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    irohani8316

    @irohani8316

    @irohani8316 94沼、ロド推し。18↑どころか昭和生まれの30後半。

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    irohani8316

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    94の小説です。ロド風味……というかCP要素がほぼないですが、ロド推し工場から出荷されています。街を常に昼状態にしてしまう「吸血鬼日光浴大好き」のせいでシンヨコが大変なことに……というエンタメ(?)小説になりました。ラブというかブロマンスな味わいが強いかも知れません。

    #吸死
    Kyuushi
    #ロナドラ
    Rona x Dra
    #ロド
    rhodo

    長い昼の日 汗ばむくらいに燦々と照りつける太陽の下、俺はレンタカーのバンを路肩に留めると運転席から降りて、荷室のバックドアを開けた。そこには、青天にまったく似つかわしくない黒々とした棺桶が横たわっている。
    「おい、動かすからな」
    一応声をかけるも返事はない。聞いているのか聞いていないのかわからないが、別に構いはしない、俺は両手で棺桶の底を摑み、バンの荷室から引きずり下ろした。ゴリラゴリラと揶揄されるくらいに鍛えてはいるものの、さすがにこの体勢から、ひとりきりで重い棺桶を丁寧に扱うのは難しい。半田でも連れてくればよかったが、あいつも他のやつらと同じく街中を駆けずり回っていて、手伝ってもらうのは忍びなかった。
    案の定、無駄に長い棺桶は向こう側の端の方が落ち、地面に当たってガツンと派手な音を立てた。この衝撃であいつは一度死んだな、たぶん。俺の肩に乗って見守っていた愛すべきイデアの丸、もといアルマジロのジョンが「ヌー!」と泣いている。
    「ごめんな、ジョン」
    ジョンの小さくて丸い頭を指で撫でてから、腰を屈め、アスファルトの上の重たい棺桶を、ずるりずるりと前方へ押していく。眩い太陽と陰気な棺桶という不釣り合いなコントラストに、墓場荒らしが真っ昼間に盗掘に励んだらこんな感じになるんだろうか、などと想像した。
    腕と腹に力を入れて更に押していると、道路の脇に「新横浜」と書かれた看板があるところで、棺桶は見えない壁に当たって止まった。ここが〝境界〟だ。俺は汗ばんだ額を肩口で拭い、棺桶の表面をばんと叩く。
    「着いたぜ、ドラ公。準備はいいか」
     ややあって棺桶のロックが外れる音がし、ゆっくりと蓋が開いた。そして中から、痩身の体がまるで影が伸びるかのように立ち上がり、俺の前に現れる。青白い肌、二股に分かれた尖った髪、ひらめく黒いマント。日光に照らされたこいつの姿を見るのはなんとも奇妙だ。
    吸血鬼ドラルクは日差しの下で、牙を覗かせて笑う。
    「……やあやあゴリルド君、運搬ご苦労。どうかね太陽をも克服した私は! なんとも畏怖いじゃないか!」


    遡ること3日前。
    その晩の俺はひとりで退治に出ていて、仕事を終え帰宅した時、同居吸血鬼のドラルクは事務所のソファに座り、手の中の小瓶をしげしげと眺めていた。メビヤツにただいまを言いながら帽子をかぶせ、手袋を外しながら「今日は吸血鬼リンボーダンサーX-2が結界術を使って……」と話したが、ドラ公のやつはこちらを見もしない。
    「おい、何してんだお前」
    「ん? ああ、おかえりロナルド君。ちょっとお祖父様から頂いたものを見ていたのだよ」
    「はあ? どうせまた妙なもんなんだろ」
     こいつのお祖父様――ご真祖様と呼ばれる爺さんは孫と違いほとんど無敵で、本物の強力な吸血鬼だ。しかしどこかずれているというか、無邪気な子どもみたいな精神の持ち主で、トンチキな道具をあれこれと発明してはドラルクに持たせる。
    「今度は何だよ。また幻覚見える系のやつか?」
    「ブッブー、違うよ想像力貧困ルド君、考えつくこと毎度ワンパターンで飽きられルド、スイッチ押すとバナナが出るって覚えたけどまたスイッチ押したら何も出てなくてがっかりするチンパン、ブエー」
    「殺した」
     一発殴って砂になったドラ公は、ナスナスと音を立てながら復活する。
    「事後報告やめたまえ! まあいい。これはだね、名付けて〝アルティメットドラルク・リターンズ〟である!」
    「……あ?」
    「以前、人気投票の力でアルティメットドラドラちゃんが爆誕したことがあっただろう?あの感覚をもう一度味わいたくてねえ、お祖父様におねだりしたのだ。これを飲めば世界最強、銀も太陽光も克服した宇宙一の畏怖い存在、吸血鬼マジ死なないになる!」
     マントを翻してキメ顔するドラ公の頭を思いきりチョップし、死んで砂になったところから素早く小瓶を奪った。砂になりきらなかった右手がじたばたと暴れ、小瓶を取り戻そうとする。
    「何しやがる、返せ!」
    「テメーなんかが世界最強になったらみんながめっちゃ迷惑するんだよ!」
     俺は小瓶を持ったまま急いで住居スペースに入り、ブーツを脱ぎ散らかして台所に向かった。後ろからドラ公が追いかけてくる気配がする。
    「わー!待て、捨てるのは待てって!」
    「うるせー! んなホイホイ最強になれる薬なんざ、ヤバすぎて処分以外ないわ!」
     小瓶の蓋を開けてシンクに流す。しかし半分捨てたところで、ドラルクに邪魔をされた。
    「だから待てって! さすがのお祖父様だって、未来永劫最強状態になれる薬なんか発明できないよ!もって3分なの!3分くらい死なない気分味わってもいいじゃない!」
     俺は小瓶を傾けるのをやめ、ドラ公の方を見る。
    「……3分?」
    「そう、3分!でも、あーあ、中身もう半分もないじゃない。これじゃ1分なれるかどうかだな」
    「……ウルトラマンより短え」
    「お前のせいだろうが!」
     さすがに申し訳なくなったし、まあ1分くらいはいいか、どうせ太陽光と銀が平気になるくらいだろ元がザコだし、と思い直したので、俺は小瓶の蓋を閉めてドラルクに返した。
     そんないつものバカみたいで騒々しいやりとりをしていたら、俺のスマホに電話がかかってきた。赤毛の吸血鬼対策課隊員、ヒナイチからだった。
    「ロナルドか? 民間人から、吸血鬼が暴れているという通報を受けた。すぐに来てくれ!」
     
