり賢く美しいかの商人のお眼鏡にかなったのは、一体どんな人物だろう。そう学園中がざわつくなか、挙げられるのはただ髪色ひとつであった。
     黄金。ヴィル・シェーンハイトのような眩いプラチナブロンドではない。その傍らのルーク・ハントのような華やぐカナリアイエローとも違う。たとえるなら、言いかけてとある生徒は口を噤んだ。所属する寮の理念に基づいた熟慮の結果であった。
     アズールの恋人は黄金を宿していた。暗がりでこそ映える静かなきらめきを持った黄金を。誰かの瞳を彷彿とさせるような美しい黄金を。


     恋人がいることによって得られるメリットは多い。恋の“こ”の字も知らずして、アズールが男の告白を受け入れたのは、慎重な損得勘定の結果であった。交際を始めて今日で一週間が経つが、今のところアズールの計算に狂いはない。どころか、目算以上の嬉しい利益がもたらされつつある。
     ラウンジの客足が伸びているのだ。渦中の恋人を一目見たいと好奇心に駆られる者、腑抜けたアズールの面を拝んでやると息巻く者、なかには怖いもの見たさでリーチ兄弟の様子を知りたくてと述べる不思議な人間もいたが、店にマドルを落としてくれるならアズールにとっては等しく歓迎すべきお客様である。
     ポイントカードの依頼も増えた。主に恋愛についての悩み相談が。彼らは魔法によるスマートな解決など望まない。ただ、甘く苦しい想いを共感してもらいたいのだと判で押したようにそう言う。哀れな人たち。たかが恋人ができたくらいでアズールの本質が変わるものか。今の君ならきっと解ってくれるだろうと、自身の秘密をぺらぺら打ち明けて、気付いた時にはもう遅い。デート前夜の乙女のように、期待に胸を膨らませた怪物がうっそりと微笑んでいる。

     そんなわけで近頃のアズールはずいぶんと機嫌がよかった。陸の人間に倣ってスキップとやらを試み、足がもつれて転びかけても楽しそうに笑っていた。意外と難しい。通りすがる生徒たちがぎょっとした顔でアズールを見るので、そつなく支えた恋人が傾いた体勢をそっと戻してくれた。こういうとき、両脇に二人いれば何事もない風でさっと歩き出せただろうに、一人というのは不便だなあとアズールは大変に失礼なことを思った。
     恋人が出来てからというものの、ジェイドとフロイドは校内でアズールに近づいて来なくなった。朝の登校も食堂でランチをとるのもバラバラ。らしくない遠慮である。配慮と言ってください、とジェイドの声が聞こえた気がした。アズールがオーバーブロットを引き起こしてから暫く、頑ななフジツボのように引っ付いて離れなかったのが嘘のようだ。フジツボじゃなくてウツボでぇす、とフロイドの抗議が頭をよぎる。傍にいないのにうるさい奴ら。

     大丈夫かい、と男が言うので、アズールはぱちりとひとつ瞬きをして、差し伸べられた手をとった。そして男に引かれるまま歩き出す。スキップはもう止めておいた。あとで練習しようと思う。
     前を行く恋人の髪が風に煽られ、さらさらとなびくのをアズールはただぼんやりと眺めた。薄情だが触れてみたいとは思わない。所詮その程度の慈しみだ。しかし男の髪色を見て、アズールは黄金に狂っていると口さがない者は噂する。契約書がすべて砂になって気が触れたんだと。ばかばかしい。美しいものを美しいと認めて何が悪い。
     アズールは男をこれっぽっちも愛していなかったが、海底で光るコインのような髪色だけでなく、穏やかで紳士的な性格についても非常に好ましく思っていた。今日だって、予定の無いアズールをあちこち連れ回す資格があるだろうに、向かう先は図書室なのだ。ラウンジのシフトが入っていない日の放課後は、貴重な予習の時間なのだとアズールが言ったことを覚えている。

     君におすすめしたい本があるんだ、と弾む声が言う。図書室まであと少し。廊下の先には部屋の名前が刻まれたプレートが掲げられている。アズールは本のタイトルを尋ねようとして、しかし、言葉と足をぴたりと止めた。見知った顔がこちらに向かってくる。だらしなく開いたシャツのボタン、右耳で揺れる三連のピアス、寝癖がそのままの髪に、気だるげに垂れた瞳。

    「フロイド?」

     アズールは駆け出した。手を繋いでいたこともすっかり忘れて、恋人と手袋を置き去りにした。黒革がするりと外れる様はまるで脱皮のようだった。白い裸の手がフロイドの頬に触れる。

    「お前、その目はどうしたんですか」

     真剣な顔つきで問いただすアズールにフロイドは平然と笑みを浮かべた。ゆるりと細められたその瞳は、右も左もオリーブ色に染まっている。

    「イメチェン。ね、似合ってる?」
    「ばか!」

     危機感のない回答へシンプルな罵倒が飛び出る。見事な手腕で塗り替えられた右目には黄金色の影もなかった。きっと色変え魔法を使ったのだろう。一年生で習う初歩的な術ではあるが、虹彩のように繊細な器官へ向けることを想定したものではない。最悪の場合、失明する可能性だってあるのだ。

    「似合う、似合わないの問題ではありません」
    「いひゃい」

     頬をつねられ、フロイドはわざとらしく鼻をぐすんと鳴らした。可愛い子ぶりっこ。日頃の物騒な振る舞いとのギャップに誰しも戦慄するそれが、アズールにだけは有効なことを彼はよく知っていた。

