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    小説投稿機能あったのか、ということで、過去に人魚姫企画(GW突発的お祭り覆面企画2022)で書いた短編小説を置いておきます。(2022年5月)

    あなたをすくいたいのです。 やんわりとした橙色の明かりが揺れ、重なり合う。
     夜の帷が降りた空には、無数のぼんぼりが浮いていた。

     橙色の明かりが照らすのは、揺れる飾り紐に、並ぶ笑顔のお面たち。お囃子の音が響き、風鈴はチリチリと鳴り、お好み焼きのソースの匂いがじゅわり。綿飴を紡ぐ機械が唸って、チープな鉄砲が汗ばむ手に握り締められる。

     何より、屋台に囲まれた道路には人、人、人。きゃらきゃらとした笑い声と、興奮したような息遣い。小さな指はあっちを差しこっちを差し、指先まで目いっぱい着飾った手もあれば、腕までいっぱいに屋台料理を抱えた手もある。

     誰もが微熱に当てられた中に、その少女はいた。

    「一目惚れぇ!?」
    「ちょ、わわわっ、しーっ! しーっ!!」

     ぽちゃん、と水が跳ねる。
     赤い装いの少女が、パタパタと両手を振った。

    「なになになに、とうとうヒメにも春が!?」
    「いや、その、えっと……」
    「いつ!? 言ってくれれば……」
    「ち、ち、違うの!」

     少女は熟れたリンゴのように頬を赤くして、もじもじと体を揺らす。

    「その、あの、ちょっと良いなって思っただけというか、異性として好きかはまだ分かんないっていうか……!」
    「それ絶対惚れてるやつ! それに、どっちにしてもこんなお祭りの中で、今逃したら一生会えないわよ! どこ!? どの子!? すくいにいきましょ!」
    「あわわわあわあわあ」

     少女の忙しない動きに合わせて、ぴょんとヒラヒラしたボリュームのある帯が跳ねた。

    「だっ大丈夫なの! ほら、あの子、あの子だから!」
    「あの子って……」

     顔を上げて視線を追うと、そこには一人の少年がいた。

     長いまつ毛の別嬪さん。刈り上げボブというのだろうか、サラサラの髪が風に揺れている。涼しげな目元、すっと通った鼻筋、シンプルなTシャツ姿で、それなのに妙に絵になる少年である。

    「……あの子?」
    「う、その、そうです……」

     しおしおと萎縮していく少女。
     それもそのはずだ。

    「人間じゃない」
    「うう……」

     ここは金魚掬いの屋台。
     少女は真っ赤な金魚だった。

     ーーーー

    「確かに、イケメンだけど……」
    「う……」
    「あ、女の子が差し入れしてる」
    「えっうそ!」
    「……王子って呼ばれてるわよ。人気者な人間なのね」
    「そ、れは、そうだと思う……」

     小さな金魚たちは、水槽の端まで寄って、わやわやと少年を眺めた。

    「優しい、人間だったよ。さっき、下駄の鼻緒、切れちゃったの、助けてくれて……」
    「ヒメ、外に出たわね?」
    「あう……」

     ピャッと飛び跳ねる金魚の少女。

     ヒメは、特別な金魚だ。
     人間の姿をとることができて、水の外でも短時間なら活動できる。とはいえそれ以外にできることはないのだが、それだけでも特別な金魚だった。

    「あの人にすくわれるには、どうしたらいいかなぁ……」
    「えー、それはやめときなさいよ。碌な扱いは受けないわ。どうせ、すくわれたとしても一夜限り。今はキラキラした顔で欲しがられるけど、その後は……下手すると死んだことにも気付かれないような扱い受けるのよ」

     別の金魚たちもそうよそうよと頷いた。
     お祭りの熱に浮かされて買われていった金魚たちの末路は、大体そんなものだ。……もちろん中には末長く大事にしてくれる人間もいるけれど。