     街灯が照らす夜の道を大急ぎで走り、指示されたとおり鳥山川にかかる「さんかくはし」のたもとに着くと、すでに退治人や吸対の面々が集まっていた。その中心に、全体的に黄色くきらきらした衣装を着た吸血鬼がいる。髪の毛も黄色く、一房一房が放射状に固められている。今度はどんな変態かと身構えると、吸血鬼が叫んだ。
    「我が名は吸血鬼日光浴大好き!」
    「吸血鬼日光浴大好き!?」
     吸血鬼日光浴大好きは両手を広げると、「太陽!サンシャイン!あの慈愛の光こそが、人や植物、すべての生きとし生けるものに命の力をもたらすのだ!オー・マイ・サンシャイン!ヒャッホー!」などと喚いた。やっぱりアホだった。隣のドラルクが「ああ、あの尖った髪型は太陽モチーフのつもりなのか。納得」と呟く。あ、なるほど。いや感心するな俺。
     まあ吸血鬼にも色々いて、ドラ公みたいに太陽光浴びたら即死のやつもいれば、太陽が平気なやつもいる。この黄色い吸血鬼もおそらく日差しに強いのだろう。日光浴大好きと名乗りながら、なぜ夜に出てきたのかは知らないが。
    「とにかく一発殴ってVRCに収容させよう。行くぜ!」
     俺は地面を蹴り、サテツやショット、マリアやターちゃんたちと共に、一斉に飛びかかって吸血鬼を殴りつけようとした。この時までは、簡単な退治だと思っていた。
     もう少しで拳が届く、その瞬間である。
     吸血鬼日光浴大好きは両手を広げ、発光した。
    「うっ……!?」
     あまりの眩しさに目がくらみ、俺たちは腕で顔をガードした。しまった、攻撃に隙が生じた――しかしすぐに、それどころの騒ぎではなくなったことがわかった。
     昼だ。
     太陽が空高く昇り、あたりを照らしている。さっきまで夜だったのに、なぜ? 
     闇に沈んでいたはずの木々や川の土手、遠くの建物などが、一瞬で昼の光のもとで露わになった。飛ぶ鳥たちも困惑しているのか、囀りながらくるくる旋回している。
     俺たちは何が起こったのかわからず、互いに顔を見合わせ、吸血鬼から目を離してしまった。
    「思い知ったか、我が力!」
     声がする方を見ると、吸血鬼日光浴大好きは電信柱よりも高いところに浮かび、胸を反らせて両手を広げる。
    「何をしやがった、テメー!降りてこい!」
     拳を突き上げても届くはずなく、吸血鬼日光浴大好きはあざ笑うばかりだ。
    「私の力で、新横浜は常に昼、太陽に照らされた場所になった!この街から夜は消えた!」
    「なんだと!?」
    「みんな日光浴をしろ!そして充分にビタミンDを生成するのだ!その生命力を私が啜る!サンキューサンシャイン!」
    「勝手に自分で日光浴して勝手に自分のビタミンDを啜ってろカス!!」
    「ヌー!!」
     アホな吸血鬼に向かって中指を突き立てていたらジョンの叫び声がして、思わず俺は「あっ!」と声を上げた。ドラルク!
     予想通り、ドラ公はマントを残して砂になっており、可哀想なジョンは号泣しながらやつの砂をかき集めていた。ドラルクは太陽光ですぐ死ぬ。そして以前、日に晒され続けていると完全に死んでしまうと言っていた。その状態を想像してさすがにぞっとした俺は、慌ててジョンと一緒に砂を集め、ひとまずマントと俺の赤い上着で覆った。どうにかして遮光しながら事務所に連れ帰らないといけないが、布でくるむだけだと零してしまいそうだ。
     すると駆けつけてくれた仲間たちのうち、サテツが左手のアームを外して、「これにドラルクさんを入れたらどうかな」と申し出てくれた。確かにサテツのアームは隙間がないし、鋼鉄製だから遮光率も高いはずだ。マントで包んだドラ公の砂をサテツのアームに移し替え、口をマントで塞ぐ。それからショットが「これも使えよ」と差し出してくれたポンチョで、アームを更にぐるぐる巻きにした。なんだかサナギみたいな見た目になったが、事務所の棺桶に入れるまでは何とかなるだろう。
     問題は、俺たちがざわついている間に吸血鬼日光浴大好きが逃亡してしまったことだ。どのみち飛行能力がある相手を捕縛できはしなかっただろうが、ヒナイチでさえドラルクに気を取られていて、吸血鬼がどこに向かって逃亡したのか、見ていなかった。
     
