バケモノ屋敷のメイドさん アビアラSS ドカーーーンッ!!
その日、バケモノ屋敷に大きな爆発音が響いた。
「あー、アビー今日何してたっけ?」
「……自室に篭っていた気がする」
「では今の音は、やっぱり……?」
私の言葉に、リビングにいたゴディさまとペコさまが頷く。そう、これはアビーさまが魔法薬の調合に失敗した音であった。
「今回はなんだと思う? 幼児化?」
「……面白がってないか?」
「幼児化だと美味しいです」
「……マリー?」
話しながら、私たちはドタドタとアビーさまの部屋へ向かう。爆発音の大きさに違わず、アビーさまの部屋周りは半壊していた。濛々と立ち込める煙、パラパラと余韻のように落ちる瓦礫、相変わらずアメリカンコミックみたいな爆発である。
ゴディさまがパッとワンドを翻すと、光のカーテンが撫でるように降りていく。次の瞬間、瓦礫が逆再生するように元に戻り始めた。
そして私たちはアビーさまの部屋に乗り込んだ。元に戻っていく部屋の中、ポカンと座り込んだアビーさまは一見普通のように見える。少なくとも幼児化はしていない。
その代わり、アビーさまの傍らには浮遊する二つの存在がいた。白い服に白い翼を持つ男の子と、黒い服に黒い翼を持つ男の子だ。どちらもピクシーのように小さい。
彼らはアビーさまに囁きかけるように喋り始めた。
『うっわ、アビアラ、調合に失敗して同居人に尻拭いしてもらうなんて、ゴミすぎ。恥ずかしくないの? 死ぬか? ははっ』
「一回の失敗で厳しすぎない?」
『まあまあビーニー。この程度で死ぬなんて馬鹿みたいだよー。原因を分析して、次に生かさないとー。ほらーアビー? 自分の失敗なんだから呆けてないでちゃんと自省してー?』
「こっちもこっちで厳しいな」
ゴディさまとペコさまが代わる代わるツッコむ。
というか、なんなんだこの男の子たちは。私たちの疑問に、頭の痛そうな顔をしたアビーさまがやっと口を開いた。
「心の中の葛藤を整理する魔法薬……が、いろいろ混ざってこうなったわ」
「心の中の葛藤?」
言われて、男の子たちを見てみる。パタパタとアビーさまの周りを飛ぶ彼らは、天使と悪魔のように見える。なるほどな?
私はなんとなく理解した。確かに、漫画の表現でよくあるよな。ある事態に直面したときに、悪魔が悪い行動を誘惑するように囁いて、それに対して自分の正義の心として天使が反論する、みたいなヤツ。それがリアルになったのか。
「つまり、私の悪の心を代弁してるのがこっちの悪魔ビーニーで、私の正義の心を代弁してるのがこっちの天使ヴァンゴってわけよ」
「ビーニーとヴァンゴ……」
「どっちも異母兄弟よ。幼い頃超イビられたわ……」
だからなのだろうか。天使ヴァンゴさんと悪魔ビーニーさんの言うことは、誘惑との葛藤とは少し違った。
『ははっ、自分の心が筒抜けなんて恥ずかしいな? 魔法使いとしてゴミすぎ。死ぬ? 死ぬか?』
「何故そうまで死にたがるんです? アビーさま実はすごくネガティブ?」
『ダメだよアビー。自分の失敗なんだからちゃんと受け止めるのが道理でしょー? ほら自省してー?』
「アビーさま? アビーさまもっと自分に甘く生きましょう? 天使も悪魔も自分を責め立ててるじゃないですか」
「お願いだから……黙って……!」
アビーさまは自分の顔を手で覆ってプルプルしている。そんなアビーさまも可愛いけれど、いつもしゃんと背筋を伸ばしたアビーさまが縮こまっているのはちょっと哀れだ。
ゴディさまもそう思ったのか、しみじみと呟いた。
「なんか、正常な葛藤をさせてあげたいね」
「大きなお世話よ……!」
「あ、いいこと思いついた!」
ピコーン! とゴディさまが手を叩く。でもゴディさま、それって本当にいいことなんですか?
私の不安をよそに、ゴディさまは自信満々でアビーさまに笑いかけた。
「アビーごめん、この前キッチンにあったサンドイッチ食べちゃった」
「は?」
『殺せ』
『処刑ー』
韋駄天の如く早さで怒るアビーさまと、その後方で中指を立てる悪魔と、首を掻き切るジェスチャーをする天使。もれなく全員物騒だ。さすがアビーさまブラザーズ。
「しかも葛藤してませんね」
「なんなら、アビー自身が一番早くキレてるぞ」
「ごめんなさい俺が悪かった」
ゴディさまはすぐに両手を上げて降参のポーズを取る。しかしアビーさまの怒りは収まらない。
『食べ物を横取りするとかー何されても文句言えないねー。内臓抜いて人形にしようよー』
『爆発させてぐちゃぐちゃに潰そうぜ』
「アビーの兄弟物騒すぎない?」
「私の兄弟だもの」
説得力すごいな。
「これまでの話を聞くに、アビーさまは最終的には天使ヴァンゴさんの言葉に従っているように思います。まあ死か自省かという選択肢の中でですが……」
「すると、ゴディの運命は内臓抜かれて人形化か……」
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!!」
叫ぶゴディさま。そりゃそうだ。
「ちょっと待って、よし次こそいいこと思いついた!」
「もうやめましょうよ、ゴディさま」
「アビー、マリーとちゅーしたくない?」
「ッッ!!」
その言葉の効果は覿面だった。アビーさまはビシィッと固まり、天使と悪魔はいそいそとアビーさまの両耳に寄っていって、囁く。
『おいバケモノ、される側の気持ちも考えろよ。いきなりされたら怖いだろ』
『しちゃえばー? 逆に何が駄目なのー?』
「天使と悪魔逆では?」
普通は欲望を煽る方が悪魔で、それを制止するのが天使では? むしろ天使のヴァンゴさんが『しちゃえしちゃえー』と煽り、悪魔のビーニーさんが『せめてまず許可を取れよバケモノ』とハラハラしている。というか、全体的にする方向に傾いてるし。
けれど、アビーさまはまだ葛藤しているようで目がぐるぐるしていた。多分今までで一番葛藤している。
「……」
私は少し考えて、アビーさまに近づいた。それからぐっと背伸びして彼の首に腕を絡めてしがみつく。そうするとアビーさまは当然のように少し屈んでくれるので、私はすかさずそこに唇を合わせた。
むにっと唇同士を合わせて押しつけ、何度か顔の角度を変えながらついばむ。最後にははむっと彼の下唇に吸い付き、もちもちとその感触を味わう。アビーさまはその間カチーンと固まっていたし、悪魔は『はわわっ』と慌てているのに対して天使の方は『舌入れろー襲えー』と囃し立てていた。図太いな天使ヴァンゴさん。
そうして、私はゆっくりと唇を離した。
アビーさまは色の違う瞳を大きく見開いて呆然と私を見ている。それが可愛らしくて、ふふっと自然に笑い声が漏れてしまう。
「キスくらい葛藤せずにスマートにしてくれていいんですよ?」
「…………あんたが一番悪魔よ、マリー」
アビーさまは心底弱ったように笑った。