通行可ですか、ほてりちゃん ほてりちゃんは不思議な女の子だ。
小さな体で赤面症で、人と話すのが苦手だからいつも赤面してピャッと逃げていく。本当に小動物みたいだ。
なによりも不思議なのは、その瞳だ。ほてりちゃんの瞳は、見るたびに色が違った。赤だったり青だったり黄色だったり。よく分からないけど人に話しかけられてピャッとなる瞬間や、人と話すときに色が鮮やかに変わっているように見える。
「なんでなの?」
「そ、その……っ! なんでかは分からないんですけど……っ、他の人とお喋りさせてもらうときに、私の感情で色が変わるみたいで……」
「どういう感情で何色になるんだ?」
しゃがんで目を合わせながらゆっくりと尋ねる。
俺はすごく体が大きいし見た目が怖そうだから、小動物なほてりちゃんを怖がらせないためにいつもこんな感じで話す。ほてりちゃんは「はわわわっ」と赤面して汗をかいていた。可愛い。
その瞳は、瞬きのたびに赤になったり黄色になったりと忙しい。赤はルビーのように艶々していて目を惹くし、黄色は琥珀のようにとろりと濃い色で美味しそうだと思う。ちなみに俺と話すとき、彼女の瞳は大体赤だ。どういう感情なのか、ちょっとそわそわする。
「あのっ……! か、感情というか……。あ、青はまだお話しできる、とか、まだお話ししたい、とかで」
「お?」
「黄色は、あ、ちょっと、もうお話しから、逃げちゃいたいかもって、あの……」
「お、おお……」
「赤は、ごめんなさい、あの、あの……」
「も、もういいです……」
俺は静かな声で制止した。その声からはどうしても落胆が隠せなくて、ほてりちゃんは真っ赤な瞳を泣きそうに潤ませている。自分の言葉でいっぱいいっぱいになっちゃうほてりちゃんは可愛い。
それはさておき、つまり、ほてりちゃんの瞳の色は信号機だということだ。青は「進んでもよい」、黄色は「止まれ。ただし止まるのが難しい場合には進んでもよい」、そして赤は「止まれ」。これはほてりちゃんの感情というよりも、話している相手に向けた警告の意味なのかもしれない。
確かに言われてみれば、世話焼きな委員長が話しかけるときに彼女の瞳の色は青だし、不良に絡まれたときに彼女の瞳の色は赤だった。クラスの連絡事項を受けるときはどんなに苦手な人(俺)でも黄色だし、自分から話しかけるときは青だ。
でも、俺と話すときのほてりちゃんの瞳は大体赤だ。今も、先ほどまで赤と黄色でせめぎ合っていた瞳の色は赤一色になっている。ということは、もう会話を切り上げた方がいいのかもしれない。
ひどく惜しいけれど、俺はここでお喋りを切り上げることに決めた。
あれ、でもよく考えたら、ほてりちゃんは大体俺と喋るのNGってこと? 俺の日々の癒しなのに、大変凹む。
俺はいつもこうなのだ。小さいものや可愛いものが大好きなのに、小さいものや可愛いものには嫌われる。小学生のウサギ当番はあまりにウサギに怖がられるので外されたし、ペットショップの前を通ると子犬や子猫がすごい勢いで威嚇してくるし、赤ん坊には泣かれる。
何故だろう、食い尽くしたいほど可愛いと思っているのに。
そうでなくとも、俺はほてりちゃんのことが特別に好きだ。率直に申し上げると性的に食べたいという意味で好きだ。いや失礼、ちょっとオブラートに包まなすぎた、彼女にしたいという意味で好きだ。まあ望みは薄そうだが。
とにかく、好きな子を怖がらせるのは本意ではない。俺は撤退するべく立ち上がる。
「じゃあ、ほてりちゃん、俺はこれで、」
「あ、あのっ!」
しかし、ほてりちゃんは立ち上がりかけた俺の服の裾を掴んだ。制服の裾がちまっと摘まれて控えめに引っ張られるのは大変キュートだが、それはおいておいてどうしたのだろう?
再びしゃがむと、ほてりちゃんはどこかホッとした顔をしている。瞳の色もやんわりと黄色に変わった。
「ごめんなさい、私、でも、もうちょっと、クマくんとお話ししたいです……」
「大丈夫なのか? 目の色は、」
「だ、大丈夫! ですっ!」
ふんっと拳を握るほてりちゃんはとても可愛い。
ちなみにクマくんは俺の名前である。本名は北熊。すごく見た目に合う名前だとよく言われるし、俺もそう思う。
「あ、の、クマくん、体が大きくて、目が、ちょっと、たまに食べられそうだなって思っちゃうこともあるんですけど……」
「……」
俺はそっと目を逸らした。食べたいと思っているのが伝わっているのかもしれない。自重、自重。
「柔道やってて強くて、いろんな人に親切で、前に私のことも不良から助けてくれて、話すとき、も、しゃがんでくれて……。だから、私、ちゃんとクマくんとお話しできるようになりたい、です……!」
可愛すぎて昇天するかと思った。思わず喉の奥からグルルと唸り声が出てしまった。仕方ない、可愛さを叫ぶのをなんとか飲み下すのに必要だった。
しかし、ほてりちゃんはそれに勘違いしてしまったらしい。ピャッと飛び上がり、パタパタと手を振る。
「ご、ごめんなさっ! 本当は、ホントは私、クマくんのこと、す、好きっ! な、なんですけど……」
なにそれ可愛すぎか。「好き」のところで声が裏返っちゃっていて、本当に告白されているみたいで心がトキめく。今すぐ押し倒して食らいつきたい。いや待て待て落ち着け、静まれ、俺。
俺はついうっかり本気で告白してしまいそうになったけれど、なんとか押しとどめて努めてにこやかに軽く返した。
「あはは、俺もほてりちゃんのこと食べちゃいたいくらい大好きだよ」
「……ッ」
全然押しとどめられていなかった。やってしまった。
俯いて、ぷるぷると震えるほてりちゃんを前に俺は慌てた。慌てたけれど、吐いてしまったものは戻せない。しばしのち、俺は逆にすんっと落ち着いた。
むしろこれは、チャンスでは? ほてりちゃんの反応を確かめて、それから「さっきのは友達的な意味だったんだよ」と誤魔化すのだ。大丈夫、軽く言ったし、まだ誤魔化せる。
俺は覚悟を決め、どれどれと彼女の瞳を覗いてみた。まあどうせ赤だろうなと思うけど。
けれど、真っ赤に染まってダラダラと汗をかくその顔に反して、ほてりちゃんのその瞳は疑いようもないほど冴え冴えとした青だった。ブルートパーズのように、深く深く吸い込まれてしまいそうな青。キラキラ輝く海みたいで、とても綺麗だ。
──あ、あれ? 進んでオーケー?