人も妖も、それこそ神であっても手を取り合える未来。それを作り上げるための前段階として下ごしらえをするのが自分の存在意義だと分かっていた。
陰陽道を極め、神と契約をし、そうして己の死をもって、妖怪側にも神側にも立たずに勝者の中立として座す人間として『もう一人の僕』を転生させる。
別に難しいことではなかった。天はそのために僕に未来を見通せる力を与えたのだろうから。例えるなら双六。さいころを振ってあたった目に書いてあるお題をこなすのみ。まぁ、それだってどんなお題が出る升に止まろうが、結局ゴールの位置は変わらないのだから。とんだ茶番の消化試合になるはずだったんだ。
(僕が間違えてさえなければ)
一つをクリアするたびに、さいころを振る。振ったさいころの目がどんな升にとまっても、そのお題を淡々とこなす。楽しさも、嬉しさも、優しさも、愛しさすらすべて加味せずに。ただ与えられたものをこなす。本来であればそうしなければいけなかったのに。
白い虎が幼子のような親愛の情で『晴明様』と僕の名を呼んでは猫のようにすり寄ってくるのをほほえましく思っては頭をなでれば途端に真っ赤染まる顔。
それを見とめた青い竜が「あ~~!白虎ばっかりズルいです!ねぇねぇ晴明様!僕も今回頑張りましたよ!」なんて胸を張ってくるのを「うん。そうだね。青龍もよく頑張ってくれたね。鱗は大丈夫かい?」なんていえば途端にぱっと顔を輝かせて「えへへ!ご心配なくです!」とくふくふと兄に向けるような敬愛の情を覗かせる。
ざっという玉砂利を踏みしめる音に「玄武も。おかえりなさい」といえば表情は変えずとも「ただいま帰りました。」なんて几帳面にかみしめるように発した言葉には挨拶以上の信愛。
それに
ばさり、という羽音が聞こえたと思ったら、羽音を立てた人物に抱き込まれる姿勢になっていて。ぎゃー、という阿鼻叫喚にかまうことなく、上を向けば。
腕の中に僕をとらえた獣は深紅の瞳で僕をとらえながら言った。
「晴明君もお疲れ様!」
・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
一瞬の間の後で「主に対して不敬な!!!!」やら、やたら思いため息を吐いては「同じ神獣とは思えぬ」とつぶやいていたり、びえびえと涙目で「いいから晴明様を離してください!」と声を上げていたり。
(う~~~ん阿鼻叫喚)
どうするの?これといまだに囲われている腕の中から朱雀を見上げれば
「あはは!楽しまなきゃ損だよ!」なんて笑ってるし。
だから
「確かにね。」
確かにね。一言でも欠片でも僕が認めてはだめだったのに。
(だって楽しんじゃいけなかったんだ。少なくとも僕は。)
あの子たちをかわいく思うのならば、大切に思うのであれば、守りたいと思うのであれば、僕は主従として距離を置かねばならなかった。
辛く当たり。楽しいことなど何もないような日々にして。嫌な主だと思われて。いっそ従者になったことを後悔させるような主になれば。
(一千年もの間あの子たちを苦しめることは無かったのに)
(一千年後にあの子たちがはるあきを傷つけることなどなかったのに)
(僕をよみがえらせようなんて執着を持たせずに済んだのに)
未来視でのあの子たちを見るたびに己の間違いを突き付けられる。
(間違った)
白い虎がゆがんだ笑顔をするようになった。
(間違えでしかなかった)
泣き虫だった青い龍が平気でもう一人の僕の大切な人たちを傷つけていく。
(誤ったのは僕なのに)
冷静沈着で大人びて、嫌いな相手にも困っていたら手助けをする玄武が「望みを断とう」なんて口に上らせた。
そして
ふざけているように見えて・・・いや・・・ふざけている姿も確かに彼の一部ではあるのだろうけれど、それでも深く物事を考えるあの子が。実際には欲すら希薄だった朱雀が、自らの欲によって断罪された。
誤ったのは僕なのに、謝ることすらできない。
謝ったところで結局は僕の気が済むだけで、許されるわけではないけれど。
***********
ふわり、と睡眠から意識を浮上させてから枕元にある携帯の画面に触れれば新しい一日の始まりの現在時刻5:30の文字。
