朝食を御一緒しませんか ドーム越しの〈朝日〉は、薄灰色の空をぼんやりと照らしていた。窓は密閉され、空調ユニットが低く唸りをあげる。かつて「大気」と呼ばれていたものは、有毒なガスに取って代わられている。
イーグルは遮蔽ガラスの内側、静寂の中で一人、人工皮革のソファに、くてりと横になっていた。呼吸は浅く、体温は低めだ。精神エネルギーを送る治療装置は今日も起動しっぱなしだった。
扉が無音で開く。静音機能が作動しているのは、部屋主の病状への配慮だった。
「おはようさん、イーグル。精神エネルギー値はお前としては正常。体温も昨日より少し上がってる」
声の主はジェオ。ラフな深緑色の服の上から、袈裟懸けに黒いベルトを通し、片手でカートを操作していた。カートの上には銀色のトレイと、熱伝導素材でできた二つのマグカップ。
「おはようございます、ジェオ。まだ任務が続いているようですね」
イーグルは視線を向けずに呟いた。どこか遠くを見るような眼差しをしている。
「任務じゃない。朝食の誘いだ」
ジェオは手慣れた動きでテーブルに食事を並べ、トレイの封を解いた。合成卵とビタミン強化パン、温熱保存されたプロテインスープ。再現料理でも、温かさだけは本物だった。
「ぼくの側にいるのは、父の命令ですか」
「大統領の意向であって、命令じゃない。俺が来てるのは、まあ、そうだな。習慣ってやつだ」
イーグルはわずかに口の端を上げた。笑みとも苦笑ともつかない表情で起き上がる。
「ジェオが世話焼きなのは知っています。でも、ぼくの全機能が衰えているのに、完全な朝食を食べる習慣なんて、健全とは言えません」
「外は毒の風、でもここには清浄な空気と温度と朝がある。それで十分だろ?」
ジェオは言って、カップを差し出した。中には再蒸留された合成茶。本物の茶葉はもう絶滅している。
「以前、セフィーロで食べた朝食を覚えてますか」
「覚えてるさ。お前がセフィーロ特有の果物を不思議がって、俺が茶に入ってた酒でむせた」
イーグルが小さく笑った。頭の奥に感情による目眩が生じるが、眠りはしない。治療装置が内部からエネルギーの喪失を抑えていた。
「ジェオが隣にいると、息がしやすいです。不思議ですね」
「俺は精神安定剤だからな。軍で特殊心理訓練も受けたし」
「違います、そういう意味じゃなくて」
言いかけて、イーグルは目を閉じた。そしてゆっくりと、もう一度目を開けた。
「また明日も、来てくれますか?」
「もちろん。『朝食を御一緒しませんか』と、毎朝言うつもりだ」
「断る理由がありませんね」
ジェオが頷いて、二人はそっとスープに口をつけた。施設の分厚い天井の向こうでは、世界が静かな電磁嵐に沈んでいた。
だがこの部屋には、二人分の朝食があった。合成でもあたたかい、二人の朝が。
毒の風の向こう側に、ほんのわずかに青空の気配があることを、彼らはまだ知らなかった。けれど、希望の味は、合成パンにもあるのだと思えた。
おわり