かわいいかわいくないかわいい「見てください、これ、かわいい!」
レオが差し出したぬいぐるみは、イヌともネコともウサギともつかず、目は大きく、でもちょっとうつろで、虹色の毛がとにかくふわふわした何かだった。
土曜の昼下がり、レオが衣装の生地の買い出しをするというので、タイガは荷物持ちとしてついて回っている。朝からのハードな練習後、カツ丼が身体に染み、すっかり昼寝をする気分になっていたタイガだったが、なぜか今は2kg×7人分=14kg、概ね米袋に相当する重さの紙袋を下げていた。服なんてものは、着てしまえば重さを感じないのに、なぜ布っきれがこんなに手のひらに食い込むのか。レオがいう「フクシザイ」とやらが豊富な店はどこにあるのか。タイガはなにもわからぬまま、路面の雑貨店で、レオの道草に付き合わされている。どうしてこうなった。
「生地の買い出しかあ、重くなるだろ。僕がついていこうか?30分くらい、待てる?」
昼食の食器を片付けながら、ミナトがレオに声を掛ける。
「いえ、帰りが遅くなってもご迷惑おかけしますし⋯⋯」
コーヒーを啜るカケルが、ノートパソコンから顔を上げた。
「あらぁ〜?今日はユキちゃんもシンちゅわんもお出かけだし、俺っちもお仕事あってね〜⋯⋯でも弟くんじゃねえ」
「どういう意味だよ!!オレにかかればなあ」
ミナトの後ろにいたユウは、別に片付けの手伝いはしておらず、本当に後ろにいただけで────残りのコーヒーで甘いカフェオレをいれてもらう心づもりだったようだが、振り返って腕をまくる。
「いや、そもそも涼野は、今日曲のアレンジ仕上げるって言ってただろ」
「うっ」
冷静なミナトに、ユウがいちど丸めた袖口をのばす。なにやってんだこいつら、とタイガが大あくびをした瞬間、全員がこちらを見た。それで、つまりはこうなった。
「なんなんだコイツは」
なんでただの子猫のぬいぐるみじゃダメなんだ、わかりやすくかわいいだろ、とタイガは思わないでもない。
「この子ですか?⋯⋯うさにゃんわんだ〜ちゃんっていうそうです」
レオがタグを読む。うさぎ、にゃんこ、わんこ、みんなとなかよしのふしぎなふわふわ。そのタグの裏の、3980円、にタイガは喉が詰まる。なお、タイガの小遣いは月500円である。
「これ、一体、何の役に立つんだ⋯⋯⋯⋯」
「え、かわいくないです?」
タグから目を離したレオが、ぬいぐるみの顔の後ろから、顔を傾けて上目遣いで問う。
「いや、かわいい、のかもしんねーけどよ」
「⋯⋯可愛いだけじゃ、ダメですか⋯⋯?」
う、とタイガは返す言葉を失った。なんでこいつはこういうこと言うんだ。なんなんだ⋯⋯なんて返せ、っつーんだ⋯⋯
「ダメじゃねー、ねーけど、他にも値打ちがあんだろ、なんか分かんねえけど、コイツを見てたらお前は嬉しくなったり、するんだろ⋯⋯」
レオが大きく瞬きをして、そして、大きく頷いた。
「はい!」
そういって、レオは棚にぬいぐるみを戻した。
「買わねーのかよ」
「⋯⋯タイガくんもこの子の魅力をわかってくれたみたいですし、⋯⋯ちょっぴり、おねだんはかわいくないので⋯⋯」
レオが小さくぬいぐるみに手を振って、再び歩き始める。タイガは、別にアレがかわいいかを理解したわけではない気がするが、と思いながらも、反論する気にはならなかった。
「寄り道ばっかじゃねーか、いつ着くんだ」
「もうすぐです!」
歩道が混雑し始め、タイガは紙袋を通行人に、そして前を行くレオにぶつけないようにと試行錯誤した結果、両腕に抱える羽目になる。
「遅くなったらまずいんじゃなかったのかよ」
「タイガくんが、重いもの運んでくれてるおかげで⋯⋯とっても早く、着きそうだったので、つい⋯⋯ありがとうございます」
「お、おう⋯⋯」
感謝されて居心地が悪くなり、タイガは頭を掻きたくなったが、あいにく両手が塞がっていた。ごまかすように、声を絞り出す。
「ところで、フクシザイっつーのはなんなんだ⋯⋯」
「スパンコールとかレースとか、衣装がかわいくなるものです」
「すぱんこーる⋯⋯かわいい⋯⋯」
またもや、よくわからないものが「かわいい」と定義され、タイガにはもはや「かわいいにも色々ある」までの理解で限界だった。
「ふふ、タイガくん、かわいいですね」
「⋯⋯!?撤回しろ撤回」
「うふふ」
レオの感覚がタイガには理解できない。謎のぬいぐるみ、謎のすぱんこーる、そして自分自身、かわいいの幅が津軽平野より広い。
「お前のかわいい、がよくわかんねえ⋯⋯」
「それでも、わかろうとしてくれるのが、うれしいんですよ」
タイガはいよいよ逃げ出したい気持ちに駆られたが、目の前に「手芸副資材」の看板が見えて、役目を全うすることにした。
「⋯⋯あー重いな、畜生⋯⋯」
「だから半分持ちますって」
「いいんだよ!!!」
紙袋を抱きしめて、タイガは唸る。わからない。すぱんこーるがどのくらいの重さのものなのかも、一体何がかわいいのかも、何も。ただひとつ思い出したのは、来月、レオの誕生日だ。