【戦国BASARA】木漏れ日に抱かれて(佐助×夢主)その日は朝からどうにも調子が出なかった。
いつもと同じ時間に起き、身支度を済ませ、忍隊の皆と共に鍛錬の準備を始める。
普段通りに過ごしているのに、頭がぼんやりとして、霞がかかったよう。周囲が現実味を帯びておらず、体が熱い。
「お前、大丈夫か?」
年上の忍仲間が心配そうに声を掛けてくれる。孤児として武田に迎え入れられ、忍び隊で育った私に皆は優しい。
いつも気にかけてくれるから、つい甘えてしまうことも多い。
でも今日はただ少し頭がぼんやりするだけで、そんなに大したことはないはず。
ただでさえ未熟な自分が、皆の鍛錬に参加できずに後れをとってしまうことが怖いのだ。
「うん、大丈夫……ちょっと疲れてるのかも」
少し無理して笑顔を作って告げると、彼は「そう?無理するなよ」と言って元の位置に戻る。
気合を入れなおすように小さく溜め息を吐く。そして準備に戻ろうとすると後ろから肩を優しく掴まれた。
「おはよう、調子どう?」
「佐助さま……」
振り返れば自分の所属している真田忍び隊の隊長、佐助様が立っていた。
随分と背の高い彼は、私の上に大きな影を作る。
「今日、顔色よくないんじゃない?」
「いえ、大丈夫です」
「本当?」
少し屈んで耳元で囁かれ、肩を竦める。その声色から彼は自分を心配してくれているのを感じる。
甘く優しい声が頭の中でぐるぐるとまわって心地よくさえ感じる。
いや、いけない。
ぶんぶんと頭を振って邪な考えを振り払う。
人目がある場所だ。恋人である私だけを贔屓するわけにもいかないのは分かってる。
それ以前に、私たちの関係は隠したままだ。隊長と隊士として振舞わなければならない。
鍛錬前のぴりっとした空気を壊さないよう、彼は皆から私を隠すような位置に立ち、囁いたのだろう。
「……はい!」
「ふーん……それならいいんだけどさ。んじゃ、ちょっと俺様と任務に行こうか」
「えっ……今日は鍛錬のはずでは?」
私の問いを受け、佐助さまは後方にある山を指さす。
「まぁまぁ。ちょっとそこまで。終わったら合流すればいいだろ?これ、隊長命令ね」
「わ、わかりました……」
佐助さまは近くにいた仲間に、自分がこの場を離れること、修行の一環として私を連れていくことを伝えた。
佐助さまが手ぶらゆえ、何か準備すべきものはないのかと問えば、特にないと返ってきたので私たちはそのまま任務へと向かった。
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サクサクサク、と落ち葉を踏みしめるふたりの足音が響く。
ここは武田の領地。あまり警戒する必要のない道中だ。気配を消すことはしていない。
「……」
しかし発生したという急な任務に不安を覚える。他の軍に不審な動きでもあるからだろうか。
とはいえ、佐助さまは私は木々の枝を飛び移るわけでもなく、馬を使って急ぐわけでもなく、ただ林道を歩いている。
私もそれに倣って後をついていく。穏やかな木漏れ日と鳥たちのさえずりが心地よい。
「佐助さま……あの」
「ん?」
「他の軍に何か不審な動きでもあるのでしょうか」
「いや、別に」
「えっ……じゃあこの任務は一体……?」
「んー……確かこの辺に……あ、あれあれ」
私の問いを躱し、佐助さまは辺りを見渡す。
そして目に留めた草を摘んだ。
「それは?」
「ん?覚えてない?教えたはずだけど」
「……すみません」
彼が言うように、確かに見覚えがある。
頭がうまく働かず、彼の詰んだ草が何の役に立つかが思い出せない。
彼の手ほどきを一番間近で見ているはずなのに。申し訳なさに俯く。
「熱心なのはいいことだけど……お前、頑固だろ?」
「?」
「はぁ」
佐助さまは深くため息をつき、その場にどっかりと座り込む。この調子だと暫くは動かないようだ。
どうしていいかわからず立ち尽くしていると、彼がこっちを見て指を軽く動かし合図をするから大人しく隣に座った。
すると彼は任務中だというのに手甲を外し無防備な手を晒す。そして驚いている私の額に大きな手を押しあてた。
「うわ、あっつ……」
「へ……?」
「すごい熱。どうして我慢してた?」
「そ、そうなんですか!?熱!?」
どうも体調が良くないと思ってはいたが彼が驚くほどの熱があるとは想像していなかった。
「あらあら。おまけに鈍感と来たもんだ」
「う……」
「さっき、鍛錬の準備している輪を見て一目で様子がおかしいことに気付いた。みんなお前のことを心配そうに見てたから」
「そう、だったんですか?」
声を掛けてくれた先輩以外も私の事を……
「忍び隊で育ったお前のことをみんな心配してるんだよ」