煎餅布団といえば煎餅布団に失礼だと返されるような布団から起き上がり伸びを一つしてから、立ち上がり洗面所に向かう。
ぱしゃり、と水で顔をすすいでから鏡を見れば、性別が逆になって多少の雰囲気は違えどもあのころの面影を残す顔に(性別逆転したんだからもうちょっと前世からは距離を置いてもよかったのに)とため息を吐きながら(ま、それでも今世ではこの顔に傷をつけてくれただけでも御の字なのかな?)と思いつつ分厚い伊達メガネをかけてから、目元が隠れるほどに伸ばした前髪を下した。
着替えは制服の白ワイシャツに黒のスラックス。本当ならばセーラーを選びたかったのだけれど、前世と同じ(とは言っても性差もあって以前よりは低いのだけれど)の長身に胸などあるかないかもわからないほどに薄い身体を思えば、さすがに気恥ずかしさが先だって選べなかった。入学した高校がスラックスかスカートを選べるところは正直言って助かった。
念には念を入れてとばかりに姿見でチェックをすれば、どこからどう見てもまごうことなく。少なくとも他人がお近づきにはなりたくないような人物がそこには映っているのに満足をして出勤する前の栄養補給のためにキッチンに向かう。
キッチンでは適当に常備菜と少しの果物を小さな一人分のちゃぶ台に用意。中古店で買った人間の番組だけではなく、妖怪の番組も映してくれるブラウン管のテレビをチャンネル操作してニュース番組を選択すれば準備完了。
誰に言うでもなく「いただきます」と手を合わせてから食欲は湧かないけれど、必要最低限の栄養だけを何とか口に入れたときだった。
「いやぁ~もうね。会えないなら作っちゃおうと思ったんだもん」
レポーターの『どうしてこのAI人形を作ろうと思ったんですか?』の問いにシンプルに答えるのは数千年前によく聞いていた穏やかな声。
(あぁ、元気でやってるのかい)や(ニュースで取り上げられるなんてさすがだね)なんてかつての従者が元気でやっていることに内心で寿ぎながらも目を上げた瞬間。
画面に映ったそれ。
白い狩衣に紫の単衣。
分厚い着物を着せてすらわかる長身痩躯。
長目のショートカットから除く石膏のように白い肌。血のように赤い瞳。薄いサンゴの唇。現代の価値観でも美貌と言っても過言ではない姿の人形。
ちょっとばかし思い出補正が入ってるな、なんて感想が一番初めに思いついてしまったのは冷静なのか混乱しているのか。
(いや・・・もしかしたら、はるあきの人形なのかもしれないし?)
落ち着け。落ち着け僕よ。
かつての従者が自分の生まれ変わりのはるあき人形(仮)を作っていてもそれはそれで『どうなん?』と思わなくはない。ないけれども。僕の人形よりははるかにましだよ。多分。
『ずいぶんな、美人さんですねぇ』
『でしょ!。でもねぇ、本人はもっと美人だったからねぇ』
レポーターと朱雀が和気あいあいと話せば『ふふ、照れるな』なんて口元を狩衣の袖で隠しながら笑うAI人形に『えへへ!そりゃあ君のこと自慢したいからね。晴明。』なんてとろけるような顔で宣うバカ鳥一匹。
「解釈違いだよ、僕を」
痛む頭に手のひらを当ててから絞り出すように出た声のツッコミ。
当然ブラウン管の向こう側の朱雀には届くわけがないけれど、言わずには居られなかった。
****************
千年前からたった一人にずっと恋をしている。
相手はぎりぎりの端っこのさらに末席でかろうじて人間といえる人物だった。
強すぎる力をもって僕たちを従えた主。
美貌にお似合いのはんなりとたおやかな笑顔を浮かべながら無神経な天然サドっぷりををここぞとばかりに発揮していた。
妖に知能を、と規格外のことを願っていた。
そして、眠っているときでしか涙を流せなかった子。
最初は全然好きじゃなかったよ。
主従の契約をされてしまったから「まぁ契約されちゃったからしょうがないよなねぇ〜。まぁ暇つぶし程度に付き合ってあげるか〜」なんて舐めプしてたもん。
だけどさぁ。
晴明くんがあんまりにも変な子だったから。
暑い日には「涼しくなれるよ」なんて水をぶっ掛けてくるし。
水ポケ...じゃなかった水系の妖怪だっていうのに炎を司る僕を「あ、間違った」なんて言いながら容赦なく呼び出すし。
...君、絶対ポケ○ンバトル弱いだろ?
