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    ここから誰も救われない話になる小説文字数確認

    『人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命に出会う』byジャン・ド・ラ・フォンテーヌ

    ざぁざぁと大粒の雨が降り注ぐ忍術学園。古い木造の建物は所々で雨漏りが発生し、用具委員会が忙しなく働いている。さすがの体育委員会も、六年ろ組体育委員会委員長の七松小平太がいないためか塹壕掘りはしていない。だが、四年い組作法委員会所属の綾部喜八郎だけはいつもと変わらず穴を掘りまくっている。六年い組作法委員会委員長の立花仙蔵という抑止力が不在の今、止められるのは四年い組体育委員会所属で喜八郎と同室の平滝夜叉丸のみだが、近くに滝夜叉丸の姿が見えないことから、滝夜叉丸は既に諦めているとみた。
    五年ろ組学級委員長委員会所属の鉢屋三郎は、そんな光景には目もくれずに明日の任務に向けての準備を進めていた。記録用の紙と筆、忍具の手入れ、変装用の面。必要なものを厳選し、風呂敷に詰める。事前にわかっていた任務なので、同室である五年ろ組図書委員会所属の不破雷蔵には明日の朝早くに出ていくことは伝えている。そのため、特に置き手紙等は必要ない。

    「おーい。三郎、いるー?」

    明日の任務内容と計画の最終確認をしようとした三郎の元に、五年い組学級委員長委員会所属の尾浜勘右衛門がやってくる。無遠慮に扉を開けた勘右衛門の足元には小さな影が二つ。
    二人と同じ学級委員長委員会所属の、一年い組今福彦四郎と一年は組黒木庄左ヱ門だ。勘右衛門だけでなく彦四郎と庄左ヱ門までいることから、学級委員長委員会としての仕事を任されたのかと考えた三郎は少し身構える。
    しかし、口を開いた勘右衛門から出てきた言葉は、三郎の予想とはまったく違うものだった。

    「せめて返事を待ってから開けろ」
    「あははーごめんごめん。二人が、お前に渡したい物があるんだってさ」

    面の皮が三郎より分厚いかもしれない勘右衛門は、まったく反省などしておらずへらへらと笑っている。そんな勘右衛門とは対照的におずおずと部屋に入ってきた二人は、背中に隠していた小さな手を三郎に差し出した。その手中にあるのは、少し歪なお守りと、一本の組紐。よく見るとその組紐は所々で解れがみられ、売り物ではないことがわかる。お守りと組紐を差し出した一年生二人は、何かを言いたそうに、けれど恥ずかしいのか口を開くことができず、もじもじとしていた。きょとんとしていた三郎がふっ、と笑い、二人の頭を優しく撫でる。

    「ありがとう。二人で作ってくれたのか?」
    「ぁ……は、はい、その……」
    「……あんまり、上手くはできていないのですが」
    「そんなことはない。とても上手じゃないか」

    三郎がにっこりと微笑むと、二人は顔を真っ赤にして再び勘右衛門の後ろに隠れてしまった。困ったように笑う勘右衛門が二人の言葉を促す。

    「ほら、伝えたいこともあったんでしょ?庄ちゃんも、いつもの冷静さはどこにいっちゃったのー」

    三郎と話すのに二人が緊張するのは、二人が入学して学級委員長委員会に入ったすぐ以来だった。あの頃は勘右衛門が学級委員長委員会にいなかったこともあり、二人の緊張を解くのに苦労したものだ、と三郎が笑う。
    一度深呼吸をした庄左ヱ門が、意を決したように前に出る。口を開いた庄左ヱ門の言葉を待つ三郎。上手く言葉を紡ぐことが出来なかった庄左ヱ門は、座っている三郎の胸に勢いよく飛び込んだ。三郎は驚きながらも、一年生一人分の体重には何とか耐えた。しかし、遅れてやってきたもう一人分の体重によって、あっけなく床に倒れてしまった。一年生二人は顔を上げることなく、三郎の胸に顔を埋めたまま小さく呟く。

    「……明日の任務は、先輩でも危険な任務だと聞きました」
    「絶対絶対、ここに帰ってきてくださいね……!」

    恐怖で震える、丸くて小さな背中。その背にそっと腕を回すと、十歳の子供の体はとても温かかった。
    明日の任務は合戦場で両軍の印を取ることであり、内容としては六年生の課題ではあるものの、命の危険はさほどないはずだ。問題は、合戦をしている城がどちらもここ周辺では勢力を拡大している城であり、それに比例して大規模な忍者隊が存在するということ。三郎は任務を引き受けた時に、なぜ六年生用の課題になるような任務に五年生が、とは思ったが、その六年生は長期実習中で学園にいなかったのだ。しかし、その合戦の状況によっては忍術学園にも影響があり、学園がその情勢を知ることは急務。ならばと白羽の矢が立ったのが五年生であり、その中で進級試験がまだ済んでいなかった三郎が指名されたのだ。
    三郎自身、今回の任務に対してはいつも以上に真剣に向き合っている。計画も、準備も、より入念に行ってきた。それでも、無傷では帰ってこられないだろう。最悪のことも想定はしている。
    そんな三郎が、今の二人にかけられる言葉は。