優しい声色に胸があたたかくなる。
忍は人に非ず。戦場においてはただの駒。そう教えを受けてきた。
体調の良し悪しなんて関係ない。自分を押し殺し、ただ主君のために、いつ何時も戦うべきであると。
ゆえに体調がすぐれないからと言って鍛錬に穴をあけることを自分は許せないと思っていたし、そんなことをしたら皆に失望されると思っていた。
だから気づかない振りをしていたのかもしれない。
高熱があることを、ただちょっと調子が悪いだけと思い込もうと強引に意識を反らしていたようだ。
「お前には面と向かって休めなんて言っても聞かないだろ?”こんなことで休むなんて嫌です!皆に後れを取りたくないんです!”とかなんとか言うだろうねぇ」
後半、ちょっと声色を高めにして言って、彼は困ったように笑った。
「う……それ私の真似ですか……」
「そう。似てる?」
「似てません!」
「はは、やっと笑った」
「っ……」
「気付いてなかった?朝から何かに耐えるような辛い顔ずっとしてたんだよ」
そうだったんだ……どんな顔をしていたんだろうと、少し振り返って落ち込む。
「今も辛いだろう?だから、任務――急ぎで薬草を取りに、ってのはここで休ませる口実。薬は持ってきてる」
佐助さまは懐から小さくて黒い玉を2粒取り出す。
彼の手の平の上に転がるそれを最後に飲んだのはもう結構前のことだが、その強烈な味の記憶に、すぐに吐き気が込み上げてきた。
「うっ……それ苦いやつだ……」
「良薬口に苦し、だろ?さ、口開けて」
「へ?」
気の抜けた返事をしてしまう。見つめた佐助さまの輪郭がまるで溶けているように見えている。熱は上がり続けているらしい。
大人しく従うことにした。
「はひ……」
口を開けて少し舌を出す。
「お、なんかそそるねその表情。あんまり熱っぽい瞳で見ないでよ?変な気分になる」
「ばかいわなひでくらさひ!」
「冗談。本当なら口移しで飲ませてやりたいところなんだが、俺様まで熱出したら大変だろ?」
言いながら彼は薬を私の舌の上に丁寧に載せると、顎を掴んで閉じる。
「むぐっ」
「はい、急いで水飲みな」
差し出された水筒を引っ掴み、薬を押し流そうと中身を飲み干す。
形容しがたい醜味を早く早くと胃へと流し込む。
「ははっ、すごい飲みっぷり」
彼は楽しそうに笑う。
「即効性があるから午後には皆に合流できるだろう。俺様としてはもう少し休んで欲しいんだけど」
「い、いえ、午後は戻ります。……うぇ……」
どうにか薬を飲み干したが、舌に味が纏わりついている。
「そう言うと思ったよ」
再び困った様に笑った後、彼は閃いたとばかりに手を叩く。
「あ。俺様が薬を口移しで飲ませて……そんでもし高熱が出たら1日中お前に看病してもらおうかな。いい考えだと思わない?お館様、休みくれるかな?普段休みないんだし1日くらい許してくれるでしょ」
「な……」
「ということで、口づけしてもいい?……俺にお前の熱を分けてよ」
囁く佐助さま。
ぐっ、と強い力で腰を抱かれ急に端正な顔が近づいてくる。
上司の顔ではなく男の顔になってしまっている佐助さまだ―――!
「もう薬は飲んじゃいましたし、ダメです!」
自分の唇と彼の唇の間に掌を差し入れ、熱いそれを受け止めた。
しかし彼は気にせず、ちゅう、とそこを吸うものだから、昼間からなんだかおかしな気分になってしまう。
「っ……」
彼の熱く少しかさついてる唇はいともたやすく私の心を翻弄する。
文字通り熱に浮かされ現実と幻の狭間にいるような心地の自分は、気を抜けば簡単に流されてしまいそうだ。
「ま、いまここで抱いてもお前が辛いからな。大人しくやめるさ」
「い、いまここでするつもりだったんですか!?四方八方、隙だらけですよ!?」
さらさらと木々が揺れる音がする。
相変わらず美しい鳥のさえずりがこだましている。
「なぁに、俺様だぜ?誰かいたらすぐ気づくさ。それにお前が俺に抱かれてるときの可愛い姿見ちゃった奴なんざ、もう殺すしかないだろ?」
笑いながら当たり前のようにさらりと言う姿に、彼の心の闇を垣間見る。
「いまはとにかく休め。ほら」
腰に回されていた手が離れ、私の頭を引き寄せを自分の膝の上へと横たわらせる。
筋肉質のごつごつした太ももは決して寝心地がよいとはいえないが、この上なく頼もしい。
「ありがとうございます」
「……あんまり心配させないでくれよ」
「大袈裟ですね……たかが熱くらいで」
「お前のことになると大袈裟になるのは仕方ないだろ」
大きな手が髪を撫でる。
親の掌は知らないけれど、ただ安心できるってこういうことなんだろうなと思う。
優しい木漏れ日が、きらきらと私たちに降り注いでいた。
END