というか気に入ったキャラをめちゃめちゃ使い倒すタイプ。相性とか考えない。自分が何でもできるからって脳筋にもほどがある。
まぁその使い倒されるのが信頼だとおもって、君のお気に入りに入れてもらっているという事実にキュンとしちゃって簡単に乗せられちゃった僕も僕なんだけど。ほら、、コミュニケーションの過多で人は恋に落ちるんだとしたら神だってそんなもんだとは、知りたくなかったなぁ。
まぁそんなわけで一回ハマって仕舞ったと思ったらそこからは底なし沼。
君が万華鏡のように違う顔を見せるたびにもっともっと知りたいと思うようになっていった。知りたくて手を伸ばして、知るたびにもっと知りたいという欲は募った。本当に底なし沼のように君の楽しいことも悲しいことも、嬉しいことも、怒るところだって知りたくなった。だってそうすれば君と同じものを見ては楽しいと笑えるし、怒るときはその口惜しさを分けて一緒に怒りたい、泣くときは僕の腕の中で泣いてくれるなら大歓迎。できればその涙を拭かせてほしい。そして僕が君をいつものたおやかな笑顔なんて顔じゃなくて本当に笑わせられたらいいな、なんて。
そんな僕に成り下がってしまっていたから、僕は君が秘密を共有するように
『朱雀。お願いだよ』なんて零した言葉を受け入れちゃったんだ。
(蘆屋殿ばっかり気にかけちゃってさぁ)なんてふてくされる気持ち半分はあったから『やだよ!あんな性悪!』なんて口だけは反論したけど。それだって君が僕にお願いをしたなんて事実に浮かれて。内心では(『ま、君が僕に頼ってくれたから許してあげるけどね!』)なんて受け入れれしまった僕の愚かさよ。マジでバカ。僕のバカ。
君が好きだったから受け入れたことが、君を失うことになるなんてさ。
まぁ、あそこで固辞をしていても結局君が選ぶ未来は変わらなかったとも思うけど。
君は本当になんでも出来すぎた。完璧超人だよ、本当に。そんな君は頼られたことに天に登るほどに有頂天になっていた僕を地に堕とすことすら御上手。
忘れもしない10月31日。
君の屋敷の一室。かけつけた僕の目に映ったのは血濡れの君。もう生きてはいないと一目でわかる姿。
ああ、君がなぜ僕に蘆屋殿を頼んだのかなんて頭の片隅で冷静な僕は納得したと同時に、冷静じゃない方の思考は君でも僕の考えまでは見抜けないんだね、と思ったんだ。だって君が僕の(君を、取り戻すためにはどうすればいいか)なんて、思わず僕自身が顔をしかめるほど悍ましいことを考えてるなんて分かっていたら、違う道を選んだろうからね。あぁ、それとも僕のこの気持ちすらも計算だったのかもしれないけど。
(まぁ、どっちでもいいや)
結局、君のどこまでが計算だったのか、なんて考えても分からない上に、今分かってるのは
君を嫌いになれたらずっと楽だったのになぁ、なんて思いながらそれでも僕は君が好きなままなことだけ。
悍ましいほどに君が好きなまま。
誰を犠牲にしてもかまわないと思う僕を僕自身が憎悪しながらも、それでも君を好きなままだった。
恋と呼ぶには汚れ過ぎていて
愛と言うには自分勝手すぎる
