二人を繋ぐ鍵(1/2)「おい聖、これどこだ」
「あー、それはキッチンに運んでくれる?」
その日、俺は何故か聖の引っ越しの手伝いをしていた。「一人じゃ持てないからちょっと手伝ってくれない?」と言われて頷いたのは自分なので途中でやめたりはしないが、それにしても。
「聖、テメーもちょっとぐらい持てよ。有罪」
玄関脇に積まれた段ボール箱と部屋の中を行ったり来たりして、既に汗ばむ俺とは逆に涼しい顔をしている聖に指を突きつける。聖は箱の中から取り出した食器類をキッチンのテーブルに置いて、薄く微笑んだ。
「えぇ? お前、そのために来てくれたんでしょ?」
「テメーの引っ越しだろーが」
「俺だって、お前の部屋片付けるの手伝っただろ〜? 俺的には、おあいこだって思うけど」
確かに、聖より一足先に新居へ入居できることになった俺の部屋の段ボールを粗方空けたのは聖だ。荷物を運んだ直後で雑然と段ボール箱が積まれたままの時にふらりとやってきた聖は「箱ありすぎじゃない? とりあえず開けたら?」と笑った。俺がテレビとレコーダーの線を繋いでいる間にも再び「俺お茶ぐらい飲みたいんだけど」とわがままを言うので、「なら勝手に開けてコップ探せ」とキッチンの段ボール箱を指差した。というか何だってまだ片付いていないこんな時に来たんだ、とぼやきながらテレビの裏から這い出ると、テーブルの上に食器が整頓されていた。
「食器棚に入れるのは自分でやった方がいいだろ。はい、これで全部」
勝手に開けろとは言ったが、人の荷物をよくもあそこまで遠慮なく漁れるものだと思う。その後もどんどんと箱の中身を仕分していく途中、俺が仕事で載った雑誌やら、卒業アルバムやらを見つけては嬉々として見ていたので、面白いものを探すついでに片付けてやっている、という感じではあったが。実際片付けは早く済んだので何も言わないでおく。今思えば自分の引っ越しをこうして手伝わせるための前払いに、あんなことしていたのかもしれない。
「適材適所って言葉知ってる?」
俺が何も言わないでいたら、やけに機嫌よく小馬鹿にしたような笑顔を向けてくるので、「知ってるに決まってんだろ」と睨み返してやる。
「なら、分かるだろ。こっちの方が効率いいって。次の箱はあっちの部屋ね〜」
ヘラヘラしつつも手は動いているようなので、大人しく従ってやることにした。
✳︎
「はぁー……」
結局、玄関脇の段ボールから始まり、部屋の隅に固められていた複数の棚をも指示された場所へ運び、更には「お前、器用でしょ」と小さな部品も渡されて、棚の固定や棚板の設置までした。
「おつかれ。ありがとね」
「うお」
流石に疲れて、最後に設置を終えた棚の前で座り込んでいたら、火照った腕にヒヤリとした何かが触れて驚いて振り返る。見るとそれは聖が手にしたペットボトルで、既に業者によって運び込まれていた冷蔵庫から出てきたようだった。
「おう」
どうやら今日の報酬らしいので、差し出されたお茶のボトルを受け取り、キャップを捻って中身を半分ほど減らした。聖は「いい飲みっぷり〜」とカラカラ笑っている。端から俺のことを思いっきり使う気でいて、こんなものを用意していたのだろう。随分満足げな聖が気に入らなくて、キャップを閉めながら視線を外す。一方で聖は、そんなこと気にもならないとでも言うように軽い調子で、話題を切り替えた。
「よく働いてくれたし、シャワー使ってってもいいよ」
正直、シャワーは浴びたかったが、着替えも何もない。どうせまた家で風呂に入るならと首を横に振った。
「あー、いい。家帰って入る」
「そ」
聖は大して気にする訳でもなく、軽く頷いて踵を返す。
「この部屋まだ電灯つけてないし、キッチンに来たら? ちょっとぐらい休んでいくだろ」
ひやりとしたフローリングが心地良くて特に何も考えずに座り込んだが、確かに硬くてケツが痛い。「そうだな」と答えて立ち上がった時に、一つ忘れ物に気付いた。
「これ、返すぜ。もう大物は片付いただろ」
ポケットに入れていたこの家の合鍵を聖に向かって突き出す。元々、重い物を持つというのが俺の役割で、それが終わったなら後は一人で勝手にやるだろう。少し休憩して、暗くなる頃には帰るつもりだし。
「あー、それ?」
しかし、振り向いた聖は一向にその鍵を受け取ろうとしない。意味ありげに薄ら笑いを浮かべてこちらを見るだけだ。
「あ? 何だよ」
首を傾げると、手ごと鍵をこちらに押し戻されて訳が分からなくなる。
「いいよ」
「はぁ?」
何に対しての「いい」なのか分からず、苛立った。「何が」と詰め寄ろうとしたら、逆に距離を詰められる。鍵を俺の手に握らせて、やけに穏やかに微笑んだ。
「廉が持ってな」
は、とこちらが何か言い返す前に、聖はさっさと俺から離れて行ってしまった。手の中に収められた鍵を見る。よく分からないが悪い気はしなかったので、素直に受け取ってやることにした。
「……おう」
頷いて鍵をまたポケットに仕舞うと、聖も満足そうに頷き返してきて「何かつまんでいく?」とキッチンに向かっていった。ポケットの鍵の重みに、今度は不思議とモヤリとしたものを感じて首を捻る。そんな俺を放置して冷蔵庫を覗いた聖の、「ウインナーとかしかないけど〜」という呑気な声が聞こえてきた。
終わる
「……廉? いらない?」
「……あ? ウインナー、無罪じゃねーか。ボイルして食う。鍋出せ」
「えぇ? 仕方ないなぁ」