    「……それでも私は、すくわれたいなぁ」
    「ヒメ……」
    「……金魚は嫌いって言われちゃったんだけど……」
    「最初から希望ないじゃない」
    「……」

     小さな金魚がぷいとそっぽを向いた。
     でも実際、金魚を名指しで嫌いと言われたら金魚の少女には手の打ちようがない。
     慰めるように金魚たちがヒレを揺らす。

    「まあいいじゃない、あんな男。ほら、つまらなそうな顔。こんなお祭りで、辛気臭いのよ」
    「それは、なんだか、悲しいことがあったみたい」
    「悲しいことがあったのにお祭りに来たの?」
    「お祭りは悲しいことがあっても来ていいと思うな」
    「う、それはそうね……」

     金魚の少女がチラチラと少年を見つつ、ぱくぱくと水面を食んだ。

    「自分は透明だって言ってたの。王子なんて持て囃されてるけど、みんな顔しか見てくれなくて、それを思い知りたいんだって」
    「めんどくさそうな男……よく分からないし」
    「お父さんが蒸発? しちゃったんだって。お母さんも死んじゃったし、友達もいない。人が多いお祭りで、歩いていればキラキラした顔で見られるけど、そっと海に落ちちゃえば誰にも気付かれないだろうって、言ってたの」
    「──は?」

     金魚掬いの屋台に一瞬空白が満ちる。

     そのとき、差し入れの女の子がいなくなったのを見計らって、少年は静かに立ち上がった。

    「え、ちょっと待って、言ってる側からふらふら歩き出したけど!」
    「あ、あわ、本当だ」

     ぽちゃぽちゃぽちゃっと金魚たちが跳ねる。

     道ゆく男の子が「ママー、金魚踊ってる」と指差し、傍らの女性も「でもお店は今お休み中みたい」と言った。実に和やかな一幕だ。しかし屋台の中はそう穏やかではいられない。

    「ちょ、あっち海よ! 今、夜だから海も真っ暗で、目撃されずに沈んだらマジで誰も……」
    「ど、どうしよう、人間は水の中で息できないのに」

     飛び跳ねる金魚に混じって、少女がぽちゃっと水槽から裏手に向かって飛び出した。
     そして、屋台の陰で人間の姿になる。赤い浴衣姿の小柄な少女だ。

    「私、ちょっと行ってくる」
    「ちょちょちょ、ダメよ! 金魚は淡水魚! 海に入ったら、喉が渇いて死んでしまうわよ! しょっぱい水の中では生きられないんだから!」
    「でも、少しだけ、少し泳ぐだけなら大丈夫。ね、行かせて、お願い」
    「ヒメ、」

     はしっと少女の腕が掴まれた。掴む手は、ぶるぶると震えている。

    「せっかくあのひっどい研究所から連れ出したのに、人間なんか助けてまた人間に捕まったら……!」
    「でも、救いたいの」

     強い声。
     赤みがかった金の瞳が、凛と見据える。

     暫しのち、押し負けたのは少女の腕を掴んだ金魚掬い屋台の店主だった。

    「……水槽に、綺麗な水を入れて待ってるわ。…………あと、一応タオルも」
    「ありがとう、研究員さん」
    「元よ、もと」

     ーーーー

     ──ぼちゃんっ。

     海は酷く暗くて、冷たかった。

     入水の瞬間こそドキドキしたけれど、腰まで浸かってしまって、ある程度沖の海底の段差で足を滑らせてしまえば、あとはあっけないものだ。

     水中って静かなイメージがあるのに、実際は意外と騒がしい。ガボガボゴボゴボと耳元で空気と水が擦れ合い、耳障りだ。直前に身を置いていたお祭りとそう変わらない。

     そっと目を開くと、意外と開くことができる。開いたところで、底のない暗闇しか見えないけれど。

     吸い込まれるようなしなやかな黒。時々泡が月明かりを弾く。この中に混ざって溶けてしまえるなら、それは素敵なことだろうと思った。

     でも、水死体って、どんなふうになるんだろう。
     持て囃されるこの顔が見るも無惨なことになったら、それはそれで気分がいい。

     お母さん似らしいこの顔が、少年はあんまり好きじゃない。
     お父さんはお母さんが死んでからおかしくなって、研究所に引き篭もるようになった。というかもともと、お母さんを通して別の何かを見ていたのだろう。お母さんが死んだのも、お父さんに愛されないっておかしくなっちゃったからだし。