    「仕方があるまい、全人類の最優先事項はドラドラちゃんの保護であるべきだからね」
     事務所に戻り、自室の窓にかけた遮光カーテンを閉めて棺桶にドラルクを戻すと、奴はケロッとした口調でそう言った。心配して損したわ。絶対言わないけど。
    「……テメーが棺桶の中にいなかったら殺してる。後で100発殴らせろ」
    「ブワー、すでに死んだわ!棺桶を揺するなゴリラ!」
     時計の針は午前6時を指しているが、吸血鬼日光浴大好きの言うとおり、太陽は中天に昇ったまま燦々と輝き続け、朝もなくなってしまったらしい。
     まさか日本全国、はたまた地球全体がこうなのか? と不安が過ったが、この現象が起きているのは新横浜内だけだと、吸対の隊長である兄貴が言っていた。吸対が急いで調べた結果、吸血鬼日光浴大好きは夜を奪い昼だけの世界にするだけでなく、結界術も持っているとわかった。つまりその結界が及ぶ範囲である新横浜のみ、常昼の街になったそうだ。
     しかし太陽を出っぱなしにできる能力ってすごすぎないか? ひょっとしてこれは催眠術で、太陽がそこにあると思い込まされているだけで本当は夜なのじゃないか? と考えたが、そこは吸対も疑ったらしい。しかし催眠耐性のあるドラルクが日光で死んで砂になったこと、他の太陽が苦手な吸血鬼たちも弱っていることから、催眠術ではなくあの吸血鬼の能力なのだと結論づけた。
     ドラ公は棺桶の中だし、ジョンも不安そうではあるが元気だ。俺はキンデメに餌をやりメビヤツに預けていた帽子をかぶると、再び外に出た。昨夜は退治づくしで体も疲れているが、休んでいる場合ではなかった。早く吸血鬼日光浴大好きを見つけ出さないと。
     退治人のみんなも同じことを考えていたようで、街にはサテツたちがいた。退治は基本的に夜の活動だから、日差しの下で見るみんなの姿はちょっと新鮮に映る。スーツ姿の会社員や家族連れの中に趣味の衣装を着ている俺たちが紛れ込めばそれはそうか。視界の端に一瞬、普通に歩き回っている吸血鬼熱烈キッスの姿が過り、あ、あいつ太陽平気なのか……と思った。
     しかしどこを探しても吸血鬼日光浴大好きを見つけることができなかった。新横浜の駅前、新横浜スタジアム、住宅街、オフィス街、工場――元いた場所に戻ったかもしれないと鳥山川周辺も探し直したが、見つからなかった。吸対から派遣された半田があちこち嗅いで気配をたどろうとするも、結果は芳しくない。
    「わからん……無念だ」
     半田は歯ぎしりをする。
    「気配がないのか?」
    「違う。むしろ気配は充満している。彼奴の結界の中だからな……だからこそ分散してしまって、特定できない。このままではお母さ……母が、一生外に出られなくなってしまう」
     母親である吸血鬼のあけみさんも日光に弱く、家から出られないのだと言う。誰よりも母親を愛する半田は悔しそうに顔を歪めた。一緒についてきたサギョウさんもため息をつき、肩を落としている。
    「そっか……あのさ、本体を見つけないとダメなのか? つまり、能力の効果が切れるのを待つ方が早い可能性は?」
    「わからん。実のところ、太陽を出し続けるなんて能力のわりに、気配はさほど強くない。しかし悠長なことは言ってられんぞ、厄介な能力には間違いないのだからな」
     半田の言葉は当たっていた。吸血鬼日光浴大好きはふざけた名前と裏腹に、非常に厄介な相手だった。
     それから2日のうちにあった出来事はこうだ。
     まず、結界は外部からも内部からも干渉できないとわかった。電波が通じず、インターネットも繋がらない。そして結界の外に出ることも不可能だった。新横浜の隅から隅まで張られた結界は頑強で、人はおろか、車もトラックもショベルカーの刃でさえも、通さなかった。ふと、昔読んだスティーヴン・キングの『アンダー・ザ・ドーム』を思い出した。こちらの結界は不透明で、前に立つと鏡のようにこちらの姿が写る。
     電話さえ通じれば、ドラ公の爺さん、ご真祖様に連絡してこの状況をどうにかしてもらえただろう。強大な力を持つ吸血鬼なら、こんな結界すぐに破れるはずだ。しかしそれが不可能となると、内部にいる自分たちでどうにかするほかなかった。
    吸対に「今日も吸血鬼日光浴大好き」を見つけられなかったと報告するため赴くと、兄貴は疲れた顔で言った。
    「外部の人間と連絡が取れにゃあのがまずい。助けを呼ぶどころか新横浜に何が起きているかすら、外側からはまるでわからんじゃろうからな」
     沈まない太陽に、日光が得意でない吸血鬼たちは弱っていった。吸血鬼野球拳大好きやその弟たちもげっそりしてしまっている。特に血液ではなく普通の食事で栄養を摂るタイプの吸血鬼たちは苦労していて、吸対の職員や退治人が代わりに買い物をしたり、食事の際に出てこられるよう、遮光シートを張り巡らせたシェルターで保護したりした。道を歩いていると、倒れて動けなくなった吸血鬼を何人も見かけ、そのたびVRCの病院に担ぎ込んだ。
     吸血鬼だけでなく、人間も不調を訴えはじめていた。めまいと吐き気の症状が最も多いので、明るすぎるせいで眠れず、自律神経が乱れて具合を悪くしてしまうせいではないか、とヨモツザカは言った。それに妙にハイテンションな人が増えているような気がした。
    「北欧でいうところの白夜みたいなものかね」
     蓋を閉めきった棺桶から、ゲームのピコン、バキューン、という音と共にドラルクの声が聞こえてくる。これほどまわりの環境が一変したというのに、こいつは棺桶から出られないこと以外特に変わっていない。
    「白夜?」
    「知らんのか五歳児。まあチンパンだから知りようがないか」
    「殺す」
    「いいから。地球ってのはだね、真っ直ぐ垂直になっているようで実際のところ傾いているのだよ。どっかの誰かさんみたいにへそ曲がりなんだね。素直じゃないブエー」
    「俺の悪口を言っているのはわかった」
    「だから殺すなって。つまり、地軸が傾いているために、北欧や北極圏、南極圏なんかでは、夏至のあたりになると太陽が当たり続けて、真夜中になっても完全に沈まなくなるんだ。そんな期間が長く続くと、人もテンションがハイになり、かえって憂鬱になってしまうそうだ。いずれにせよ夜が来ないのは吸血鬼にとっても人間にとっても健康に悪い。これでゴリラも少しはお利口になったかな」
     納得したことを棺桶ボンゴで伝えると、ドラルクはまた砂になったらしく、ジョンを泣かせてしまった。
    「まったく乱暴なゴリラだ。ところで若造、最近にんにくばかり摂取してるだろう。少し控えたまえ、臭くてかなわん」
     確かにドラルクが棺桶に籠って以来、住居スペースはコンビニ飯やカップ麺の匂いでいっぱいだった。どちらもにんにくがよく使われているからしょうがない。
    「テメーが棺桶から出て料理しねえのが悪い」
    「ファーこれだから五歳児は!手料理が食べたきゃ自分で作れ図体ばかりでかいチビッ子が!それともあれか、さびしんぼさんなのかな?ン?ドラドラちゃんのウルトラキュートなご尊顔を見られなくてさびしくなっちゃったんでちゅか~」
    「煽らなきゃ死ぬ病気なの?」
    「お前が自分の不摂生を私のせいにするからだろうがボケ」
     ドラ公はフンと鼻を鳴らして口を噤み、ゲームのピコピコいう音が響く。俺も手持ち無沙汰で、しばらく棺桶に背をもたれさせてぼうっとしていると、深々と大きなため息が聞こえてきた。
    「……助けにならなくて悪かったね」
    「テメーに助けてもらおうなんてミリも考えてないわ」
    「まーッ、かわいくない! ……言っとくが、別に私だって状況を憂えていないわけじゃないからな」
    「あ?」
    「以前なら、こんな状況は面倒くさいし、さっさと逃げ出しちゃおうと考えただろうがね。私はジョン以外に対して思いやりを持ちたくなかったもので」
    「クソ野郎じゃねえか」
    「何とでも言え。しかし今は……正直、心配しているよ。同胞たちのことも人間たちのこともね。ヒナイチ君や半田君は目の下にクマを作ってがんばっているだろうし……腕の人やショットさんたちもそうだ。無論、君も。特に君はゴリラだからな、無茶をする」
     俺は言葉が見つからず、背もたれ代わりにしていた棺桶を振り返った。黒くて分厚く、陰気な蓋に遮られて表情はわからないが、心配してる? こいつが俺を? ドラ公は呆れたような、でもどこか優しげな声で言った。
    「とにかく少しくらい眠れ、ロナルド君。棺桶から出ずとも、いつものうるさいいびきが聞こえてこないからわかるぞ。食事もギルドにでも行ってちゃんとしたものを摂れ。でないと君の体はろくに動かず、いざって時に闘えなくなるぞ。明日も吸血鬼探しをがんばるんだろう? 早く見つけて懲らしめてくれたまえ。いい加減、棺桶生活は退屈なんだ」

