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    110n04

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    110n04

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    kzts 習作

    目の前のイーゼルに乗った一枚の絵。
    かりかりと、複数の線が重なって一本の線になる。描画材の濃淡で生み出されたその絵は、不思議とどこかで見たことのある人物画だった。
    「…あれー、おかしいな」
    一成は、かりかりと頬を掻く。手についた汚れが、頬を黒く汚す。それでも一成は厭わずに、その手で目元を覆った。
    「……モデル、決めてないんだけどなあ」
    はぁとため息をついてその場に座り込む。手の隙間からもう一度絵を見ても、その人物にはどこか知っている面影がある。
    「これ…スランプ的な? ははっ、それってまじまじにやばくね??」
    さっぱりとした短髪と、目鼻立ちのはっきりとした所謂役者顔。
    こんな容姿で思い浮かぶのは、彼しかいない。
    「でもこれ、スランプというより」
    蹲る一成の足元には、似たような人物の絵が書きかけのまま何枚も重なり落ちていた。



    人物画を描く。
    それが、いま一成が進めている作品のテーマであった。テーマと言っても、誰をどのような状況でどのように描くかまでは決めていない。それでも、人物画を描かねばと、一成は空いた時間があればその課題に自ら取り組んでいた。
    まだ肌寒い風が、開けた窓から吹き込む。
    作品制作のためにと借りた倉庫には、乱雑に画材や資料が積まれている。
    その中心で、一成はイーゼルに向かって座っていた。
    「うーん」
    一成は、窓を閉めようと立ち上がる。
    つい先日までは漸く暖かくなったと思っていたのに、数日後にはこの寒さ。少しだけ通りの悪い鼻先を鳴らして、一成は窓を閉めた。
    かたかたと鳴る窓を背に、一成は窓際に寄りかかる。そこから倉庫を見ると、相当に部屋を汚してしまったことに気付く。
    一成は、誰に見せるわけでも無いのに大袈裟に眉を顰めて肩を落とした。
    「ひぇ〜…」
    情けない声を吐き出して、口をキュッと結ぶ。
    別に明確な締切も目標もない作業ではあるが、ここまで手が進まないと困ったものだった。
    「スランプとはまた違うんだけどなぁ」
    抱えているデザイン等は順調だ。インスピレーションが止まることもなく、むしろ冴えたデザインが浮かんでくるほどだ。
    だが、この人物画だけがどうにも手が進まない。
    「これじゃ、人物画より肖像画だよねん」
    ずるずるとその場に座り込むと、机から足元に飛ばされてきた紙を取る。
    胸像画のような、人物の胸上の絵。
    顔を支える首、肩、胸は、しっかりとした筋肉が描かれている。体格の良い、爽やかな青年の絵。どこからどう見ても、これは“彼”にしか見えない。
    「タクスだよねぇ」
    一成はため息をついた。
    何度、何枚描いてもこの繰り返し。
    意識していないのに、気付けば彼の顔を描いている。そんなはずないと思っても、どこか面影を持たせてしまうのだった。
    「どうしよっかな〜」
    どうもこうもないことは知っている。
    一成は立ち上がって、イーゼルの前に向かう。そして椅子に腰掛けると、一呼吸とって、続きを描き始めた。



    「それ俺か?」
    がたりと音を立てて椅子から転げ落ちる。一成が振り返れば、そこには丞が立っている。
    「おい、大丈夫か」
    丞に手を差し伸ばされて、一成は逃げるように腰をあげる。だが、思わず手を置いたイーゼルがその重みに耐えかねてぐらりと揺れた。
    そしてそのまま、なす術なく再び体勢を崩した。
    「わ!」
    「っ…三好!」
    反射的に目を瞑る。ばたんとイーゼルの倒れる音が派手に鳴る。
    だが不思議と、身を打つ感覚は無かった。むしろ、何かに支えられている。一成が恐る恐る目を開ければ、丞の片腕に支えられている。
    そして、丞の反対の手には、あの絵が掴まれていた。
    「あ…えっと」
    「大丈夫か?」
    「……も、もち?」
    慌てて自力で立ち上がって、身なりを整える。心配そうな丞の顔に、一成は思わず顔を背けた。
    「た、タクス、あの…絵…」
    一成の声に、丞は思い出したように手元の絵を持ち上げた。差し出された絵を一成は受け取ろうと手を伸ばした。
    「タクス…?」
    だが、一成が絵を手にしたのに関わらず、丞はじっとその手を離さない。それどころか、絵をまじまじと見つめている。
    ぐいと一成が引っ張るが、丞の力強い腕はびくともしない。そのうち、絵が破れてしまうと一成は諦める。
    「その…」
    一成が丞を覗き込むと、丞は考えるように視線をちらちら動かし、それから一成を見据えた。
    「描くところ、見てていいか」
    「え?」
    「続き」
    絵を持つ丞の親指が、すりと表面をなぞる。
    射抜くようにまっすぐと見つめる丞の瞳に、一成はごくりと唾を飲んだ。
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