    「ほっぺちぎれたかも」
    「大げさな。なんともありませんよ」

     でも保健室には行きましょうね、とやさしい手つきが頬を撫でる。アズールの眼差しのすべてはフロイドに注がれていた。黄金ではない瞳だ。大事に抱えていた契約書の束、部屋に飾られたコイン、呆然と立ち尽くす恋人。黄金を好む海の魔女は、けれど今、黄金を持たないフロイドを見つめている。それだけが知りたかった。それだけで十分だった。そのための“イメチェン”である。

    「泣けちゃうね」
    「まさか、痛みがあるんですか」
    「うん、ずっとね。でももう平気」

     アズール。かわいくてひどくて、でもやっぱりかわいいアズール。眉をひそめてフロイドを案じる彼の手をとる。簡単にほどかれないように、指と指をぎゅっと絡めても嫌がる素振りはなかった。心に根差した寂しさが、やわらかく握り返してくる手のひらにほろほろと崩されていく。陸ではこれを“恋人繋ぎ”と呼ぶのだと、彼はきっとそんなことも知らないのだ。そんなことも知らないで男の告白を受け入れた。ジェイドとフロイドの気持ちを置き去りにして。アズールと離れていたこの一週間はずっと痛くて堪らなかったのだと言ったら、どんな顔をするだろうか。むやみに悲しませたい訳ではないから教えたりしないけど。

     放課後デートはこれにて中止。恋人に短く謝罪の言葉を口にしたあと、アズールが保健室に向かって歩き出したので、フロイドは上機嫌でそれに従った。いつもより急いた歩幅が愛おしい。フロイドのことを心配しているのだ。恋人と過ごす時間より、貴重な予習の時間より、ずっと優先するほどに。なんだかスキップでもしたい気分だ。手を繋いだアズールが転んでしまうかもしれないので、今はぐっと我慢する。

    「ばいばーい」

     遠ざかる男をちらと振り返り、フロイドはにぃやりと嗤った。今は黄金色のかがやきを失くした瞳がいやらしく歪む。アズール、別れの挨拶ができてえらいって褒めてくれないかな。くれないか。
     金色の髪ばかりが取り沙汰されるが、ウツボの目をすり抜けてアズールに近づいた強かな男であった。オーバーブロットをした後で、どこか不安定な精神に付け入りやがった。けれどこれでようやく身の程を弁えるだろう。握りしめられた男の拳のなかには、アズールの手袋がくたりと取り残されている。あれも後で回収しとこ、とフロイドは思った。男がアズールと再び会うための理由を残してはならない。

    「そうだ、保健室行く前にジェイドも拾ってやって」
    「ジェイドを? 何故ですか」
    「めっちゃ金色になってたから」
    「は? あいつ、何やってるんだ」

     アズールがぐしゃぐしゃと自分の頭をかき混ぜたので、フロイドはすかさず乱れた髪に手を伸ばした。眼鏡のフレームにかかった前髪をそっと除ければ、呆れた風な横顔の奥に不安の色が滲んでいるのが見える。また歩くスピードが少し速くなって、男の姿などもう黒い点でしかない。ご自慢の金色の髪も意味をなさないほど遠い距離。

    「オレとおんなじ色変え魔法かなあ。詳しく聞いてねーけど、髪も目もぴかぴかで超ウケた」
    「どうしてお前たちは少し目を離した間にそうなるんですか」

     目を離すからじゃん、とフロイドは真理を告げることはしなかった。もう終わったこと、そして二度と無いことだからだ。見た目だけはぴかぴかになっているしおしお状態のジェイドも、アズールの迎えがあればすぐに元気を取り戻すだろう。どんな土俵であれアズールのいちばんでありたいと望むいじらしい兄弟。大丈夫。黄金ではないフロイドだって選んでくれたアズールが、とびきり黄金になったジェイドを選ばぬ道理がない。


     アズールの恋人は黄金を宿していた。暗がりでこそ映える静かなきらめきを持った黄金を。誰かの瞳を彷彿とさせるような美しい黄金を。
     それって結局そういうことですよね、と監督生は苦笑いをこぼす。少しばかり聡い者なら誰でも気付くが口にはしない、明快な真実だった。偉大なるグレート・セブンの精神を継がないオンボロ寮の生徒はまったく怖いもの知らずである。
     しかしまあ、“それって結局そういうこと”であるので、噂が塗り変えられる未来は決して遠くなかった。曰く、アズールの恋人は金色の瞳を持つ男たちである、と。
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    hatamoto_tmt

    DONE『イドの中の蛸Anniversary』展示作品
    オンリー閉会に伴い、パスワード外しました。

    「きみの一等賞をちょうだい」
     イド→→→(←)アズ
     モブ→アズ有り
     没個性な監督生有り
    きみの一等賞をちょうだい 金色の髪を持つ男だった。
     アズールの恋人の話である。狡猾にして悪辣、されどとびきり賢く美しいかの商人のお眼鏡にかなったのは、一体どんな人物だろう。そう学園中がざわつくなか、挙げられるのはただ髪色ひとつであった。
     黄金。ヴィル・シェーンハイトのような眩いプラチナブロンドではない。その傍らのルーク・ハントのような華やぐカナリアイエローとも違う。たとえるなら、言いかけてとある生徒は口を噤んだ。所属する寮の理念に基づいた熟慮の結果であった。
     アズールの恋人は黄金を宿していた。暗がりでこそ映える静かなきらめきを持った黄金を。誰かの瞳を彷彿とさせるような美しい黄金を。


     恋人がいることによって得られるメリットは多い。恋の“こ”の字も知らずして、アズールが男の告白を受け入れたのは、慎重な損得勘定の結果であった。交際を始めて今日で一週間が経つが、今のところアズールの計算に狂いはない。どころか、目算以上の嬉しい利益がもたらされつつある。
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