     しかし太陽が中天で輝き続けて3日目、吸対は弱っている吸血鬼の保護や、民間人の安全確保に忙しく、退治人もその補助に追われ、元凶の吸血鬼本体を探すどころの騒ぎではなくなっていた。早くやつを見つけて、この悪夢のような四六時中真っ昼間状態をやめさせ、夜を取り戻さないとみんなが参ってしまう。そうわかっているけれど、次から次へと別の任務が入ってしまい、捜索に時間が割けない。人手がほしい。俺たちだけではジリ貧だ。外部と連絡さえ取れれば、支援を要請して人を増やせるのに。
     ドラ公の言うことを聞いたようで癪だが、俺はソファベッドに体を横たえて深く眠ったし、マスターに食事を用意してもらって食べ、体力がだいぶ回復していた。救援活動を終えた後も、へとへとのみんなと代わって捜索を続けた。
     太陽が出続けている現象のわずかな良い点は、吸血蚊やスラミドロなどの下等吸血鬼が息を潜めていることだろう。邪魔をされずに仕事に打ち込める――いや、こんな厄介な状況となった今では、下等吸血鬼相手にドタバタと駆除していた頃がどれほど良かったかと思うけれど。
     探し尽くした駅前、ショッピングビルやヴリンスホテルの内部をもう一度確認し、やはり見つけられず、新横浜の端の方へ向かう。
     その時、男性の叫び声が聞こえた。頭から血がさっと下がるのを感じながら声がした方を振り返ると、小さな女の子がひとりで、車道に出ていた。まるで目を回しているみたいにふらつきながら、そのまま先へ進んでしまう。女の子の尖った耳を見て、すぐに吸血鬼だとわかった。車が来る。気がついたら俺は走り出していた。
     女の子の温かく小さな体を腕に感じながら、俺は跳躍し、近くにあった電信柱に飛びついた。危なかった。車は走り去り、歩道のところでは父親らしき男性と、母親らしき女性がへたりこんでいる。女の子を無事に届けると、ふたりは何度も御礼を言ってくれた。
     助けられてよかった。だがもうこの状態を続けていてはいけない。今の女の子は救えたが、次はどうだ? 時間が経てば経つほど、太陽にやられた吸血鬼や人間は続々と出てくるだろう。新横浜が壊滅してしまう。
     走って、走って、息を切らして走って、俺は事務所に戻った。頭がじんじんと痛かった。何とかしなければ。しかし当てもなく闇雲に探したところであのクソ野郎が見つからないのはわかっている。いったん冷静になって作戦を立てるべきだ。もちろん吸対でも退治人ギルドでも作戦は立ててきたけど、まだ何か見落としているものがあるかもしれない。
     事務所のドアを勢いよく開け、真っ直ぐに仕事机へ向かう。帽子を預けなかったせいかメビヤツが心配そうな声音でビビビと何か言っているが、ごめん、構っていられない。キャビネットから新横浜の地図を取り出し、机の上をざっと片付けて広げる。赤ペンのキャップを噛んで外し、咥えたまま結界の境界にラインを引いた。
     あのクソ野郎はどこにいる? 思い出せ、あいつは何て言ってた? ビタミンDがどうとか……それを摂取しやすい場所か? 人が集まっているところ? まさか吸対が用意した避難施設や治療所の近く……?
     考えに没頭していて、住居スペースのドアが開き、机の上に愛しいイデアの丸であるジョンが乗ってきたことに気がつかなかった。
    「えっ、あ、ジョン」
     ジョンはつぶらな瞳でこちらを見上げ、小さな手で上着の袖口を引っ張ってくる。
    「遊びたいの? ごめんジョン、後でな」
     それでもジョンは、なおも俺を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
    「ジョン、ダメなんだ。今しっかり考えないと街が……」
     ぽふぽふした愛らしい手をそっと袖口から離す。すると、住居スペースの方から張りのある、高慢な声が聞こえてきた。
    「烏滸がましいぞ若造。ジョンの申し出を断るなんて」
    「うるせえ、こっちは作戦を立てなきゃならねえんだよ!」
    「汗くさマヌケの青二才め。ゴリラがいくら頭をひねろうとろくな作戦は出てこないだろうが」
    「何だと殺すぞ」
    「偉そうな口を叩くのは自分がケガをしていると自覚できてからにしろ若造。ジョンは遊びに誘ってるんじゃない。お前のケガを心配しているんだ、アホ」
    「……えっ」
     ケガ? そういえば走って帰ってくる途中、頭がじんじんと痛かった気がする。額に指を這わせてみると、ぬるりとした感触があり、痛みでぎくりとした。ジョンはほっとした顔つきで袖を再び引き、俺は今度こそこの優しき丸に従った。導かれるまま応接用のソファに腰掛けると、ジョンが救急箱を持ってきてくれ、小さな手で俺の額の傷を消毒し、絆創膏を貼ってくれた。
    「ありがとう~、ジョン!」
    「ヌヌヌヌヌヌヌ!ヌヌ、ヌヌヌヌイ?」
    「言ってることはあんまりわかんないけど、痛くないよ、ジョン」
     ジョンを抱き、いい匂いのする柔らかい顔に頬ずりする。やっぱり緊急事態でも癒やしは必要だな。ジョンを抱いたまま帽子を脱ぎ、さっき無碍にしてしまったメビヤツにも声をかける。ごめんな、ありがとう。そう言うとメビヤツは嬉しそうに微笑み、俺の帽子をかぶってくれた。その時ふと疑問が湧いた。
    「……なあ、ドラ公」
    「……何だね若造」
    「お前、どうしてさっき俺がケガしてるってわかったんだよ? 棺桶から出てきてないのに。ジョンもしゃべってなかったし」
    「ああ、それか。別に難しい話じゃない、君が帰ってきた時に血の匂いがしたし、ジョンの感覚を使って君がケガをしているのを感じ取れたからね」
     感覚を使う?
    「お前そんなことできるのか」
    「ジョンは私の使い魔だからね、感覚はある程度共有している。主従になる際の契約内容にもよるが……」
     そこまで言って、ドラルクは急に黙った。このクソ砂、また何か隠していたか悪戯でも企んでいるのか? 俺は大股で住居スペースに向かい、ブーツを脱いで床に上がると、棺桶を軽く蹴飛ばした。
    「何だよ、言えよ。どうせろくなことじゃねえんだろ」
     するとドラルクは、俺の予想に反して神妙な声で答えた。
    「確かに君にとってはろくなことじゃないだろうな。でももしかしたら、起死回生の一手になるかもしれんぞ」