よくないものだとは分かっていたよ。一応こんななりでも知識の神だったんだからね、僕は。
それでも
君に会いたい、そのためだけに
あっちゃんを妖怪に堕として。
天ちゃんと梵ちゃんの未来を変えた。
狐の存在を知っていて、あいつすら利用する腹積もりもあったよ。
君が呼ぶ『もう一人の僕』であるはるあき君を傷つけることすら、なんとも思わなかった。
その他にもたくさんたくさんの人を傷つけたんだよ。君には見えてた?知ってたかな?。
まぁ、確かめるのは君が戻ってからでいいや。
君に会いたい。
会いたかった、という過去形になってくれない。いまだに何一つ諦められない現在進行形での会いたい。
会えたら君が苦しがるほどに抱きしめて。骨の一本くらいは折る心意気で抱きしめて。君を困らせるくらいに怒ってやるんだって思った。君が戸惑うくらい泣いてやるんだって思った。僕の全力で君に伝えたいことを全部伝えて。僕が堕とされた分だけ君を堕としてやる。なんて考えたんだよ。
全身全霊。
力も存在も全部賭けて挑んだ勝負だったのになぁ。
すべてが終わった後。
妖怪も人間も、神も。お互いの手をとることはなくとも、それでも隣り合って生きることはできるという着地点を見せた終幕。
流石ははるあき君だよね。
いやはや、君が思い付かない『平和的』方法で成し遂げた結末には笑顔があふれていた。
横を見ても前を見ても、後ろを見てもみんなみんな笑みを浮かべていた。まさにハッピーエンド。大団円。
だから僕も笑わなきゃいけないと思った。
僕ですらこの結末は嬉こばしいと思ったんだから、笑えるはずだった。
なのに、一つも笑えなくて。
口角を上げることすらできなくて。
だから、一歩二歩と後ずさり、くるりと笑顔が溢れる場所からは背を向け。逃げるように駆け出した。
背中からは楽しそうな笑い声が追いかけてくのを振り切るように走った。
(ごめん)
どこに逃げればいいのかもわからなくて。それでも逃げたくて。
(嬉しくないわけじゃないよ)
平和になった、と誰かの声が聞こえた。差別されることはないのだと寿がれる歓声があがった。そしてそれらはお前も笑えと強制する。
(ごめん。だけど僕は笑えないんだ)
(だって晴明が僕の元に戻ってきてないままだもん)
走って走って、どこに行くでもなく走った足は瓦礫の山に盛大につっ転んだ。
「ぎゃん!!」
受け身すら取れずに地面にしたたかに打ち付けた膝小僧は薄いジャージを割いて、その下にある皮膚まで削り取る。流れる血液。熱き血潮。
痛い。転んだんだから当然痛い。しかも結構ざっくり切れてるし。切れてるよな?これ。痛いのも当然な怪我。
痛い
居たい
痛い
痛い
痛い
君がここにいないことが傷よりもずっと痛いよ。
君とともに居たいとこれほど願うことが痛いよ。
居たい
痛い
痛いことを自覚してしまったらもうだめだった。
はらり、と一粒だけこぼれた涙が呼び水となって次から次に溢れる。
かみしめた唇からは誰にも、それこそ一番聞いてほしい君には届かない嗚咽が漏れた。
(なんで?何がいけなかった?)