    「……あぁ。必ず、無事に帰ってくるよ。」
    「……そう言って、先輩はいつもお怪我をされて帰ってきますよね」

    小さな手でぎゅっと紫紺の忍び装束を掴む庄左ヱ門。
    確かに三郎は任務の度に、特に組や班単位での任務では必ずと言っていいほど何かしらの怪我を負って帰還する。三郎にとっては簡単なはずの任務の時でも怪我をしてくるので、疑問に思った勘右衛門が聞いてみたことがあるのだが、上手くはぐらかされて真実はわからなかった。
    三郎は、一年生二人の背に添えていた腕に、少し力を込めた。

    「……わかった。今回は、無傷で元気に帰ってこよう。お前たち二人との、約束だ」

    顔を上げた一年生二人。まだまだ純粋で、たまごになりたての子供たち。その潤んだ瞳をまっすぐ見つめて、三郎は約束する。二人、特に庄左ヱ門はまだ言いたいことがあったようだが、三郎の真剣な目を見てその言葉を飲み込んだ。
    少しの静寂。
    ここで、これまで何も言わずに様子を見ていた勘右衛門が口を開き、ゆっくりと、落ち着いた口調で二人を諭す。

    「大丈夫だ。三郎は、嘘はつくが約束は破らない」
    「……わかりました」

    しぶしぶといった様子で三郎から離れる庄左ヱ門と、それに続く不安げな彦四郎。勘右衛門に促され、二人は一年長屋に帰っていった。部屋に残るのは、勘右衛門と三郎。足音が聞こえなくなったのを確認し、再び勘右衛門が口を開く。

    「それで、勝算は?」
    「……五割ほど。どれだけ作戦を練り直しても、ここを越えられない」
    「はは、ろ組きっての天才様でそれとは、先生方もなかなか手厳しい」

    進級試験が既に済んでいる勘右衛門は余裕の表情。邪魔をするなら帰れと虫を払うかのように勘右衛門を追い出した三郎は、再び荷物の確認に戻った。
    少しして、再び部屋の扉が開かれる。入口に目をやると、今度は委員会から帰ってきた雷蔵が立っていた。

    「雷蔵!おかえり、今日は早かったな?」
    「危険な任務に向かう三郎の激励会でもしてやろうと思ってね」

    そう言って不敵な笑みを浮かべる雷蔵の後ろには、五年い組火薬委員会委員長代理の久々知兵助が控えていた。兵助の目はきらきらと輝いていて、その手には二丁の豆腐。嫌な予感がした三郎は、咄嗟に逃げようとした。が、入口を二人に塞がれて逃げられる訳もなく、三郎と雷蔵の部屋で地獄の新作豆腐試食会が始まってしまうのであった。



    翌朝。辺りは薄暗く、静寂に包まれている。
    まだ朝日が昇ってすらいない時刻に学園を出た三郎。事前に外出届けは出してあるため小松田さんに追いかけられることはない。
    今日は、後輩たちにもらった組紐で髪を結った。お守りも、きちんと懐に入れてある。一度、ゆっくりと深呼吸をする。長く息を吐き出し、その後の顔つきは日常とは打って変わって真剣そのもの。鋭い双眸で前を見据えた三郎は、眠っている忍術学園を背に駆け出した。