     そうして俺はレンタルカーの店で一番でかいバンを借り、気合いで棺桶ごとドラルクを運んで荷室に詰め込み、ジョンと一緒に新横浜の端まで車を走らせることになった。あの忌々しい境界まで。
     ドラルクが提案したのは、やつの爺さんがくれた例の薬、〝アルティメットドラルク・リターンズ〟を使って、あいつだけ境界の外に出るという作戦だった。
     人気投票の神が一時的に与えたクソ強いドラルク、〝アルティメットドラルク〟の力はすさまじい。20澗2溝400億3187万2259無量大数1158不可思議9994那由他7923阿僧祇5925恒河沙3394極17載227正5013澗7636溝3129穰701𥝱8436垓3237京5482兆1365億2080万2682分の票パワーがあるのだから当然だが、そんなものにぶらぶら歩かれて都市を破壊されても困るから、俺も薬を速効で捨てようとした。
     しかしこの薬でドラルクが最強になれば、吸血鬼日光浴大好きとかいうふざけたバカ野郎の張った結界くらい、難なく通れるはずだ。たとえ最強状態が3分しかキープできなくても――俺が捨てたせいで1分になってしまったが――結界をすり抜けるには充分な時間は確保出来る。
    外に出られれば外部の吸対の応援要請も可能だし、何よりあいつの親父さんなり爺さんなり、自慢の頼れる親族が呼べる。親父さんの能力については正直疑問符が残るが、ご真祖様たる爺さんなら、あっという間にこの結界を消し、新横浜を救うことが出来るだろう。
     だがそこまで考えたところで、内部にいる俺たちと連絡が取れないと、もし爺さんがどこかに行っちまってるとかでなかなか来られない場合、事情をどうやって伝えればいいのかと悩み、手詰まりになった。
    加えて、爺さんが結界を消せたとしても、内部にいる人間が素早く吸血鬼日光浴大好き本体を捕縛しなければ、また結界を張られ、イタチごっこになってしまう。俺たちが先に吸血鬼日光浴大好きを見つけておき、今ここで結界を消すと連絡があった瞬間に、捕縛する。外部と内部の連携が重要なこの作戦には、連絡手段が必要不可欠だった。
     ドラ公はわりと早い段階で、薬を使えば結界を抜けて外に出られることには気づいていたらしい。しかし連絡手段がないので二の足を踏んでいたという。
     そこに俺がケガをして帰ってきて、あいつとジョンの主従関係がヒントになった。
     使い魔だ。
     使い魔は主人の感覚を共有できる。契約によっては遠隔操作や視覚の共有、テレパシーのような意思疎通も可能になるそうだ。テレパシー。これは通信手段に使える。
    ジョンを担ってもらうことも考えたが、悪いけれどもヌー語を解せる者がこちら側にいないので、せっかく受信しても通訳ができない。
    残る候補は俺だ。ヒナイチや半田は吸対の任務で忙しいし、今すぐ動けるのは俺しかいない。ドラ公も俺に任せるつもりでいたようだった。まだ事務所にいてこの話を切り出した時、ドラルクは棺桶の中から俺に尋ねた。
    「やるかね?」
    「やる」
     一も二もない。俺が食い気味に返事をすると、ドラルクは静かな声音で「意外だな」と言った。
    「君のことだから嫌がると思ったんだがね。私の高貴な血はゴリラの口に合わないだろうし」
    「いちいち煽らないと気がすまねえのかクソ砂。いいんだよ、俺はこの街を救うためなら何でもやる。それがテメーの血を飲むことだろうが、使い魔になることだろうがな」
    「……君、本当に気をつけたまえよ、色々」
    「どういう意味だよ」
    「そのままの意味さ。さ、行きたまえ。今は外の世界も夜八時、ちょうどいい頃合いだ。君はレンタカーを借りて事務所の下に停め、私を棺桶ごと運んでくれ」
     