何がいけなかったか、何を間違えたのかすら分からない。
分かるのは僕は失敗したことと、君は僕のところに帰ってこない、ということ。
だったら
「・・・・・君を作るしかないじゃないか。晴明。」
次に生まれ変わるのが何年後になるかなんて分からない。今回は一千年だった。じゃあ次は?。
少なくとも一千年を下ることは無いだろう。
その長き時間を、今度は約束一つない中をひたすらに待つ。待つことしかできない。
しかも、生まれ変わったとしても晴明じゃない可能性の方が高い。
(ふざけるな)と思った。
(耐えられるもんか。)とも思った。
だったらあの子の魂が帰ってくることを信じて。その時までは大事に大事に丹精を込めて作った晴明くんを愛そう。
僕が死ぬときまでの存在としての仮初の君を作ろう。
狂ってるのは分かってる。
だけど、もう耐えられないんだ。
「あはは。なぁんだ。初めからこうすればよかった」
**********
とんとん、とプレハブのような住宅のドアをノックすれば「どちら様ですか?」と出てくるのはウェーブかかった髪に無精ひげの男性。
いまはもう朱雀ではない朱雀の、家族にになっている男にうっかり『お世話になっております』と言いかけた言葉を飲み込みながら「家政婦総合センターから派遣された者です」とできるだけ丁寧にお辞儀をした。
「・・・・あ~・・・面倒かけるっす」
ウェーブの髪をがしがしと頭を掻きながら男が「まぁ、ここじゃなんですから。」と屋内に入っていくのを、(ついてこい、ということだよね)と解釈をしては遠慮なく後ろをついていくと通された茶の間。
「少しだけ待っててください」と男は言いながら台所の方向に消えていく背を見送りながらも。
ふう、と一息ついて周りをぐるりと見渡せば、通された茶の間には昔ながらのちゃぶ台があるのみ。
テレビで紹介されたSEI-MEI。精巧に作られたAI人形。そのせいでひっきりなしに御取引の連絡がある企業(?)としては随分と素朴。
(らしいと言えばらしいけどね)
住処にも食事にもさほど興味がなかった従者の、その変わらなさに思わず苦笑をすれば「何か面白いものでもあったっすか?」とお盆に茶を乗せた男が戻ってきた。
「いえ。素敵な家だなと思っただけです」
「…本音言っていいですよ。プレハブの狭い家に男三人住んでるんだから手の届かねぇとこも多々あるし。」
「ふふ。ふふふ。」
「笑うところじゃないですけど」
「ふふ。この家が大好きだって言ってるようにしか聞こえませんでしたので」
お気に障ったら謝ります。と言えば毒気を抜かれたような顔をした男は「…いえ。間違ってないっすよ」なんて片手で顔を隠した。ちなみに男の耳は赤くなっていた。
(うん。本当にいい子たちを家族に選んだね。)
だからこそ不可解は深まる。
(なんで『僕』なんてものを作ってるのさ)
愛すべき家族と素敵な住処。家政婦を雇おうとするのだから、食べ物にも困っていないだろう。
テレビからの情報をくみ取れば、今も道満とは仲良くニコイチでいるんだろうし。
なんの欲も持たなかった一千年前の元従者と今の行動の乖離に首を傾げほかない。
首を傾げながら麦茶を一口だけいただいて嚥下をしているうちに。
やっと平素に立ち直った男は「まぁそういったことで、俺らの紹介はここまでにして。あんたはなんで俺らの家政婦を選んだんすか?」と問うてきた。
お前は、人間だろう?と。
他にいい仕事先はあるだろうと探ってくる視線に苦笑を一度。
手に持っていたグラスをのんびりと机の上に戻しながらも居住まいを正す。
(まぁ予測済みの質問で良かったよ)なんて思いながら。
だって人間である僕がなんで妖怪である君たちの家政婦を志望したかなんて、理由はいくらでも作れるのだから。特に僕の場合は。
「多分、お見せしたほうが早いと思いますので」
背筋を伸ばしたまま口元まで伸びた前髪のした。痣が色濃く存在する箇所を見せるように髪をかきあげれば。対面をしている男ははっと息をのんだ。
(お見苦しいものを見せるのはさすがに心苦しいね)
「この傷のせいで、人間界のアルバイトは厳しいので」
指先で頬の痣をなぞりながら言えば、はくり、というべき言葉を迷う男。
本当に心からいい子だな、と思う。
少なくとも僕の痣をみて痛ましい顔をしてくれるんだからさ。
僕自身はこの傷については何もつらくないのに。
だってこの痣は僕の取った道満への呪いが正しく返ってきただけだからね。