    金属の打ち合う音。鳴り止まぬ火縄銃の発砲音。仲間を鼓舞する掛け声。
    合戦場に到着した三郎は、早速紙と筆を持ち両軍の印を取り始めた。手を動かしながらも、周囲への警戒は緩めない。人の気配を感じたら、すぐに移動する。合戦場の周囲でこそこそ動いているのは大抵が忍だからだ。忍の本来の役割は無事に情報を持ち帰ることであり、戦いは極力避けるべきである。
    書いては移動し、また書いて……それを繰り返していくうちに、日は隠れ月が昇り始めていた。その頃になると、両軍の大まかな勢力が見え始める。ここまでの偵察では、両軍で人数の差はさほどないのだが、武器に明らかな違いがあることが少し気がかりだった。その理由を調べるために潜入をしてみようと考えたが、まずは与えられた任務をこなすのが先である。そのうえで余裕があればより詳細な情報を探りに行こう。
    そう決断した三郎は、再び筆を走らす。人数が多いためか合戦場は広域化しており、周りを一周するのにも一苦労だ。一周目では大まかにしかわからなかったので、二周目ではより細かく情報を書き込んでいく。
    二周目が、半分ほどを過ぎた時だった。
    ヒュッ
    後方から気配を感じたかと思えば、何かが頬を掠めていった。咄嗟に近くの茂みに身を隠す。その間に面を老人に取り替え、髢を外し、服を裏返す。『変わり衣の術』だ。後方からということは顔は見られていないため面を付け替える必要はなかったが、三郎はこれまでの任務で多くの敵を作っているため、念を入れての行動だった。
    困ったような顔を貼り付け、腰を曲げる。のそのそと小股で歩き、さっきとは別の茂みから姿を現した。

    「あの……ここはどこでしょうか……道に迷ってしまって……」

    敵の忍は三人だった。下手に手を出さなくてよかったと、自身の判断に安堵する。後ろに控える部下らしき忍は三郎の姿を見て老人だと信じきっているようだったが、先頭に立つ背の高い忍の様子が少しおかしい。これはまずいとそそくさと別の道に入ろうとするが、その踏み出した足を先頭の忍に蹴り払われた。

    「……お前、忍術学園の生徒だな?」

    その言葉に唖然としながらも、咄嗟に地面に手を付き、転けそうになった勢いのまま足を振り上げ顔面を狙う。しかし、その振り上げた足を簡単に掴まれ、三郎は身動きが取れなくなってしまった。思い切り放り投げられた三郎は、かろうじて受け身を摂る。背中に強い衝撃を感じて、反射的に咳き込んだ。全身がびりびりと痺れ、尻もちをついた体勢のまま動けない。

    「……なぜわかった」
    「以前にも見たことがあってね。後ろ姿だけで確証はなかったが、その反応だと図星のようだ」

    三郎は己の未熟さを後悔した。敵の口車に乗せられ、自ら情報を開示していたとは。五年生にもなって情けないと自嘲する。
    いつの間にか部下らしき二人は三郎の背後に回っていて、もはや逃げ場はない。
    万事休すか。
    潔く諦めそうになった時、後輩たちとの約束を思い出す。

    《……明日の任務は、先輩でも危険な任務だと聞きました》
    《絶対絶対、ここに帰ってきてくださいね……!》

    ──まだ、諦めるわけにはいかないか。
    懐から鷲子を出し、後方の忍に投げつける。正面の忍びには、焙烙火矢を。その隙に後方の忍たちの間を抜け、後ろを振り返らずにひたすら走った。
    考えるのは、ただ一つ。忍術学園に帰ることだけ。
    任務としては、完遂とは言わずとも及第点くらいの働きはしたはずだ。進級要件的には五分五分くらいかもしれないが、無事に帰還できなければそもそも確率は零になる。
    敵が三郎を捕まえるか、三郎が学園まで逃げ切るか。

    「……勝負だ」

    そう呟いた三郎の姿は、六年は組用具委員会委員長、食満留三郎のものに変わっていた。



    同日の昼下がり。三郎が学園を出発してから五刻ほど。
    忍たまたちはいつも通り午前の授業を受け、食堂でおばちゃんのランチを食べて午後の授業の準備をしていた。誰も、この後に起こることなんて想像すらしていなかった。
    はじめに反応したのは、生物委員会が飼育する犬だった。そして、その犬の鳴き声に気付いた五年ろ組生物委員会委員長代理の竹谷八左ヱ門が異変に気付く。そこから五年ろ組を中心に、忍術学園全体へ情報が拡散されていく。
    襲撃者が現れた。
    先生方と上級生の対応は早かった。先生方と、不在の六年生に代わる五年生たちが襲撃者の対応に向かう中、四年生は下級生の誘導を始める。襲撃の規模によっては四年は組火薬委員会所属の斉藤タカ丸以外の四年生も前線に駆り出されることになるし、当人たちもそれは理解していた。
    前線組は、まずは襲撃者の把握に回っていた。五年生は二人一組で学園を見回る。至る所に潜む襲撃者の数に、先生方を含め全員が驚きを隠せなかった。忍術学園が誇るへっぽこ事務員小松田秀作の追跡を振り切ったにしては数が多すぎる。一人か二人くらいは捕まっているはずなのだがと思いつつ、襲撃者達を追い返していく。数こそ多いものの、腕の立つ者はごく一部だった。
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