兄心とは複雑なものだダン!と大きな音を立ててグラスが机の上へと置かれる。先ほどまでなみなみと注がれ、溢れそうなほどに入っていたアルコールは、あっという間になくなっていた。握り締められた手に力が入るのを見て、そっとキバナはグラスを救出して店員へとおいしいみずを頼む。
「マリィ…」
まるで恋焦がれるように少女の名を呼ぶのは、その少女の兄であるネズ。キバナは、もう少女と呼べないほどに立派な女性となっている姿をぼんやりと思い出した。勝気な瞳が兄に良く似ているなと初めて会った時に感じたものだ。
ネズは、普段であればアップにしている髪の毛も白と黒が混じり合ってしまうほどに乱れていた。彼のライブを観に行ったことがあるが、これほどまでに乱れている姿はそうそう見ない。冷静で、故郷を愛し、胸の内には熱い想いを抱いているシンガーは、エール団お手製のマリィがプリントされたタオルを抱きしめてさめざめと涙を流していた。
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