しかも、この痣があるからこそ人からは距離を置かれるし、こうやって君たちに信頼をしてもらう手段にもなることに(ラッキー)ぐらいしか思わないのだけどね。まぁそんなことはおくびにも出さずにできるだけ困った表情はするけれど。
「とは言え、学費も生活費も払わねば生きていけません。蓄えはいくらあっても困らないでしょう。あぁ、両親はおりません。」
畳みかけて言葉を重ねれば、どんどんと男は目を険しくさせて顔を曇らせていく。
「ふふ。そんな顔をさせるほどに、お見苦しいものを見せて申し訳ない。」
「いや。見苦しい、とは思わなかったです。それは本当に。ただ驚き半分とあなたがここに来た理由がわかっちまったというか。だからもう一度聞きてぇと思います。あなたがここにきた本当の理由はなんだ?」
「…なにを言ってるのかな?」
「誤魔化さないでくれ。なぁ、『安倍晴明公』」
晴明公、と僕を呼んだ男の言葉が信じられずに反射のように視線を合わせてしまえば、もう隠し立てや誤魔化しはできないと分かった。
だってあまりにも、疑いようのない確信をしている射貫くように見つめる瞳だったから。
(油断してたなぁ)と反省はすれども。
僕の正体をわかっても尚、叩き出されていないのであればまだ勝機はあるのだから。
(僕もここで引くわけにはいかないんだ)
「よく、わかったね」
「昔取った杵柄でな。人の顔を覚えるのは得意なんだよ。あとどれだけ人相が変わっていても大体検討がついちまう。でもってアンタはあの人形にも安倍先生にも似すぎている。その雰囲気も込みで。」
「そうかな?。あんなにきれいじゃないだろう」
AI人形はともかくとして、はるあきに似てると言われると(似てないよ)としか思えない。あんな可愛くもないし、優しくも、綺麗でもないのになあ、と小首をかしげれば元武蔵坊弁慶は「なるほど」といった。
「あ~・・・うん。あんたはそんなキャラクターだったか。そりゃあうちのバカが狂うはずだ」
「?。僕は何もわからないんだけど」
「…マジですか?なるほど。だからこそ、か。家族になって数百年経つのに未だに読めねぇし食えねえ相手だと思ってたけど。なるほどなかなかどうして。普通の男見てえな感性もあったんすね。そっか」
だからこそ諦めきれなかったんだろうな、なんて。
僕を残して一人で納得をする男。
漏れ出る言葉の意味は何一つ分からない。
「何が言いたいのかな?」
「ん。まぁ気になるんならそのうち隊長本人に聞いてみな。俺が話す話じゃねえし。まぁだからこそ俄然本音を教えてほしい。あんたはなんで今更俺らの隊長に会いに来た?」
取り繕うのは面倒とばかりにちゃぶ台に行儀悪く頬杖をつきだした視線だけは一切揺るがない男。
僕が僕だと知られた今、取り繕った理由でごまかすのはもう無理か、と心の中では嘆息一つをしてから口を開いた。
「今言ったことも嘘ってわけじゃないけどね。まぁ、それでもここに来た理由はね」
忘れてほしいんだ。
僕のことなど思い出さなくていい。過去の遺物でいい。
そのうえで未来を歩んでほしい。という僕の願いと。
『安倍晴明』はもうこの世にいてはいけない存在だから。
ようやっと平和になった世界であの存在は脅威でしかない。
例えAI人形であっても妖怪、人間、神。そのどれにでも所属できるような存在は平和的な解決を果たした世界では邪魔でしかないという考え。
そのどちらも簡略化させて言えば。
「僕の存在は許されないからね。」
僕の本心に多少は驚いた様子を見せた武蔵坊弁慶は、それでも静かに聞いていた。じっと目を合わせながら。
彼は僕を検分するため。
もちろん僕も視線は一寸たりとも逸らさない。
嘘じゃないと証明をするため。
お互いが見つめ合いながら、かちかち、と時計の音が過ぎる。
先に音を上げたのは男だった。
「採用。」
「いいのかい」
「というかアンタが『安倍晴明公』本人だってんなら結局のところは俺らはもろ手を挙げるしかねえのが現状っつーのもあります。結局はあんたの目的がなんだって。あのバカ隊長を傷つけるわけじゃなきゃいい。だってーーーーーーー」
男は少しだけ顔をゆがめながら、口に出せば認めるしか無いそれらをひっくるめた言葉を口にした。
俺たちだってもう家族がこれ以上壊れていくのを見ていられないんだ。
なんて。
(あぁもう。本当に大切な家族にこんな顔をさせるもんじゃないよ)
**************