     腰を屈め、アスファルトの上の重たい棺桶を、ずるりずるりと前方へ押していく。眩い太陽と陰気な棺桶という不釣り合いなコントラストに、墓場荒らしが真っ昼間に盗掘に励んだらこんな感じになるんだろうか、などと想像した。
    腕と腹に力を入れて更に押していると、道路の脇に「新横浜」と書かれた看板があるところで、棺桶は見えない壁に当たって止まった。ここが〝境界〟だ。俺は汗ばんだ額を肩口で拭い、棺桶の表面をばんと叩く。
    「着いたぜ、ドラ公。準備はいいか」
     日光が照らすその下で、棺桶の蓋越しに薬を飲む気配がする。そして蓋は音を響かせて開き、痩身の吸血鬼がゆらりと立ち上がった。
    3日ぶりに見たドラルクは最強になる薬のせいか息を吞むほどの威圧感がある。体は俺より大きく、眼光が鋭くなり、顔つきはぞくりとするほど恐ろしげだった。黒々としたマントをなびかせる様は、まるで竜が羽ばたいているようだ。真祖にして無敵と恐れられていたあの城で、もしこいつがこの姿で現れたら、俺は迷いなく銀の弾丸を撃ち込んでいたに違いない。そう考えると、こいつがクソザコでよかったのかもしれないと思う。
    そんな俺の思考を、次の言葉がぶち壊しにする。
    「……やあやあゴリルド君、運搬ご苦労。どうかね太陽をも克服した私は! なんとも畏怖いじゃないか!」
     前言撤回、こいつ何にも変わってねえわ。中身はいつもと同じかよ。俺はため息をつきながらナイフを差し出した。これで傷を付け、俺を使い魔にするための血を出す。
    「早くしろよ、最強状態は1分しかもたねえんだろ」
    「そうだ、すぐにやるぞ」
     ドラルクは素早くナイフを受け取ると、躊躇いなく自分の人差し指を切った。青白い肌についた傷口から、みるみるうちに血がしたたり落ちる。深い紅色だ。本物のルビーは見たことないけれど、こんな色をしているんじゃないかと思う。
    「しまった、グラスを持ってこなかったな」
    「んなもんいいよ、口にしちまえば一緒だろうが」
     急がないと時間切れになる。俺はさっさとドラルクの手を摑むと、人差し指に伝う血を舐めた。鉄の味がしてまずいが、ぐっと飲み下す。
    「……で、どうすんだ」
     ドラルクは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに「契約だ」と言った。
    「この血の契約をもって私の使い魔となれ、ロナルド君。私の声は君の耳に。君の声は私の耳に。互いの意志を通じる契約と成す」
    「わかった、いいぜ」
     そう答えた次の瞬間、全身に痺れるような感覚が走り抜け、めまいに襲われてふらついた。足をぐっと踏ん張って耐えていると、ドラルクの声が頭の中に響いてきた。
    『これで契約完了だ、若造。君が考えたことは私の脳に流れてくるし、私の場合もまた然りだ』
     口は動いていないのにあいつの声が頭に聞こえてくるのは、妙な感じだった。
    『くれぐれもおっぱいの大きなお姉さんとかエッチなことを考えて星を降らせたりするなよ』
    『こっちのセリフだ、バーカ!』
    『ゴリラが喚いて頭の中がうるさいですわ。では行ってくる。ジョンを頼んだぞ』
     そう言ってドラ公はマントを翻し、結界の境界に指で触れる。そのまま一歩ずつ前に進み、まるで鏡に飲み込まれるかのように、あいつは姿を消した。肩の上にいるジョンの「ヌー」という寂しげな声を残して。
     ふいに、ひょっとしてあいつはこのまま消えちまって、二度と戻ってこないんじゃないかという考えが頭に過り、気がつくと一歩前に踏みしめて結界に手を伸ばしていた。
    『何してるんだ、若造』
    「え、あえっ?」
    『アホか君は、三歩歩いたら忘れちゃう鶏頭が。今は私と頭ん中で繋がっているんだぞ。いいから早く行け、吸対と退治人ギルドと連携する話だったろう』
    『そうだった』
     俺はレンタカーに戻るとアクセルを踏み、来た道を戻りつつ、退治人ギルドへと急ぐ。
    『よし、電波はちゃんと来てるいな。すぐお祖父様に電話する』
     ドラ公の声が頭に流れ込んでくる時、耳元で囁かれているような感じがして、なかなか慣れない。気恥ずかしいというか何というか……
    『恥ずかしがってる場合か、青二才め。そんなだからモテないんでちゅよ初心ルド君』
    『うるせえな! ……確認だけどよ。そっちはちゃんと夜なんだろうな?』
    『え? ああ、ちゃんと夜だよ。とっぷり暮れてる闇夜だ。美しい月も出ている』
    『月か……こう太陽ばかり見てると、月の良さがわかってくるな』
     夏とかプールとか遊園地とかが好きな俺は、日差しの下にいる方が元気は出ると思っていた。けれど退治人生活が長くなったせいか、いつの間にか夜が体に馴染み、今では月を恋しいと感じる。まあ、太陽が出ずっぱりの状況だからこそかもしれないが。少なくとも夜の方が賑やかで、それで――いや、やめよう。あいつと繋がっていることを忘れていた。
    『ああ、お祖父様? 実はかくかくしかじかで、新横浜までいらして欲しいのですが……』
     ドラ公と爺さんの電話のやりとりを脳内で聞きながら、ハンドルを右に切り、公園のそばを通る。通りすがる街の人たちはみな疲れた様子だ。もう少しだからがんばってくれ、心の中で願う。
     事情を聞いたドラ公の爺さんはすぐに来てくれることになったが、超特急で飛ばしてもあと五時間はかかるという。逆に言えば、あと五時間でこの日照り地獄は終わるのだ。それまでに内部にいる俺たちは、あのクソ吸血鬼日光浴大好きを探し出さなきゃならない。
     退治人ギルドに着き、その場にいたマスターとヴァモネさんに俺とドラ公の作戦を伝えると、ふたりは驚きつつも賛同してくれた。「願ったり叶ったりですよ」。マスターは頷き、他の退治人たちや吸対に電話を掛け、俺の話を伝えてくれる。三十分も経たないうちにサテツやショットをはじめとした仲間たちや、吸対のヒナイチ、半田、サギョウさん、そして兄貴がやって来た。
    「立場上、指揮は俺が執るがの。おみゃーは外部との重要な交信係じゃ。しっかり頼むぞ」
     そう兄貴に肩を叩かれ、俺は腹に力を込めた。絶対に逃がさねえぞ、吸血鬼日光浴大好きとかいうふざけた名前の大迷惑クソ野郎め!

     ドラルクの話では、新横浜の異変は外部でも大きなニュースになっていて、神奈川だけでなく東京の吸対まで動いているとのことだった。各地のVRCによる分析も進み、吸血鬼日光浴大好きの能力は解明されつつある。
    『あの吸血鬼だが、太陽そのものを操っているわけではないらしいぞ』
    『どういうことだよ? この空に上がってぎらぎらしてやがるのは本物の太陽じゃないってのか? お前ら吸血鬼が参ってるのがその証左だったろうが』
    『本物の太陽でもあり、偽の太陽でもあるのだよ』
    『……もったいぶるんじゃねえ、わかりやすく話せ』
     あいつがそばにいたら一発殴って砂にするのに、頭の中で会話しているだけだと、テンポが噛み合わない。
    『脅すな青二才。つまりだな。昼の時間帯に昇っている太陽は本物の太陽なんだ。しかし他の時間帯は違う。あいつの能力の正体は、偽の太陽もどきを作れることだ』
    「「『偽の太陽もどき?』」」
     ドラルクから聞いたことを兄貴やヒナイチ、みんなに伝えると、全員が一斉に鸚鵡返しした。
    『そうだ。超ミニミニサイズの太陽と言うべきかな。紫外線その他、太陽とよく似た物質を放出するので、吸血鬼にとっては毒なのは変わらないし、人間はあいつの好物のビタミンDを体内で生成できる。その太陽を、本物の太陽が傾きはじめたタイミングで、空に飛ばすのだ』
    『……まどろっこしいな、ずっと偽の太陽を昇らせておけばいいのに』
    『そこがあの吸血鬼の力が及ばない部分なんだ。あれほどの強い結界術に、超ミニミニサイズとはいえ太陽を生成する能力。発動すれば相当に体力を消耗するだろう。しばし休息せねば続けていられない。それで、1日のうち本物の太陽が高く昇っている間――すなわち今の季節で言えば朝9時頃から午後3時頃まで、本物に譲っているんだ』
     結界も上から見ると、ドーム型の天井部分は二重構造になっていて、本物の太陽が出ている間は透明になって空と太陽を通し、偽の太陽と入れ替えている間は不透明になって、本物の空や太陽を隠すのだという。なんとも複雑で難儀な能力だ。これも偽の太陽を作れるとかいう謎の能力が発現してしまったための苦肉の策だったんだろうか。もっと合理的な使い方をすればよかったのに。日焼けサロンを経営するとか。
    『ともあれ、それでわかったことがある。やつの居場所だ』
    『何だって!?』
     俺たちは地図を広げようとしたが、ドラルクはそんなことはしなくていいと言う。なぜかと訊けば、やつは『誰もがわかる場所だから』と答えた。
    『あの吸血鬼は太陽を常に見張れる場所にいる。偽の太陽と入れ替えるには、結界の天井部分を不透明にしたり透明にしたりのタイミングが肝心だからね』
    『それって……』
    『街を一望できる場所はひとつしかない。ヴリンスホテルだ』
     ヴリンスホテル、地上42階建ての超高層ビルで、紛う方なき新横浜のランドマーク。しかし俺たちはすでに何度もヴリンスホテルを訪れ、部屋をひとつひとつ、隅々まで見て回っている。するとドラルクは『もっと上だよ』と言った。
    『屋上は見ていないんじゃない?』
     俺たちはマヌケだ、屋上を忘れていた!
    「おいみんな、ヴリンスホテルのおく……」
    『まて早漏ルド、早まるな。今行くんじゃない。いいかね、あの吸血鬼は飛翔能力も持っている。ただ追い詰めて捕まえようとするだけでは、また逃がしてしまうぞ』
     確かにそうだ。最初に現れた時も、退治人仲間で一斉に飛びかかったのに、空へ逃げられて捕まえ損なった。
    『じゃあどうしろっていうんだ』
    『朝の10時まで待ちたまえ……偽の太陽と本物の太陽を入れ替える際、やつは結界に向かって力を込める。その隙を突くんだ。無事君たちがやつを捕えたら、お祖父様が結界を破ってすべてを元に戻す』