     お父さんは、盗んだ研究員を探すって、そう言って蒸発した。

     いや、誰だよそれ。僕のことを見ててよ。

     ほら、もう僕、海に落ちちゃったんだけど。家には帰ってこないんだよ。気付かないかなぁ。気付かないだろうなぁ。
     学校にも特定の友達はいないから、学校に来なくなっても一日二日じゃ気付かれない。死体が上がって身元特定される方が先だろう。

     上がりたくない。
     誰でもいいからいなくなったことに気づいて欲しい。

     もう死体なんて、見つからなくていい。
     存在に気づいてさえもらえれば、なんだって。

     ああ、でも。

     お父さんが無闇に増やしたせいで金魚だらけになったあの家で、あの金魚たちの世話をしていたのは残された少年だけだった。
     道連れにしちゃったのか。僕が殺してしまったようなものだ。今更涙が滲み出た。

    「  」
    「……?」

     そのとき、なめらかな黒の中に、ふと赤が差し込む。

     導かれるように顔を上げた。

     赤い綺麗なレースの帯飾り。簪がするりと抜け、ふわふわとした茶髪が水中を揺蕩って、広がった。金の瞳に赤い浴衣姿の少女が、黒い海に浮かんでいた。

     下を見れば黒しかなかったけれど、上にはぼんぼりの明かりが水面付近にじんわりと染み込んでいる。なんだかそれが、酷く眩しい。

     赤いボリュームのある帯飾りが金魚の尾びれのように揺れて、少女はこちらに手を伸ばしてきた。

     視界の端で、不恰好に結ばれた鼻緒の下駄が、小さな足から外れて流れていく。それを見て、先ほどの子だと思い出した。
     別に普通の子だった。初めて祭りにやってきたのか、初々しさの残る笑い方をする女の子。それが、なんで──。

     少女はかぽりと口から息を吐いて、ちょっと苦しそうにした。

     それでも彼女は手を伸ばし、その細い指が少年を捉えて、そっと手繰り寄せる。

     ──ふと、思い出したことがある。お父さんの職場は研究所で、そこでは金魚を人間にしようとしてたって。

     なるほど、こんなに美しいものなら、お父さんがのめり込むのも頷けるな……と思って、少年は助けを求めるように手を伸ばした。

     ーーーー

     とある金魚掬いの屋台にて。

    「おはよう、王子サマ」
    「──ここ、は、」
    「金魚掬いの屋台。ほら、バスタオル。ずぶ濡れだと迷惑だから、さっさと拭いて」
    「……」

     金魚掬いの店主が、バスタオルをほうって渡す。

     もう先ほどの少女はいない。ただ水槽の中にはたくさんの金魚がいて、ぱくぱくと水面に集っていた。

     少年はくるりとあたりを見回して、バスタオルを頭から被ると、店主を見た。

    「……もしかして、小鎚研究員?」
    「……は? あんた誰よ?」
    「えっと……。扇の息子、です」
    「げっ、所長の」

     ガタッと腰を浮かせる店主。
     少年はバスタオルを握り締めて、水槽を撫でた。そこに、寄り添うように身を寄せる金魚が一匹。

    「父があなたを探しています。正確には、あなたが盗んだこの子を、探しています」
    「……」
    「……協力、しませんか? 僕をすくい上げてくれたこの子を救いたいのです」

     そして、少年は手を差し出した。

    「あと、金魚掬い、一回、いいですか?」

    おわり
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