作兵衛が記憶喪失になった。
忍術学園に入ってすぐの記憶まではあるようだが、部屋割りの直前からこれまでの記憶がすっぽりと抜けてしまっているらしい。
強く頭をぶつけたからではないか?とは新野先生の談だ。縄で括ったおれたちが分かれ道を進んだ際に、避ける間もなく中央にあった樹に激突し、気を失っていたところをたまたま通りがかった保健委員の面々が医務室まで運んでくれたそうだ。
そんな事になっていただなんておれたちは全然気付いておらず、なんならおれはまた二人が迷子になってしまったのだと思っていたから、長屋に戻ってきて早々に真剣な面持ちの数馬から説明を受けた時は何の冗談を言っているのかとすら思った。
左門は自分のせいだ、責任を取る、などと言っていたが、先生方は方向音痴と真剣に向き合ってこなかった自分たちのせいだと言い、おれと左門は地図の読み方から方向の見極め方から、みっちりとしごかれる事になってしまった。左門はともかく、おれは方向音痴じゃないと思うんだけどな。
記憶を失った作兵衛はといえば、は組部屋近くの空き部屋に移り、数馬に経過を見守られながらしばらくを過ごす事になった。
実質おれと左門から離されたかたちだ。解せない。記憶を取り戻すには以前の習慣を繰り返してみるのが良いんじゃないだろうか?例えばおれと左門に括りつけた縄を自分にも括りつけて出掛けてみるだとか。ん?そもそも、何でこれが習慣になったんだっけ?
そんな作兵衛も肉体にはこれまでの経験が沁みついているようで、修補道具などはすぐ使いこなせるようになったし、忍具の扱いも申し分なく、気が紛れるからと用具委員会に顔を出しては手伝いをし、用具委員会委員長の食満先輩をはじめ、浜先輩や下級生たちと改めて打ち解けられていたし、様子を見に来てくれている数馬だけでなく、その同室の藤内とも言葉を交わす回数がそれとなくあるからか、楽しそうに会話しているのを見かける。
おれと左門はといえば、部屋が分かれたこともありまるで言葉を交わさなくなってしまった。おかしい。同じクラスなのに。おれたちは宿題にかこつけて、作兵衛に声をかけに行った。
「ああ、えっと。次屋と神崎だったか?何か用か?」
縄の痕が消えるころになっても作兵衛はおれたちの事を思いだせなかった。