     計画実行の時間まで、めいめい家に戻って休むことになった。俺はジョンを連れて事務所に戻り、居住スペースのシャワーを浴びて、頭を拭きながらソファベッドに腰掛けた。棺桶がないリビングは広々として、なんだか妙な感じがする。少し前までこれが普通だったのに。
     俺は少し悩んでから、頭の中で話しかけてみた。
    『……おい、ドラ公。起きてるか』
     もうすぐ朝だ、あいつはもう眠っているかもしれない。パジャマの裾をいじくりながら待っていると、のっそりとした眠たげな声が返ってきた。
    『……起きてるよ、何だね』
     その反応になぜかほっとしてしまった自分がいて、俺は慌てて言葉で心の声を消す。
    『いや、意外だったなと思って』
    『意外?』
    『お前だよ。ひとりだけ結界の外に出ただろ。そのまま逃げることもできたのに、逃げなかったんだな』
     あいつは確かに、「以前なら、こんな状況は面倒くさいし、さっさと逃げ出しちゃおうと考えただろうがね」と言いやがった。でもそうしなかった。ドラルクは『何だそんなこと』と囁くように呟くと、こう続けた。
    『当然だよ、ジョンがそっちにいるからね』
    『え? あ、ああ、そりゃそうか』
     固い絆で結ばれた使い魔を残して逃げることは絶対にしないのだ、こいつは。わかっていた答えのはずだが、なぜか少しだけ寂しい。いや寂しくない。すると俺の心の声が伝わってしまったのか、ドラルクはクツクツと可笑しそうに笑った。
    『……君はやっぱりバカだね、五歳児』
    『ああ?』
    『言葉にしなきゃわからんのかと訊いてるんだ、アホルド。私は〝以前なら〟逃げていたと答えたんだよ。ドラドラちゃんの紀元はシンヨコ紀元なんだ。すなわちシンヨコ以前、シンヨコ以後。君が思っているよりも私はこの街を気に入ってるのさ』
     200年以上生きてきて、〝紀元〟と呼べるほど大きな区切りを新横浜での生活にするのは、相当なことじゃないか。けれどあいつの口調が軽いせいか、俺はどうリアクションして良いかわからず、なんだかマヌケな反応をしてしまった。
    『そ、そうか。そりゃ何よりだ』
    『君のこともね』
    『……うん?』
    『寝るよ、おやすみ。朝の作戦は棺桶越しの中継になるだろうからな、君のその目にめいっぱい映して、後で教えてくれたまえ』
    『え、おい』
     しかしドラルクの声は聞こえてこない。本当に眠ってしまったらしい。何かすごいことを言われたような気がしたが、聞き違いかもしれない。俺も睡魔には勝てず、目覚まし時計にたたき起こされるまで深い眠りに沈んでいった。

    翌朝。休息のお陰で眠気はすっきり取れ、真っ赤な退治服に袖を通すと、自然と気合いが入った。体の調子もいい。
    「よっしゃ、行ってくるぞメビヤツ! ジョンはお留守番な!」
     ヌー、と手を振るジョンに手を振り返し、俺は出発した。待ってろよクソ吸血鬼日光浴大好き、今日こそぶちのめしてやらあ! 階段を駆け下りながらジャンプすると、不機嫌そうな声が頭に流れてきた。
    『朝っぱらからうるさいぞ、ゴリラ。ウホウホするならジャングルでやりたまえ』
    『起きてたのかよテメー! 調子が良いんだよ悪かったな後で殺す』
    『ハイ殺害予告乙~、ドラちゃんには届きませ~ん。いいからさっさと現場に向かえ、体力と腕力しか取り柄がないアドレナリンバカウホウホザウルス』
    『言われなくてもわかってるよ! クソ砂!』
     やっぱり寝る前に聞こえた「すごいこと」は勘違いだったらしい。頭の中でギャーギャーケンカしながら走り、五分で駅前に着く。
     ヴリンスホテルの屋上からこちらを見られている可能性を考慮し、作戦に参加する俺、サテツ、ショット、マリア、ターちゃん、ヒナイチ、半田は全員、別の方向で待機、時間差で中に入ることになっていた。俺の突入開始時間は8時35分。屋上から見て死角になる建物の陰に潜み、じりじりした気持ちで時計を睨む。長針が35分を示した瞬間、俺は素早くヴリンスホテル内に入った。
     ホテルのオーナーや従業員達には吸対から作戦が伝えられており、念のため客は食堂や大広間に避難している。俺は最上階までエレベーターで上り、屋上には作業員用の内階段を使った。
     屋上に続くドアの前にはすでにショットとヒナイチがいて、俺の姿を認めると口に人差し指を当てて「シッ」と言い、手招きでこっちに来いと合図した。俺はホルスターから銃を抜きつつ、足音を立てないようにそっと近づいて、ドアのそばに体をつける。ショットは親指で、ドアにはめ込まれた窓ガラスを指した。じりりと寄って窓ガラスの向こうを覗き見ると、見覚えのある姿があった。髪を一房ずつ固めて四方八方に尖らせたおかしな頭、黄色いコスチューム。吸血鬼日光浴大好きだ。
     残りの作戦メンバーも位置につき、俺は銃口を下げていた状態から腕を上げてレディ・ポジションに構え、息をひとつ吐いた。心臓が大きく鳴って全身に緊張が走る。背中を冷たい汗が伝った瞬間、ドラ公の声がした。
    『竜の加護を、ウホウホザウルス君』
    「8時59分57秒、突入!」
     ヒナイチの合図でドアが外側へ開き、俺たちは一斉に屋上へ雪崩れ込んだ。まさにそれと同時に、吸血鬼日光浴大好きは両手を挙げ、結界術に変化を加えようとするところだった。
    「手を上げろ!」
    「大人しくするんだ!」
     しかし吸血鬼日光浴大好きは、まだ諦められないのか床を蹴り、飛翔しようとする。
    「待ちやがれ、このクソ野郎!」
     俺が引き金を引くその前にパシュッという空気が抜けるような銃声がし、宙に上がっていた吸血鬼日光浴大好きはぐらりとよろめいて、体勢を崩す。別の建物で待機していたサギョウさんの狙撃だ。
     しかし吸血鬼日光浴大好きは力を緩めない。眩い太陽が出現して、最大出力と言わんばかりにあたりを照らした。剣を手にしたヒナイチは足を止め、ショットも目を庇う。俺もだ。真っ白すぎて、これでは何も見えない。するとサテツが俺の前に立ちはだかった。
    「サテツ!?」
    「ロナルド、俺の陰から撃て!」
    「撃てったって、目が全然、方向が……」
     畜生、ここまで来て……! 逃げられちまうと思ったその時、頭の中で声が響いた。
    『サテツ君のケツにつけ、ロナルド君!そこから一時の方向!』
     ドラルク!?どこから見てるんだ? 何もわからないが、サテツの背後にかじりついたまま銃を一時の方向に向け、引き金を引く。手応えはない。
    『移動した、五時の方向!』
     更に引き金を引く。これもまだ手応えはない。
    「テキトー言ってたら許さねえからなドラ公!」
    『信じろ、バカ者!九時の方向!』
    「信じてやんよクソ砂コラアー!!!」
     目をつぶったままリロードし、もう一度構える。
    『六時だ!行けロナルド!』
    「シンヨコを元に戻しやがれ、ゴラア!!!!」
    俺は叫びながら引き金を引く。引く。引く。
    手応えがあった。続いて叫び声がし、麻酔弾が吸血鬼日光浴に命中したのがわかった。吸血鬼は眠りにつき、偽太陽の出力は落ちて、眩さでチカチカしていた目もだんだん元に戻っていく。
    『お祖父様が行くぞ』
     ドラルクの声がして顔を上げると、まるでシャボン玉が弾けるように結界が吹き飛んだ。空に小さな黒い影が浮かんでいる。きっとドラ公の爺さんだろう。その姿を見てどっと疲れが体を襲い、俺たちはそのまま仰向けに寝転がった。

    「〝退治人ロナルド大活躍!! 常昼になったシンヨコを救う!!〟だって。ご覧、ジョン。ロナルド様はちやほやされて鼻の下伸ばしルドだよ」
    「伸ばしてねえよ! 普通の写真だろうが! つうかむしろボロボロじゃねえか、俺!」
     屋上で伸びている状態の俺たちを駆けつけたカメ谷が撮っていき、週バンの巻頭カラーページを飾った。俺だけでなく、半田やヒナイチ、サテツなども写っている。
     新横浜には夜が戻ってきて、弱っていた吸血鬼たちも体力が回復しつつあるようだ。街はいつもの姿になり、緊急で拵えた避難所や診療所も解散になった。
     ドラルクはと言うと、棺桶から出て、普段どおりに暮らしている。頭の中で声が聞こえることはもうない。あの使い魔の契約はごく一時的なもので、ドラルクが契約解除と唱えた瞬間に消えた。
     週バンを読むのに飽きたのか、エプロンをつけながらやつは台所に向かう。棺桶の中にいられるよりもこちらの方が落ち着くとかは、口が裂けても言わないことにする。代わりに、冷蔵庫の中のものを漁っているドラルクに声をかけた。
    「そういえばさ」
    「何かねゴリラ」
    「うるせえヒョロガリおじさん。あの屋上で俺が撃つ時、なんで方向がわかったの?」
    「え? そんなの簡単だよ、君の目をちょっと借りただけさ」
    「あ?あー?なるほど?」
    「使い魔状態だったからね、そういう融通も利く。君は眩しかっただろうけど、優秀なドラドラちゃんはサングラスを持っていたから!」
    「ふーん」
    「ま、ゲームみたいで楽しかったよ。またいつかそのうちやりたいね」
     ドラルクは平然とそう言いながら、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
    「やらねえわ」
    「そうかい?」
    「……まあ、気が向いたらな」
    俺は椅子を引いて腰掛ける。ドラ公の読経みたいな歌が聞こえてくる。ジョンはヌーヌー言いながらドラルクの料理を待っていて、メビヤツは俺の帽子を被って眠り、キンデメはぐぶぐぶ言っている。
    街はいつもどおりだ。あの穏やかで時に変態な日々がまた過ぎていく。


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    Replies from the creator

    irohani8316

    DONE94の小説です。ロド風味……というかCP要素がほぼないですが、ロド推し工場から出荷されています。街を常に昼状態にしてしまう「吸血鬼日光浴大好き」のせいでシンヨコが大変なことに……というエンタメ(?)小説になりました。ラブというかブロマンスな味わいが強いかも知れません。
    長い昼の日 汗ばむくらいに燦々と照りつける太陽の下、俺はレンタカーのバンを路肩に留めると運転席から降りて、荷室のバックドアを開けた。そこには、青天にまったく似つかわしくない黒々とした棺桶が横たわっている。
    「おい、動かすからな」
    一応声をかけるも返事はない。聞いているのか聞いていないのかわからないが、別に構いはしない、俺は両手で棺桶の底を摑み、バンの荷室から引きずり下ろした。ゴリラゴリラと揶揄されるくらいに鍛えてはいるものの、さすがにこの体勢から、ひとりきりで重い棺桶を丁寧に扱うのは難しい。半田でも連れてくればよかったが、あいつも他のやつらと同じく街中を駆けずり回っていて、手伝ってもらうのは忍びなかった。
    案の定、無駄に長い棺桶は向こう側の端の方が落ち、地面に当たってガツンと派手な音を立てた。この衝撃であいつは一度死んだな、たぶん。俺の肩に乗って見守っていた愛すべきイデアの丸、もといアルマジロのジョンが「ヌー!」と泣いている。
    19518

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